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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  管理者からの手紙

  

  

 つまらん話はまだ続く──。


「今どき郵便って、なんだそれ? せめて電話ぐらいしてコイってんだよ……あ、痛ぇ」

 社長は、よけいなことを言うな、とばかりに俺の頭を拳骨で小突き、その手を汚い物でも拭うみたいにして、ズボンの尻で擦り付けてから、

「ほんで、ナナ。手紙の差し出し人は誰でんねん?」


 そこへ。

「社長。お呼びですか?」

 変なタイミングで扉を開けて入ってきたのは、銀龍の客室乗務員であるパーサーと元戦闘機乗りの機長だった。


「おう。これで特殊危険課の勢揃いや」

 部屋の中央に設置されたテーブルを囲んで、ナナも含めて総勢7名が席に着いた。





「ほな……。始めよか」

 と切り出した社長の隣で玲子が立ち上がる。


「それじゃぁ、あたしはお茶でも淹れてきます」

 と告げたもんだから、皆の視線が一斉に泳ぎだした。


「あ、私は先ほど別のところで頂きましたので……要りません」

 遠慮ではない。強く拒否したのはパーサーで、

「オラも喉は渇いてないダ」

「俺も飲んできた」

「………………」

 機長は目をつむって首をブンブン振り、

「かまへん、玲子。ここでナナの話を聞いときなはれ」

 それぞれに大慌てで拒否するのは、今さら説明する必要の無い事象であり、すとんと座り直した玲子に、社長は安堵の息を吐くのも自然な振る舞いなのである。


 なにしろ毒茶だからな。



「ほんで? 誰から手紙が来たんでっか?」


「管理者だよ」

 忽然と声が落ちてきた。


「……そうか。こいつの存在を忘れていた」

 ぶしつけに頭上からそう言い放ったのは、特殊危険課の癌的存在だ。何だっけ……。あそうそう。悪性障害インターフェース。

「対ヒューマノイドインタぁふぇーちゅ!」

「インターフェースって言えねんでやんの」


「うっさい!」


 まるで子供を叱るみたいにして、俺とシロタマへカツを入れてから、社長はナナへ向き直し、

「管理者って、あの管理者でっか? W3Cやナナを作った、あの管理者でっせ?」


「そうだよ。W3Cにも亜空間通信が入ってたでしゅよ」

「何で、そっちは超未来的通信方式で、ナナのとこは手紙やねん?」


「会社の寮には亜空間通信設備が無いからです」

「そんなもん、おまっかいな」

 当たり前のことをナナから言われて、社長は罰が悪そうに黙り込んだ。


 目の前の裏情報収集装置はハリボテなのか?


 一呼吸して、

「何やゆうてきたんでっか? ナナに帰って来いとでも?」


 彼女はふるふると長い髪の毛を揺らし、「ミッションの開始です」と告げた。


 それはとんでもなく信じられないことの幕開けでもあるのだが、誰も聞く耳を持ったないのは、特殊危険課に選抜されたメンバー特有のことなので、それはそれで太陽が東から昇るよりも当たり前のことである。


 まぁ、俺とケチらハゲだけは耳を貸していたが、説明はあり得ない方向に展開していくため、聞く態度はぞんざいだった。


 大まかな説明が終わった頃には、案の定、ケチらハゲは胡乱な視線を向けた。

「ほなら、なんでっか。そのダークネブラのプロトタイプである黒人間。あんたらの言葉で、ブラックデトロイドでっか?」


「ブラックドロイドです」

 ナナに言い直されて、ハゲオヤジは咳払いをして誤魔化す。

 ドロイドを黒人間と名付けたのは社長なのだが、誰もその名を使わなかったのを未だに根に持っている。


「そいつが一匹生き残ってたんでっか? ほんで450年未来では500兆にも膨れ上がり、ダークネブラちゅう恐ろしい集団になるから、そうなる前に潰してくれちゅうんでっか?」

 社長は意外とかわいい丸い目をナナへ見開いて見せ、

「あんたはドゥウォーフの人らと過去へ飛んだナナやろ? ちゃいまんの?」

 さぁ、ここからややこしくなるぞ。


 ナナが原因で俺たちは3万6000光年の漂流を余儀なくされたんだ。しかもこいつも同行してな。バカだろ。


「そうです。その後3500年経過した後、この時代より見て440年先に運ばれ、そこで10年間滞在して、最終的には450年未来からやって来ました」


「未来で10年って。何してたんだよ?」

 あまりに突拍子もない話に、つい我慢できなくなって俺も口を挟んだ。


「あ、はい。DTSDを装着するためです」

「DT……?」

 テッカテカのスキンヘッドをかしげるケチらハゲ。


「はい。Dynamic Time Stretch Device と言います」

「そりゃ何でんの?」

「時間伸縮装置です。時間渡航を可能にします」


「「はぁぁぁ?」」

 俺と社長はそろって懐疑的な表情を顕にした。


「ワタシはこれまで皆さんの行動を管理者に報告していたのです。薬物でトランス状態に陥るなど低俗的な部分がありましたが、それに溺れてしまったワタシの落ち度でこれに関しては上手く説明できていません。でも管理者はこの宇宙域が必要であるかどうかをワタシに託していたのです」


