手筈は万端怠りなし
「ナナ。もっと穏やかにできまへんのか?」
銀龍の転送台で実体化すると同時に、そう疑問をぶつけたのはスキンヘッドのオヤジで。
「首尾はいかがでしたか? 社長」
転送機オペレーターのパーサーに訊かれて首を大きく振り、
「あかん、失敗や。初めからやり直しでっせ」
無念そうに頭を振った社長は、足早に司令室へ戻るとすぐに自分の座席に尻を沈めて、ため息混じりに天井へ向かって一人語る。
「銀龍は探査船なんや。武器なんか積んでまへんで」
俺は格納庫にあることを知っている。
「あるぜ……」
「ウソ言いなはんな。そんなモンおまへんで」
「奥のロッカーに玲子が木刀を隠し持ってる」
さっと目を伏せる世紀末オンナ。
こいつなら見合いの席でも堂々と「趣味は武装です」と言うだろうな。
「何でロッカーに木刀を入れてまんねん?」
「精神力の鍛錬をするため……です」
最も体裁のいい理由で包みやがったが、本心は別にある。
「本音で言ってみろよ」
玲子はぎんっと俺を睨んで「あると落ち着くのよ!!」と喚いた。
へへ。白状しやがった。ばーか。
社長はひときわ大きく肩を落とし、
「ストレス解消のために、船内で振り回してまんのか。秘書課のチーフやろ、おまはん」
ナナは真剣に反応する。
「次に相手をするのはネブラの新型デバッガーたちです。そのような武器では無理ですよ、ユウスケさん」
「それは百も承知だって。今のはジョークさ……。でもよぉ。お前はアンドロイドなんだぜ。武器なんか無くてもチョチョイとやっつけれるんじゃないの? 軽トラ引き摺る力があるんだしよ」
今度は重そうな吐息と共に答える。
「ユウスケさん。ワタシは戦闘用のガイノイドではありません。生命体のお世話をしながら学習していくガイドですから、そのぅ……普通の人と変わりません」
「普通の人間は軽トラを素手で引き摺らねえ」
「うるさいわね、コイツ」
泥棒猫でも捕まえたみたいに、俺の襟足辺りを玲子が摘まみ上げた。
「ほんと、この男はデリカシーというものを持っていないんだから。気にすること無いわよナナ。あとでこの馬鹿を木刀の標的にしておくから」
「お前に言われると言葉を失くすぜ、ったく」
「もーええ!」
眉毛をへの字に歪めて社長が俺たちを引き裂いた。
「ほんまに、おまはんらは程度の低い会話しかしまへんな。黙っときなはれ」
派手に鼻息を吹っかけて俺たちを蹴散らすと、ナナに目を向けた。
「未来からそれなりの武器を持ってこれまへんの?」
「あ、はい。未来から武器を持ち出すのは厳禁なんです。特別な許可が必要でワタシの特権レベルでは不可能です」
かといって、この船の機材では武器など作れるはずないし、アルトオーネへ帰ったからと言っても超未来のアンドロイドと対等に戦えるような武器など作ることは不可能だ。
ふっと頭をよぎったのが、あの白い球体だ。
「社長……」
と言ってから、すぐに訂正する。
「何でもないっす」
あのバカタマなら何らかの武器を作り上げる可能性はあるが、とんでもない武器になる場合もある。うかつな提案は控えたほうがいい。
ナナは俺の目をじっと見て言いのけた。
「新型デバッガーは想像を超えた未来からやって来ますので、こればっかりはシロタマさんでも不可能です」
人の胸中を探れる思考処理をもったロボット……テレパスの域まで極めた技術力じゃねえか、管理者め。
「ほうか。ワシもそれを考えておったんやけど、あかんのか……」
なーんだ。みんなが同じこと考えていただけか。
モゾモゾする俺の前でナナは熱い目をして社長に進言。
「このようなこともあるかと思って、対策を施してあります。皆さんの世界で言う、保険ですよ」
「対策?」
「保険?」
俺と社長が同時に疑問符を掲げた。
「あ、はい。あの時、ギンリュウへ移ったワタシはドロイドを全滅させた後、おジイちゃまと一緒に旅立つと言い出します」
「そやな。ワシの記憶にも鮮明に残ってますワ。何を言い出すんやって思いましたからな」
ナナは不思議な笑みを社長に向けながら、
「スフィアへ転送されるほんのわずかな時間を利用しましよう。それを逃すと次にワタシに会えるのはいつになるのか、計算不能です」
「転送の瞬間なんて1秒もねえぜ」
「だいじょうぶです。ワタシがうまくごまかします。ここはどうしてもあの時のワタシが必要なんです」
なぜそう過去体にこだわるんだろ。ナナは無限の時間を持つんだろ?
