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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  私設ファンクラブ VS オフィシャルファンクラブ  

  

  

 そこへ。天使の声が渡る。

「皆さん。お待たせしました」

 甘い声音と共に室内が一気に華やいだ。柔らかそうな黒髪をなびかせてナナの登場だ。


 玲子と同じ秘書課の制服を着こなし、ミニスカートというデコレーションで引き立たせた目映いばかりの美脚をクロスさせて、扉をぱたんと閉めた。


「うぅぅ……む」

 部屋の中央へと歩む神々しいまでの光景にうっとりさ。


 開発部の連中が騒ぐのも無理はない。何とも言えぬプロポーションと、ひと目見てとろけそうな表情は堪らない。


「こういうのを萌えというのか?」

 思わず俺の口から言葉が転がり落ちたが、玲子が否定する。


「なに言ってんの。あの子はロボットなのよ」

「ロボットって……」

 言うとおり人工物だが、そんな古臭いカテゴリで括ってしまえるものではない。わかる? 

 息づかいだぜ。ナナは息をするんだ。常ではないが、彼女は体内のポンプから空気を吐き出して人工声帯を震わせて声を出すシステムなんだぜ。だから喋る前に息を吸うんだ。それが超自然で超色っぽい。つい最近知ったんだが、すげぇだろ。管理者恐るべしだぜ──。



「よっしゃ。今日はファン倶楽部の話をしに来たんとちゃう。ナナ、さっさと進めてや。こんな無駄な時間、仕事のジャマになるだけや。はよ終わらせるんやで」

 経営者の言葉などこんなものだ。ここに集まっているあいだ、俺たちは給料ドロボーと言われても仕方がない。


「あ、はい」

 ナナは小気味よく頭を下げると、メンバーが集まった司令室内を歩んだ。

 長い足を交互に、同時に出したらひっくり返る、なんて古典ギャグも混ぜつつ、ナナは中央へ歩み寄る。

 そこへとシャッター音が連発。


 音に気付いて途中で立ち止まったナナは、キラキラとした大きな瞳でクルーを見渡し、田吾のカメラに視線を固定させると、それへと向かって細い指を広げてフルフルと振って見せる。まるでアイドルの撮影会だ。


 どこで覚えたのか、たぶんテレビだろうが、微笑みながらくるりと片足で舞って見せたりしていた。

 物柔らかな可愛らしい仕草に圧倒される。こいつはロボットだと、いくら自分に言い聞かせても、聞く耳を持たない脳ミソが鬱陶しくもあるね。


「えっへんっ!」

 おかしな雰囲気が漂う部屋の空気を玲子の咳払いが吹き飛ばした。


 はっと我に返り慌てて腰を折ると、膝に両手をついて深々と頭を下げるナナ。

「みなさん。ごくろうさまです。ワタシを信じて今日集まっていただき、本当にありがとうございます」


 いや、別にまだ信じてねぇ~し。とにかく興味本位で集まっただけだからね。


 それに──。

 田吾へ視線をやる。


 こいつは倶楽部の取材しか頭にねぇし。

 それよりヲタのシャッター音がうるさい。


 案の定、ケチらハゲが目を吊り上げた。

「何してまんねん。写真撮影はプロに任せてますんや。素人が撮影した生写真が世間に出回ったら、ナナの値打ちが下がりまんのや。写真撮影は禁止するデ!」


 あちゃぁー。マジでプロダクションの社長になる気だぜ。この調子なら、さっそく来期には芸能部門を作るぞ。

 玲子はまたもや鼻を鳴らして胸を張る。

「あたしが敏腕マネージャーよ、文句ある?」

「ねーよ」

 それよりこの会社……大丈夫だろうか。


「とにかく没収や!!」

 強い口調で怒鳴ると社長はカメラを奪い取った。


「あぁぁ。何するダぁ」

「うるさい。データを消したらカメラは返したる!」


 社長に叱り飛ばされて田吾は通信機の前、自分の所定位置へトボトボと進む。そのしょぼ暮れた背中に向かって、ナナが苦笑いを浮かべた。それから「こほん」と、小さく咳払い。


「ロボットが咳払したぜ」

 とつぶやいた俺の言葉に、

「ナナちゃんはガイノイドだス。ロボットじゃないっす!」

 田吾が噛みついて来た。


「カメラ取られて俺に当たるなよ。就業中のフィギュア作りがバレたお前が悪いんだ」


 田吾を睨む社長を横目で捉えながら、やっとナナが口を開いた。

「では社長さん。今からギンリュウさんごと皆さんを2年過去に(さかのぼ)らして、一気にあの惑星まで飛ばします」


「はへ?」

 部屋の空気が一瞬でおかしなもので満たされた。


「これから?」

「あ、はい」

「うそ……」

 んな、バカな。


 玲子と視線がかち合った。あいつも同じコトを思ったのだろう。二人して仲良く肩をすくめた。


「ちょ、ちょう。待ちなはれ」

 社長も吃驚(びっくり)だ。打ち合わせの後、どこかへ行くとは聞いていたがまさか過去だとは聞いていない。


「今から始めまんのか? 打ち合わせするんちゃいまんの? 全部で何時間掛かりまんねん。そないに長いこと仕事の手を……」

 ナナは柔和な笑みのまま、平手を出してハゲオヤジの言葉を遮った。


「ほぼ同時刻に戻ってきますので。経過時間は数秒です。お手間は取らせませんし、詳しい話は現地でお伝えします」

 インスタントラーメンにお湯を入れる間もないというのか?


