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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
40/297

オミクロン出ました

  

  

 進捗インジケータの光の帯が全体の半分を超えた。

「レベル6突破!」

 少々興奮気味のバッカルは、ここまでレベルが上がるのを見たことが無いのだろう。必要以上に大声を出してこっちを驚かした。


「えへ。どうですか、コマンダー? 動き出したでしょ」


 パネルの奥から這い出してきたナナは自慢げに胸を張り、バッカルは込み上げる興奮を押さえきれない様子で大騒ぎだ。

「やっぱりこの方は白神様だ! 間違いありませんよ」

 主宰は黙ってうなずき、グリムは厳しく言い返す。

「早急過ぎる、バッカル。まだオミクロンが生まれていない。この状態だとレベル7だ。ここまではオレでも到達しているんだ」

「どこまでお前は頭が固いんだ!」

 取り合う気の無いグリムに対して、バッカルは憤然と目を怒らして唾を飛ばした。


 そうして諭すように言う。

「とにかく白神様がシーケンスをリストアしてくださったんだ。テトリオンサイクルを始めてみろよ」

 グリムは一瞬躊躇するも、主宰の目の動きに了解し、パネルの上に並べてあった水色の薄っぺらな物を一枚摘まんで、使い慣れた仕草で裏と表を確認した。


 幅、2センチ、長さ5センチの物体。

「あれが最終点火チップじゃ」

 説明を求めていないが、ジイさんがそう言い。


「残り5枚しかない」

 と答える俺に、バッカルは、

「数の問題ではない」

「そう。チップがいくらあってもテトリオンサイクルが始まらなければ、超亜空間跳躍は夢と終わる。そうなると新天地到着に数千年は掛かる」

 グリムは無念そうにつぶやき、制御装置のスリットにチップを差し込んでから、いくつかの操作をしてオレンジの球体を睨んだ。



 少しの間が空き、ドンという音で腹の皮を揺さぶられた。

 オレンジの中心で白色の閃光が灯り、たくさんの泡が沸き上がる。

 部屋の壁がビリビリと響き、床からも気味の悪い振動が伝わってきた。


「成功した……のか?」

 疑問なのか肯定したのか、俺自身でもよく解らない。

 が──。

 瞬間に沈黙が襲った。鼓膜が破れそうなほどの静けさだ。


「ほらな。いまので12秒だ。最終シーケンスレベル6では起動と言うには程遠い」と歯痒げにグリム。

 

「タキオンの点火温度をもう少し上げたほうがいいですね」

 ナナはこともなげに言うが、グリムは疑問を含め、

「それならマトス。あなたがやって見せてくれませんか?」

 あくまでもこいつは白神と呼ばない。それで正しいんだけどな。


 バッカルはそれが腹立たしいのだろう。グリムの端正な顔を正面から睨んで言い放つ。

「白神様なら容易いことだ」

 無責任に言ってのけるバッカルをグリムは鼻で笑い飛ばし、4枚のチップをまとめてナナに渡した。


「あ、はーい。お預かりしまーす」

 4枚のうち1枚を摘まみ、残りの3枚を握りしめたおとぼけアンドロイドは小首をかしげて妙なことを口走った。


「コンベンションセンターにあるエンジンと操作方法がほとんど変わらないのはどうしてでしょうね?」

 よく考えたらナナの言うとおりなのだが、今はその話を掘り起こしている状況ではない。が、強いて言えば、突き進んだ科学技術は同じようなところに落ち着くんじゃないか、だな。ひとまず頭の隅にでもメモしておいて、後でタマに訊いてみることにする。



 全員が凝視する中で、ナナの細い指がコンソールの表面を動いて行き、何の迷いもなくスリットにチップが挿し込まれた。その間、グリムはじっとその動きを注視していた。


「若いエンジンはタキオンの点火温度を高めに取るのが通例なんですよ」

 どこかで聞きかじってきたと思しき言葉を並べて、ナナの指はコンソールを軽やかに叩きだし、

「ぽんぽん、と、ぽぽん」

 遊んでんのか、こいつ?


