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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
49/297

一点突破

  

  

「ちょ、ちょ──っと! 非常にまずいことになった!」

 右回りに走ってハッチの中に飛び込んだ。この通路は高さがあまり無いので何度か頭をぶつけ、ついでに目が廻ってふらつくが、そんなことに今はこだわっている場合ではない。


「裕輔、どないや。銀龍はおったか?」

「あっ! 探すの忘れた」

「あほか! 何のために出たんや! ま、ええ。こんなところで怒っとる場合やない。さぁ外に出まっせ。もうすぐ連中上がってきまっさかいにな。ケツカッチンされまっせ」


「そ、それなんすけど社長。まずいことになった。村に戻ったほうがいい」

「あ、あほか! 何を言い出すんや。もう階段は満員御礼やデ。戻ることはできひん!」


「そ、そ、そ、そ……」


「何が言いたいねん?」

「そ……外もドロイドで満杯だ!」


 社長は道端で何か光る物を見つけた、みたいに目を輝かし、

「おもろいがな。ワシが満員御礼って洒落たんで切り返してきたんやな? だいぶギャグのコツを覚えたやないかい」

「しゃ、社長。ちゃんと俺の話を聞いてくれ」

 俺より少し背の低いハゲオヤジの両肩に手を添えて、ゆっくりはっきりと伝える。


「外はドロイドの海だ!」


「ウソやろ!?」

 しばし息を凝らして、落ち着かない様子で階下を覗き込むハゲオヤジ。玲子の頭の天辺が階段の縁から見え隠れしていたが、すぐに掛け上がって来ると、耳を覆いたくなる言葉を吐いた。

「社長。先頭がやって来ます。すぐに外に出てください」


「ど、どないしまんねん。逃げ道がないがな。シロタマの説明ではドロイドを別の場所に誘導するって言うとったやないか」


「都合が悪くなったのか、間に合っていないか」

「そんなアホな……」

 社長は急激にソワソワし出し、前へ行ったり後退したり、あきらかに挙動不審。


「どうしたの?」

 玲子は社長へ向けていた視線を俺へと振って来た。


「囲まれてんだ」

「誰に?」

「外もドロイドの海なんだよ」


 慌てふためくかと思ったが、朱唇の端をきゅっと噛み締めただけだった。


「とにかく、ここにいてもまずいわ」

「せ、せや。現状を把握するのが先や!」


 急いで外へ飛び出した二人は最初に月光を反射したカタパルトを見て息を飲んだ。


「こうやって見ると、やっぱでっかい三角形やで」

「あれで遠くまで飛ぶんですよね」

「おいおい、のんびり感想を述べ合ってる場合じゃねえって」


 二人の背を押し、

「こっちから屋根に登るとよく見えるんだ」

 先にハッチの屋根に飛び乗り、二人を引っ張り上げた。


 周りは黒い葉の密集地帯。そこにぽつんと浮島みたいに頭を出した白い屋根。それが丸い形をしたスフィアのハッチだ。つまり巨大な宇宙船の最外壁から外に突き出た部分だ。高さは1メートルちょっと。少し助走をつければ飛び乗って、そこから遠くへ目が届く。


