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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  ファーストミッション(特殊危険課の特別室にて)

  

  

 危なく玲子に撃沈されそうになった居酒屋での事が、まだ脳裏の片隅に鮮明に残るある日。やっぱり今日も憂鬱な気分で出社する。

 ひとまずロボットだということは世間にバレてはいないが、超人的な振る舞いの割りに、極端なゲコだということが判明した。

 毎晩、一度でいいから居酒屋に連れて行けと迫るところを鑑みると。あの時の記憶がないらしい。ロボットの記憶回路をアルコールが狂わすとは思ってもいなかった。




 てなことを考えつつ、会社の大きなガラス扉を押し()けて一歩踏み入れた、途端。

「ユウスケさん……」


 出た──っ!

 お前は門番かよ。


 ところが。いつもは夏の朝陽よりも明るい笑顔を灯すのに、今日のナナは俺よりも浮かない顔をしていた。


 出社時間がピークとなったエントランスは騒然としていたが、俺たちの姿に目を止める連中は数少ない。それでも数人の社員が怪訝な目付きで俺たちを一瞥して社内に入って行った。


 こいつがロボットであることや、ましてやそのコマンダーが俺だなんてことを知らない社員の目には、エントランスで女子社員に深刻な相談を受けているように映るはずだ。まぁ、あれだ。ちょっと優越感に浸るが、受付のマナミちゃんには見られたくない。


「とにかくここではまずい。二階のロビーへ行こう」

「あ……はい」


 にしたって何ごとだ?

 憂いの漂う雰囲気はただ事ではない。何かあったのかもしれない。例えば秘書課でいじめられているとか……それはありえんな。


 二階のロビーにも従業員がうろついていたが、休憩室には誰もいなく都合がよいが、そこの空気をさらに緊迫させるかのようにナナは真剣な顔で念を押した。

「今から話すことを信じてもらえますか?」


「な、なんだよ」


 藪から棒を突き出して、そいでもってその先でグリグリ引っ掻き回されるような、怖いお言葉。

 いつまでも固唾を飲んで見つめてもいられないのでこちらから尋ねる。


「どうした? 困ったことがあったら何でも俺に相談しろ。なんたってお前のコマンダーなんだ。もう忘れちまったのか?」


 ナナはふっと可愛らしい顔を上げ、瞳に光を溜めた。

「そうですよね。ワタシのコマンダーはユウスケさんでした」

 忘れてたやがったな。


「ユウスケさん」

 決意の表情を浮かべたナナが俺に一歩近寄り、艶々の唇を近づけてきた。


 おおぉ~。きゃわいい。



「特殊危険課の皆さんを集めて欲しいんです」

「はぁぁ? なに言うんだよぉ。あんな抜けきったバカたちに近づくな。アホウがうつるぜ」


「みなさんにご報告することがあります」


「報告はコマンダーにするもんだろ。なんでみんなを呼ばなきゃならないんだ?」

「ユウスケさんでは手におえない案件です」


 ほらな。これだよ。

 じゃあ、なんで俺をコマンダーに選んだって言う話だ。


「んなこと言うけど、お前は秘書課の人間だろ。ケチら、いや、社長に直接言えばいいじゃないか」


「ユウスケさんと行きたいの」

 うほほほ。可愛いこと言うね。


「特殊危険課の金魚のフンでも、今回は必要なんです」

「なんだよ金魚のフンって?」


「レイコさんがそう言えって……。でも何か変ですか?」


 あんにゃろ~~。


「すみません。使い方を間違ったんですね。この場合は、お荷物のほうが適切なんですか?」

「くっ……ぬ。立派な教育係が付いてよかったね。俺も安心したぜ」


「そうですか。よかったぁ。あ、そだ。まだ『鼻つまみ者』と『厄介者』と教えてもらったんですが、どのような場面で使えばいいんでしょうか?」

「なぁーっ! そ、そうだね。どれでも好きな時に使えばいいよ……」


 玲子! 今度殺す!


