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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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その頃 銀龍では

  

  

 パーサーに言い包められたのではないが、彼の主張は正しい。これだけ大きな船を維持するには、いわゆる雑用係りが必要なのである。しかも技術的な作業ができる者がいないと、私がやらざるを得なくなるのは目に見えておる。


「報酬は『殺されずに済む』でどうだ。生涯この船の雑用係りとして利用するが、それでよいか?」

「もちろんワタシはそれで承諾する。社長もその条件を飲むだろう。殺されることを思えばまだマシだ」


 いやに素直なのが気になるが。まあ。悪くはない。だが安易に認めると舐められる恐れがある。ここはひとまず控えよう。

「少し考えさせてもらう……」

 焦らすのも効果的だろうな。ここでの立場を教え込むのにちょうど良い。


 私はパーサーに背を向けると、船内通信のボタンを叩いた。

「機長。ゲイツらが転送されたポイントを低空から捜索する。向かってくれ」


《了解》


 ふむ。アイ子もこれぐらい素直なら心地よいのだがな。


「なっ! うぉぉぉー。何ちゅう操縦をする気だっ、機長!」

 思わず唸った。スクリーンを水平に横断していた地平線がぐりんと横に傾き、急峻な角度のまま頭から地表へ真っ逆さまである。


「うがぁー! 慣性ダンプナーが利いているからいいようなもの。こんな曲芸めいたことをしやがって、普通なら加速だけで失神するぞ!」

「ゆっくりと、って命じないといつもこうなるダすよ」

「戦闘機乗りめ、こしゃくな」

 ここでトンスケを睨んでいても仕方がない──ってぇぇぇぇぇぇ!


「き、機長、地面が迫っとるぞぉぉ!」

 黒々とした地表へ向かって一直線である。


「ひぃっ! ぶつかるぅぅぅ!」

 私の悲鳴が途切れる否や、船は数回機体を捻って地面を削り取る勢いで、いや。少しは擦ったかもしれん。スクリーンに映し出された映像がグルングル回転した後、銀龍は涼しい顔をして水平飛行に移った。


 まさに息を吹き返したハヤブサだ。


「早く命じないと、どんどん曲芸ぽくなるだよ」

「サーカスにでもいたのか?」

「たぶん性分ダすよ。ノッて来ると手が付けられなくなるダ」

「お、お前ら……、へ、平気なのか?」

「外の景色を見なければいいダ」


 当たり前のことだった。

「き、機長。急いではおるが、もう少しおとなしく飛んでくれぬか? 船酔いしそうだ」


《了解》


 砕けた腰を引き摺り、ハゲの座席に尻を落してから額の汗を(ぬぐ)った。

「ふひぃぃぃ。ゲイツの部下はバカばっかりだな」

 てなワケで、喉がカラカラだった。


「お茶なら、玲子さんの淹れたのがそこの冷蔵庫に入ってるだダ」

「おおぉ。トンスケ! 気がつくではないか。さすが私の秘書二号だ。しかもレイコくんの淹れた物とは、上出来、上出来。褒めてつかわす」


 冷蔵庫を開けると──。

 というより、司令室に冷蔵庫だと?

 開けた扉を一旦閉じ、疑念の目で辺りをもう一度窺う。


 こういうものは、普通ギャレーに設置される物ではないのか?

 合理的と言うか、ゲイツめ、猥雑(わいざつ)な性格をしておるな。トイレに本箱みたいなもんだぞ。


 再び開けて覗き込む。

 ペットボトルに詰められたお茶がずらりと並んでおった。中の一本を取り出して栓を開けようとした。

「使い回しのペットボトルか……。不衛生だな」

「大丈夫だス。玲子さんが超音波洗浄と紫外線殺菌も念入りにやってるダよ。オラたちの口が付いたモノなんか絶対に飲まないって断言していて、そこの冷蔵庫は玲子さんの専用ダすよ」

「なるほど。言うなればレイコくん以外はこのペットボトルに触れていない……と。それなら洗わなくてもいいのに。むふふ」


 不埒な妄想が湧き上がり、ほんの少しニヤケながら中身を口に含んだ。

「……ぐっ! ぶおぉふぉっ! ぐばぁぁぁあぁ!」


 喉に沁み渡る──汚物感!


