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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
56/297

遥かなる世界へ

  

  

 スクリーンから白ヒゲのジイさんの映像が消え、地表に切り替わった。

 生まれたての山脈みたいに隆起した地表からスフィアが半分顔を出した映像だった。

 それが静止画であることはなく、大きく地割れが走り、巨大な物体がゆっくりと持ち上がってくる。その表面から大量の土砂が滑り落ちて、もうもうたる砂煙が立ち込めていた。


 土砂とドロイドの残骸が混ざりあい、その部分だけが白い大地へと変わっていく。ゆっくりとだが、確実にスフィアは高度を上げ、地表に開けた穴が黒々としてきた。空から見るとちょっとした小惑星が浮上するようだ。


「でぇぇ~~っかいダぁ……」

 田吾がおっぴろげた口もデカイし、吐いた息も熱い。


「機長。スフィアの後をついて行きまっせ。重力の変動に注意してや、あれだけデカイと重力抑制リアクターに影響がでまっせ」


《了解です》


 映像からは音は聞こえてこないが、大地を轟かせ土砂煙を巻き上げて上昇する様子は、空中を渡って波動とも言える緩い唸りを伝えてくる。その迫力は壮大だった。


 速度が増し、みるみる高度が上がる。

 ドロイドの残骸はもう識別できず、黒い地面が広がったように見える。スフィアが埋まっていた部分だけが白い広場となって、クレーターのように大きくへこんでいる。

「なんとデカイ穴だな」

 思わず唸っちまった。


 この光景を目前にして村人は期待と懐古の真っ最中だろうが、子供たちの目にはどう映るのか、気になるところでもある。

 自分たちが住む場所は地面の中だという事実は教えられていただろうが、こうやって客観的に目の当たりにして衝撃を受けていないか。俺が受けたぐらいなのだから気になる。


 徐々に下がって行く地平線。反比例して広がり始めた空は黒々とし、真ん前に赤黒い大きな恒星ガイヤが大半のスペースを陣取り、そいつをバックにして三角形のカタパルトが昇り、続いて球体のスフィアがシルエットになって浮かぶ。とんでもなく雄大で息を飲む光景だった。


「いつ爆発を起こしてもおかしないな」

 ガイヤへ視線を戻した社長のつぶやきだ。


「あの人ら超新星爆発を誘発させるって言ってたぜ。そんなことできるんすか?」

「どうやろ? せやけど、もう重力崩壊寸前の星や、ちょっとしたショックで誘発するんちゃうか。だいたいあのカタパルトの理論でっか、なんやった?」

 天井へ視線を滑らし尋ねる社長。それに応えて、のそりと動いたシロタマは退屈しのぎに降りてきました的な態度でのたまう。


『亜空間フィールドです。ブラックホールの膨大な重力からスフィアを守る異空間です』

 だそうだが、相変わらずさっぱりだ。




 安定軌道に入るまでに小一時間。さらに時間は経過して。


《ゲイツさん……》

 パッとスクリーンが明るくなり主宰の白ひげ姿が映った。


「こっちは準備できてまっせ」


《こちらも準備万端じゃ。これよりカタパルトの起動を試みる。良好だと判断したら、超新星爆発を誘発させるでな。ごゆっくりと観覧していきなされよ》


「いよいよでんな」

《ああ。いよいよじゃ。おぬしらには感謝しておる。なんとお礼を述べてよいのやら……》


「なにゆうてまんねん。水臭いでんな。ワシらのほうこそや。どこの馬の骨ともわからん(もん)を何の疑いもなく心安く保護してくれはって、ほんまあんたらの懐の大きさに驚きですワ」


《ふぁふぁふぁ。それを言うな。運命じゃよ、運命。それより礼を言うのはこちらのほうじゃ。白神様を連れて来てくださり、テトリオンサイクルを復旧して頂いただけでなく、ドロイドを殲滅に導いてくれた。ゲイツさんのお力添えが無ければ我々はここに立てなかったじゃろうな》