としたら、武器作りだって不可能ではないはずだ。
「なんでそれが保険なんや?」
「過去のワタシに新型デバッガーに合う武器の研究、と製作を託します」
「そんなコトせんでも、おまはんには時間渡航という技術があるんや。製作時間は何ぼでもおますやろ?」
俺の言葉を復唱するような社長のセリフに、ナナは摩訶不思議なことを言った。
「ワタシの考えでは、過去体のワタシが最高の武器になります」
なんだそれ?
自画自賛?
意味不明だぜ。
「それと……」とナナは付けたし、
「こうすることで完璧な並行処理が可能です。この時間域のワタシがリソースを無駄にすることも無く、もう一つのプロセスを並行してこなすことができるからです」
「なるほどな。マルチCPU処理でんな」
理解できたのは社長だけだった。
ハゲオヤジはナナに一任すると、またまた俺たちはスフィアへと、とんぼ返りすることとなった。
ようするに、ボンバーワームの起動を果たして、自分探しの旅に出たいとクソ生意気なことを宣言したトンマが、主宰の前に転送される直前にスフィアの機関室へ寄り道させて新たな指令を送る作戦だ。
「あ────っ!」
「なんや藪から棒にでかい声出して」
またまた気付いた。とんでもないことにまた気が付いちまった。俺って天才だぜ。
「自分探しの旅に出たいなんて、カッコつけた言葉を吐きやがって……」
「どうしたの?」
玲子は疑問を浮かべ、ナナはニコニコ。
「あのな。ナナがすでに手はずを整えていたんだ。さっき保険って言っただろ。ぜんぶこいつが仕組んでいたんだよ」
「どういうこと?」
「マジで忠告しといてやるよ。お前は喧嘩以外にもっと頭を使ったほうがいいぞ」
「ほっときなさいよ。あたしは好きでやってんだから。それより今の説明をしなさい。でないと首絞めるわよ」
玲子の目がマジで怖かったので、俺は引き下がり、
「あのトンマが自分探しの旅に出たいなんて言い出すはずがないんだ」
俺は玲子からナナへ視線を移し、玲子も釣られてナナへ目を転じる。
「そうです。さきほどのMSKデータに含んでおきました。実行するかどうかは、この後に伝えることになっています」
「ウッソ。じゃあさ、あの子は武器を作るがために主宰さんたちと旅に出たわけ?」
「ぬあんと!」
社長は蛇に出遭ったカエルみたいに両手の平を大きく広げて見せた。
「よくもまぁ……」
言葉がそれ以上出なかった。
自分の意思ではなく未来の自分の言いつけを守るために……普通の人間ならそこまで犠牲になるヤツはいないだろう。
人間じゃないからか?
そこまで用意周到に?
となると……。
まさか。まさか──。
「まさか! 俺たちが3万6000光年に飛ばされたのも、すでに修正に入っていたのか?」
ナナは何も言わずに、うふふと笑った。
「ちょい待ちぃや。ほんなら、この話はいったいどこから始まってるんや?」
「さあどこでしょうか。時間規則に反するのでお答えできませんが、みなさんが想像する分にはかまいませんのでご自由にどうぞ」
マジかよ……。一体全体どうなってんだ。どこからこの話が始まっているんだろ。
ほどく気力が湧かないほどにもつれまくった毛糸の束を突き出された気がした。
「裕輔! 考え込まんでエエ。お前の頭では解決できひん。今は行動あるのみや」
「そうよ。あなたは理屈をこね過ぎて体を動かさないのが問題なの」
「お前は短絡的に動き過ぎるんだ」
「とにかく時間がおまへん。優衣に従うんや!」
追い立てられるように、いや、実際に玲子に数発ケツを蹴りあげられ、社長に急き立てられて俺は転送室へと拉致られた。
ったく。これで給料が滞ったら、暴れてやるからな。
「できるもんならやってみなさいよ」
こいつがバックについてたら無理だもんな。社長もいいボディガード雇ってるぜ。