「なんだこりゃ! 腐っとるぞ! こらブタ野郎。騙しやがったな! ぐわはぁぁぁ、ぺ~~ぺ、ぺっ! あー。だいぶ飲んじまったじゃないか!」

「なに言ってるだ! その味が玲子さん独自のブレンドっすよ。ぶっ飛んでるから誰も手を出さないダよ」

「ブレンドと言うよりも、これでは雑巾の搾り汁だぞ。レイコくんが淹れるとこうなるのか? あの容姿から信じられんな」


 わずかな時間、思考を巡らし、結論を出す。

「ふむ。スタイルとお茶の感性は異なるのか。この際だ、お茶係はやめさせよう。彼女には向いていない」


 何とも言えない不快感が口の周りを漂う。

「まさかこの味もオマエらは慣れたとか言うのか?」

「オラたちはギャレーの冷蔵庫にあるパーサーの淹れてくれるお茶を飲んでるダ」


「それを先に言え!」

 袖口で唇を拭い、ギャレーヘ向かうべく、急いで立ち上がったのは言うまでもない。





 司令室を出てギャレーの有りかを探ることに。

 出入り口から首を伸ばし、通路をきょろきょろ。


「ほんとうに、無駄にデカイな……」

 悔し紛れに出た独りゴチに、苦笑いを浮かべつつ後部方向を眺める。


 船尾に向かっていくつかの格納庫が並んでおり、ハイパートランスポーターを格納した隣の第三格納庫はちょっとした体育館ほどの大きさがある。アイ子の船内しか知らない私は、初めて見たとき仰天させられたのだ。


「ハゲめ。どんな悪事を働けば、こんな立派な船が持てるのだ?」

 悪役の私が言うのも何だが、つぶやきたくもなるぞ。


 続いて第四と書かれたプレートが貼り付けられた格納庫に入ってみた。先ほどと比べるとずいぶんと小ぢんまりとした作りだが、研究室的な機材が並んで、倉庫というよりも部屋として扱っていると思われた。


「むぅ?」

 言っちゃあ悪いが、私の洞察力を見くびってもらっては困る。

 違和感のある部分を数ヵ所発見したのだ。


「まず椅子が無いではないか」

 デスクはあるのに椅子が無い。立ち食いソバ屋ではないのだ。長時間の作業で疲れないのか、あのハゲは?

「工具箱があるのに、なぜ空なのだ」

 無造作にフタが開けられたまま、部屋の隅に放置されていた。


 分析装置や測定器は立派なものが並んでおる。デジタルオシロスコープにデーターロガー。ハイバンドロジックアナライザー。ふーむ。贅沢な。しかしドライバーや精密ピンセットの一本も無いのはどういうわけだ。使わないのか?


 これらの測定器は何らかの装置を組み立てるときに必要な物ばかりだ。ではなんのためにここに並べてあるのだ?


「ちょっと待て」

 ずらりと並んだ高機能な計測器のフロントに取り付けられたクローム光りする金属製のベルトは何だ?

 何かのインターフェースポッドのようだが、コンピューターの接続ポッドにしては見たことの無い形状だ。


「むぅ。あれは何だろ?」

 中でも最も気になったのは、あの小窓だ。どう見ても超小型のエアーロックだ。


 宇宙船の最も重要な機能の一つに真空との遮断、というものがある。外は真空の宇宙である。あ、こう言うと古くさい宇宙観を抱かせてしまうな。正確に表するとしよう。超低密度空間と言い換えさせてもらう。文字としての真空は何もない空間を意味するが、本当のところ宇宙は真空ではない。わずかに物質が漂っておる。しかも量子論的には、我々では認識できない負の粒子が満ち満ちた摩訶不思議な空間で、船内の空間とはまったく違う特異空間だと説明しておこう。


 だからそのまま扉を開けると、高気圧である船内の空気が吸い込まれてしまう。そのため二重になった扉で部屋を仕切り、排出される空気を最小限にする。それがエアーロックだ。あるいは気閘室(きこうしつ)と呼ぶ。しかしだ。ここにあるのはあまりに小さ過ぎる。


「こんな小さなハッチ……。ここからいったい何を出入りさせるのだ?」

 大きさとしては、そうだな。テニスボールぐらいのものなら通れるな。

 宇宙空間と繋ぐ出入り口にしては小規模すぎるだろ。なんだこれ?


