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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
51/297

シロタマ死す

  

  

 一閃を引いた輝線はドロイドのスリットからシロタマと今田を定規を当てたように直線を結んでいた。

「ぐがぁぁ──っ!」

 今田は悶絶し、

「ピヤァァーー」

 シロタマは音のようなおかしな声を放って床に落ちた。


「シロタマっ!」

「い……今田っ!」

 田吾は今田へ駆け寄り、玲子は床を転がって行く白色の球体に飛びついた。


「シロタマ……」

 手の平で撫で続ける白い顔が不安色に染まっていった。


「どうしよ、裕輔。シロタマが動かない!」


 今のは直撃だった。俺の脇腹とはワケが違う。

「とにかくお前が守れ! 対策は後だ!」

 動揺する玲子にそう告げるだけで、こっちも精一杯だ。


 魔王のように仁王立ちになった黒色のドロイドは、額のスリットから赤い索敵ビームを激しく振って、不安定に揺れ動く格納庫内の隅々までを探っていた。


 俺は愕然となった。この筐体だけは明らかに他と異なっている。

「む……無敵かよ!」

 奥歯がかちかちと鳴って背筋がぶるぶる震えて、俺の身体がとんでもなく危険だと警鐘を鳴らした。


「全員、発着ベイから退避や! 裕輔と田吾は今田を運んで。パーサーも隣のエアーロックに早く!」

 急転した状況に社長は大声で指示を出し、隣の部屋に飛び込むと、通路にあるコントロール装置のパネルを引き剥がしにかかる。


 俺はというと、襲ってきた恐怖に身じろぎもできず、固唾を飲んでいた。


「裕輔! 何しとんや! 急げ! 遮断するデ!」

 社長の怒鳴り声に我を取り戻し、その下へ駆け込んだ。


 全員がエアーロックに飛び込むと同時にハッチが閉められ、

「よっしゃ。全員おるな。緊急遮断しまっせ」

 開け放たれたパネルの中に手を突っ込む社長。空気の抜ける音が轟き、三重になったハッチが奥から順に閉まっていった。


 そこへと向かって悔しげにパワーレーザーを連発するドロイド。撃ち込む勢いが弱まる気配は無い。


 ズンッ! ドンッ、ドンッ、ゴンッ!


 何度も鈍い振動が伝わり、エアーロックの壁がこちらに向かって膨らんできた。これまでにない凄まじいパワーだった。


「あかん! このままやと突破される!」

 この船で最も頑丈な三重構造になった発着ベイの隔壁なのに、今にも突破されそうだ。

 執拗に打ち込まれる高エネルギービームをまともに受けて、ぼこぼこになった隔壁が発熱して赤みを帯びてきた。


「機長! 発着ベイを切り離しなはれ!」


《そんなことをしたらこの娘に傷がつきます》


 船だよ──!

 まったく田吾と変わらんな。


「かまへん! 無事にアルトオーネに帰ったら、おまはんが付きっ切りで看病したらエエ」

 なんか言葉の選択が間違っている気がするのは俺だけか?


《了解…………》


 どこかにしこりを残した声音だが、しばらくして腹に響く大音響と共に明るみが射した。エアーロックの向こうを遮っていた部屋がなくなり、外の景色が剥き出しになったのだ。


「ひゅー。助かったぜ」

 だが、またまた額の汗を拭う間もない。


「転送技術を学習されています」

 声をあげたのは、目をつむって倒れていた今田だ。


「今田が何か言ってるダよ」

 田吾はお化けでも見るような目を俺によこした。

「苦しんでのうわ言じゃないのか?」


 パーサーは首を横に振る。

「今のは報告モードの口調ですよ」

「でもシロタマはぜんぜん動いてくれないわよ」

 まったく動かなくなった白い球体を不安げに手のひらに包み込む玲子。


 その様子はマジで不安感を煽られた。

「おいタマ。俺を脅かす気で芝居を打ってんなら、もうバレてっぜ」


「……………………」

 俺の顔を見るたびに悪態を吐いていたヤツが、静かになるとやけにさびしく感じるもので──何か言い返してくるかと思って、しばらく観察していたがその気配は無かった。


「ちょっと、かしてくれ」

 玲子からシロタマを受け取り、裏と表を交互に繰り返して観察してみる。ドロイドのパワーレーザーに直撃された部分が、黒く焼け焦げて痛々しかった。


「おい。タマどうした。くたばっちまったのか?」

 いつもの舌足らずの口調で言い返してくることを期待していたのだが、返答はとんでもないところからあった。


『現在シロタマのシステムはイマダのBMIシステムに移っています』


「なっ!」

 今田の喉の奥から洩れる言葉は弱々しく、声音も男のモノだが、確かに報告モードの口調だった。

 あり得ないことを平気でやるのがシロタマらしいところだけど──これはどういうことだ?