「なんやこれ?」

「すごい数よ……」

 言葉を失って異様な光景に茫然とする二人。


「なぁ、言ったどおりだろ。どうするこれ?」


 想像どおりの振る舞いをした後、社長はおもむろに無線機を取り出した。

「銀龍! 今どこや?」


《ザザッ……ザ……を……ザ…………ところ……ガッガザザ》


「あかん。何ゆうてるかさっぱりや」

「どこかを飛んでることは確かなんですよね」

 玲子は背伸びをして遠望したが、すぐに諦めた。

「だめだ。暗いし、うるさくて集中できないわ」

「だろうな。ただでさえ飛行音の小さい銀龍だ。この騒々しい音で掻き消されて聞こえないよな」

 黒い地平線に沿ってゆっくりと目を凝らして注視するが、空には何も飛んでいない。というより赤黒い月の光では見える物も見えない。


「サーチライトでも点けてくれたらええねんけどな」


 もしや……。

 慎重派の俺は新たな不安に駆られ、寒気が走り身震いする。

「社長……。銀龍との無線が偽物っていうことは無いよな?」

「どういう意味よ?」

 夜空に浮かぶ星々を瞳に照らしてたような玲子の真剣な目に答える。

「いやさ。味方が来たと思わせて、のこのこ出てきたところを捕まえるってやつさ」

「そんなことおまへんやろ……。おまはん、田吾の友人やろ。あの声を聞いて、どう思ったんや?」

「いや。まさに田吾だったぜ」

「いくら知能が高いちゅうても、こいつらにそんな偽装ができまっか?」

「ほらね。そういうのは取りこし苦労って言うのよ」

 俺から視線を外した玲子は、再び、歩哨兵ばりの監視を再開した。


「ならいいんだけどよ」

 俺の不安は募るばかりさ。


「うぉっと」

 不気味な振動がスフィアの屋根から伝わってきた。

 次の刹那、下から登って来たドロイドの一団が後ろから圧されて出口から噴き出してきた。まさに勢い余って噴き出すだ。


「やばいぜ、時間切れだ!」

「しゃあない。反対方向に逃げまっせ」


 この中を行くのか?

「せや。ワシらがゴキブリの餌になるんや」


 やだな……。


 俺は出口と真逆の位置から地面へ飛び降りた。ばさばさと乾いた葉を圧し潰す音をさせて、まず俺が数歩先陣を切って進んでみる。

「こりゃ、歩きずらいぜ」

 茂みは胸を越える高さがあり、まるで足下が探れない。

 急いで辺りを踏み固め、

「この辺がいい。岩もないし平たい」

 そこへと二人が飛び降り、俺たちは茂みを掻き分けて進んだ。まるで泳ぐように。



 何度か隠れていた岩につまずき、しこたま膝を打つ。血が滲んで痺れるような激痛が走るが、止まるわけにはいかない。しかも──。


「のわぁ!」


 歩き出して半時もしないうちに、足が縫い付けられた。

 数百メートル先はドロイドが行く手を遮り、連中の赤い光がずらっと並んでいた。


「逃げ道が無い……」

「玲子。おまはんは銀龍を探し続けなはれ。裕輔は声帯が潰れるまでこれで叫ぶんや」

 俺にポイと無線機を投げると、社長は攪拌装置の電源を入れた。

 同時に、前を遮っていた連中が空へ向かって、一斉にスキャンビームを振った。


「よっしゃ。こりゃ使えるデ」

 まるで透明な遮蔽物が俺たちの周りに張り巡らされたようだった。

 連中はその圧力に抗えないようで、空を見上げて後ろへ下がって行く。


「突っ込みまっせ」

 地表を覆い隠すドロイドの海に突き進んだ。


 どういう理屈かは分からないが、俺たちをセンターにして直径十メートルほどの空間ができる。そう、まさに空間だ。足元の茂みは連中に踏みつけられて平たくならされているため、そこはまるで黒い絨毯だった。


「銀龍! 田吾! 聞こえるか! 返事しろ!」


《ザザッ…………ザーーーッ》


「田吾め! また魔法少女と話し込んでいたらぶっ殺すからな! 田吾ぉぉ!」


《ザーーーッザザッ…………》


「ぬ、のやろう。帰ったら百叩きの刑だ」

 帰ることができたら、の話だがな。


《ザーッザザ…………ザザザ……》


「田吾ぉぉ。頼む…………出てくれ」


《ザザザッ……………》


「こんどフィギュア買ってやるからさ……無線に出てくれよ」

 懇願と言うよりも祈る気分だった。


「田吾…………?」


《ザ────ッ…………》


 何度かドロイドが言葉を発して近寄ってくるところを目撃したことがあるが、地表の大群は全くの無言で進軍してくる。そこから放たれる圧迫感は恐怖を煽り、とてつもない重圧を受ける。死が目の前に迫る脅迫じみた雰囲気が首を締め上げるようだ。