「ペットのドア?」

 あり得んな。ペットを連れて宇宙旅行?

 あのハゲがそんな余裕をぶっこいているはずがない。

 もしそうだとしたら、自分の胸で抱いて普通のエアーロックから出ればいいのだ。猫じゃないんだから。勝手に宇宙には出んだろ?


「まさか、ここからゴミを廃棄する?」


 宇宙船の次なる機能に徹底したリサイクルがある。惑星間航行とは言えども散歩ではないのだ。不必要になったものをぽい捨てにして、新たなものをそこら辺で補充などできない。ショックかもしれないが、人体から出た排泄物でさえ再利用するのが普通なのだ。


「ゲイツめ。何を考えておるのだ?」

 首を捻りつつ、私の足は船首へと踵を返していた。

 まだ第二、第一と格納庫があり、その階下には発着ベイがあるようだが、後から行くことにしよう。慌てなくともこの船は私の物となったのだ。


 それにしてもマジで喉が乾いてきた。

 すっかり忘れていた。ギャレーを探しておったのだ。


 一旦司令室の前を素通りし、船首へ足を進める。

 こちらには居住区があり、通路両脇に部屋が並んでいた。何とも贅沢な作りである。アイ子など操縦室から居住スペースまで全部一緒くたなのだ。アイツの性格が歪むのはこれだな。広さが足りんのだ。


「おおぉ」


 思わず桃色の吐息を漏らしたのは、司令室を出て最初の部屋。転送室の真向かい。自動扉のロックが掛かっておらず開けっ放しになった部屋から何とも言えない芳しい香りが漂ってくる。


 この香りはレイコくんのモノに間違いない。部屋の正面に掛けられた秘書課のレディーススーツ。ビリジアングリーンのミニタイトスカートはレイコくん以外、誰の物でもない。しかし開けっ放しと言うのはどういうことだ?


「入ったら最後、半殺しに遭うから誰も近づかないんダすよ」

「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!! お前は忍者か!」


 忽然とトンスケオヤジの声が肩口から渡り、吃驚(びっくり)して飛び上がった。

「いきなり現れるな! 心臓に悪かろう!」

 鼓動がとんでもない速度で打ち付けておった。

 おっと、なるほどな。後ろから声を突然かけて、心臓麻痺で私をやっつける算段か?


「その手にはのらんぞ!」

「はぁ? なに言ってるダ? オラはギャレーの場所を教えに来たダよ。遅いから迷子になったかと思ったダ」

「ガキじゃないんだ。迷子なんかになるか!」


 ところでどっちが司令室だっけ?

 驚いたら方向が分からなくなった。ま、いいか。


「で、ギャレーはどこだ?」

「ここダす」


 隣の部屋だった。


「ほう。意外とキレイにしておるな」

「ここはパーサーの管轄だから、いつもピカピカだよ」

「ああ。見るからに神経質な感じだ」


 ブタの手から渡されたカップに静かに注がれた琥珀色の冷たい飲み物を喉へ流し込む。


「ふむ。結構いけるな。美味いぞ」

「これは来客用のイイやつダ。こういう時でないと飲めないから。オラもいただくダよ」

 と言って私の横でぐびっと傾けるが、こいつ、何だか人懐っこいのである。


「ひとつ訊くが、ゲイツはペットを飼っておるのか?」

 まだ小型エアーロックが頭から離れなかった。


「飼うわけないダ。餌にお金を掛けるぐらいなら、死を選ぶダよ」

 おいおい。自分ちの社長をボロンちょんだな。

 しかし私の見解どおりで幾分安心した。

  

  

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