「すばらしい」

 はぁ?

 バッカルの声に改めて彼の横顔を窺う。

「見てください主宰さま。数値が大胆です」

 そりゃそうだろ。初心者が前を見ずにクルマのアクセルを目一杯踏み込んだのと同じだ。怖ぇだろ?

 でも、バッカルは白神様が奇跡を起こす瞬間を見届けんとばかりに注目している。


 俺は違うね。

 ──なんか、適当に押してね?

 だな。ほんとだぜ。


 点火チップを差し込んでから、適当にそこら辺のボタンを数個叩き、レバーを押した、てな感じだった。


 しかし──。

 ドーーンと響く大きな音が渡った。

 あきらかにグリムの時よりもパワフルな気がして、つい彼の顔色を窺ってしまった。


 グリムはじっとコンソールのインジケータを睨み続け、玲子はただ音に驚いて丸い目を見開いて天井の隅っこに視線を滑らせただけ、だがバッカルは期待に膨れる眼を剥き出しにして球体の中で暴れる泡を追いかけていた。


 揺れもさっきの三倍はあった。コンソールパネルがミシミシと軋んだ音を上げるほどだ。

 計器の数値を読んでいたグリムが急いでオレンジの球体に目を転じて、唸りに近い声を上げた。

「れ……レベル7を超えた!」

 なんか知らんが、中がすごかった。

 中心部が白く燃えるように輝き出し、これまでの比ではない数の泡が暴れていた。


「き、き、き、き、起動したか?」バッカルが震えた声をグリムに放ち。

「信じられない」

 中心で輝く白色の光が外延部まで広がり、激しく噴き出す気泡は白から薄青い色に変わり、まるで不可思議な液体の沸騰を見るかのようだ。


 主宰はヒゲを硬く握り締め、二人を交互に見つめる。

「起動したんじゃないのか、グリム?」

 返事が待ち遠しい様子で、自ら先に答えを口にした主宰。


 だがグリムもバッカルもギュッと唇を閉じ、張り詰めた緊張の中で二人とも体を強張らし、爛々とさせた目だけを球体に固定させて一時停止の石像状態。その中で余裕しゃくしゃくなのは、やはりナナだった。場違いの微笑みで球体を見遣り、続いてインジケータへ視線を移し、長いまつげを上下させて瞬いていた。


「し、信じられん」

 グリムはまたもや同じ言葉をつぶやくと、球体へ架けられた通路を渡り、白と青の混ざる不思議な泡を包含するガラス面に体を密着させて凝視していたが、少々経ってやおら叫んだ。


「主宰っ! レベル9の一歩手前です!」

 身体を球体から引き剥がし、驚愕にうち震えた眼差しで振り返った。


 無意識に絶叫した言葉を呑み込むと、グリムは再びコンソールに飛び帰りってインジケータを睨みつけた。ナナはその横でピョンピョン飛び跳ねる。

「行け行けテトリオン~。出ろ出ろオミクロン~」

 球場に行けばこんな女の子いるよな。興奮して踊りまくっているヤツさ。


 音は徐々に甲高くなり、まさに絶好調───。

 途端、ピンと張ったロープを断ち切ったような鋭い音がして、一瞬にして静寂へと切り替わった。


「あ~ん」

 ナナは残念そうに小さな口を開け、玲子はキョトン。グリムは悔しげに唇の内を噛み。バッカルは高揚した赤い顔で、眠りに入っていくオレンジの球体を見つめて何度も瞬いていた。


「白神様だ! このマトスは白神様に違いない」

 思い出したようにバッカルは言い。

「あっは。あははは。もっちょいでしたぁ、コマンダー」

 ナナは子犬みたいにはしゃぐし──ここ、笑うとこ?