「エンジンに関しては……」

 社長は声の音量を少し下げ、探るようにして訊く。

「……あれは主宰はんの策でっしゃろ? うちのナナでなくても復旧できたんちゃいまんの?」


《何を言う。この驚きは真剣じゃぞ。ワシらはとうに亜空間跳躍を諦めておったのに。まさか生きているうちに新天地に到着できるとは奇跡じゃ》


 言葉途中で、船内が不気味に振動した。

「な、なんでっか?」


《──驚かせたかな? カタパルトの試験起動じゃ。ん……ちょっと待ってくれ》

 スクリーンが切り替わり、膨れ上がった赤いガイヤを正面に据えた三角形が映った。


「おほう。ほんまや特等席や。みんな見てみい。スフィアの正面からの映像や。ごっついもんやデ」

 暗褐色に光を落とした巨大なガイヤの前でカタパルトが青く光っていた。


《良い感じに亜空間フィールドが生成しとる》

 スクリーンはそのままガイヤを映し、主宰の声だけが解説を始めた。

 説明を裏付ける挙動なのか、三角形の輪郭から放たれる青い光が脈を打ち、一本の蒼光がガイヤの中心を示す指標みたいに一線を引いた。


《グリム。安定軌道に入っておるか?》

 主宰の声がして、しばらく何らかの返事を待ち、

《わかった。伝えよう》


 わずかな間を空け、映像が主宰のアップと切り替わった。


《ゲイツさん。そちらのパイロットに伝えて欲しいんじゃ。スフィアの中心から後ろ、1万メートル以内に留まり、そこから離れないでくだされよ。超新星爆発の爆風に晒されるでな》


 たぶんグリムからの伝言だと思われるが、社長もにこやかに返事をする。

「大丈夫でっせ。うちのパイロットは腕がエエ。1メートルと狂いはないデ」

 機長のことだ、たぶんミリ単位まで正確に追従して行くはずさ。


《では次元転移までの説明をさせてくだされ。どのタイミングでゲイツさんらがこの星系を離れたらよいか、トリガーポイントが必要じゃと思うんでな》


「ほんまでんな。ぼーっと見惚れとったら超新星爆発の爆流に呑まれまっからな。やっぱ水素が噴き出るんでっしゃろな」


《星の周りにあるものすべてを空間にまき散らすのが新星爆発じゃからな。近づかんに越したことはない。ただしカタパルトが放出しておる亜空間フィールドの後ろに待機しておれば安全じゃ。じゃがスフィアが飛び出すと数十秒でカタパルトは停止する。その時をゲイツさんらのトリガーポイントとすればよい。停止五秒前に点滅するようにグリムに言って細工させておいた。合図が有ったらお主らも旅立ってくれ》


「何から何まですんまへんな。ほなよろしゅうたのんます」


《ふむ。では始めようか……。グリム。脱出プロセスから重力崩壊プロセスに切り替える。誘発弾発射!》


 再び、スフィアから見た映像に切り替わった。

 フラッシュによく似た閃光がほとばしり、ゆっくりと回転している三角形のセンターをすり抜けて、発光体が恒星ガイヤを目指して飛び去った。


「いよいよ。スペクタクルショーの始まりや。今から宇宙でも稀有な現象を見せたるからな」

 その物の言いだと、まるで自分も関与してんだぞ、と言いたげだけど、あんたは一銭も出してねえじゃんか、と返してやりたい。


「何が始まるダす?」

「お……お前、今までの話し聞いてないの? 驚きの能天気だな」

「んダかな? だいたいあの人らはどこへ行くんダす」


 ち……力の抜けるヤツだな。

「あのな……」

 やめだ。一から説明する気になれん。


「そこで見てな。したらわかる」



 数分後。スフィアから発射された光球が恒星に呑まれて消えた。

 想像だにできない超新星爆発を誘発する物体が撃ち込まれたのだ。主宰が『弾』とくっ付けたぐらいだから、銃弾とかミサイルとかの(たぐ)いだろうな。


「陣痛促進剤みたいなもんでんな」

「例えがおかしいっすよ。こっちは一つの星を死に至らしめようとしてんだぜ」

「なんでやねん。超新星爆発は新たな星の誕生につながるんや」


「なるほど……そう来たか」

 周りの空間からせっせと水素を溜め込み、腹の中で重い元素に変換して惜しみなく再び空間に返す。水素とヘリウムしかなかったビッグバン直後の宇宙がここまで豊かになったのは、巨星たちがこの工程を繰り返してくれたおかげだと言ってもいい。


