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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  書き換えられたシナリオ  

  

  

「さて、ここからが重要なんです……」

 未来体のナナはまるで独り言みたいに口を開き、過去ナナへと伝える。

「このあとドゥウォーフの若者がやって来るので、彼と一緒に主宰さんのところへ行き、ギンリュウの司令室へ転送してもらいなさい。そして向こうに着いたら、過去の芸津さんたちがドロイドに捕えられているので、すぐウイルスの起動コードを発令する……わかった?」


 なるほど、と俺は膝を打った。

「ここで段取りを教えられていたのか。どうりで、トンマのくせに出来た行動だと思ったぜ」

 何とも言えない複雑な気分に苛まれた。


 あの時、転送理論を吸収したドロイドたちが次々司令室に侵入してきて、あっと言う間に俺たちは囲まれたのだが、そこへ飛び込んで来たこの間抜けな助っ人のおかげで命拾いをしたのだ。その行動にとんでもなく驚き、かつ感謝もしたのだが、まさかその裏でこういうカラクリがあったとは思いもよらなかった。


 つまりこのトンマは、未来から来た自分自身が書いたシナリオに従って動いていたことになる。

 それならいい機会だ。コマンダーからもひとこと厳命しておこう。

「いいか。向こうに行ったらウイルスを起動することが最優先だからな。過去の俺や玲子が助けろとか言って喚くけど耳を貸すな全部無視しろ」

「あい、りょうかいしましたぁ」

 コクリとうなずくナナ。同時に始まるMSK通信。

 心地よい音色が広がり……。


「うわあ─────!」

 とんでもない事を思い出した。


「この時の俺の伝言があそこで繋がってたんだ!」

「うっさいな。おまはん。何を一人でほたえとんのや?」


「しゃ、社長。以前ナナが助けに来た時のこと覚えてますか?」

「起動コードを発する時やろ?」

「そうですよ。あの時、こいつは。過去の俺に無視しろと言われてるって、告げたんです」

「覚えとる。おまはん派手に怒っとった」

「過去の俺がジャマをしたら歴史が変わるのをここで俺が釘を刺したんだ……」


 社長は険しい目をして、しっ、と俺を黙らせた。

「ええか、裕輔。それ以上口にしいぃな。この子はまだその場面を知らん。これ以上よけいなことをゆうて起動コードが発せられへん事態になってみい。ワシらここにおらんことになりまっせ」


「そ……そうか」

 起動コードを言わなければ確実に俺たちはドロイドに殺されていた。


 未来のナナと向き合い、可愛らしい唇を尖らさせてデータ通信を行う過去ナナの姿をマジマジと見遣る。それは記憶のとおり、白と灰色の粗末なワンピース姿だが、俺たちの未来を確実に握る少女なのだ。


 何だか感慨に浸ると同時に、薄ら寒いものを感じた。


『お前なんか死んじまえ』って、俺が怒鳴ったこと。

『今のセリフ覚えておいてくらさーい』と俺に言い返してきた、お前のセリフ……。忘れるもんか。この子は今ここで俺に言われた約束を守り通したのだ。

 悪かったなナナ。無事に起動コードを唱えてくれ。でないと俺たちはあそこで死ぬことになるんだ。


 強い自責の念に苛まれた俺は、二人の振る舞いを見守るしかなかった。


 すぐにメロディが止まり二人が顔を上げる。

「はい。デコード完了れぇぇす。記憶デバイスに書き込みましたでごじゃります」

 過去のナナがぴょんと立ち上がり、

「ではみなさんのご健闘をお祈りしまぁぁす」

 可愛らしく挙手をして、ぺこりと腰を曲げると機関室を飛び出して行った。



 その後ろ姿を呆気にとられながら見つめていた社長が、緊迫度の高い声を張り上げた。

「あ、ちょ、ちょい待ちなはれ! いま気がついた。あの時は焦っとったから見逃してたワ」

 どこを問題視したのか俺には理解不能だったが、急激に厳しい顔つきに変化した社長は、怖い目でナナを睨んで言う。


「よー考えたら起動コードは今田しか知らんはずや。何でおまはんが知ってますんや」

「そりゃ。今田が口にしていたのをこいつが立ち聞きしたんじゃないの?」

「おかしいやろ。それやったらここで教えんでもええハズや。さっきのナナがその本人や。ほなら知ってることになるやろ」


「あーそうか。でもここで教えるということは、ナナは立ち聞きをしていない。となると未来のナナはそのコードをどこで知ったんだ? この時すでに今田は撃たれて気を失っているし……どういうことだよ、ナナ! やっぱお前は別人か?」

