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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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旅立つ少女

  

  

 ステージ3の手術の腕は相も変わらず神業的で目を見張ってしまった。

 簡易的な設備の中で数時間の手術だったが、俺は言われたことに手を出すだけで、シロタマは今田が脳に受けた損傷を苦も無く完璧に治療しちまいやがった。


 これまでに数回手伝ったことがあるが、そのほとんどは怪我の治療だった。骨折あり、裂傷あり、どれもあっという間に血管縫合から筋肉縫合までをこなす腕前だ。


『以上を持ちまして開頭手術を終えます。助手はただちに殺菌処理と傷口の洗浄を行ってください』

 問題はこの声音と口調だ。報告モードの冷然とした女性の声ではなく、すんげえハンサムボイスなんだ。普段めったに聞かないもんだから大きな違和感を生んでしまう。


「タマよー。他人行儀な口調やめてくんない? 拍子抜けるんだよな」


『実際、ユースケとは他人ですから』

「かぁー。冷てえなー。一緒に苦労した仲間だろ。同じ特殊危険課の仲間じゃねえか」


『特殊危険課と呼ばれるグループにカテゴライズされた事実はありません』

「玲子が言ってたぜ。お前も仲間だってよ」


『レイコの発言でしたら、特殊危険課の一員だと認めます』

「お前らどういう関係なんだよ。まったく……。あ? お? ぬあぁ! な、なんだ?」


 患部に当てていた殺菌ビームの先がぶるぶる震えるほどの異様な雰囲気が足下から直接伝わってきた。

 見ると医療室の備品がすべてガタガタと暴れ出し、デスクの照明器具が床に落ちそうになり、急いで掴んだ。


「つ、墜落か?」

 ゆっくりとだが、確実に展開し始めた緊迫状態に息を飲む。

 

《な、なんですか、社長! じ、地面が盛り上がってきました。だっ、わぁぁぁあ! 惑星表面が異常状態です、社長! うわぁぁ》


 どのようなことがあっても常に沈着冷静なパーサーが慌てふためいており、悲鳴にも近い声が船内通信のスピーカーから聞こえてきた。司令室への直通ではなく全艦同時通話だ。狼狽して通信先の切り替えを間違えるほどの何かが起きたのだ。


「おい、何事だよ!?」

『持ち場を離れることは禁止です。ただちに殺菌作業を続けてください』

 ステージ3のシロタマが咎めるが、事態はそれどころではないのかもしれない。


「もう十分だって。そのおっさんは死にゃしない。ダメだったらお前が代わりにやっておけよ」

 通常モードに戻ったシロタマの喚き声を背中に浴びつつ、俺は隣の転送室に飛び込んだ。


 つい先ほどまで、パーサーは転送機を使って船内に転がるドロイドの残骸を外に捨てていたのだが、今は手を止めてビューワーに映る光景を目の当たりにして呆然自失状態だった。


「何があったんだよ?」

「あ、あ、あ。裕輔くん。あれは何ですか!」


 指差す先、ビューワーに広がる惑星表面の一部がみるみる膨らんでくるのだ。

「す、スフィアだ! で、でっけえぇぇ」

「あ……あれがスフィア……?」

 目の前で起きつつある出来事から視線が引き離せなかった。


 あり得ない規模の亀裂が地面を走り、中から岩盤がニョキニョキ突き出してくる。それは巨大な山脈としてそそり立つと先端から崩れていくのだ。大地を埋め尽くしていたドロイドの残骸が砂粒のようだ。


《機長! 速度に合わせてこっちも上昇や! 風圧で弾き飛ばされまっせ!》

 操縦席に伝える社長の声も強張り気味だ。


「パーサー。今の高度は?」とは俺で、

「ドロイドの様子を探るために下降してましたけど、それでも1万メートルを維持しています。それに迫る大きさって……」

 噴煙の中から悠然と現れた球体にパーサーは息をつまらせた。


「わわわわわ。何これ! ビューワーの映像をこんなに引かなきゃ、全体像がはみ出てしまう……」

「いやさ。俺も外から見るのは初めてだけど、こんなにでかかったんだ。あの中に大勢の村人が住んでんだぜ」


「住む……。これが船? すごい直径5000メートルを超えていますよ!」


「ああ。あれに乗ってこの惑星から旅立つんだ。ロマンを感じるだろ? な?」

 パーサーから返事は無く、ただ喚くだけ。

「ムチャクチャですよ。あ──。何ですかあれっ! あ──、一緒に浮かび上がってきますよ!」

 この人、こんなにうるさかったっけ?


