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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
43/297

大ボケの救世主

  

  

 銀龍の司令室に無断転送して来たのは、純然たる少女だった。

 額で切り揃えられた銀色のショートヘアを空調の風になびかせ、怯える様子も無く部屋の中央に歩み寄って来た。


「こんにちワぁ~」


 茫然自失状態のクルーへ気さくに、いや、この状況ではあまりふさわしくない挨拶だが、我々の言語を話すところをみると同族なのか?

 まさかな。故郷は3万6000光年彼方であるぞ。


 少女は平然としており、無色で澄んだ光を満たした瞳を輝かせ、興味津々の面持ちで辺りを見渡している。


「あー。ドロイドがいっぱいだぁ」

 蠢く黒の軍団をスクリーンの中で見つけると、すたたた、とその前に移動した。

「びっくりー。マルチビューワーですぅ。今どきエアロ使ってないのって……」

 ビューワーの表面を触れようとして、慌てて手を引っ込めた。


 少女は灰色と白のツートンワンピースを翻して振り返ると、骨董品に魅せられた鑑定士の目で部屋の中を巡らせる。

「あ──っ!」

 5光年ぐらい先へ魂を飛ばしてしまったパーサーを発見。そばに近寄って彼の手元とその精悍な(つら)を交互に覗き込んだ。


「これはグラビトンリアクターによる重力コントロールシステムですね?」

「そ……そうです」

 パーサーはどう接していいかわからず、謙遜口調で答えるのが精いっぱい。


「あは。こっちには旧式の慣性ダンプナーもありますねぇ」

 (いと)けない口調なのに、やけにシステムに詳しい。その道の専門家なのだろうか。


「あ──。冷蔵庫だぁ!」

 興味が次々へと移り変わる。

 開けないほうがいいぞ、と忠告すべきかな?。


 心配は不要だった。

 少女はすぐに別のところへと関心を示し、くるりと踵を返して丸い目玉を輝かせた。


 見かけは幼げだが年齢不詳だ。子供ではないと言い切れるのは、粗末なワンピースを内から突き上げた胸のライン。短めの裾から伸びる足もすらりと長い。小さな体の割に抜群のプロポーションだ。かと言って大人びてもいない。どことなくゆったりとして落ち着きのある雰囲気は誰かに似ていた。いうまでもない、レイコくんだ。


「…………………………」

 それよりどうしたんだ、このトンスケは?

「おい、田吾?」

「あはぁぁ。可愛いぃぃダ……」

 田吾は脂ぎった眼鏡の奥で溜め息を吐き、電池が切れたロボットのオモチャみたいに止まってしまい、少女は田吾の動きに吸い寄せられるように真正面から歩み寄り、体を斜めにして覗き込んだ。


「あのぅ? どっかが機能不全してませんか?」


 加えて一拍ほど息を飲んで、ブタオヤジがようやく動き出す。

「ののかちゃん……やっと会えたね」


「きしょいぞ、田吾! オマエ、狂ったのか!」


 奴は珍しく私を睨んだ。。

「ののかちゃんも銀髪ショートヘアなんす。だからこの子は『ののか』ちゃんダす」

 勢いに飲まれそうだ。ヲタとはこのような人種なのであろうか。目の焦点がおかしいぞ。


「ののかちゃん、キミどこから来たの?」

「あの──。ワらシはナナです」

「可愛いから、この際名前はどうでもいいダ。キミどこから来たの?」


「あ? はい。えっと二種類のお応えができまーす。どっちがお望みですか?」

 何だかこっちも少し怪しいぞ。


「ここに来る前に居た場所でしょうか? それともワラシの出身地でしょうか?」

「両方教えて欲しいダす」

「あ、はーい。ここに来る前はコマンダーの横にいました。出身地わー」

 地表を指さしていた手で円弧を描きながら、空に向かって高々とかざし、

「イクトのコンベンションセンターでぇーす」


「な──っ!」

 ま、ま、まさか。イクトって、我がアルトオーネの衛星イクト。そのコンベンションセンターと言えばただ一つ。ハイパートランスポーターを失敬してきた、コンベンションセンターしかない。


 瞬間に私は悟った。さすが宇宙一聡明なる科学者であるな。


 なるほど、盗んだと思われてそれを咎めに来たのだな。

 いや、それならもう少し骨のある強げな男をよこすはずだ。これはどう見ても……。


 ……ふむ。

 この子はコンパニオンだ。この嫣然とした自然な微笑みはどうだ。プロであるからこそできる技なのだ。

 コンパニオンがここに現れた理由。それはすなわち使用後の感想を求めに来たのに違いない。つまり営業なのだ。言語が通じるのはそのためだ。


 なるほどな!