 俺と玲子は不思議なものを見る目だ。

「あのな、ナナ。残り三枚しかねえんだぜ。どーすんだよ」


「えーー。大丈夫ですよ。次は完璧です」


「そうやって気付いたら無くなるんだ。もうやめてたほうが」 

 まだ俺が喋っているというのに、バッカルが膝からダイブしてナナに飛び付く。

「チップは他のスフィアに行けばいくらでも有ります。無くなれば私が取りに行きますので、気にしないでください」


「だいじょーび。三枚もあれば楽勝っす」

 三枚の点火チップを指の先で扇型に広げて、みんなに振って見せた。


 それだけの身ごなしなのに、

「おぉぉっ! そのお姿……」

「しゅ、主宰さま。予言のとおりです。たった今、白神様がこのマトスに降臨されました」

「し……しっかりとワシも見たぞ」

 バッカルとジイさんは魂が抜け切っており、完璧に道端の地蔵さん状態だった。


「でもエンジンは掛かっていないぜ?」

 俺はあくまでも否定的さ。


 徐々に元の状態に収まって行くオレンジの球体。少ししてコンソールの操作パネルを叩きまくっていたグリムの手が止まり、荒々しく振り返った。


「主宰……!」


 自分の口から出そうとする言葉が信じられないらしく躊躇すること数秒。決然と言った。

「ジヨンドさんが記録してくれた数値と一致します。今のは間違いなくオミクロン分子です!」

 ジイさんまでも声を振るわし、同意を求めて俺の腕にしがみ付き、

「途中で止まったが、お主らも今の見たじゃろ。青い泡。オミクロンが発生したんじゃ。ああぁ……これで……スフィアは超亜空間跳躍ができる」


「い、いや見たけどさ。おジイさん、大丈夫? 意識ある?」


 しわくちゃの手のひらをワナワナと震わせて合わせると、ナナの前で膝を落してい恭しく仰いだ。

「この方は……ほんものの白神様じゃあ!」


「あ──そ?」

 臭い芝居だなぁ。


 こっちは違う意味で言葉を失った。ジイさん。あんたが演技派だとはな──。

 バカらしくなって、俺と玲子はエンジンルームにナナを残して村に帰ることにした。


 途中、何度か通路を迷いそうになるがプルトップのおかげで、ちゅうよりも、玲子は通路の順を覚えていたらしく、せっかくの目印を片づけろと命じると、さっさと先陣を切って地上へと向かいやがった。