 ナナは気にせず電波話を続けるが、こっちは堪ったもんではない。


「ちょ、ちょい待ちぃな」

「そうだ。ちょっと整理させてくれよ。」


 俺は順を追ってナナの話をまとめてみた。


「管理者はゴキブリを退治するのに、この周辺の星域をまるごと消し去る気なのか? その中に俺たちが住むアルトオーネも含まれてるってのか?」

 とんでもなく迷惑な話だぜ。

 かと言って漫画のストーリーだとしたら、ありきたり過ぎてつまらん。


 田吾は真剣な面持ちでナナを見つめていた。もちろんそれは不埒な目をしてだ。それに時々、熱い溜め息を吐くが、こいつは俺たちとは次元が違うから無視していい。


 他の連中はと言うと。

 玲子はナナに対抗して、ストレートヘアーを巻き上げた新たなスタイルに変身していた。そこらの散髪屋では決して手を出してくれそうもない高級感を漂せるスタイルだった。その黒髪に特製の串をブスブスと刺して身だしなみの真っ最中だし、パーサーと機長は裏情報収集マシンが気になるようで、席から離れて見物に行ってしまい、こちらの話はなどまったく無関心だった。


 結局、ナナの話を聞いていたのは俺と社長だけ。でも、ま。こんなのは日常茶飯事さ。先を続けよう。


「それで連中は、先祖が社長に助けられたという恩義もまだ覚えていて、強硬手段に出る前に一つの救済計画を立てており、その重要な任務を背負ってお前がやって来た。しかもドゥウォーフの人々、ようするに管理者の先祖が亜空間跳躍をした直後にだ。その時からこの話は始まっていた。こういうことか?」


「救済計画って何しまんの?」


「はい、みなさんと一緒に過去へ飛びます」


 幼けない表情で淡々とそう言うナナに「非常識や……」とケチらハゲはつぶやき、テーブルの前で腕を組んで固まった。


 そうだ。非、常識的な話で、あり得ん。

 じっとナナの目を見遣る。吸い込まれそうな瞳の中には星空みたいな輝きが見えた。


 こんな透き通った目をしてウソを言えるだろうか。


 そしてナナは小さな吐息を落す。アンドロイドのくせになんと色っぽい。こいつも玲子同様、秘書課の制服がよく似合っていた。


 ビリジアン色の襟の無いハイネックから斜めに開く上着は腰の部分までで、その下は同じ色のタイトなミニスカートに連なったツーピース。それに身を包んだ美しい姿のまま。瞬きを繰り返し、俺たちの次の動きを待っていた。


「おまはん……」

 だいぶ経ってようやく社長が口を開き、ナナがそちらへ体を傾ける。

「はい……?」

「歳はいくつやねん?」

「3500歳。プラス、未来に行っていた時間が少々加算されます……よね」


 小さな口から舌を少し出して、恥ずかしげに肩をすぼめる仕草はとても自然で、何度も言おう。彼女が人工的に作られたモノであるとは、到底思えない。


 ようやく玲子が髪から手を放し、こちらを向いてキョトンとした。

 俺とケチらハゲが固まったまま動かないからだ。

「どうしたの?」

 上空を漂っていたシロタマに尋ねた。


「こいちゅらアタマ悪りぃぃから、ナナの言ってることが理解でき、」

「こ、こら」

 言葉の途中で玲子に引きずり降ろされた。


「そんな言い方したらだめでしょ!」

 玲子はオニギリを握るみたいにして両手でシロタマを包み込んだが、やり場に困り、急いで制服の胸の内へ。


 ヤツは豊かに盛り上がった楽園の内部を散策でもする気なのか、モソモソとうごめいていた。

 その様子を妬みの目で見つめていた田吾が、玲子の放った冷凍光線で凍死。俺にも殺人光線が向けられかけたので急いで視線を引き離し、ついでにパーサーと機長も彷徨わせていた視線を争って逃がしたのは、男のDNAにそう刻まれているからで、俺には責任は無い。