 でもここで文句を垂れても、ナナの暗い表情は晴れそうも無い。

 それに手を胸の前で握りしめ、潤んだ目でじっと見つめてくる少女を前にして、知らんぷりできるほど俺は冷徹ではない。


 とにかく俺はナナを連れて社長室へ向かった。



 すれ違う従業員がナナには優しげな視線、俺には訝しげな視線をよこしやがる。それは市中引き回しの囚人を見るのと同じ目だった。


 エレベーターに乗って35階───無駄にでかいんだケチらハゲの会社は。

 どんな悪事を働きゃ、こんなビルが建てられるんだよ。


 目の前に、社長室の立派な扉がそびえていた。

 一介の平社員がこのでかい扉を開けるには、それ相当の覚悟が必要だろうけど、俺は平気さ。なにしろ中には俺の遊び仲間みたいなオッサンが待つだけさ。


 ゴッゴッ。


 重々しいノックの音がした。いい素材の木を使ってやがるぜ。


「どうぞ」

 静かなる女性の声。秘書課の誰かだ。


 入ると秘書課のナンバー3、この課のお(つぼね)様、真理子さんだった。

 最初にナナへ視線を向け、わずかに目元を緩めたが、隣に立つ俺に気づくと鋭角な形をしたメガネの端をついと持ち上げて、道端に落ちているゴミを見る目で睨んできた。


 ちょいとたじろぐものの、負けてられっか。こっちは特殊危険課だぜ。さっきその糞扱いされちまったけど。


 あ。補足しておこう。

 真理子さんがナンバー3というのは美形の順位だぜ。秘書はみんな美人で、この人はちっとお年を召しておられるが、5人中3位だ。なかなかのもんだ。


 ついでだから言っておこう。

 秘書課5位の美樹さん。なんとミスユニバース第二次選考通過経験者だ。驚くだろ?

 そんな秘書課だが、今、差し迫った問題が起きていた。


 去年まではダントツ玲子が1位だったが、ここに来てナナが登場しただろ。どっちが1位になるかで、社内がもめちゃって、男性社員は喧々囂々(けんけんごうごう)たる状態。うるさくって業務に支障が出るほどだ。


 こうなったら腕力勝負で決めさせよう、と無茶な意見も出る始末さ。

 社員は知らないだろうがナナはロボットだ。本気を出せばこのビルを下から持ち上げるかも知れん──いや。玲子だってそれぐらいのことは朝飯前にやるだろう。


「おほんっ!」


 真理子さんの咳払いで我に返った。

 俺は何しにここへ来たんだ?


 そうそう──。


「スミマセン。特殊危険課の招集を掛けたいんですが」

 真理子さんは、流麗な眉毛をほんの少し持ち上げ、

「緊急事態ですか?」

 顔に似合わない低い声で訊いた。


「えっ? え、え。えっとこいつ……。じゃないここのナナくんが何か伝えることがあるそうで」

 ナナも険しい視線を振ってくる真理子さんへ、ビビリながらもほんのわずかにうなずいている。


「緊急事態のようですね」

 秘書課のデスクの一番上にある鍵のかかった引き出しをお局様が急いで開錠する。そして中にあった赤いボタンを押した。


 いきなり秘書室の背後が割れて、真理子さんのデスクが後ろに下がりだした。続けて壁に掛けられた何枚かの風景画が、ぱたんぱたんと閉じ。

「えっ? えぇっ!」

 本棚なども反転した壁の向こうに引っこみ、部屋は何も無いがらんとした空虚な空間と入れ替わった、と思ったら。


 な、何んだよ?