 彼女は気まずそうな表情で沈黙に落ちていた。


「ナナ。答えなさい!」

 玲子が槍のような鋭い視線で睨んだ。

「おまはん、ウソを吐いたんか? それとも裕輔の言うとおり、ナナとあんたは別人なんでっか?」


 ナナは朱唇をきゅっと噛みしめていたが、おもむろに解いた。

「いいえ。さっきの子もワタシです。そしてガイノイドはウソを吐けません」


「それやったら、辻褄が合わへんがな。過去のおまはんが知らんもんを何で未来のおまはんが知ってるんや。どういうこっちゃねん?」

 大きく膨らむ戸惑いと困惑が徐々に疑惑へと移り変わろうとしていた。


「あの……ですね」

 ナナは濁った言葉でセリフを区切り、腹からせり上がる異物を苦しげに耐えるかのように拳を握り、

「実は……ワタシ……」

 言葉を濁らし、数秒後。

「……これが初めての時空修正任務ではないんです」


「やっぱりな。何か話が簡単すぎると思ったぜ」

「歴史を修正するなんて、そないに簡単にできるもんやないんや」

「悪気があってのことではないんです。信じてください」

 ナナは憂いのある目をこちらに向け、薄い朱唇を固く閉じてしまった。


 俺たちが時空修正のことを安易に考えていたことは、疑いのないことなのだが、重要な部分の説明が省かれていたことに、割り切れない感覚を覚え、管理者に対する不審感が強まったのはどうしても拭い切れない。


 社長は厳しい態度で奥歯を噛み締め、玲子は氷のような視線をナナに突き刺した。

「あなたはウソを吐けないのでしょ。どうなの?」

 初めて彼女へ向けた剣呑な表情だったが、見つめ返すナナの表情も揺るぎの無いものだ。

「はい、吐けません。ただ、時間規則に反する会話はできないのです。そうプログラムされていますので口に出ないんです」


 二人の視線が激しくぶつかり、強張った空気に満たされていた。聞こえてくるのは、オレンジの球体漕内で発生した青白い泡が、力強く渦を巻くゴボゴボいう音だけ。テトリオンサイクルが完全始動した機関室で俺たちはナナを取り囲んでいた。


「時間規則が重要なことちゅうのはよう理解しています。そやから──喋られへんのもしゃあないやろ。でも納得いく理由を聞かん限り、今後、我々は協力しまへんで」


 決意の吐息と共に放たれた社長の言葉をナナは毅然とした態度で受け入れた。

「わかりました……」

 ナナはその柔らかなまつげを閉じ、数秒して煌めいた瞳を開けた。


「では。時間規則に反しない範囲で、すべてをお話します」

「いい? こういうのを腹を割って話すって言うのよ」

「分かりました。真実だけをお話します」

 素直に返答するナナを俺は安穏な気分で見遣る。これがトンマなほうだと切腹の意味に取ったはずだ。


 玲子は威嚇の態度を緩め、ナナはキラキラと光る眼を遠くへと向けて説明を始めた。それは俺たちの想像を遥かに超えた飛躍的に進化したドロイドの姿だった。



 本体の総称はダークネブラ。生き残った一体のドロイドが450年後、500兆に増殖して無感情の暗黒集団へと変貌する。知的生命体から生きたまま脳髄にプローブと呼ばれる器具を射し込んで知識を抜き去り、用済みとなるとその場で処刑する。微塵の人道的配慮も無い行為を平然と行うおぞましい集団と化していたのだ。


 ダークネブラはちゃんと組織立っており、デバッガー、コンパイラ、そしてサテライトと呼ばれる三つのグル―プに分かれているそうだ。

 サテライトは時空間の通信を担っており、中枢になるのがコンパイラ。デバッガーはコンパイラの指示通りに動き回る実務を担当するらしい。


 奴らの手法は数にモノを言わせた小賢しいもので、数億のデバッガーを広範囲の時間域へ飛ばし、自分達にとって不利益になる歴史を発見すると、その情報はサテライトを通じて未来で待機するコンパイラへ報告される。コンパイラは歴史を改変すべく方法を考え出し、再びサテライトを通してデバッガーへ送り、それをデバッガーが実行する、という信じられないものだった。


 やがて話はさらに核心部へと進む。

「これまでの時空修正では、レーザーに撃たれるイマダさんを守るためにギンリュウへ侵入するドロイドを先に破壊する計画でした。そうすればイマダさんが直接ウイルスの起動コードを発令できますから……。それで実際にドロイドの破壊は成功したのですが……」

 一拍ほど言葉を区切って、ナナは俺たちの様子を窺った。それは俺たちの知らない話に逸れることを暗示していた。


「……ところがどこかでこの計画がネブラに漏れていました。その流れを変えるために、破壊したドロイドに代わってデバッガーが格納庫へ侵入してレーザーを発射させたのです」


「そうや。そのレーザーが今田の頭蓋に命中したんや」

 しかしナナは首を振った。

「今回はそうでしたが以前は違います。レーザーの標的になったのは今田さんではありません」

「何を狙ったんや?」

「反物質反応炉……」

「ま……まさか。リアクターでっか?」


「はい。ギンリュウは爆発、数百キロ四方に渡って飛散しました」


「な、なんやて!」

「なっ!」

 忽然と視力を失った。まるで黒幕が引き下ろされたみたいにして目の前が真っ暗になり、俺たちは絶句した。

 リアクターを爆破された銀龍は木端微塵となり、数百キロ先まで飛び散ったと今ナナは言ったのだ。言ったよな?