「星を爆発させるダか?」

「ああ、そうだ」

 ちったぁ聞いてんのか。


「派手に火の粉が飛ぶダすよ」

「お前ねえ、アニメの見すぎだ。宇宙では炎は出んぞ」


「でもロケットの後ろから炎が出てるダ」

「宇宙船のケツから出る炎は燃料の中に酸素があるからだ」

「でも……。あの星は燃えているダよ」

 食い下がるヤツだな。


「あれは水素の核融合熱だ。『炎』じゃない」

「今は消えかけてるけど、中は燃えてるダ」

「燃えてない!」


「なんでよ。よく見なさい、あの星の色。(すみ)が燃え尽きようとしてるのよ」

 くそっ。新たなバカが参入してきやがったぜ。核融合を炭にしちまったぞ。


「あのな。赤色巨星ちゅうのはな。水素の核融合が次の段階に入ったっていう証拠なんだ」

「それを人工的に爆発させるってどういうことよ」


 くっ。そこを突かれちゃ答えにくい。こういう案件はシロタマに説明させるのがちょうどいい。

「シロくん。このバカたちに説明してくれる? 俺は銀龍の制御で忙しいのだよ」


『正面の赤色巨星の核融合は水素、ヘリウムの段階をとうに過ぎ、酸素、鉄の段階にまで達しており、進捗(しんちょく)は最終位置に入っています。これは最新の観測によって明確です』


「そ。爆発寸前なのさ」

「なんでそんなこと、あなたに解るのよ」

「なんだよ、その上から目線。腹立つな……。あのな。お前の分析装置を見てみろ、水素だけでなくヘリウムや酸素、鉄の元素が観測されてっだろ。そいつが証拠さ」


「じゃあやっぱり消えるんじゃない。燃え尽きるんでしょ?」


「これだけの巨星になると重力が半端ねえから、どんどん重い元素が星の底に落ちて行く、すると内部が圧し返すだろ。そのせめぎ合いが始まってんのさ。お前、分析係じゃなかったのかよ。画面を見ろ、ちゃんと出てんだろ?」


 玲子はちらりとディスプレイを一瞥して、

「あたしは社長秘書なの。宇宙船の乗組員じゃないわ」

「俺だって違うワ!」


「なあ、裕輔。せめぎ合いってどう意味ダす?」

「今度はお前か……」

 スクリーンの中の恒星ガイヤをじっくり注視する。


 誘発弾が飲み込まれて、未だに変化はない。まぁこれだけの巨星だし、そこまで到達するのに時間が掛かるのは当然だ。こんバカに説明するヒマぐらいはあるだろう。


「あのな……。内部圧が勝てばその星は確かに燃え尽きる。鉄の塊みたいな冷たい星となって生涯を終えるが、押さえ付ける重力のほうが勝つとさらに押さえ込む。そうすっと、またドンと中心に落ちるだろ。したら中心部に溜また中性子にぶち当たって衝撃波が外に向かって放出されるんだ。これが超新星爆発さ。星の周りに集まった水素の層やら、内部に溜め込んだお宝を宇宙に吐き出すんだよ」