 にしても、あの楽園が気になる。

 後でシロタマをとっ捕まえて、内部に関する詳しい情報をゲロさせてみよう。



「──信じていただけましたか?」

 ナナは小首を傾けるが、社長は呆け気味。

「信じるも信じないも、なんやようわからんワ。なあ、裕輔?」

「え? ええ……」

 楽園が気がかりで、こっちもそれどころではない。


「その、なんや。時間を遡るんでっしゃろ? ほなら、目が覚めたら枕元に玉手箱が置いてあって、開けたら爺さん、ちゅうことはおまへんやろな?」

 妙にひねった質問だったが、ナナはまったく動じることもなく応える。


「時間は常に一定の流れで過ぎ去るだけで、急激な変化が伴なうことはありません。ただし、身体のダメージを心配されていらっしゃるのでしたら、安心だとは一概にお答えできません」

 思った以上にまともで、正しい反応が返ってきた。


「身体に害がおますんか?」

「時間移動を繰り返すと、かなりのリスクを生命体は負います」

「おまはんは?」


「ワタシには害はありません。そのような構造になっています。それと生命体へのリスクは、ワタシが注意しますので御安心ください」

 次々連発する社長の質問にナナはこともなげに答え、俺たちをみたび黙らせた。


「むぉぉぉぉ」


 ナナの真剣な眼差しは揺るがなかった。


「そこまで言うのなら実際に何か証拠でも出さなきゃ、もう収まりが利かないぜ」

「そうやなぁ……」

 ハゲオヤジは俺にも同意を求める目をしてうなずき、

「時間の移動ができるちゅうとこを見せてくれたら……。いや無理にとは言わヘンけど。なんか無いとなぁ。あ、おまはんがウソ吐きとはゆうてまへんで。信じてもええんや。せやけど……」


 あくまでも信じる気はないが、一生懸命に俺たちへ説明してくれたナナの気持ちは大切にしたい、そんな気分なのだろう。ずいぶんと気遣った言い回しだった。


「あ、はい。どうぞ。何でもおっしゃってください」

「後でウソだぴょーん、なんて言ったら、社長に叱られるのは俺だからな。頼むぜナナ」

 自信あふれる態度にちょっち驚く俺。



「ガイノイドはウソがちゅけないでシュよ」

 俺の訝る心情を見透かしたようなセリフを吐いて、玲子の胸元からシロタマが這い出して来た。

 まだ入っていたのか。こんちくしょう。羨ましいやら、妬ましいやら。


「ほんならナナ……。今ここで茹で玉子を出してもらえまっか」


 なんだか拍子抜けする質問だった。


「考えた挙句が、その質問っすか?」

「なんダす、そりゃ?」

 とぼけた声を()いたのは俺と田吾だ。


「アホ。ワシの好物や。知っとるやろ!」

「いや……知ってるっけどさ……」


「あのな。生タマゴより複雑な工程が必要なんや。ここで出せと言われて、おいそれと出されへん代物や。茹でる時間が必要やからな。時間を操作できん限り簡単には出されへんはずや」


 社長の言い分も理解できるのだが。だからって茹で卵は無いだろ?

 それなら生タマゴのほうが壊れやすくて変なところに隠せないし、雑にも扱えないので、よけいに難しいぞと思うのだが、あのハゲオヤジが茹で玉子好きなのを知っている以上、横からヘタなことを言うヤツはいない──でも俺は言うぜ。


「あのさ。ポケットに入る物だとインチキされやすい。もっと大きくて扱いにくいものがいい」

 俺は間抜け面のままポカンとする田吾を指差し、

「社長の好物より、コイツが死ぬほど好きなピザを出しもらおうよ」

「あー。ほんまや。そのほうがおもろいな」

「なんで、そうなるダすかな?」

 社長は意外と機嫌よく手を打ち、田吾は迷惑そうな顔をする。


「ピザとは大きな物を……服の中に隠すことはできませんね」

「扱いを雑にすると服も汚れるし」

 機長やパーサーもようやく興味が湧いたようで、似非の情報機器から離れると椅子を引いてテーブルに着いた。


「さぁて、どうだ? ナナ」

 彼女を困らせる気はまったく無いが、なるべく無茶なことを要求し、できませんと言わしてから、さっさと解散したかった。んで。俺はナナの困った顔を期待して様子を窺うが、ヤツは平気な顔をしていた。