「ありえないわ……」玲子も震え声だ。

 俺は背筋が凍る思いで聞き直す。

「そんなバカな。ウソだろう?」

 ナナは厳しい目を俺に据えて言う。

「真実です……」

「で、でも。俺、生きてるぜ。足もあるよな?」

 玲子に「バカ」と言い返され、生まれて初めてこの言葉で安らぎを感じた。



「時空間スキャンをしていた管理者が計画の失敗を先に気づき、イマダさんがウイルスを準備している時間域へワタシを送ったのです。彼は過去体のワタシだと思い込んでいましたので、間一髪、起動コードを聞き出すことに成功。ギンリュウ破壊という(むご)い歴史は消滅しました。ただダークネブラ発生の第一因子であるプロトタイプの破壊までは至りませんで……。それが現在の流れになっています」


 俺たちがあそこで死んだという歴史があったという事実。ピザが入っていたとか、いなかったとか、子供時代にナナと遊んでもらったなどとは、全く次元の異なるとんでもなく恐ろしい話で、俺たちは血の気の引く思いで体を硬直させていた。


 その空気を払拭させたのは社長の言葉だった。

「そうか……その話を裏付ける事実があのドロイドや」

「どういうことっすか?」

 社長は俺の正面に体を向き直して言う。

「おまはんも覚えとるやろ。救助に来たギンリュウの格納庫を閉じさせんとばかりに乗り込んできたドロイド。見たやろ」

「あー。そう言えば、あれだけ他の連中と違ってたんだ。動きは素早くて力もあった。なんか異質な感じがしてたんだよな」


「あたしも覚えてるわ。パンチもらったもの。ということはすでに敵と出会っていたわけね」

「じゃ、じゃぁお前らの時空修正が無ければウイルスは起動しないし、銀龍も爆破されて俺たちの人生はあそこで終わってたのか……」

 急激に嫌な気分に陥っていった。だが、ナナは毅然と胸を張って言い切る。

「そんなことはさせません。そのためにはワタシは何度でも現われて差しあげます」


「これで何回目なの?」


「ん……。それにお答えすると時間規則に反します」

「どうして? 聞いたからって何が起きるわけじゃないし……」

「あ、はい。でも聞くと今後の気力が失われるかもしれませんので」


 回数は言わなくてもミッションの難しさが伝わるセルフだった。つまり未だに成功していないと言いたいわけだ。

「その言葉だけで、じゅうぶん気力を失ったぜ」


 ナナは笑顔を俺に見せて付け加えた。

「最近の研究で管理者は気づいたのです。この時空修正には社長さんたち、皆さんの協力を得ないと成功しないシナリオがあると結論を出しました。そうでないと管理者自身の存在まで危ぶまれるからです。彼らの先祖を助けたのはゲイツさん、あなたですもの。そうでしょ?」


 可愛らしく首を傾けられて、さすがのケチらハゲも遠慮がちに退いた。

「そ、それは、成り行き上……いやいやいや、変な意味やおまへんで。困っている人を見捨てるコトなんかしまっかいな。それより救世主はおまはんのほうやったんやがな。ワシらまで救うてくれて感謝します。やっぱり白神様は実在しとったんやな」


「でもさ」と玲子が口に出し、

「とにかくよかったじゃない」

 なにやらご機嫌な様子だが、ちょっち解せない。

「何がだよ?」

「エンジンが掛かったし。これでミッションは終わりでしょ?」


「そう……やな」


「となると、そろそろドロイドらとドンパチが始まるな。確か地表で数千万のドロイドに囲まれた時に、スフィアのエンジンが始動したのを覚えてるぜ。その後で俺たちは銀龍に救助されたんだもんな」

「そうやったな。あん時は驚きましたデ。地表一面がドロイドに埋まってましたからな」


 過ぎ去った苦悩を楽しげに語る社長の無線機から、過去の銀龍が地表に向かった、と言う、田吾の慌てふためいた声がし、社長に、何もするな、じっとしていろと叱り飛ばされるところを見ると、歴史は俺の記憶どおりに流れていると思われる。


 ──これでミッション終了のはずだ。

 だが、しばらくしてナナが気づいた。何分経っても、何も変化しないことに……。

  

  

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