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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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ゴキブリに追われて地上へと

  

  

「おほぅ。派手にやっとるワ」

 村の裏手は社長の作った攪拌装置の餌食になったドロイドたちが繰りなす狂乱の騒ぎが続いており、その動きは滑稽だった。


 まるで空中を飛び交う不可視の敵を相手にした盲目の兵士たちが、躍起になって高射砲を撃ち続ける、そんな光景だ。何を目標にしてビームを発射しているのか、てんででたらめで不揃い、かつ秩序がない。


「ある意味おもろいな」

 しかもそれを他人事みたいに見つめて、社長はとんでもないことを俺に言った。

「裕輔。連中をたきつけてきなはれ、おまはん得意なんやろ? よう喧嘩売ってるらしいやないかい。玲子が助けにいかんとエライことになるんやて?」


 思わず玲子を()め上げる。

 こいつは社長にどんな報告をしてんだ。いつも喧嘩を売るのはお前のほうじゃねえか、と、この場で言ってやろうか。


 玲子は俺から目を逸らし、すました顔して遠くを指差した。

「社長。出口はあちらです」


 んにゃろー。ごまかしやがって。


「まずは、スキャンの撹拌装置を切るデ」

 寸時に相撃ちが収まり、思い思いの方角を指していた視線が一斉にそろっていく。眼球かと見間違う2個の赤光がきれいに整列を始め、統制の取れた大軍団の動きに戻った。


「あの赤いのがやけに目立つな……」

 社長の説明では顔にある一対の赤いレンズ風の物は目ではなく、ネットワークハブらしい。実際の目の役割をしているのは、肩に取り付けられたビームエミッターと呼ばれる突起物さ。あそこさえぶっ潰せばこいつらは動きを止める。


 簡単なようだが簡単ではない。なぜなら連中は圧倒的な数で同じ行動を同時に起こす。たったの三人では太刀打ちできない。今だって蠢く黒い波のように見える。


「裕輔、気を引いて行きなはれや!」

「え? マジで行くんすか?」

「大マジや」


 本気かよ……。

 マナミちゃん一人でさえ振り返らせることができないのに、こんな大勢のロボットの気を引くってどうやったらいいんだ?


「えーい。こうならヤケッパチだぜ。やってやろうじゃねえか」


 様子を探るために動きが止まった黒い集団へ数歩近づき、

「あ~。ドロイド諸君に告ぐ。こちらは舞黒屋の裕輔と呼ばれるケチな野郎でやんす。御用とお急ぎで無い方は、さぁさ、お立ち会い……ぬは──っ!」


 注目された。しかも全てが同期した動きでだ。


「うぉぉぉ、きしょいぜ!」

 ゴキブリの大群が同時に向きを変えて、人間様に対面してきたときを思い浮かべてくれ、全身が総毛立つこと請け合いだぜ。


「すごいじゃない。ロボットにモテるのね。ちょっと嫉妬しちゃうな」

「本気で言ってねえだろ」

「あったり前じゃん。ほら、逃げなきゃ」

 ぐいと玲子に引っ張られ体が傾く。

 空いた隙間にパワービームが撃ち込まれ、鈍い音と同時に道路に穴が開いた。


「あなたねー。自力で逃げられなきゃ、これから先、苦労するわよ」

「じょ、冗談言うなよ」

 今からでも村に引き返したい気分が湧き上がるが、こいつの前では弱気のところを見せられない。後で何を言われるか分かったもんじゃないからな。


「ほらよー。お尻りペンペン、カッパのへーだ」

 とりあえずもうひとつ挑発しておく。

 連中にオケツを見せ、平手でパンパンと叩いてやる。


「ぷっ。何よそれ、子供みたい」

 玲子には気に入られたようだが、俺の足元にパワーレーザーが撃ち込まれたところをみると、

「連中には不評みたいだな……」

 俺はぼやいたというのに、社長は平然と言う。


「よっしゃ。その調子で全員の目標物になりなはれ」


「いや。全員を相手にするには体がもたない。見ろよ地下からうじゃうじゃ出てきた。うっへぇ、気味悪りぃぃ!」


 不気味な行進音が地面を渡って直に響き、背筋に寒いものが走る。アリの巣を掘り返したのと同じ状況だった。


「行くで。地上に続く螺旋階段まで全力疾走や」

 社長が走りだし玲子も後を追う。


 数度、追って来る大集団をおちょくってやるが、それ以上の挑発はする必要無しと結論を出した。おそらく村人とは異なる思考波を感じ取ったのだろう、新たな情報源に一目散だ。すべてのドロイドのスキャンビームがこっちを指して蠢いていた。



「あかん! ちょっと休憩や」

 連中の動きは思ったより鈍く、俺たちが歩くほどの速度で追って来るのだが、いかんせん長く単調な上り坂だ。言わずもがな最初に音をあげたのは社長だった。


 主宰のジイさんほどの年ではないが、このオヤジにこの登り坂はキツイ。玲子みたいな体力をしていれば、あっという間に地上に駆け上がったかもしれないが、それはそれで今度は俺がもたない。