 それどころか。

「そんなのでいいのですか? ピザですね。簡単なことですよ」

 堂々と言い切りやがった。


 自信満々の態度を見せつけられて驚く俺たちを尻目に、なぜかナナは出口へと向かった。

「お……おい?」

 扉を開けると半身を部屋の外に出した。が、振り返ってひと言。

「行ってきまぁーす」

「誰が買いに行けって……」

 俺の言葉を最後まで聞かず、ナナは扉をパタンと閉め──すぐに開けて顔を覗かせた。


「お待たせしましたー」


「な、何だよ。待ってねえよ」

 その間、1秒未満。コンマ何秒だ。外に出てドアを閉めてまた開けただけだなのだ。


 何か忘れ物でも取りに戻ったのか、不可思議な行動を見せられて全員が疑問符をおっ立てていた。


「どうしたんダす? 財布でも忘れたんスか?」


 ナナは後ろ手に扉を閉めると、田吾に「うふふ」と笑い声を漏らし、黒髪を左右に振りつつ部屋の中にずかずか入って来た。それを追って全員の視線が移動する。


「なぁナナ、やめよう。お前の話は面白かったよ。特殊危険課だからって言っても、SF同好会じゃないんだ。ここは会社でな……」

 足早に近寄ったナナが忠告する俺の口に白く滑々した指をあてがいそれを静止させ、もう片方の手でテーブルの引出しをぐいっと開けた。


「どうぞー。ピザですよ」


「うな──────っ!」


 全員の息の根が止められた。大きく開け放たれた引き出しの中に特大のピザがラップに包まって鎮座していた。


 だがナナが吐いた言葉は俺たちが思っているのとは異なるセリフだった。

「ユウスケさん。匂いがすごくてたいへんでしたよ。それに食べ物なので日にちが経つと腐っちゃうし……」

 やはりナナは匂いも嗅ぎ別けることができるようだが、それより過去形で話すほうが引っかかる。数秒の出来事を説明する口調ではない。


「なので、どうするか悩んだんですよ。ワタシ……」

 ちっとも困っていない笑顔のまま、長いまつ毛をゆっくりと瞬かせて全員の反応を楽しげに観察するナナ。


 その様子がじれったくなって、ついつい急かす。

「で、どうしたんだよ?」


「最後にしました」

「何の最後だ?」

 あふれる出る疑問に言葉を失った俺は差し出されたピザを触れようと指を伸ばし、ナナが忠告する。

「もう冷たくなっていますよ」


 人差し指でラップの上から表面を緩く押さえると固くなったチーズがそこにあった。ナナの言うとおり調理されてからかなり時間が経過しているのが見て取れる。


「この引出しに入れたのは昨夜なんです」

「昨夜って……裕輔がピザって口に出したのは、たった今よ」

 不可解な物を触ろうとする子猫みたいな手の動きで、ピザを触ろうとする玲子へ、ナナは答える。

「ワタシも言われたのはさっきです」


 会話が成り立っていない。

 告げられたのは数分前だが、ピザを準備したのは昨夜だと言う。



「美味そうな匂いダすな」

 メガネブタは違う世界にいる。そんな奴にもナナは隔たり無く付き合う。エライね。

「でしょ。ピザキャップかドノミ・ピザがいいって言われたので、ひとまずこれにしました」

 誰が言ったんだ? と疑問を浮かべるのは俺たちだけで、田吾はやっぱり異世界人さ。


「ならこの匂いは、ドノミだすな?」

「すごい、正解ぃ!」


 ずりんっ。

 キミたちは人をひっ転ばせる天才な。


「食べなくても匂いだけで店が分かるダよ」

「なに自慢してんだよ!」

 って、どこに向かって俺は怒ってんだろうね。だんだん意味解らんことになって来た。



「理論などは二の次にして……」

 と切り出したのは沈黙を貫き通してきたパーサーだった。好奇に揺れる眼差しをナナへと向けて続ける。

「あなたは……これを昨日のうちに準備したということですか?」

「はい。さっきピザを求められましたので、過去へ飛んで買って来ました」


「では今日最初に部屋へ入って来た時は、まだ指示されてませんから引出しは空だった、でいいですね?」

「はい。でも指示され過去へ飛んだことが引き金になって、空ではなくなりました」


「指示を受けたから、過去が変化したのですか?」

「はい。そのとおりです」


 パーサーは、ふ~むと鼻から息を抜いて、目をぱちくり。そして、

「どうもありがとう」

 と締めくくった。


 田吾とはまったく異なる高度な知能を持つ人物なのだが、いまいち何を考えているか理解しずらい。深読みしたのか、ただ単にもつれてきた案件を整理しようとしたのか。何が言いたいのだろう。