「じゃあ。誘発弾って?」

 玲子の白い喉が上下し、問いたげな黒い目が俺に向けられた。

 その表情にうなずく。

「そ、大黒柱を抜いちまうのさ」


「裕輔、くだらんお喋りしとらんと。ディフレクターと防御シールドのパワーを最大にしてまっか?」

「さっきから最大っすよ。ついでに慣性ダンプナーも最大だぜ」

 俺の懇切丁寧な説明はハゲの一言で徒労に終わった。


 だいたい何でいつも俺だけが叱られるんだよ。

 やれやれだぜ……。



 理不尽な仕打ちに疲れた呼気を吐いていると、

「おっ!」

 スクリーンの大半を埋め尽くしていた巨大な星が、まるで鼓動を打つように縮んで、すぐに大きく膨らみ、また元の大きさに戻った。


『恒星の一部で内部崩壊が起き、縮んだ瞬間に質量が圧縮され内圧が急上昇して、元の直径に戻る現象です。圧縮速度は光速の数パーセントに達します』


「見てきたのかよ?」

『これは常識です』


「かぁぁ。腹立つなぁ、こいつ……。こらタマ下りて来い! ブーツの底で踏み潰して裏のギザギザマークをお前の顔に付けてやる!」


「裕輔! 喧嘩は後にせい。始まるで」

「あ、はいはい」

 社長の声に誘われてスクリーンへ急いで目を転じる。

 あり得ない挙動をする恒星ガイヤ。俺たちが注目する前で、まるで後ろに下がったかのようにすとんと縮小した。


『爆縮現象です。超新星爆発が始まります。何かに掴まることを推奨します』


 シロタマの忠告の後。まったくの突然。忽然と襲う浮遊感。

「ぬあああああああっ! 何だ、どうした!」

 俺の体がぐいっと引き摺られた。誰かに引っ張られたのかと思ったがそうではない。


『重力の変動ではなく空間がねじれ、遠くへ伝わっていく、空間鳴動です』

 海面に浮かんでいた木の葉が、引き潮に持って行かれるのと同じで、空間そのものがガイヤに向かって移動したらしい。


 シロタマの説明を耳で受けつつ凝視していたスクリーンの中で、宇宙空間にどっしりと構えたカタパルトが、ほんのわずかに向きが変わったのを目撃した。が、すぐに修正された。


 次の刹那、とんでもない光が広がった。放出される膨大な光を浴びてカタパルトが黒々と映る白一色の映像だ。


「どあう! まともに見ちゃったぜ」


 爆発的に放出した強烈な光は、この星が放つ最後の雄叫びだ。

 持ち得るすべてのパワーをこの一瞬に凝縮したほどの凄絶な光で遮蔽する物すべてを通過し、皮膚がビリビリと刺激されて全身が焼き尽くされるかと思った。


『警告!! おびただしい量のニュートリノ放射に晒されています!』

 シロタマの報告モードが叫んだぐらいなんだから、尋常じゃない現象なのだろう。


「死んじゃうの?」

 玲子が丸い眼で俺を見た。ゆっくりと頭を振ってやる。


「無害だ……よな?」


『すべてをカタパルトが受け止めエネルギーに変換しています。カタパルトが無ければ瞬時に蒸発しています』

「う……そ……だろ」


 肌を押してくるほどの甚大な光は去るときも素早い。あっさり引き下がり、スクリーンの中央にはギラギラと強烈な光を放つ光源がひとつ。視界の大半を覆っていた星の中心部だけが残ったのだ。



《社長。重力崩壊の影響で13万キロメートルも巨星の中心方向に引き込まれました》

 機長も相当慌てているが、次々と変化が起きて目が離せられない。


 三角形の中心が青く輝き、ぐんぐん膨らむと指向性の強い蒼光がまっすぐに輝くガイヤを貫いた。


「おおぉぉ。開きまっせ!」


 道を譲るかのようにカタパルトの三辺が静かに遠ざかり、星へと誘う青く光る三角のパイプラインが誕生。まるで夜空を突っ切る蒼いハイウエイだ。もちろん導く先はあの星の中心部。その中を映像はゆっくりと前進し始めた。


 それに伴い赤黒い水素の海が一斉に後方へ流れ出した。星から噴出した物質が途方もない大津波となって俺たちに押し寄せてきたのだが、カタパルトから放出される青い光のパイプは揺らぐこともなくどっしりと構えていた。


