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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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宇宙船『銀龍』の誕生秘話

読みやすくなるようにダイエット改稿いたしました。

  

  

 ケチらハゲ(社長)が社員旅行だとか言っていたのは真っ赤なウソで、衛星の裏に現れた謎の建造物を探査して来るという、危険極まりない任務でありながら、社長と世紀末オンナは社内旅行だと言い張るバカみたいな事件が勃発してから数か月後。いよいよ衛星イクトへのカウントダウンが最終段階に入った今日、俺はにっちもさっちも抜き差しならない状況に追い込まれ、ブレインタワーの一角にある乗組員待合室で一人打ち震えている場面から始まる。



「なにが『うち震える』よ。可愛い子ぶっちゃって!」

 と強気の玲子は今日も美人だが、性格だけはいただけないな。とホットコーヒーをじゅるじゅる言わしてすがめる俺の横では、

「だいたいあいつはどっちの味方なんや」

 渋茶の入った湯呑を荒々しく置く社長。誰に向かって言ったのか──憤怒に燃えていた。


 言いたくないが、このオヤジが俺を騙してここに連れてきた張本人で怒る筋合いのものでは無いのだが、異様に立腹するには理由(わけ)がある。


「ワシらの計画をぶっ潰しやがって。ホンマに腹立つで。今度サッカーボール代わりにして蹴り倒したろか」

 姿勢制御スラスタの排気口よろしく、鼻から怒りを混ぜた渋茶の湯気を迸発(ほうはつ)させている。


「社長ぉ………………」

 後ろからぬぉーーと、血の気が失せ、顔色の良くない男がすり寄って来た。

「……あの()は無事ですか?」

 病み上がりのセキセイインコみたいに(ほほ)がやつれて、幽霊かよ、と言いたくなるほど存在感が薄くなったこの人が銀龍専属のパイロットだ。

 もと戦闘機乗り。航空機の操縦に関しては右に出る者はいない。たとえそれが巨大な銀龍であろうとも彼の手足のように動く。いや、あの人にとってあの船は愛娘(まなむすめ)さ。目の中に入れても痛みを感じない最愛の娘(機体)なんだ。


 そういう理由から、他人が主要機関に手を出すのを嫌い、自ら整備をするために整備士の免状も持つほど銀龍ラブのオッサンなのさ。


 その人から銀龍が取り上げられて、宇宙船に改造されるまでに数か月経過したのだ。そりゃぁ、セミの抜け殻と化するのは電子はマイナスの電荷であると証明するよりも容易く明白なのだ。


 つまり一生懸命育て上げた愛娘が、どこの馬の骨とも解らない男に体を許して……痛てて、痛ぇぇな玲子!

「明るいうちから、なにバカなことをつぶやいてるの!」

「暗くなったらいいのか?」

 と返したら、さらに堅い喝を入れられた。

「美人のくせに、お前の拳は痛ぇなぁ」

 痛みのツボを心得ているから始末におけない。


「ほら、見に行くよ。社長も機長も先行ったわ」

 残っていたアイスティをずずー、と最後まですすりあげ、タンッとグラスの底でテーブルを打ち鳴らして席を立つ玲子。


「しかし改造が終わって確認すらしていないのに、もう出発って早急すぎませんか? 操縦する機長にすら何の説明も無いそうですよ……」

 爽やかな声で訊いて来たのはパーサーだ。歩き出した俺たちに無言で付いてくる田吾のさらに後方を歩いていた。


「設計者が設計者だけに、誰も口出しできないらしいっすよ」

 と答えたのは俺。

「でも、すっごい未来の技術らしいわよ。たぶん機長も満足するって言ってたわ」

「あいつ『満足』て言葉の意味を知ってんのか?」


 俺たちの前をずるーずるーと、臓物を引き摺ったゾンビみたいな格好で歩く機長にも、こっちの会話が伝わったのだろう。消沈し青白い顔を後ろに振り返りさせ、

「しかも推進装置がイオンエンジンって言うじゃありませんか。電気推進は比推力が高いと言われていますが、ワタシはジェット機乗りですよ。電気推進はちまちましてて相性最悪なんです。あぁあぁヤダヤダ」


 寡黙的で人と語るぐらいなら操縦桿をしゃぶっていたほうがいいとまで言い出す人なのに、こんなに一息に喋り倒すところを見ると、こりゃぁ、だいぶ重症だな。田吾といい、機長といい、特殊危険課はどこか変なヤツばっかだ。俺は別だぜ。


 溜め息と共に社長も続く。

「せや。あんなちゃっちぃエンジンでどうやってこの惑星の重力圏を脱出するんや、って話やろ。あの巨体を宇宙まで持ちあげられるんか? こっちの提案を白紙に戻しやがって……飛べませんでした、ではすまさへんで、シロタマのヤツ!」

 憤然と怒りをぶちまけ、社長は歯ぎしりが聞こえそうなほど口を噛みしめていた。


 そりゃああれだけの屈辱を受ければ、誰だって暴れたくなるぜ。


 俺たちの計画を根底から覆したのは、たったいま怒号と共に名を明かされたシロタマで相違ない。それは社員旅行だと騙されて、ブレインタワーへ連れて行かれた時のことだった。




           ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 ブレインタワー内、会議室。

 銀龍がドックインした巨大な格納庫の5階にある豪華な特別室だ。入り口に『銀龍宇宙船改造会議』と札が掛かっていた。


「えー。銀龍の持ち主、ゲイツと申す者でございまして……」

 気色の悪い口調を披露するのは我らが社長だ。たぶんこういう公式な場所であの方言丸出しではまずいと自制したのだろうが。

「いまさら自己紹介は必要無いぞ、ゲイツ」

 きっちり釘を刺したのが藩主様だ。この人、王様だからな。誰もが緊張するると言うのに、

「ほうやな。ほな藩主はん。会議しまひょか」


 ずりっ。

 こけたね。俺と田吾が同時に肩の関節が外れたみたいに角ばった動きをし、社長の隣に座っていた玲子の片眉がピクついた。


 にしたって、ちょっとおかしくないかい。

 そうさ。俺たちの扱いがどーしても納得いかない。なのでひとまず状況を説明させてくれ。


 豪奢(ごうしゃ)な調度品が並ぶ部屋の中央に黒檀で拵えた滅茶(めっちゃ)大きな丸テーブルがひとつ鎮座している。そりゃでかいぜ。だってテーブルの真ん中にある花瓶はどうやって置いたんだ、って話さ。まさか王室のテーブルを土足で上がるわけにいかないだろうから、花瓶を掴んでテーブルに寝転がった人物の足を持って、もう一人が押して………ま、どーでもいいんだけどな。


 そこに藩主を時計の十二時の位置にして、ブレインタワーの関係者が三人、そして玲子、社長の順に時計回りで六人が腰掛けていた。簡単に言うと時計の偶数目盛りの位置だな。


 で、だな。ここがおかしい。

 俺と田吾だけ部屋の隅に正座っておかしくないかい。これだとイタズラを咎められた子供が反省させられているみたいだ。



 沸々と口に出せない(出してるけど)憤怒が湧き上がるのだが、

「絨毯が分厚いから脚は痛くないダ。そんなことよりここは王宮の中ダすよ。一般人は絶対に入れない会議室ダ。ああぁ。こんなに虐げられていてもオラは幸せダスよ」


 ヘンタイ野郎め……。


「ようは何で喜びを感じるかの違いダすな」

 萌え系のフィギュアでも抱いていないと満足しない奴がよく言うぜ。


「ほらごらん、あれが藩主様ダすよ、ののかちゃん」

 ずりっ、

 また肩の骨がおかしくなったぞ。


 ヲタ野郎の胸ポケットから可愛い顔が覗いていた。あれは確か「魔法少女・ののか」のフィギュアだ。

 ああ。栗色の長い髪の毛を見るだけでフルタイトルまで言えちまうとは……。長年コイツの相棒してっと、よけいな情報まで脳ミソに入って来て大迷惑だ。



 後で解ることだが、この案件がいつまでも尾を引くことになるんだぜ。まぁまだ先の話なので──今は聞かなかったことにしてくれ。



 俺は大きくおっぴろげた口を急いで閉じ。

「お前、よく王室にそんなもん持ち込めたな。身体検査で何も言われなかったのか?」

 ここは超セレブの(やかた)なので、当然危険物の持ち込みは制限されている。セキュリティの甘い王宮なんか無い。


 なのにヲタは愛想よく頭を振る。

「危険物じゃないから何もお咎めがなかったダよ。ただ変な目をされた」

「そりゃそうだろ。ていうかある意味、お前が危険物じゃねえのか?」

「オラ、物じゃないダ」

「ぁ……」

 こいつと喋っていたら口の中がよく乾くな。さっきから開けたり閉めたり忙しい。


 ま、ヘンタイでヲタでブタの話はどうでもいい。

 会議の内容がいよいよ問題の部分に差し掛かって来た。この件に関してハゲオヤジは熱き野望持って参加している。

 ここに来る前のジェットの中で、それに関して綿密な打ち合わせが繰り広げられたことをここで吐露しておこう。プレゼンの予行演習までしていたのだ。


 なぜそんなに熱いのかと言うと、ようするに銀龍を提供し、改造に使用される主要部品からデブリ防壁板、積み込まれるコンピューター、はたまたロケットエンジンまで、すべて自社製品を注文させて大儲けをしようという魂胆だ。


 俗っぽい言い方に替えるとだな。王室のお金で私物をグレードアップして、その上たんまり儲けようと言う作戦なのさ。


 お主も悪よのぉ、って言いたくなるだろ?