 腹立つオンナだぜ。まったく。


 でもって、無事に地上に出た俺と玲子の感想はほぼ同じで、

「最終的にエンジンが掛かったとはいい難いよな」

「よね。どうして白神様だと言い切れるのかしら?」

「ジイさんのは演技だろ」

「……たぶんね」

 俺たちは肩を並べ合い、結局白神様の真意も解らず、荷物になっただけの盾を肩に担いで帰途についた。





 村に帰って来た俺たちを見つけた門番が、待ちわびたかのような素振りで扉を開けて、訊いてきた。

「今のエンジン起動振動はこれまでにない力強さだった。どうだ? 上手くいったのか?」

「ああ。あれね……」

 まだ何も答えていないのに、あっという間に大勢の村人に囲まれた。


「スフィアは飛べるのですか?」

「テトリオンサイクルは成功したのですか?」

「お願い。良いご返事を……」

 祈るような振る舞いで集まってくる村人に少々ビビリながら、

「ちょっと待ってくれよ。俺たちにはよく解らないよ。確かにエンジンはある程度まで起動したと思うよ。だけど途中で止まったんだ」


「最終工程は? 最終工程は突破したのか?」

 よほど気がかりなのだろう、せっつく気配がただならない。

「ああ。レベル9寸前まで達したって、グリムも驚いていた」


「うおぉぉぉっ。いよいよだ」


「男の従者様。どうじゃった?」

 帰ってきた俺たちを目ざとく嗅ぎつけて、例のバアさんがしがみ付いて来た。

 ぶっとい杖の先で俺の鼻先をグイグイ突き上げるので危なくてしょうがない。


「どうじゃ。青い泡は出なかったのか?」

 なんて答えよう。楽天的な言い方をするとはこの婆さんはエスカレートするし。


「反応炉に不思議な青い泡を見んかったのか?」

「ああ。ジイさんが言ってた、オミクロンとかいうヤツだろ」

「そうじゃ。見たのか?」

 バアさんもやけに必死だ。

 玲子と顔を見合わせ、互いに肩をすくめる。仕方がないので正直に報告。


「見たよ。オレンジの球体の中に発生したヤツだろ?」

「そ、それじゃ! 出たのか?」

「出たよ。だから?」


「「「うおおおおぉぉぉぉ」」」

 村人がそろって主宰と同じ反応をみせた。


「だけど点火チップは残り三枚だったぜ」


「それじゃぁっ!!」

 バアさんが息を飲み、半拍の間を空けて喚く。

「やはり白神様じゃ。間違いない。三つのお(ふだ)じゃ」


 伝染するみたいに言葉が広がって行く。

「お札だ!」

「ついに来たのか」

「ぉぉぉ。神様……」

 騒ぎが急転する。異様な静けさが広がり、今度はこっちが焦り出した。


「お札じゃないって、点火チップだよ」


「バカモノ! そんな物は何だってよい。とにかく。白神様はその三枚のお札を掲げた時、降臨なされたのじゃ!」

「え~。なんか都合よくね?」

「黙っらしゃい!」

 婆さんは杖を振り回して俺と玲子を蹴散らすと、村人の前に立った。そして宣言する。


「皆の者! 旅立ちが目前に迫った!!」


 村人全員が決意を露わにし、静かなどよめきが浸透して行く。

 想像もつかないが、あの青い泡がそんなに重要なのか?


「オミクロンって、結局なんなんだよ?」

「かぁぁ。情けなや……。オマエは従者のクセに何も知らんのか! このおろか者め!!」

「知らないよー」


「バッカもん! このうつけ者めが!」

 怖い顔すんなよ。バアさん──。

  

  

  

           ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

  

  

  