 その気持ちはこの人も同じなようで、

「ほな。引出しの中にピザが有るっちゅう歴史と、無いっちゅう、二つの歴史が存在することになりまんな」


 ナナはゆっくりと首を横に振る。

「二つは存在できませんので、入っていないという歴史は消滅します」

「消滅って?」

 疑問をもたげた玲子へ必ず口を出すのはこいつさ。


『歴史の分岐点。ジャンクションです。多元宇宙論的に説明すると事象の分岐点でバルクが発生し……』

「あーもうエエ、タマ。今その話をしなはんな。毛が薄ぅなるワ」

 すでに一本もありませーん。


 タマも意外と素直に引き下がり、再び天井の隅っこへ移動しておとなしくなった。


 社長もピザを睨んだまま黙りこけていたが、しばらくして顎を上げた。

「これは手品やな……」

 ま、妥当な答えだ。テレビで見るヤツはもっと手が込んでいる。


「今回のは子供騙しに近い部類だな」

 機長も俺の意見にうなずき、腕組みをほどいて賛同。

「そうですね。ドアの向こうで準備していて、出て行ったときに手に持ったんですよ」


『ユースケの思惑通りに隠して引き出しに入れるという直接的な方法を取るには、ピザは大きすぎます。扉の向こうから持ち込んだと考えるのには無理があります』

 シロタマの忠告めいた言葉が天井の隅から落とされた。


「なら……。あ、そうか。はははは」

 航空機を操縦させたら右に出る者はいないほどの腕を持つ機長だ。寡黙的で銀龍以外の話題ではめったに喋らない男性だが、それが大笑いした。


 機長は田吾の鼻先を指し示して言う。

「この人の鼻はイヌ並みです。引き出しに入っていたピザの匂いに気付かないはずがありません。手品でもなんでもないよね。最初からそこにあったけど田吾くんは黙っていたんですよ」

「でも、ピザを出せと言ったのは裕輔くんですよ」

 と反論するのはパーサー。


「だからそれはそれ。田吾くんと裕輔くんは親しいから……」

「そこまでオラの鼻は利かないダすよ!」

「ウソ吐け。ドノミを当てただろ!」

「へへ。ばれたか。本当は部屋に入った時から漂ってたダ」


「ほーら。ごらんなさい。最初から決まっていたのですよ」


 機長はご満悦の様子だが、

「いやいや。俺は知らんて。マジで思いついただけだって……」

 まだ喋り終わっていないというに、グイッと俺の腕がひっぱられた。

「ちょっとなによ! あなたたちナナとつるんでたの?」

「おっかねえな、玲子。なに怒ってんだ」

 こっちに飛び火してんじゃん。なんで?


「あたしを騙すなんて百年早いわ。どういうことよ!」

「落ち着け玲子。そんなことして何の得になるんだ。俺はさっさとこんな茶番を終わらせて仕事に戻りたいだけだ」


「ウソ吐きなさい……。あー。わかった。これって忘年会で披露する隠し芸の練習ね。そっか。そういうことならあたしも混ぜてよ」

 と言ってから、

「あのね。ピザはやめようよ。準備が大変だしさ。それとインパクトが無いわ。そうね……。ハトがいいわ」

「鳩とは古いですねぇ」とはパーサー。

「じゃあ、九官鳥は?」


「玲子。一回、落ち着こう。ハトや九官鳥はピザより大変だ。それより誰も隠し芸の予行演習なんかしていない」

「……なーんや。そういうことやったんか、裕輔。」

 焦って説明する俺に割り込む社長。深々とした目をキラキラさせて口を挟んできた。

「おもろいこと(くわだ)てよって。せやけど玲子の主張が正しいワ。ピザではインパクトが無いな。その話、ワシにもいっちょ噛ましてくれへんか。ごっついもん探してきたるワ」


 この人のことだから金に糸目は付けない。虎とか象あたりをレンタルしてくるはずだ。そうなるともうイリュージョンだし。会社の忘年会の域を超えているし、

「て──っ、違うだろ! あのね。なんでピザからそういう話に移って行くんだよ」


「じゃあさ。ワニ出そうよ。ワニ。ね。インパクトあるでしょ? ワニっていくらぐらいするの?」

「ば、バカ! 死人が出るぞ、世紀末の金持ちめ。だいたい忘年会が終わった後、誰が世話すんだ!」

「あなたよ」

「なっ!」


「みなさーん、こちらを見てくださーい」

 気付けばナナは蚊帳の外。やっぱここの連中はバカばっかしなんだ。


「こんなこともしてみたんですよ」

 ナナは胸ポケットから何か取り出し、大きく掲げてみんなの注目を集める。

「ほら、これをご覧くださーい」


「……なんや?」

 全員の視線がナナの指の動きを追いかける。まるで動物園の猿山で餌に群がる猿だった。

  

  

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