「攪拌装置を点けて時間稼ぎや」

 社長の作ったスキャンパルス攪拌装置の効果は絶大で電源が入ると同時に索敵ビームの目標点が乱れた。それが一斉に起きる景色は、見ていて爽快だった。


「はは。完全に盲目になるんだ。社長、画期的だぜ、それ」

「ほんまやな。こないに効果があるとは思ってなかったワ」

 肩で息をして苦しそうだが、装置を眺める瞳は楽しげに輝いていた。



 攪拌された連中は、なぜかそろって空を注視するのが面白い。その場で足踏みをして上を見上げるので、まるで地団駄を踏む壊れたオモチャみたいだ。ま、じっさいナナと比較すればオモチャのロボットなんだが、そのオモチャに殺人兵器を持たせたと思えばいい。やっぱ怖ぇぜ。


 ドロイドの軍団は地固めをする集団となって停止するが、その遥か後ろから詰めてくる筐体に押されて、氾濫寸前の水際みたいにジワリジワリと俺たちへとにじり寄って来る。


「お……?」

 時折ラジカルの爆炎が空を赤々とさせ、遅れて振動が地面を伝わり俺の足の裏を揺すぶった。


「あっちでも攻防が始まったようだぜ」

「早く外に追い出さないと、子供たちに危険が及ぶわ」

「大丈夫だろ。白神様が守るよ」


 暴走するドロイドの先頭が俺たちの目前、100メートルを切る頃。

「銀龍! 聞こえまっか」

 社長が無線機を取り出した。


《ザッ……なんだす?……ザザッ》

「ほぉ。ちゃんと仕事しとるな」


《あたり前……ザザッ……それより電磁パルスが邪魔して……ガガッ》

「パーサーと代わってくれまっか」


 寸刻の間が空き。

《……代わりましたガガガ……です……ガザッ……少し無線が途切れますが……ザザッ》


「ワシらはゴキブリを退治してからそっちへ戻りまっからな。転送の準備をしといてや」


《ザザッ……地上は……ガッ、ザザ……まして、ものすごい数の電磁パルスでマーカーが特定しにくい……ガザッ、ザザ……》


「かまへん。ぎりぎりまで寄れば、何とかなるやろ。でないと、マジでワシらゴキブリの餌になりまっせ」


《ザザッ……了解しま、ガガザッザザッ……》


 何とも心細い状態で無線が閉じた。


「何か無線機の調子が悪いな」と不安を訴える俺に、

「見てみ」

 黒い集団へ視線を振る社長。


「今まで停止しとった筐体まで総出でワシらを追って来とる。こりゃ相当な電磁波が乱れ飛んでるんや。無線の妨害に……そうか。そういうことか!」

 何かに気付いたようだ。


「これが連中のやり口なんや。こうやってスフィアどうしの通信を妨害して、孤立に追い込んだんや。侮れんであいつら」


「そこまでして俺たちを捕まえたいのかな?」

「新しい情報源やからな。喉から手が出るほど欲しいんとちゃうか」


「ゴキブリの餌か……」

 不気味な言葉が何度も頭を過る。万に一つ、転送されなかったらどうなるんだろ?


「まあ相手は田吾でなくパーサーでっせ。何とかしてくれまんがな」

 その言葉がせめてもの救いではあった。


「さぁ。もうひと踏ん張りしまっせ」

 膝をパンパンと(はた)いて、社長が立ち上がった。

 いよいよ残すところ段差の低い螺旋階段だけとなった。





 地上へと続く階段を駆け上がり、中間辺りに取り付けてある小窓から外を眺める。

「うひゃぁ、社長。ゴキブリの餌作戦はてきめんだぜ。外はドロイドの大行列だ。どこかで祭りでもあるみたいだ」

「村のほうはどないでっか?」

「ん……。大丈夫みたい。フェライトの壁はもとのまま、崩れちゃいない」

 初めてここを通った時は夜で距離感がつかめなかったのだが、遠望してあらためて溜め息を吐く。やはりスフィアはデカイ。森に囲まれた村の城壁が遥か彼方の深部に小さく見えるほどだ。


 ラジカルの炎も消えており、ドロイドの最後尾も通過したようで、外観はひっそりと静かだが、村人の慌てぶりは目に見えるようだ。

 子供のころから心の準備はしていただろうが、いよいよ新天地へ向かって旅立つのだ。想像以上に興奮していると思われる。後はナナがエンジン起動プロセスを最終行程まで導けるかどうかだけだ。