 村人の気持ちが痛いほど理解できた。あの人たちはこんな押し迫った危機に直面して日々を暮らしてきたんだ。

 ギルドの怒った顔が無性に懐かしくなってきて、切ない気分に落ち込み、無線機を握る手が自然と垂れた。


「どないや玲子。銀龍は見えまへんか?」

 赤い空を注視していた玲子が首を振り、地表に視線を戻して発した言葉が俺の恐怖感を増幅させる。

「スフィアから出てきた連中が後ろに回り込みました」


「どゆこと?」

 力の抜けた声しか出なかった。


「完全に囲まれたってことよ」

「よくそう明るく言えるよな」


 玲子は返答に窮した俺の背中をぱぁんと、ひっ(たた)き、

「裕輔、本当の男なら、こういうときに笑って応えるものなのよ」

「それって、バカじゃね?」


「違うわ……。心の余裕よ」


「せやな。切羽詰まったときに起こす行動がそいつの本心や。普段なんぼカッコエエこと言うとってもパニクっとたら最低やで」

 この人までも落ち着き払ってんじゃん。あんたら何者?


「これが特殊危険課なのよ」

「お遊びじゃないのかよ?」

「お遊びで大金をつぎ込んどるかい!」

 と社長は怒鳴り、玲子は恍惚な目を空に向けた。


「この緊張感がたまらないのよ」


「へ……ヘンタイめ」

 悟ったね。こいつは根っからの冒険家なんだと。危険と隣り合わせでいないと落ち着かないんだ。


「でもカッコいいじゃねえか」


 何だか胸の辺りがすっきりして来た。こいつと同じ空気を吸えるのが誇らしげに感じてきた。

 この強い精神状態を維持する原動力は何だろうな。ワインか?


「玲子……」

「なに?」

「おごってやるからさ、帰ったら、朝までつき合えよな」

「いいけど、いっつもあなたが先に潰れちゃうじゃない」


「お前がうわばみなだけだ。でもよ。今度は負けないぜ」

 あまり自信はないが……。


「ほなワシもつき()うてジャッジを努めたる。費用は裕輔持ちやデ」


 なははは、ケチだなぁ。


「あ。いつだか連れてってもらったオデン屋に行こう。あそこの鍋を空にするまで飲みたいな」

「いいわね。ね、社長。鍵を開けてくれませんか?」

「かまへん。自由にしなはれ」

「は? 鍵って?」

 何の話をしてんだろ?


「あのね。あそこのオデン屋さんは、舞黒屋専属……んー。簡単に言うとね。会社の持ち物なの」

「まじ? それであのとき社長は支払いをしなかったのか。俺はツケかと思ってたぜ。どへぇ~。じゃじゃあ、あそこのオヤジさんは?」

「そ。舞黒屋の社員よ」

 すげぇ、と言っていいのか。会社の規模にすれば、小っせぇ、と言うべきか。太っ腹と言うべきか、貧乏くさいと言うべきか。


 空を見上げて俺の後ろからついて来る社長を複雑な気持ちで眺める、その遠く、地面から顔を出していた何本かのスフィアの白い屋根が、小気味よい機械音を出してゆっくりと地面に吸い込まれて行った。