「怖い顔したって知らないダよ。オラは通信士ダすよー」

「通信士だから、聞いておるのだ!」

 このブタオヤジを相手にすると血圧が上がりそうだ。ただでさえそろそろ年齢的にヤバイのに。帰ったら一度医者に行ったほうがいいな。


「オマエは転送マーカーが放射する周波数を聞いていないのか。それがあるから転送者を特定できるんだぞ」

「そ、そんなにおっかない顔しないデおくれよ。それならパーサーに聞くといいダ」


 呆れかえって言葉を失う。まったく無駄な時間を費やしてしまったぞ。

 後ろで不機嫌な(つら)をして目をつむる優男(やさおとこ)に振り返る。

「レイコくんのマーカーの周波を教えるんだ」

 片目の瞼の力を緩めたパーサーは鼻から息を吐いてすぐに閉じた。


 聡明なる私に鼻息を吹っ掛けるとは、大した野郎だ。オマエ、最初に殺す。

 拘束器具でデスクの脚に括りつけた男の腹を蹴り上げてやった。


「ぐむぅっ!」


「あまり私に逆らわんことだな。身を滅ぼすぞ」

 パーサーは歯を食いしばり、床から睨みつけるが、私には効果を期待できぬぞ。宇宙一聡明な科学者にそのような眼をして見せても無駄である。


「パーサー、危険が危ないダ。教えたほうがいいダすよ」

「ぶわははは」

 バカみたいに重ね言葉を平気で使うブタ男の(いさぎよ)さが面白いから許してやろう。


「どけ!」

 ゲイツのハゲが普段使っているコンピューターを起動させ、役立たずの通信士を立ち退かせる。

 私に掛かれば、こんな銀龍のちょろ臭いコンピューターシステムに侵入するのは容易いことである。


 ふむ。すぐに分かった。ついでにゲイツの裏情報でも記載されていないだろうか。

「ふんっ」

 あいつもプロだ。そんなものを残すはずがない。でも中にはクレジットカードの暗証番号を暗号化もせずに保存しとるバカ者がおるからな。


「よし、トンスケ。この周波数だ。探せ!」

「どうやって?」

「こ……この野郎」

 い、いかん。ここで怒っては血圧が上がる。


 お、そうか。これがこいつらの作戦なのだ。なるほどな。私をイラつかせ高血圧症を発症させて、この危機を乗り越えようとする気だな。

 小賢しい連中め。


「その手に乗ってたまるか!」


 マルチフェーズアナライザーを起動し受信データの解析に入る。

 私は科学者、中でも情報処理系では誰にも負けぬのだ。

「ふん。ハゲめ。装置だけは糸目をつけずにいいものを揃えておるな」

 私のアイ子と比べて雲泥の差だ。悔しいな。


 ふはは…………。

 才気に恵まれた私がうかつであった。何も悔しがることは無いのだ。

「ぶはははは。あーはっははははは」

 この銀龍は私の物になったことをすっかり忘れておった。


「はー。笑ったら気分が軽くなった」

「大丈夫ダか?」

「憐れんだ目で見るな、ブタ!」

 おおぉ。イカン。また連中の作戦に引っかかるところであった。


「さて。計測器の結果は……ん?」

 足元に広がる惑星の様子がおかしい。


 もちろんレイコくんのマーカー信号が即行で見つかるとは思ってもいない。ハゲの作ったトランスポーターの最大転送距離は500キロメートル。マーカーの到達距離も似たようなものだろ。捜索範囲が狭いので苦労するとは思うが。


「何だ、このパルス性の電磁波?」


 惑星全体から溢れてくる強烈な電磁パルスは、自然現象ではあり得ないほどに高レベルを維持しておった。

 ビューワーを点け最大ズームにしてみるが、そこにあるのは赤黒い帯が広がった地表。これだけのパルスの数だとかなり進んだ文明を誇っていないと無理だろう。それがどうだ。まるで原始状態だ。それよりこの惑星には海も山も無いのか?


「むぅぅ。氷の層か?」

 水は検知しておるのだが、波打つ海が無い。氷原としか思えない静まり返った平淡な面が見えるだけだ。


 水ではないのか?

 メタン?

 いやいや。メタンや水素が液化するには気圧が低すぎるし、重力も小さい。


「なんだろう、ここは?」

 私は根っからの科学者である。こういうものを目の前に突きつけられると、じっとしていられない性質(たち)なのだ。


「機長! 司令室にいる連中の命が惜しかったら、私に忠誠を誓うと約束しろ」


《まったくオマエは卑怯なヤツだ!》

「ふんっ。何とでも言え。だが、まんがいち私を裏切れば、この銀龍を自爆させるからな」


《銀龍に自爆システムなど無い!》

「当たり前だ。あのドケチハゲが自分の資産を燃やしてしまうようなシステムを作るか。だが私を見くびってもらっては困るな。私は科学者であるぞ」


《どうするんだ?》

「重力相殺装置の元となる反物質リアクターを暴走させる。司令室のコンピューターからリアクター制御システムに侵入すれば可能だ。私は宇宙一のクラッカーだぞ、バカにするのではないワ!」


《そうか。この娘(銀龍)が傷つけられるなど想像するだけで胃がネジ切れる思いだ。わかった。従おう》


 そ……即答するの?


 人の命より銀龍だと言いたいのか?

 ゲイツの部下はおかしな連中が多いな。

 まともなのは、おしとやかなレイコくんぐらいだな。

 うん?

 なぜにブタオヤジの目が泳いだのだ?