「あ、いや。そないな時間やったらエエねんけどな……」

 咎めるポイントを失って、声の音量が下がり気味だった社長が息を吹き返す。

「あ、ちゃうちゃう! アホなコト言いなはんな! 銀龍ごと飛ぶってどういうことか分かってまんのか? 飛行許可も必要やし、燃料かってどんだけ掛かると思ってまんねん」


 こんな話になると機長だって黙っていられない。

「ナナくん。銀龍の総重量は何トンあると思っています? 燃料無しで飛ぶことはできませんよ」

 この人なら総重量をグラムの単位まで(そら)で言えるだろうな。


「ほんまや。1メートル宙に浮かすだけでも、ぎょうさん経費が掛かりまっせ。燃料だけやない整備費もバカにならんし……」

 経費、経費とうるせえな。


「燃料は一滴も使いませんし、消耗するものは何もありません」という言葉でナナはケチらハゲを黙らし、

「それなら私は飛行許可を申請に……」

 席を離れようとしたパーサーをも呼び止めた。


「あのー。飛行許可も必要無いと思います」


 続いて変なことを口にする。

「だってアルトオーネの空域は飛びませんもの」


「あんが……?」

 社長は言い返す言葉を完全に失って撃沈。


 何となく不穏な空気に包まれてきたので、コマンダーとしてもひと言釘を刺しておこう。

「ナナ、もういい。今なら冗談で済むから。ほら、な。社長は温厚な性格をした人だから、ここで謝ろう。ごめんなさい全部冗談でしたって。俺も付き合ってやるから」


 ポカンとして立ち尽くすナナのところへ歩み寄り、サラサラの黒髪を押さえて無理やり頭を下げさせる。

「社長。厳重注意しときますんで、今日のところは……」

「せやな。もうええで」


「もう。ユウスケさん。ジャマしないでください」

 ナナはガバッと体を持ち上げ、俺を払いのけた。

 そりゃあすげぇ力だった。こんなアイドルみたいな小さな体で軽トラを素手で引き摺るパワーを秘めているのはご存じのとおり。


「ワタシ本気です。コマンダーの命令よりも優先順位の高い命令を受けて来たんですから、ジャマしないでください」

 たじろいだ。えらく真剣な表情で言われて俺は数歩退(しりぞ)いたぜ。


 こんな厳しい口調のナナは初めてで、社長も強く感じたのだろう。

「わかったがな、ナナ。好きなようにやりなはれ。ほんではよ仕事に戻ろな」


 手ひらをひらひらさせ、俺に下がれと命じた。

「ほれ、小うるさいコマンダーは下がらせたで。さぁワシらは何をしたらええんや?」


 再び気持ちを緩めたナナは涼しげな顔でニコニコ。

「別に何もしなくていいですよ。そのままでいてください」

「ふへ?」

 田吾のおかしな声が司令室を駆けて抜けた。


「はい。何もする必要はありません」


「そんな、あひょぬぁ(アホな)? げほぉっ、がはっ」

 むせてしまった社長に代わり俺がひとこと物申す。

「いったいどうやってこの大きな宇宙船を動かすんだよ。お前が操縦するとでも言うのか?」


「あ、はい。ワタシは操縦しません。ただ送るだけです」


 送る?

 誰がこの巨体を運ぶんだ?


「分かった。裕輔もうええ。ナナの好きにさせてときなはれ」

 再び手を振って俺を追い払う社長へ丁寧に頭を下げたナナの、次の言葉が超リアルだった。


「では、ハッチを真空対応モードにして、人工重力装置と生命維持装置を起動させてください。向こうは宇宙空間ですから」


「なっ……!」

 ナナのひょうひょうとした答えは現実的で驚きを隠せなかったのは俺だけではない。ここにいた特殊危険課のメンバー全員が仰け反った。


 こいつ本気みたいだ……と。


「じゃ、行きますね」

 すました顔で何かを始めようとするナナ。

「ち、ちょっと待ちなはれ。ほんまにこの状態でエエんでっか?」

 社長は背筋を伸ばしかけたナナを止め、

「とりあえずやな……」という言葉を残して機長とパーサーは念のため持ち場に着かせ、それからハッチを真空モードにして、人工重力と生命維持装置も起動させた。


 わずかに伝わる体重の変化が、装置が動き出したことを物語っていた。




「では始めまぁーす」

 ナナは制服の袖を捲し上げ、白くてか細い腕を露出させる。

 田吾が無線機越しにその目映い肌を見て生唾を飲み込む姿を横目で睨みつつ、俺も自分の席に座り、釣られて玲子も座席に腰掛けた。


 全員が持ち場に着いたこと確認すると、ナナはおもむろに人差し指を立ててまっすぐ天井を指し、いつもの少し鼻にかかった甘えたような声をもっと強めて、


「は~い♪」と、口にした。


 呆然として成り行きを見守る俺たちの前で、ナナは片膝を少し曲げて片足立ちの状態を一刻ほど維持すると、背中をしならせて指をパチンと鳴らした。


「ののかちゃんダす……」

 目を輝かせたのは田吾だけだ。他のメンバーは皿のように目をひん剥いて固まっていたが、俺は気づいたね。

「おいナナよ……それだと飛ばねえぞ」


 誰も注意しないので俺が言わざる得ない。


「おまえさ。呪文を唱えなきゃだめだぜ!」

 玲子は込み上げてくる笑いを堪えて、手の甲で口を隠しながら肩を揺らし、社長は呆れ顔でぽかんだ。


 田吾は悔しげに唇を噛んでハゲオヤジに取り上げられたカメラを睨んでいた。

 会報にはいい絵だだろうけどな。残念だな田吾。


 ご愁傷様~。

  

   

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