「ドロイドの排除が終わったんだ」


 社長と玲子も振り返り、真剣な目をして社長が言う。

「さぁ。スフィアのハッチが閉められたデ。覚悟を決めなはれや。裕輔は銀龍を呼び続けて、玲子は歩哨や」

 これで俺たちは引き戻ることはできない、かといってどこへと進むこともできない。ここで旅立つ村人を見送る事になるかもしれないのだ。


「よしっ。男気を見せてやるぜ」

「頼もしいじゃない。それでこそ特殊危険課の平社員ね」


「平だけ余分だ。でもやる時はやるぜ俺だって……よっし!」

 強い決意を浮かべたその次の刹那。俺たちを取り囲む気配が、がらりと一転した。


 一心不乱に俺たちの周りを取り囲んだ大集団がごっそりと回れ右をした。錆ついたネジを無理矢理回したような軋んだ音を響かせて、すべてが同じ方向へ体の向きを旋回させた。


「な、なんでっか?」

「わからない」

「あっちに何があるのかしら?」

 戸惑う俺たちの周りの状況が刻々と変化していく。


「移動しよるデ……」


 撹拌装置に翻弄され、周囲十数メートルの空間を残して足踏みをしている集団をも引き摺って大移動が始まった。

「な……なんだよいったい?」



 この現象は後で知ったのだが、玲子進呈の謎のレシピ、オムライスならぬ、物体Xに引き寄せられたのが原因らしい。


「どこ行く気なんやろ」

「すくなくとも、俺たちから気が逸れてんじゃね?」

「ほうかな。ほな攪拌装置を止めてみるデ。バッテリーの節約になるしな」

 状況の解説をしながら、社長は装置を止めた。


「あわわわ。あかんワ」

 空を向いて足踏みをした集団が覚醒と同時に体をこちらへ向けた。


「まだ興味があるみたいだ。人気者は辛いよな」

 俺たちはまるでせせらぎを流れる枯葉だ。周囲の動きに押されて長い距離を移動した。


「銀龍! 田吾。応答しろ! フィギュア全部ぶっ潰すぞ!」


《ザ────ッ…………》


「だめだ。やっぱあの無線は偽物だったんだ」

「あきらめたらアカン。ぜったいに銀龍はこの空のどこかにいてる。今は信じるしかないやろ」


 檄を飛ばす社長の肩口から玲子が(ささや)く。

「社長。何だか連中との距離が縮んでいませんか?」


 そう言われたら──。

「もう少し空間が広かったような……」

 確か十数メートルはあったはずだが、あきらかに縮んでいた。


「ま……マズイな。バッテリーの電圧が下がってきたんや。パワーが落ちてきとる」

「ちょ、ちょ、ちょと……」

 焦燥感に駆られて無線機に叫ぶ。

「こらぁ! 田吾! さぼってやがったらマジでぶっ飛ばすぞ! 俺はこんな惑星で死ぬために生まれて来たんじゃない。何とか言え! これまで何度お前を助けてやったと思ってやがる! 一度ぐらい助けてくれ!」


《ザ────ッ》


 そして──。


 ざりっ。

 一体のドロイドが踏み潰された黒い葉の絨毯の上で、片足を踏みしめた。


 ざくっ。

 もう一体が、静かに体を正常な状態に戻し、俺たちに対面し半歩前に進んだ。


 ざりっ、ざく、じゃり、ずざっ。

 次々と覚醒していくドロイド。動きはとろいが歩み方もしっかりと、確実にそいつらは包囲を縮めて来た。


「あたしが相手します」

 果敢にも黒髪を結っていた黄色いリボンを再びしゅらりと抜き去った玲子が、俺たちの前で仁王立ちした。

 横風に暴れまくる前髪をうるさげに払いのけ、まるで連中を威嚇するかのようにリボンを両手で持ってシワを伸ばすと、中の一体と対峙する。


「せぇいっ!」

 気合と共に振り落とされたリボンの先端がドロイドの肩を鋭く切り裂き、火花が散った。

 それはまるで刀の切れ味。カーボンナノチューブ入りだといっても髪の毛を結わえるただのリボンだ。でも玲子の手にかかれば、有名な刀工が磨き上げた刃物に変貌する。


「とぁーーっ」

 肩に取りつけられたレーザーエミッターが吹き飛び、体勢が崩れた相手を足蹴にして、空高く飛んだ玲子を狙って、周りの筐体から一斉射撃を受けるが、すべてをかわして地面に着地。体制を整えてリボンで宙を水平に薙いだ。


 ドムッ!

 ズワッグ!

 バシューッ!

 三体のドロイドの首が吹っ飛んだ。


「どわわわわわああああああ!」

 もしここで十数体程度のドロイドに取り囲まれたのだとしたら、余裕で見ていたはずだ。だが、今の攻撃が連中の好奇心を燃え上がらせる起爆剤となった。遥か彼方の先までのドロイドが一斉に振り返ったのだ。