 感慨に耽る俺の肩を突っつくように、玲子の声が階下から伝わって来た。

「社長。先頭の一団がここに入った様子です。音がします」

「よっしゃ。行きましょか。追い付かれたらコトや。気張りまっせ」

 階下まで様子を見に行っていた玲子が駆け上がって来たのと合流して、社長が年甲斐もなく走るペースを上げた。


「社長。無理すんなって」

「アホ。ワシかて覚悟見せたたるワ」

 村人に言われたことがまだ頭から離れないようだ。何に対しても熱い人さ、この人は。



 だが途中からどんどんペースが落ち、最後は玲子に引っ張られて進むはめに。

 ついでに付け足そう。俺が音を上げるのも時間の問題だ。社長と大して変わらない。


「うひゃぁぁ、もう走れない!」

 這う這うの体でようやく最上階に到着。地上に突き出た渦巻き状の通路があるエントランスのど真ん中で、力尽きて床に突っ伏した。足が引き攣り、息が切れ切れだ。

 社長にいたっては半分死んでいて、ひっくり返って激しく呼吸を繰り返し。鉄人玲子は数度の深呼吸でもう落ち着いて屈伸運動なんぞを始めていた。



 その様子をすがめて社長が言う。

「はあはあ。やっぱ走り慣れてる子はちゃいまんな。ワシなんか、こんなに走ったんは、はあはぁ……小学校の運動会以来でっせ」


 うそつけ~。





 何だかやけに静かだった。数千とも言われるドロイドから追われている感がまったくしなくて、さっきから俺はエントランスの天井を眺めながら、数日前に思いを馳せていた。


 最初にここへ入った時、このエントランスが宇宙船のハッチだったとはまさか思うまい。しかも諸事情があって開け放していたことを今では知っている。短い期間の滞在なのに、まるで故郷に帰った気分にさせてくれたのは村人の温厚な人柄のせいか。最後は苦々しい気分になってしまったのが悔やまれる。でも向こうは向こうで真剣なのだから、遺恨を残す気はない。



 荒かった呼吸も治まり、俺はぼちぼちと起き上がった。

「どないや裕輔。外に出てみ。銀龍が飛んでまへんか?」

 社長はまだ床で伸びたままで、顎をしゃくって俺に命じた。


 ハイキングの途中で勝手に休みだしたメンバーを見る目で俺は社長を窺い。

「あんまりもたもたしてっと、下から突き上げを喰らうぜ」


「はは。連中の足は相当に遅いし、ほれ、すぐ下の瓦礫で埋めてある部分が足枷になって時間稼ぎができるがな。少しは余裕ができたやろ」


 張り切り過ぎた分、途中ですぐダウン。ペースが落ちて時間を食っちまったので、あまり変わらないと思うし、俺たちを追いかけてゴマンとやって来る連中にとって、通路を埋めた瓦礫など本気を出せばあっという間に片付けてしまうと思う。何しろそのような作業に従事するよう拵えられた連中だからな。


「それじゃあ、あたしが階下を見張っておきます。裕輔は銀龍の確認をお願い」

 玲子は今上がって来た階段を再び下りて行き、俺は出口へ向かって反時計回りに通路を進んだ。



「日没直後やゆうとったけど気をつけや。ガンマ線のシャワー浴びたらいちころやからな」

 と社長から告げられた言葉に返答し、左回りに通路を進む。まるでカタツムリの殻の中を進むようだと思いながら。


 放射線を懸念した俺は出口直前で立ち止まり、こそっと外を窺った。

 見慣れた三つの月が煌々と辺りを照らした光景が展開されいて、頬を撫でる冷気に安堵する。


「よかった、夜だ……あっ!」

 地上へ一歩出て息を飲んだ。ハッチ内の静けさとは異なる不気味に低い騒音に包まれていたのだ。まるで都会の喧騒とでもいうのか、何の音かの判別がつかないが、ひどく騒がしかった。


 滑らかなハッチの屋根に飛び移り、上から見渡した俺は疲弊と絶望から腰が抜ける思いに満たされた。


 地上はドロイドの海だった。

 暗褐色に光る三つの月を背景にして黒い海が不気味に蠢く。その中に数えきれないほどの赤い目玉が光っている。


 赤光の向きから、すべてがここを目指して進軍して来るのが見て取れる。全方向から赤い光が揺れ動く大海原が広がっており、先頭集団の(ふち)までの距離、たったの数百メートル。そのセンターに俺が立っていたのだ。


「マジかよ……」


 そして恐怖は重なる。

「社長! 先頭が上がってきます」

 玲子の緊迫した声がハッチの中から聞こえてきた。


「万事休すだ!」

 周囲はゆっくりと迫り来るドロイドの津波。背後からは怒涛の行列。逃げ場が無い。


 もしも神様が存在するのなら、白神様であろうと黒神様であろうと何でもいい。あーこの際だ、貧乏神でも死神でもいい。八百万(やおよろず)の神に向かって叫ぶぜ。


 今すぐ信徒に志願するから助けてくれ、ってな!

  

  

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