 パーサーが驚愕に打ち震える眼を向けた先、静かに浮き始めたのは巨大な三角形の建造物。

「ああ。あれはカタパルトさ。これもデカイだろ。シロタマの計算では高さが637メートルもあるんだぜ」

「ムチャクチャだ……」


 一旦、目を丸めて見開いておき、やおら俺に訊いた。

「あの三角形のモノは何をするんですか?」

「理論は俺にもよく解らんけど、あの恒星を超新星爆発させて、生まれたブラックホールに飛び込むための、何とかフィールドとかを作るんだってさ」

「何のために?」

 さらに目を剥く。

「時間と場所を同時に飛ぶんだってよ」


「む……ムチャクチャだ」

 あんた、そればっか。


『正確には飛ぶのではなく空間転移です。目的地の空間とこちらの空間を入れ替えることで異時間と異空間が引き起こすあらゆる齟齬を一挙に解消させる画期的な方法です』

 隣の医療室からシロタマがやって来た。


「今田の殺菌処理はいいのかよ?」


「あのオッサンだし、死にゃーちねえよ」

 お前……ガラ悪くなってね?



 ここにいては状況がよく把握できないので、シロタマと司令室に戻ることにした。その道すがら、俺は肩のすぐ上を連れ立って浮かぶ球体をすがめた。

「お前さー、ぷよぷよして飛びにくくないのか?」

「ない」

 感情の抜け落ちた答えが返ってきた。


「ならいいんだけどな……」





 司令室にあるひときわ大きなビューワーのスクリーンには、満面を笑みでクチャクチャにした主宰のヒゲ混じりの顔が映っており、社長が旧知の仲みたいな口調で接していた。

「ほんで、エンジンの調子はどないでんの?」


《白神様のおかげで絶好調じゃ。すべてが順調に進んどる》

「よかったでんな。あとは無事に超新星爆発が起きるのを待つだけや」


《じゃな……。それはそうと、ゲイツさんらはいかがなされる? お仲間がお迎えのようだが、ワシらと一緒に旅立つのも一考じゃぞ……ん? なんじゃ?》


 会話の途中で後ろの男性に耳打ちされ、クビを捻った主宰がもとの笑顔に戻した。

《そちらにユウスケくんはおられるかな? ギルドが旅立つ前にどうしてもひとこと言いたいそうだ》

 ギルドと言えば、一時、互いに険悪な空気になったあの男だ。いまさら何だろ?


