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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  失敗したミッション  

  

  

「残念ながらミッションは失敗です」

 物陰にしゃがみこんでいた俺たちの前で、ナナが悲しげに肩を落とした。

「なぜそう言えるの?」

「成功したのなら未来の銀河にはドロイドが現れませんので、このミッション自体が無いことになり、ワタシたちはここにはいません」


「なるほど……」

 ナナの告げた不可解な言葉の意味に気付いて俺は膝を打ち、玲子は俺に向かってはっきりと首をかしげた。


「なんで?」


「俺たちがまだここにいてんだろ。それが失敗を意味するんだよ」

「どうして?」

 玲子がビリジアン色のミニスカートを(はたき)きながら、誰もいなくなったエンジンルームの片隅で立ち上がり、俺も釣られて見上げる。


「だからよ。もし成功したとしたら、ダークネブラは壊滅すんだろ? そしたら未来では銀河消滅の問題が無くなり、ナナはここへやって来る理由も無くなり、当然俺たちもここへ来ない……だろ? でも何も変化が無い。ほら見てみろよ」


 轟々と泡立つオレンジの球体へ視線を振ってから、困惑に沈む玲子の美麗な面立ちを窺ったのち、

「ということはそうはならなかったというワケさ。で、正解だろ?」

 ナナはこくりとうなずき、

「管理者の時空スキャンによると、もっとも簡単な修正は第一因子の誕生を阻止することです。それには隣のスフィアのエンジンシステムを起動させないことですね。しかしその通りに歴史が流れたのに……何も変化がありません」


 溜め息のような吐息を落し、一拍ほど間を空けた。

「──これは他にも時空スキャンをする者がいて、修正の上塗りを仕掛けてきたからです」


「時空スキャンって何でっか?」

 首をねじるスキンヘッドへ、ナナは物柔らかな視線を据え。

「電磁波(電波)は光りと一緒。宇宙に広がって行きます」

「まぁそやな。遠くの星から来る光を観測すれば、宇宙誕生の間際まで遡れまっさかいな」

「そうです。ということは、今ここで情報を電磁波に変換して放出すると、未来に伝わることになります」


 え?

 電波は時間を越えないだろ?

「なんで?」

 つい声に出してしまって、ケチらハゲに白い目で見られた。


「アホか。おまはん開発課の人間やろ。そんなこと知らんのかい」

 オッサンなら解るとでも言うのかよ。って文句の一つも垂れてやりたいが、言えない平社員の辛さ。


「あのな。ここから1光年離れた場所におってみ。1年前の情報が手に入るやろ」

 いとも簡単に説明しやがった。


「なるほど。100光年先なら100年前の電波を受信できる。そうか。そういうことだ……100年後の未来で過去の情報が手に入るわけだ」

 そのカラクリに感服して、ちょっとトーンを上げた俺にハゲ茶瓶が反論する。

「その理屈はおかしおまっせ」

「どっちなんだよ!」

 思わず本音が出た。


 社長は半笑いで俺からナナへと視線を移動させ、

「遠くへ流れた情報をどうやって手元に戻しますんや。あんまり遠方やと減衰もするやろうし……双方向通信は不可能やろ?」

「そうです。まだ未来と過去とのリアルタイム双方向通信技術は確立されていません。ですのでコンパイラもそれはできません。ですが、不可能ではないんです」


 ナナはこくりと顎を落し、

「未来へ送る場合は、おっしゃるとおり空間を利用します。でも直線で考えることはありません。合わせ鏡を想像してください。鏡と鏡の距離が短くても、反射を繰り返せば距離を稼げます。しかも反射するたびに電波が減衰しないようにサテライトが増幅するのです。こうすることで距離は短くとも反射を繰り返して450光年分の距離を稼ぐのです」


「なるほど。ウマイこと考えましたな」

「理屈は通るが、壮大な設備が必要だろ?」

「相手はネブラです。物資の問題は関係ありません」


 俺は薄ら寒いものを感じた。


 今のアルトオーネは無防備に電波を惑星から垂れ流しにしている。娯楽関係から政治、経済、はたまた最重要なデータだって垂れ流しだ。たとえ最新のスクランブル技術で隠蔽(いんぺい)するからと言っても、未来の技術を利用すれば簡単に丸裸にされるだろう。


「ほうか。せやからデータ通信をする時にあんたらは電磁波を使用せんかったんや。サテライトに傍受されるのを恐れて……か」


 驚きと感心の混ざる複雑な表情で、あらためてナナの顔をまじまじと見る社長。

「ほんでさっきのMSK通信や。なるほどな、空気の波動やからな。宇宙には散らばらんワ。ようそんなもんを閃きましたな」


「閃くと言うよりは、そのあたりは自然と思いつくんですね」

 それはロボットの発言ではない。閃いたり思いつくは人間の仕事だ。


「…………?」

 相変わらず「みんなは何のお話をしているの?」的な目で俺たちを見る世紀末オンナを嘲笑してやる。

「お前は笑いながら誰かを殴ってろ」

 途端にコブシが飛んできた。

「痛ぇえな、俺を殴れとは言ってねえぞ」


「あはははは」


 笑い上げる玲子を社長は無視して、

「で、どないしますんや? これ以上ここにおったら、ドゥウォーフの人らと一緒にブラックホールに飛び込むハメになりまっせ。そんなコトになったら、もっとややこしい歴史に変わりますやろ?」


 ナナも同感なのだろう。一度うなずくと、

「まずは司令室に戻りましょう」

 急いで俺たちを立ち上がらせた。


「ねぇ。それなら隣のスフィアへ移動して、誰がじゃまをしたのか見届けて、そいつをのしちゃえばいいのよ」

 出たな、短絡的体育会系め。でも一案でもある。


 ナナは笑みを含んだ面持ちで玲子を見つめた。

「レイコさん、今のワタシたちは何の準備もできていません。それは準備をした未来のワタシたちに任せるべきです」

「どういう意味なの?」

 大きく首をかしげる玲子。


「複数の異時間同一体が、同じ時間の同じ場所に遭遇すると重複存在となり、万に一つでも出会ったりすると、激しい感情サージを起して自我破壊や自時震を起こします。準備も無しにワタシたちがその場面に遭遇すると、準備をしてやって来たワタシたちの異時間同一体が近寄れなくなります」


「なるほど。ナナの言うとおりや」

「これが時空修正の鉄則なんです」

 深くうなずいた社長に、生唾ものの言葉を吐くナナ。

「歴史の修正は失敗に終わりました。ですが重複存在を回避するために、同じことを繰り返すことはもうできません。もし別の時空修正を行うとしたら、この後、超新星爆発が起きるまでのあいだか、それ以降、派生したドロイドが分裂を始めるまでの期間しかありません。生き残りのドロイドを逃がした場合、ワタシたちは完全に孤立しますので、一旦戻って武装すべきです」


「武装ぉ!」と社長は目を見開き、

「いいわねー」と目を輝かせるのは、言わずもがな、玲子さ。

 社長は迷惑そうな目で玲子を一瞥した後、溜め息を一つ落としてパーサーに連絡。


「とりあえず撤退や! 転送してくれまっか」

 なんだか物騒な雰囲気になってきたな……という俺が漏らした独り言もいっしょくたにしてして、メンバーは銀龍へ戻された。

  

  

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