「どないなってまんねん? 詳しく説明しなはれ」


『先ほどドロイドに撃たれたシロタマのシステムは、機能停止する寸前にBMIのシステムへリロードしました。その際にドロイドのELFネットワークを通して転送技術をダウンロードされました』


「えっ!」

 シロタマの言葉は俺たちにとって最悪の事態に陥ることを示している。


「あかーん。機長。大至急回避や、500キロ圏外まで急速退避や!」

 事の重大性に気付いた社長が操縦席へ命じた。


《最大速度に達する時間を考慮すると、約20分は掛かります》


「なんでもええ。最短距離で500キロ圏外に脱出やっ!」

 と唾を飛ばしてから、

「何ぼ悪人やゆうても今田をここに転がして置くんは忍びない。この星域まで銀龍を運んでくれた英雄やで。急いで医務室に運びなはれ」


 田吾が持ち込んで来た担架に今田を乗せ、医務室へ運ぶ道すがら、社長はタンカに横たわる男に尋ねる。

「今田の容態はどないや?」

 今田に向かって『今田の』はおかしな光景だが──。


《緊急を要する模様です。ですが、ステージ3の医療モードならまだ救命の余地はあります。先にシロタマの機能不全を復旧させることを推奨します》


「ほうか……」

 ひとまず安堵の表情を浮かべた後、

「ほんでどないや。まだコンピューターウイルス、何たらワームは効果を見せへんのか? 起動はしてまんのやろ?」


《ロジカルボンバーワームは確実に全筐体に感染しているはずです》


「ほな、ただちに起動しなはれ。連中が盗んだ転送技術を利用されたらワシらおしまいでっせ」

 しばらく今田は、いやシロタマは黙り込み。


《起動コードはイマダが知っています》


「なんやて!?」

 重体患者を揺り起こさんばかりの大声で、

「タマ! おまはんは知らんのかい!」

 またもや間が空いた。


《知りません。構造が巧妙で知る術もありません》


「自分で天才だと言うだけのことはあるな。シロタマでさえ理解不能なんだ」

 自然と洩れた俺の言葉が社長の答えでもあったようで、ハゲオヤジは沈黙に落ちた。


《社長! 無許可の転送です!》

 いち早く自分の持ち場に戻ったパーサーからの緊迫した船内通信だった。


「き、来たダ!」

 喚く田吾の背後に緑の光線が広がり、不細工なダルマ型のドロイドが実体化した。


 反射的に動いた玲子が、動かなくなったシロタマを俺に放り、正面から素早く横に飛んだ。

 足の先までぴんと伸びた脚が田吾の肩越しに伸びて、ドロイドの頭部を吹っ飛ばした。


「お前の動き、ほとんどバネだな」


「転送圏外へ逃げ切るまで、何でもええ、武器を持つんや! 次々来まっせ!」

 てなこと言われたって。玲子じゃないんだから武器持参で社員旅行に参加するヤツはあまりいないわけで。だいたい忘れていたけど何だこのシチュエーションは……ちっとも旅行らしくないじゃないか。


 などと文句を垂れる俺の前で緑の転送光線が膨らむ。

「そらよっと!」

 実体化して動き出す寸前に、肩のレーザーエミッターを引きちぎってやる。すぐにそいつは動かなくなり、床に崩れ倒れた。

 やっぱこのタイプのドロイドは少数相手ならちょろい。


「うぁぁ。捕まったダよー!」

 初めて出会ってどう対処していいか知らない田吾には気の毒かもしれないが、すぐに捕まった。

 にしたってちょっと鈍すぎないか。


 急いで駆け寄り、田吾の背後から抱きついたヤツの肩を蹴り上げてやる。


「いいか田吾。慌てるな。こいつらの弱点は肩の突起物なんだ。そこをへし折ると動けなくなる」


「でっかいバリだすな。なら簡単ダす。バリを外すのはモデラーの基本ダすよ」

 よく意味のわからないコトを言いつつも、何となく理解したようで次々と転送してくる連中の相手を始めた。


 しかし数が尋常ではない。次から次へとひっきりなしで実体化し、息継ぎもできない状態に悲鳴を上げそうだ。

 向こうも転送圏外へ銀龍が去るまでがチャンスと踏んでいるらしく、あっという間に船内はドロイドの海。気付くと司令室へ追い込まれていた。


 最後の砦となった司令室に三体のドロイドが同時に実体化。一体は玲子、もう一体は俺が何とかしたが、一拍おいて五体そろって実体化。俺は振り上げられた腕を掻い潜って、先に転送してきたヤツに飛びつき引き倒した。


 まったくゴキブリだ。こいつらも数でこなしてくるからどうしようもない。何か強力な殺虫剤になるものはないか?


 一瞬の思考の滞りがスキを生んだ。

「ぐぬっ! の野郎ぉ──!」

 いきなり背後から両腕を羽交い締めにされて身動きが取れなくなった。

「うぐっ!、くっ!」

 必死で抗う俺の真横でまたもや三体のドロイドが実体化。逃げる間も無く取り押さえられて完全に制圧された。


「くっそぉ! 解けん! だめだ。お前だけでも逃げろ!」


 玲子にはまだ余裕がある。あいつさえ逃がせば転送圏外に出てから何らかのアクションを展開してくれる。逆転のチャンスはあいつに託すしかない。


「の、やろぉぉぉ!」

 最後の力を振り絞って、俺の腕を掴んで放さないヤツへ、頭突きをかました。


 ガ──ン!


 金属音がして目の前が暗くなった。

 ロボットに頭突きは利かないと悟ったところで力尽きた。


 玲子も同時に前後左右から挟まれたらお陀仏だ。がっしりと取り押さえられ、そして観念した。


「だめだ……」

 無念に肩を落とす俺の目の前で、大きな緑の光がいくつも広がった。

 いったい何体乗り込んできたら気が済むんだ。これが村人たちを恐怖に落とし入れていたヤツらの戦法か。数で相手を翻弄する──今度こそ万作尽きた。ギブアップを宣言するしかなかった。


 ああ神様、仏様……。


 無宗教ではあるが、崖っぷちまで追われると人は必ず神に嘆願するものである。

 俺は硬く目をつむった。


「何でもします。ぜひ助けてください」

  

  

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