 社長に促され数歩前に出る。

「何か用っすか……?」

 訝しげにスクリーンの前に立った。


《オレだ、ギルドだ》


 見覚えのある顔が主宰の横に立ち、

《ユウスケ……さっきは悪かったな。ひどいことを言っちまって……》

 眉毛の太い男が謝罪の言葉を述べた。


 実は俺も気にしていたのさ。

「こっちも同じだぜ。あんたらの心情を考えずに思ったことを口から出しちまって、俺こそ謝る……。ほんと悪かったな」


《言わないでくれ。オレもあんたらのことを理解していなかった。どうだ。オレたちと一緒に行かないか? また酒を交わそうぜ。オマエとなら美味い酒が飲める気がする》

 心が通じ合った安穏な気分に浸るが、思考はあのドロドロした液体を思い描いた。

「交わしたいのは山々だけど……」

 玲子の手が何か言いたげに俺の肩へ添えられたので、その場を譲った。

「あたしたち特殊危険課は、まだまだ危険に満ちた場所へ行かなきゃいけないのよ」

 ワザワザ変な宣言しなくていいだろうに。


《あんたみたいな美人さんが一緒に旅してくれると、楽しいんだがな》

 玲子は楽しそうに笑い、片目を瞬いてから肩をすくめた。

「ごめんなさいね。あたしはワインが無いと生きていけないのよ」

 と口を滑らせ、社長に睨まれて退散。


《ふぉふぉふぉ。フラれたようじゃな》

 スクリーンの中でも、白ヒゲを擦りながら現れた主宰とギルドが入れ代わった。


「すんまへんな。ワシらは迎えに来た仲間と故郷へ帰りますワ」

 社長はスキンヘッドをぺしゃりとやって頭を下げ、主宰は満面の笑みをこちらに注ぎ、

《謝ることはない……》

 ひとしきり白ひげをしごいたあと、何かを窺うような視線を俺たちの立つさらに奥へと振った。


《それで……お主の腹は決まったのか?》


 それは社長の後ろを指し示しており。

 疑問を持ちつつ首を捻る。俺たちの後ろに立っていたのはナナ。その朱唇からとんでもない言葉が漏れた。

「ワタシ……。おじいちゃまと一緒に行こうかと思うの」


「「「「ええっ!」」」」

 突拍子もないセリフを吐いたナナへ全員の視線が集中した。


「いきなり何を言い出すんだよ」

 驚きの宣言に返す言葉が無い。


「管理者に叱られるから一緒に帰るんじゃないのか?」

「ええ。そう思ってたんですけど。なんだかどうしても行かなきゃって気がするんです」


「なんで?」

 無下に止める理由もないのだが、

「あのね。あの人たちの言葉が翻訳機無しで理解できるということは、ワタシの基本システムに元々書き込まれていたのでしょ? どこかであの人たちと繋がっていないと説明できないの。あと白神様の意味も知りたいし……」