 私ぐらいの科学者になると、宇宙人からの営業を受けることとなるのだ。出世したものだな。


 とはいえ、こんな小娘ではいかんぞ。上司を連れて来い、と進言したい。

 管理者なる宇宙人め。私を舐めやがって。これがファーストコンタクトだと言っても容赦しないぞ。


 しかしこのようなシチュエーションを私の脳にあらかじめ焼き付けておく理由が解らん。W3Cめ、何の意味があるんだ。

 どちらにしても、細かいことは後で考えよう。


「へぇ。そうなんすかぁ。ののかちゃん」

 田吾は二次元を彷徨い続け、機長とパーサーはとっくの前に「異星人だ」とつぶやいて石化していた。


 管理者と呼ばれる種族であってしても、この子はたかがコンパニオンである。こちらのほうが客なのだ。私みたいに堂々としておればいいのに、田吾以外はファーストコンタクトの重圧に耐えかねて絶賛凝固中だ。これだからエリートは打たれ弱いと言うのだ。

 致し方ない。ここは私が一肌脱いで、上から目線で接してやろう。


「オマエは不法侵入者だということを理解していないのか!」

「ほほう?」

「なぜそこで感心する。不法だ、不法。挨拶も無しに人の家に上がるのは泥棒だと言いたい」


「でもぉ。シロタマさんが誘ってくれましたし……」

 可愛いらしく両眉を寄せて、困惑した顔をして見せても私には通じない。


「シロだかクロだか、まずは上司を、うぁあおう!」

「シロタマはどこだっ!」

 パーサーに突き飛ばされた。


「な、何をするパーサー」


「社長は無事ですか!?」

 今度は機長に押し避けられた。


「何なんだオマエら! 何をそんなに興奮しておるのだ!」


「シロタマって言うのは、オラたちの知り合い……ん。知り合いではないダすな。なんて言えばいいダすかな……えっと」

「あーーまどろっこしい。田吾くんは出てこなくていいよ! あっちへ行っててくれ」

 パーサーは田吾を追いやり、ぐわぁばり、とばかりに少女の華奢な肩を鷲掴みにした。


「社長たちは、無事、なの、です、かっ!」

「あう、あう。あう」

 大きく頭を前後に振られて、まるで首の関節が壊れたマネキン人形みたいだった。


「パーサー、落ち着け、首が千切れるぞ」

 興奮冷めやらぬ様子の彼の腕を掴んでやめさせる。


 少女は目を丸々とさせつつも、しっかりとした口調で、

「社長さんもレイコさんもお元気ですよ。あ、コマンダーも、ね」

「コマンダーって誰ダす?」


「あ、はい。ユースケさんです」


 腑に落ちないようで、田吾が少女に強く詰め寄る。

「なんで裕輔だけ特別な名前で呼んでるんダす? コマンダーって何だす?」


「コマンダーは、ワタシのご主人様です」


「なっ! なぜダす! なんで裕輔がご主人様なの? なら、オラと代わるダ」

 どこに噛みついておるのだ、このトンスケは?