 いまいち腑に落ちないが、

「まぁ。それでいい。では機長、高度を下げて、管制マッピングシートにマーキングされた地域に近づけ。大至急だ」


《仕方がない。了解した》


 慣性ダンプナーが起動していない機内に、わずかな横向きの重力を感じたのは、銀龍の進行方向が変えられたからで、私の目前にあるディスプレイにも示されている。


 それにしても。この銀龍なる機体は素晴らしい。重力相殺装置のおかげで飛行音がほとんど無く静寂そのものだ。それでいて高速なのがとても心地よい。こいつに乗ってレイコくんと行くハネムーン……楽しみだな。




「なんダす。これ?」

 せっかくレイコくんとの甘いシーンを想像しておったのに、ブタの頓狂な声で現世に引き戻された。


「うるさいぞ……。あ。なんだこれ!」

 迂闊(うかつ)にもトンスケ野郎と同じセリフを吐いてしまったのは、

「なんという植物だ!」

 高度が下がり精細な景色がスクリーンに映ったのだが、ひと目見て石化してしまった。


 地表を覆う一面の黒い葉。

「紫色の葉なら知っておるが。黒い葉などがあるのだな」

 ひと言で言って不気味だった。


「海みたいダすな」

 言い得ておる。地表は一種類の黒色植物で埋め尽くされていた。


「なんだか恐怖を感じるぞ。こんなところをゲイツたちはさ迷っておるのか?」

 ハゲや若造などどうなってもいいが、女性の身ひとりでこんなところに取り残されたレイコくんが不憫だ。


「玲子さんのことあんまり知らないんダすな」

 横からブタが口を出してきた。


「聞き捨てならんことを言う奴だな。それはどういう意味だ?」

「え? いや深い意味は無いけれども。もしここで三人が迷子になったとしても、玲子さんだけは生き残るダすよ。あの人の生命力はプラナリア並みダすよ」


「何が言いたい? プラナリアとは体を切り刻んでも、そのすべてが個々に生き返る不死身の生物だぞ」


「ちょっと意味は違うけど。玲子さんを切り刻むことはできないダよ。返り討ちにあって、こっちが切り刻まれるダよ」

「あぁ、よく知っておる。私も何度か相手をして彼女の素晴らしに感銘を受けたぐらいだ」


 そう。それはそれほど遠くない昔。W3CのCSS勧告に伴って、世界転覆を企んでおった時だ。あと少しでW3Cをこちらの手に入れる寸前のこと。色っぽい衣装を身に纏い、小またの切れ上がったスタイル抜群のレイコくんと初めて出会ったのだ。


 そりゃあ驚いた。あんな女性がおるとはな。風のように、かつ舞うように私に近づくと、あっという間にやっつけられたのだが、私の心はそれ以前に虜になっておったワ。


「あの方は素晴らしいな。美しく強い。まるで女神の戦士と言ったところだ」

「やっぱり玲子さんを知らないダな?」

「どういう意味だ?」

「戦士と言うより雌豹だスよ。狙われたが最後食い殺されるダ」

「そんなことあるまい。こらトンスケ! よそ見をするな。さっき教えたとおりにスキャナーの波形を見落とすんじゃないぞ」

「はいはい」


「今田…………」

 小さな声が後ろからした。もちろんパーサーである。

「どうした?」

「マーカーを発見したら社長も近くにおられる。頼むから全員を転送回収してほしい」

「ふんっ。ハネムーンにハゲと、役立たずの若造など要らぬワ」


 とは言ったものの──。

 この大きな銀龍を維持するには数人の技術者が必要なのは当然のこと。私と機長だけでも可能ではあるが……そうなるとハネムーンどころではなくなる。私は機関士ではない。私は宇宙一聡明な科学者なのだ。


「そういう事だ。科学者がイオンエンジンの陰極カソードを研磨するなどおかしいだろ? だが、裕輔くんは手先が器用で細かい作業に慣れている。しかも社長に至っては銀龍の設計者。隅から隅まで知り尽くして、お前の知らないことでも即答できる頭脳の持ち主だ。おそらく今後も重宝すると思うんだがな」


「なるほどな」


 説き伏せるようなことを言いよって。考え込んでしまいそうじゃないか。

  

  

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