「自分探しの旅に出るちゅうわけでっか?」

 決意も露に唇をきゅっと閉じて、ナナは社長へと深く首肯する。


「そうか。自我に目覚めたアンドロイドはとんでもない発想をするんやな」

 と言ってから、社長は大きく息を吸いナナの肩を引き寄せた。

「でもそれがナナや。かまへん。おまはんの人生や。自由に生きたらエエねん。せやけどコマンダー契約はどないなりまんの? 解約できまんのか?」

「コマンダー次第です」

「安っぽい立場だな。いったい何のために必要なんだ?」

 首を捻らざるを得ないぜ。まったく。


 しかし──。ひとつ不安が残る。

「ハイパートランスポーターは誰が操作するんだよ」

「あの怖いオジサンが目覚めたらできますよ。それとシロタマさんもいます」

 銀髪が舞い、天井の隅に視線を飛ばすナナ。

「いいよ。おしゃるさんには無理だし、シロタマがなんとかちゅる」

 部屋の隅っこでじっと止まって、ゴキブリと化していたシロタマが応えた。


「ゴキブリも、あー言ってんだし……」


 ナナは弛緩した俺の気持ちを素早く感じ取り、

「じゃ、じゃあ。いいんですか? ね、ね?」

 遠足前夜の小学生みたいな雰囲気で俺の目を見つめ、今にも踊りだしかねない衝動を抑えている。


「いいんじゃね。お前はもう自由だ」

「やっ! たぁぁ──!」

 ナナは声を歓喜に変え、スフィアのほうからも喚声が渡って来る。もちろん喜びにまみれた声だ。


《皆の者。白神様のご同行じゃ! これでワシらの旅はますます安泰じゃ。ありがたや、ありがたや》

 中でも聞き覚えのある白神親衛隊のバアさんの喜びはひとしおのようで、さっそく村人を仕切りだした。


《グリム。白神様の気が変わらんうちに、早ようこちらに転送させてもらわんか! それからギルド! オマエは祭壇の用意じゃあ!》

《オババ。そんなのは跳躍してからでも遅く、》

《黙っらっしゃい! 寝ションベン垂れのクセして!》


 婆さんの怒鳴り声がギルドの声を遮り、加えてグリムの憐憫の声が、

《そんな子供の頃の事をひっぱり出さなくても……》

《うるさい!! 今度は跳躍の御加護を頂くのじゃあ! オマエはさっさと転送の準備をしろ!》


 主宰はやれやれと困惑の表情で肩をすくめ、こちらへ視線を合わせると苦笑いを浮かべた。

《バアさんがうるさいので……。では、白神様はコチラへ》


 急展開に困惑するのは俺たちだ。旅立ちを前にして強い寂寥感に襲われた。短い付き合いだったといえども、これほど心に染みる少女はいない。


「いい? あなたは特殊危険課の一員なんだからね。恥ずかしいことしたらダメよ」

 玲子も同じ気持ちだったのだろう。ナナの両肩を握っての発言だ。俺も元コマンダーとして何か付け加えなきゃ。


「そうだ。俺から学んだことを思い出してだな……」

「なにも教えてないじゃない」

 即座に却下された。


「あ……だな。じゃあ……」

 気の利いた言葉って浮かばんよな。で結局、

「たまにでいいから思い出してくれたらいいや」

 最悪だった。


「あ、はーーい。わかりました」


 怜子は結っていたリボンを解き、丸めるとナナの手に持たせた。

「これを持っていきなさい。カーボンナノチューブ入りの頑丈なリボンよ。使い方は覚えたでしょ?」

「あ、はい」

 リボンは髪を結うものだ。使い方もないだろ。


 キラキラ光る眼に向かって俺からも一言やろう。

「向こうへ行ったらまず、アニメ口調を治すんだぜ」

「これはコマンダーのせいです」

 腑に落ちない言葉を残して、ナナが発光に包まれると司令室から消えた。



 一拍遅れてスクリーンの中で光が放出して銀髪の少女が実体化。はしゃぎながら飛びついて来たジュジュを抱き上げ、ナナは無責任な言葉を吐く。

《じゃあ行ってきまーす。管理者に会ったらコンベンションセンターは辞めたって伝えてくらさーい》


「あのヤロウ、バイト感覚であそこにいたのかよ」

「今、行ってきますって言ったダよ……ののかちゃん」

「ののか じゃねえ」

「帰ってくるつもりダか?」

「まともに取るな。あいつはいっつもどこかズレてんだ。気にするとハゲるぜ」


 ほのかな笑みで花を咲かせたナナと、嬉々として彼女に抱き付くジュジュを慈しみあふれる目で交互に見守っていた主宰が、燃えるような真剣な面持ちに切り替えた。


《ではゲイツさん、安定軌道までご一緒しましょう》


「申しにくいねんけどな。本来ならここでお別れするとこや。けどな、ワシらの跳躍に準備が掛かりましてな。それまで超新星爆発の誘発を遅らせてもらうことはできまへんやろか?」


《いかほどかな?》


 社長はパーサーへ船内無線で尋ね、すぐに返答する。

「跳躍可能まであと2時間ですわ」


《ほうほう。ならちょうどよい。超新星爆発を誘発させるには同じぐらいの時間が掛かりますでな。ついでに奇跡の天体ショーをご覧になって行かれたらよい。カタパルトが作り出す亜空間フィールドに包まれてブラックホールに飛び込むスフィアを見学して行ってくだされ。一生に一度も無い、壮大な景色になりますぞ》


「超新星爆発を目の当たりにできるだけでも奇跡に近いのに……せやけど安全とは言えまへんやろ?」


《カタパルトを盾にしてあいだにスフィアを挟み込み、後ろについておれば何事もない。爆発はスフィアから見た映像を送りますでな、真正面から見学ができますぞ。いかがかな?》


「かぶりつきでっか!」

 思わず叫び、急いで咳払いをして言葉を訂正する。

「特等席でんな」


 花火見物になってんぜ、社長。


「せや。宇宙一でっかい花火や。こりゃあ、ええ旅行の思い出になるデ、裕輔」

 えらいことになっちまったな。


《では、ゲイツさん。そちらの準備ができた時を出発の合図と致そう。互いに同じ(とき)に旅立とうではないか》

「よろしおますな。お互いの無事を祈って、ちゅう感じでんな。ほな、主宰はん。あんたにお任せしますワ。あんじょう誘導してくれまっか」


《うむ。承りましたぞ、ゲイツさん……。グリム。離陸じゃ! スフィアを(そら)へ上げろ》

  

  

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