 絶望のどん底に落ちた俺は薄らいでくる意識を覚ませようと無線機相手に大声を出す。

「だ、だめだ! 田吾! ここで返事してくれれば、一生お前の言いなりになる。でなきゃ…………。俺たちは終わりだっ!!」


《ザザッ──引き戻って……ザザッ……す》


「た、田吾! お前か! やっぱ持つべきは親友だなー!」

「ちゃう。今のは機長や!」


《ザザザ……あと2分……ザサガッガ……ますか?》


 社長は俺の手から無線機を取り上げ、

「機長! 転送や! ワシら三人を今すぐ転送しなはれ!」


《電磁波の影響で……ジザザ……転送……ザザッ、不可能ガザザです》


 玲子が蹴り上げた筐体の頭部が俺の目前に落ちてきたので、拾うと、社長に襲いかかろうとしたヤツのエミッターへ思いっ切りぶつけてやる。そいつは噴煙をあげてぶっ倒れた。


「転送があかんかったら、緊急着陸や! いやいや。着陸している時間はおまへんワ。ワテらの上空でホバリングや、格納庫の扉を開けてそこから飛び込みまっせ。」


《いま急行中……ザザッ……あと1分です》


 急激に電波が明瞭になってきた。


「社長、銀龍です!」

 玲子のほっそりとした指の先、赤黒い月をバックに銀の十字がキラキラと目映い光を放っていた。


「うおぉぉぉ! 銀龍のサーチライトだっ!」

 どの星よりも美しく、どの星よりも威厳に満ちた俺たちの希望の(あか)りだった。


「銀龍! ここや! 銀龍! 銀龍! 銀龍!」

 鼓膜が痛くなるほど叫ぶけど、

「社長。連呼するだけじゃダメだって」

 でも気持ちは俺も同じだ。今すぐにでもここで歌って踊って暴れたい。


「機長、ここがあんたの腕の見せどころや! 今回はすべて許可します。どんだけ派手にやってもエエで! 無事救出で来たら、オデン屋のカギを開けまっせ。全員で好きにしてエエ!」


 せこいな。


《今の言葉忘れないでくださいよ》


 無線の到達範囲に入った銀龍からの声はまさに神の声だ。

 社長も歓喜にまみれる声を張り上げて言う。

「忘れへん。ついでに全員にボーナス支給や」


 マジっすか?


《はっははは。社長。その言葉、フライトレコーダーに記録されましたよ》


「金銭とはゆうてまへんで」


 け……ケチらハゲめ。


 歓喜あふれ、ドンチャン騒ぎでも始めようかという俺たちの足下から、腹に響く低い唸りが伝わり、続いて地面が不気味に揺れた。


「これって……」


 揺れはすぐに小刻みな振動に変わり、腹をぶるぶると振るわせる。

 地面の真下から届いた音と圧力じみた衝撃は、スフィアのテトリオンサイクルが始動したのに違いない。


「社長。ナナのヤツも頑張ってるみたいだぜ」

「お、おう、ほんまや」


 思えばあいつのせいでこの惑星に飛ばされた。そしたら絶滅間際の村人に出会い、争いもしたが笑いもした。でもそこにはすべてナナが絡んでいたことに気が付いた。嫌なことも、いいことも全部あいつが持ち込んできたのだ。そう想起すると無性に懐かしい。あの笑顔にもう一度会いたい。