「それはできましぇーん」

「何でぇ。オラのほうが魔法少女には詳しいダスよ」

 田吾は眼鏡のフレームを押し上げて言い張る。

「裕輔なんか。酒とパチンコにしか興味の無い薄っぺらい男ダすよ。オラなんか魔法少女一筋何十年ダよ」

 早く大人になれよ。


「でもコマンダーは生涯一人れす。はれ? 魔法少女って何れすか?」

「ののか ちゃんダす!」

「オマエはもう出るな。状況が混乱してややこしくていかん!」


 ぶぅぶぅと鼻息を吹き荒らす、リアルブタオヤジの襟首を掴んで引き剥がし、黒い瞳の中に小さな宇宙を浮かべている少女をじっくりと観察した。


 さて。話がややこしくなってきたぞ。

 宇宙人の上司を呼んで来てもらおうとしたら、ゲイツのハゲが上司だったとは。レイコくんも関係しておるようだし……。この事態、どう捌けばいいのだ。


 私は黙考に沈み、パーサーは緊迫していた気配を一刻に解きほぐしつぶやく。

「よかった……」

 最後は力の抜けた腰を座席に落とし、ギシリと軋ませた。


 安堵の奥へと引き下がったパーサーに代わって、機長はパイロットアタッチメントの先で少女の鼻先に輪を描きつつ質問攻めにする。

「社長はどこに避難してんです? あなたは何星人? なぜここに転送してきたんです? 近くに宇宙船が停泊してるんですか? エンジンは何? 燃料は何を使ってるんです? 最高速度は?」


「な、な、な、な、な、な、そんなにたくさんの質問。プロセッサーがオーバーロードします」

「プロセッサぁー?」

「冗談ですよ。冗談。ジョークって解ります?」

 まるでイタズラが露見して、咎められる前に白状した、みたいなひょうきんな面立ちで我々の顔色を窺うが、まだ何か言い足りなさげだ。


「ちょっと、みんな落ち着こう」

 両手を広げて部屋の空気を一掃させたのは、やはり冷静沈着なパーサーだった。


「一つずつ片付けよう。まず社長たちは無事なのかね?」

 その質問を最優先させるのはもっともだ。何のためにここに来たと思うのだ。


 少女はこくこくと顎を振ってから、天使の微笑み返しをした。

「ガイヤが超新星爆発するまでは無事です」

「ガイヤってなに?」

「えっ? この惑星の主たる星。太陽の名前ですよぅ」

「ほう。そう呼ばれているのか、となるとキミはこの星の住民なのだね。さっき『神様』って言ったけど、どういう意味?」


「この子はドゥウォーフ族の救世主なのデしゅよ」

「ほう、救世主とは大げさな言葉だな……え? なんとっ!」

 肩越しに語られた声についうっかり応えてしまったが、私の目の前に白色の球体が回り込んでおり、そいつが人語を話したのだ。


 なぜに浮かんでおられるのだ?

 その動力は何だ?

 私は正しい言語を綴っておるのか?



 連続する不可思議な出来事で精神的にどうにかなりそうだと言うのに、銀龍のクルーは平然として、いやむしろ興奮気味に、

「シロタマ! 無事だったのかっ!」

 パーサーが球体に飛びつこうとするが、そいつは迷惑げに十数センチ飛び逃げた。


『今田薄荷のBMI(Brain Machine Interface)から放出される同期信号を検知したので急行しました』


「オマエらこの球体は何だ。なぜ私の素性を知っておるんだ?」

「あー。んダすな。今田は囚人医療センターにいたからシロタマを知らないんだ」と田吾が明るく言い。

「W3Cが作った対ヒューマノイドインターフェースさ。W3Cの代弁者という立場になるんだ」とはパーサー。

 爽やかな表情に戻っておるのが忌々しいぞ。




「なんとなぁ……」

 以前から薄々察知しておったのだ。W3Cには外部から情報を得るために、何らかのインターフェースポッド的なものが暗躍しているはずだと。何しろ私とW3CはBMI接続されておるのだからな。だが、こんなガキみたいな口調の、しかも白球(はっきゅう)野郎がインターフェースポッドだとは思いもよらなかった。


「こんな球体が……か?」

 それは私が人差し指で懐疑的に示した時だった。


「ぐわぁぁあぁぁお。痛い! 頭が割れる!」

 エモーショナルサージだ。

「なぜW3Cのサージをこんな球体野郎が、ぐわぁああ、痛い」


「球体ってゆうな! シロタマを侮辱ちゅるとこうするでしっ」

「アッギャーーっ!」

 これまでの倍は強烈だ。


「はい正解。レベルを倍にちまちた」


「気の毒だな今田。独裁者気取りはこれで終わりにしよう」

「なんだと! このヤロウっ! ぐわぁぁぁぁあぁぁぁぁ」

 頭の中が熱くて爆発するぞ。くそっ!