「さあ、スフィアの出立(しゅったつ)や!」


 正面に広がる光の放出点。中心にはおそらくブラックホールが生まれたはずだ。

 ここからは見えないが、そこのセンターへ正確にカタパルトは指し示して動かないのだ。


「速度があがりまっせ」

 言われなくてもスクリーンを見ていれば分かるのだが、つい声に出してしまうほど感動的な光景だった。

 青い光りに誘導されて、光の海を徐々に加速するスフィア。その周りの星空が長く尾を引きだした。


「なるほど。亜空間フィールドでっか。光速に近づく質量の増加を相殺する、主宰はんの言うてた言葉が理解できそうや」

 濁流に動じることなく、爆発の中心部をしっかりと捉えた青い光りのハイウェイが回転を始めた。


「キレイね……」

 心から陶酔しきった俺たちの前で、やにわに画面が切り替わった。

 白ヒゲを優雅に生えそろえた主宰のにこやかな顔だった。


《みなさん。お別れの(とき)が訪れたようじゃ。いつか逢えることがあれば、また酒を交わそう》

「ほんまやな。こんどはこちらがおごりまっせ」


《はは。楽しみじゃ……》


 アップになっていた主宰がカメラの前から下がり、視野があっちのコントロールデッキの中をゆっくりと横に移動する。

 知った顔も混じった十数人の笑顔が並び、その中に紛れていつものにこやかな面立ちで手を振るナナと、彼女の胸に抱かれた幼女の顔が映った。もう二度と会うことは無いだろうが、いつまでもお元気で。グリムにギルド、ジュジュちゃんも健やかに育っておくれ。そしてナナ……。達者で暮らせよ。


《それじゃあ、みなさん。またいつか……》


 感慨無量になる俺の前でスクリーンが再び切り替わった。

 真正面に漆黒の小さな穴がいていた。


「みてみい。あれがブラックホールや」

 周りはブルーに染まった目映い光景で、引き千切れんばかりの猛烈な速度で歪んだ空間が後ろに吹っ飛んで行く。


「機長! スフィアが跳びまっせ! こっちは衝撃に備えて現状維持や。引っ付いて行ったらワシらまで亜空間跳躍してしまうからな」

《心得ています》


 やがて青い世界に白い輝線が走り、虫食い穴にしか思えない黒点へ向かって物凄まじい速度で迫った、次の瞬後、映像はホワイトアウトした。



 たぶんスフィアは消えた──と思う。

 向こうから送られてくる映像が途絶え、しばらくノイズが走っていたが、すぐに銀龍から見た光景に切り替わって、俺、絶句する。

「失敗か!」

「ほんとダす。飛んでないダよ」


 ギラギラと光を放つ星の中心部には黒色の穴があり、カタパルトが保持させ続ける青い三角パイプラインも中心からずれることなく、防波堤の役目を担ったままだ。だが跳んだと思ったスフィアがまだそこに健在だった。


 それもだいぶ様子がおかしい。著しく変形し、宇宙空間に静止している。横に引き伸ばされた球体。まるで突きたての丸い餅を千切れる寸前にまで横に伸ばした静止画のようだ。


「あれはスフィアがイベントホライゾンの淵に到達した証拠や。主宰らは光の速度に迫ったちゅうワケやがな」


『時間の圧縮現象です。光の速度に近づくほどに時間の流れ方がこちらと比べて遅くなり、最終的にほとんど止まったように見えますが、あちら側では通常の時間経過と同じですので、おそらくこの星域にはもういません』


「無事に飛び越えたと思っていいの?」

 誰に尋ねたのでもない玲子のつぶやきが部屋を浸透した。


「主宰の説明からいくと、時間と空間の入れ替えが起きたことになる。たぶん予定通りの時間域に飛びはったんやろな」


「んダども……。あれは?」

 スクリーンを指差し、首を捻る田吾。納得いかなさげに言う。

「じゃあ、あのスフィアは何だすか?」


「飛び立つ寸前のスフィアでんがな」

「寸前って……、まだ飛んでないなら、いつ飛ぶんダす?」

「せやな。これから何千年、いや何万年もあの姿を維持して動かんはずや」

「じゃ、じゃあ。成功か失敗か、いつ分かるダす?」

「ん……。生涯伝わることは無いやろな」


「んなバカな……」

 田吾の気持ちが痛いほど伝わって来た。どんな方法を取ってしてももう連絡はできない。電波でさえそこへたどり着けない異空間に移動したのさ。

  

  

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