「何、憂いた顔してんの。あたしたちが銀龍に戻ったら、またあの子とイクトへ戻るのよ……それよりさ」


 玲子はきれいな顎の先で連中を指し示し、

「なんか様子がおかしいのに気付かない?」

「おかしい? この惑星に来てからおかしいことだらけだぜ。なにが正常で……あ」

 言われて気付く勘の悪さ。言うとおりだ。こいつらパワーレーザーをまともに撃ってこない。


「これだけの数だ。一斉射撃をすれば、いくら玲子が超人だといっても避け切れるわけがない」

「正解よ。さっきの攻撃も威嚇程度なのよ」


「撹拌装置の余力がまだあるのかもよ。あるいは相撃ちを避けているとか……」


「ちゃうで、裕輔。ワシらを生きて捉えたいんや。殺したら大事な情報が消えるやろ」

 賛同してうなずく玲子。


「そこまでして知識が欲しいのかよ。俺のなんか何の役にも立たねえっていうのにな」

 数メートルに狭まった空間をジリジリと狭めてくる連中を強く睨む。赤い光の隊列が嘲笑うかのように蠢いていた。


 再び大地を揺るがす轟音が渡った。

 今度のは、これまでにない爆音で低く大きな連続音に変わっていく。


「この力強い音は完璧やデ。ついにあの人らの旅立ちの時が来たんや!」

「上手いこと移住が終えたらいいですね。あの小さな可愛い命。灯し続けなきゃだめよ」


「あんたらのんびりしてんなぁ。スフィアが浮き上がったら俺たち飲まれるぜ、あっ!!」

 いきなりだったが、瞬間、きつい白光に照らされ、俺たちの影が地面を走ってすぐに消えた。

 ドロイドの視線が一斉にそれを追う。そして社長が叫んだ。

「銀龍が通過したんや! 来た来た、来たでぇ!」

 社長の声に反応した俺は振り向きざまに目撃した。飛び去る機体の後部に衝突防止の赤いライトが点滅して、あれはまさしく銀龍だ。


「やった! 助かったぜ!」


《お三人さんの場所を目視できました。そこを動かないでくださいよ》

 と無線で伝えてくる機長に、

「動けたら動いてまっせ」

 と笑えないセリフで言い返す社長。


 一旦大空に舞い戻った巨体は背面飛びに切り替わり、曲芸飛行さながら空中で一回転してもう一度、俺たちにまっすぐと向かってきた。


「な、な、な──────っ!」


 信じられない飛行姿勢。地面すれすれだ。

 ドロイドの頭を機体の底で弾き飛ばしながら迫ってくるのだ。しかもその速度。尋常ではない。


「ちょ、ちょ、ちょう…………」

 焦った。そのまま突っ込んで来たら俺たちにまで影響が出る。

 肉薄して来る銀龍を睨んで息を呑む。


「どはぁぁぁぁぁ!」

 今度は全部吐いちまった。加えて、少しチビったかもしれん。


 地面と触れ合う距離で突入してきた巨体が、俺たちの直前でいきなりの急制動。流線型の尖った先端を中心にして、その場で大きなボディを回転させた。まるで巨大な回転ティーカップだ。遊園地のヤツな。


 慣性ダンプナーと重力抑制リアクターを最大限生かした動きで、イオンエンジンの逆噴射もろとも、いくつもの円を描いて俺たちの周囲を滑空する銀龍はまるで黒い氷上を舞う優雅なスケーターだ。


「す、す、すげぇ。溜まったうっ憤が晴れるぜ」

 噴射の勢いでなす術も無く遠くへ吹き飛ばされるドロイドを眺める光景は実に爽快だった。そのまま俺たちの真上にやって来ると──ど真ん中でまさかの二度目の大逆噴射。銀龍は猛然と空へ飛び発った。


「どわぁぁぁ!」

 息も吐けない、とてつもない爆風が真上から俺たちを押さえつけ、地面で反射するとすべてのものを放射状に吹き飛ばした。 


 高度を増して行く銀龍の腹を仰ぎ見る。初めて目の当たりにする迫力のある光景だ。まるで機長の魂が乗り移ったかのような動きをする宇宙船が愛おしく感じ、ほんのちょっぴり機長が羨ましく思えたのは、こんな巨体を自由自在に操縦する彼の腕に感銘を受けたからだろう。


「これも特殊危険課のなせる業か……」

 無性に誇らしい気分になり、気付くとそんな独りゴチを漏らしていた。




 俺たちを取り囲んだドロイドの壁は爆風のおかげで遥か遠くに退いており、覆い茂っていた黒い葉叢(はむら)までも綺麗に吹き飛ばされて、剥き出しになった地面が白い顔を出していた。


「救助せえとは言うたけど。掃除までして行かんでもエエやろ。ほんまになんぼなんでもやり過ぎや」

 風圧に飛ばされそうになりつつも、社長は楽しげであった。


「また来ますよ!」

 玲子が見上げて指差す。

 再び猛烈なスピードで近づいて来る銀龍を見て、ビビった俺が思わずしゃがみ込む。


 浮かんだ枯葉をすべて吹き飛ばし、鏡のように変貌した湖面を撫でて通る春風みたいに、船体を滑らせて接近すると、銀龍は減速と共に俺たちの前でぐるッと一回りして船尾を向けた。


《お待たせしました》

 大きくゲートを開かせた発着ベイをこちらに曝して、そこから突き出るタラップの先端を社長の腰の位置にピタリとあてがい静止した。

 まるで機長が手を差し伸べたのかと見紛う滑らかな動きで、タラップが近寄ったのだ。


「すごい、ぴったり!」

 黄色い声をあげて、欣喜雀躍と飛び跳ねる玲子。


「ほんまや。腰が抜けるか思ったワ」


 俺はとうに砕け散っていた。

  

  

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