「わ、解かった。おとなしくする。シロタマ。サージを止めてくれ!」

「オマエに呼び捨てられると気分悪いでしゅ!」

「どぉっはぁぁぁぁぁぁ──。んがぁぁぁ。どぐっ。ば、はっ! のっはっ!」

 小刻みにまるで鼓動に合わせるかのように、猛烈な激痛が周期的に脳髄から足の先まで突き抜けていく。


 痛みに耐えかねて体を丸めると、次のショックで筋肉が突っ張る。まるで跳ねたバネだ。ぴょんと跳んで体を反らしたかと思うと、丸ムシみたいに全身が縮こまる。おかげで意味も無く部屋の中をピョンピョン跳ねまわった。


「あっはー。おもしろ~い。この人はどういう仕組みで動いてんですかぁ?」

 少女が手を叩いて喜び、

「ゼンマイ仕掛けではないことは確かだ」

 くだらん説明をする羽目に。



「し、シロタマくん。まさかと思うがサージを利用して私をオモチャにしていないか? もしそうだとしたら即刻やめてほしい」

 私の説明が受け入れられたのか、謎の少女は屈託のない澄んだ瞳で覗きこみ、シロタマは私の頭上でぴたりと静止。屈辱的な言葉を投げ掛けてきた。


「ゆうことを聞くのなら許してあげるでしゅ」

 しかしこの痛みは屈するしかない。

「しょ、承諾する。その代わり私を操り人形みたく扱わないでくれ」


「第四格納庫に監禁するデしゅ」


「き、きみ。言葉が通じないのか? 私は何でもするからサージを放出しないでくれと言っておる。なぜ監禁されなきゃならんのだ」

「今、忙しいの。オマエの相手なんかちてられないから、ちゅぐに監禁する」

「とってもじゃないが、納得できんな……どぉぐわぉぉぉぉぎゃっぁっつ! わ、わかったよー。何でも好きにしたまえ」


「シロタマ? ののかちゃんは誰なんスか?」

 ののか、と言っとるんだから、『ののか』だろ。まったくもって支離滅裂だな、オマエ。


 この白い球体が噂の対ヒューマノイドインターフェースなのは納得のいくところだ。私の脳に埋め込まれたスピリチュアルインターフェースにアクセスして来ることで、証明されておる。


「なるほど……な」

 ようやく全貌が明らかになってきた。こいつがW3Cを誘導しておったのだ。私がここに来たのもその延長線だ。だが謎が全て解決したわけではない。私に刷り込まれた記憶は一体なんだったんだ。コンパニオンを派遣するだけでこんな凝ったことをするのはおかしい。


 一つの謎は解けたが、まだ一つ大きな問題が残っている。

 なぜW3Cは起きてもいない未来の出来事を具象化することができ、かつ私の脳にあらかじめ送り込んで来たのだ?


 この問題の解答を得るのは難しい。あまりにもデータ不足だ。

 私に刷り込まれた情報は正しく、予想どおりこの少女が登場してきた。でも救世主とはどういう意味なのだ?


 何も考えていない瞳の奥は空虚であるがために、一層愛くるしくキラキラして見える。だとしても神様と呼ぶほど崇高ではない。どう見ても一本抜けた天然娘だろ。


「むぅ…………」

 なんだろこの気持ち。無性に焦燥感を煽られる。

 これから何かの物語が始まるような気がして落ち着かないのだ。きっとW3Cはもっと深いところに通じる何かを企んでいるはずである。

 今後の行く末を思えば思うほど、暗澹(あんたん)たる気分に陥ってきた。



「監禁される前に、一つだけ質問させてくれ」

「なに?」

「なぜゲイツたちが無事なのにマーカーが受信できなかったのだ?」

「地下のスフィアに避難してるからだよ。微弱な電波は遮断されるの」

「スフィアって何? シロタマ」

 パーサーたちが首を捻るのも当然で、何が何だか霧に包まれたままである。地表の大軍団の真っただ中に放り込まれたゲイツたちが、どうやって生き延びたのだ。


「手短でイイから説明してくれないか」

 懇願するパーサーの気持ちはクルー全員の願いでもあった。

  

  

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