 俺は(おのの)いた。こんな仕掛けがあったとはぜんぜん知らなかった。



 次に、ガクンと足元にショックが伝わり、慌てて壁にしがみつく。

 部屋ごとゆっくりと階下に向かって降下を始めたのだ。窓などが無いので速度はよく分からないが、降りて行く浮遊感を覚える。


 再度伝わる軽いショックで降下が止まり、なんだか勇ましいBGMと共に照明が奥へと連続で灯る。壁にはフラクタル模様の絵がぱたぱたと前を向き、奥の扉がおもむろに左右に割れた。



「どうや裕輔。カッコええやろ。特殊危険課の部屋や。このあいだ突貫工事で作らしたんやで」

 出てきたのはハゲオヤジ。ここの責任者だ。


「金が余ってる人は、やることが信じられん。無茶苦茶だな」

 部屋の中をぐるりと見渡して、そう応えてやった。


「あほ。生きた使い方や。危険課は特殊機関なんや。そこらの部署とはだいぶちゃうわ」

「いやあのね。普通の会社には特殊危険課なんて無いでしょ」


「甘いわね……」

 と言って、横の扉から入ってきたのは玲子だった。

「だから特殊なのよ」

 って、秘書の制服着て───そのまんま秘書だろ。説得力ねえし。


「まだ制服が決まってないのよ」

「制服なんかいらん。ジャージでじゅうぶんや」


「え~。せめてミリタリー風にしましょうよ。社長」


「……やっぱ遊びじゃねえか」

 頭の芯が重くなってきた。



 モーターの駆動音と一緒に正面の壁がせり上がり、コントロールパネルとともに登場したのは、

「それでナナちゃん。召集の理由は何ダすか?」

 ちゃっかりパネルの前に座ったアニヲタ田吾だった。


 脂ぎった四角い顔に四角いメガネの表面が油膜(ゆまく)でギトギトしているけど、たまには磨けよ。


 そいつらに向かって、ナナは祈るように手を合わせて訴えた。

「今朝、郵便が来たんです。それでぜひ皆さんにお知らせしようと……」


 はい?

 何言ってんのナナ?

 こいつはどこまで真面目なの?

 それともバカってアンドロイドにも伝染するのか?

 だとしたら大発見だ。



 ナナは周囲を好奇の目で巡らせると、

「それにしてもこんなすばらしい設備まで作って。特殊危険課ってすごいのですね」


 ずごっ!


 すっ転んだぜ。痛ぇーよ。


「おーい。よく見てみろよ。この部屋の(しつら)えも、そこに鎮座した訳の分からない装置も、みんな社長の遊び道具だ。オモチャに決まってんだろ」


「あほか。これは本物や。全世界の情報がこの部屋に集められとるわい」

「それって、インターネットとどう違うの?」

「インターネットとちゃうワ。こっちは裏情報や。おまはんが、昨日、赤・村さ木で一杯150円のハイボールを何杯飲んだのかも解るんや」


「どこにお金使ってんすか……」


 思わず嘆いたね。これならボーナスでも支給してくれたほうが嬉しいな。


「ワシは生きた金の使い方をしとるんや。おまはんにボーナス出しても酒に替わるだけやろ。そやけど、この情報網のおかげで藩主の依頼に嘘が混じっとることを先に知ることができたんや。そやさかいタダで銀龍(ぎんりゅう)を宇宙船に改造できたんや」


「──その代わり漂流しましたけどね」

 ナナが恥ずかしげに下を向いた。


「その話はもうエエ。古い話を持ち出すんやない」

 持ち出したのはそっちじゃねえか。


「ほんでナナ、どう緊急なんや?」

「はい。今日の朝、手紙が届きまして……」

「どこから?」

 しばらくナナはモゴモゴと言葉を探っている様子。


 田吾はじっとナナの動向を追い続け、玲子は興味無しだ。自分の服装チェックを始めた。袖をクイクイと引っ張り、肩の(ほこり)を払ったり(せわ)しない。


 まぁこの行為はこいつの習性どおりだ。玲子が興味を持つのは『冒険』『戦闘』『オシャレ』の三つだ。これがこの女の三大バカ要素なのさ。ほんでもって田吾の場合は『アニメ』『萌えっ子』『美少女』だな。

 余談だけど、俺は『美人』『酒』『髪』だ。


 うっせぇな。だから余談だって言ったろ。

  

  

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