「銀龍が宇宙船であり、はたまたそうではないとおっしゃる理由は?」

 二時の位置に座る男性からの質問に、対面、八時の席に座る玲子がすくっと立ち、

「わたくしがご説明いたします」

 とんでもなくヨソ行きの声だった。耳元で囁かれたら鳥肌の立つような甘い声音。吐息だけでとろけそうだ。


 席から離れ、ブレインタワー関係者全員の視線が同時に追いかける中、玲子はほっそりとした綺麗な脚を露出させながらオーバーヘッドプロジェクタの前までと歩んだ。


 途中でわざと書類を一枚床に落とし、拾い上げる姿の、ぬぁぁーんと色っぽいこと。ミニスカートの中が気になるぜ。

 いかなる鉄壁の防御を持った不落の要塞であってしても打ち砕くそのシーンは──って、なにも俺が興奮することは無いな。これもすべてあいつらの作戦の一環だもんな。


 プレゼン成功への道、その一。

 色仕掛け、だとよ。

 結局、俺もまんまとハメめられたクチだからな。強く言えないのさ。



「銀龍は宇宙を航行するエンジンが付いていないだけで、搭載すればいつでもアルトオーネから飛び出せることが可能なのは、ご説明の通りです。えー。そのエンジンですが、各社からいろいろな型が発表されてます。しかしどれもこれも玩具(おもちゃ)に『毛』が生えた程度で……」

 ちらっと玲子は社長の頭を見つめて咳払い。

 ハゲオヤジはにかっと笑って、スキンヘッドをぺしゃり。

 室内に弛緩した笑いが起きた。


 プレゼン成功への道、その二。

 ユーモアを取り入れる、だってさ。マジかよ、おっさん。



 ニヤリとした笑みをさっと隠すと、社長は真顔になって玲子を下がらせた。

「……よろしいでっか。宇宙船の命はエンジンで決まりまんねや。それやったら、ぜひうちのロケットエンジンを使うてほしいんや。イクトなんぞ、ものの数分でたどり着きまっせ」


 プレゼン成功への道、その三。

 緩和の次は緊張感を滲ませる。だそうだ。



 二時の位置に座っていた男がテーブルの上に倒してあったプレートをかたんと立て掛けた。

 そこには『技術主任』と書かれていた。それを合図に、四時、六時の位置に座る男性たちが、こぞって自分の前にプレートを掲げた。


 な、なんだこいつら。

 力の抜けた声が俺の喉から漏れたのは、それらには『技術副主任』『技術副々主任』と書かれていたからだ。


 副までは解るが、『副々』ってなんだよ。

 ややこしくなりそうな気配を感じるので、『技術』は捨てて、ひと言、主任としておこう。



 主任は自分の眉毛を摘まみながら、隣に座るダルマみたいな黒ヒゲの大男、藩主へ耳打ちをした。

 藩主は黙ってうなずくと、目で笑って答える。

「大げさに言うでないぞゲイツ。わが国の技術水準では数分でイクトまでいけるエンジンは無いと申しておるぞ」


 藩主の顔立ちは、ツルッパゲの社長とはひどく対照的に艶のある黒い髪の毛と、深々としたヒゲに目鼻をうずめており、わずかに見える白い額と頬を土台に、真ん丸い瞳からは穏和な光をこぼしていた。


「例え話しでんがな。ジョークやジョークや」


 ごまかすなよ、ユーモアの次は緊張感を醸し出すって言っちまったぞ。



「せやけど藩主はん。自社でロケットエンジンから装甲板、はたまたコンピューターまでそろうのはウチだけでっせ。お安ぅしときまっせ」

 そう言うときがもっとも気を付けなければいけない。



「それがなゲイツ。今回は……」

 と言いかけて、となりの主任から強く袖口を引っ張られ、急いで口を閉じた藩主だった。


「なんや……?」

 怪しげな空気を感じ取り、眉をひそめるものの、喋るだけなら経費が掛からないと常々言い続けるケチらハゲだ。引き下がる気配は無い。


「ほなら……銀龍を宇宙船にするには、どんだけの費用が掛かるか、ご存知でっか、藩主はん?」

「知らんな。お主はどうじゃ?」

 ふさふさとした濃い黒ヒゲを摩り、藩主特製の大きな椅子へ深々と沈めていた巨躯(きょく)を少し伸ばすと、隣の主任に尋ねる。

「どうじゃ。費用はいかほど掛かるのじゃ?」

「ははっ。ワタシでは解りかねます……。おい、どれぐらいだ。副主任?」

 四時の位置に座る頭ひとつ分低い男性に尋ねる。

「はっ、えー。そのことに関しましては……えっと」

 副主任は体を六十度ほどねじって、

「知っておるか、副々主任?」

「へっ? えぇぇーっ!」

 今確かに驚いたろ。


 副々主任は目を見開き、挙動不審。

「ど……どうなんでしょう……はて? ご存知ですか?」

 逃げ場を失った骸骨にも似た痩せ細った副々主任は隣の玲子に首をかしげた。


「えっ?」

 なぜ社長が王室に求めた質問を秘書が答えなければいけないのか。戸惑った玲子は社長に助けを求めた。

「いくら掛かるんですか?」


 ハゲ茶瓶は一瞬絶句して、

「なんでやねん! もうエエワ!!」


 む――。遊ばれとるな。


「話しにならんワ…………」

  

  

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