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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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スフィアの主要機関室で

  

  

 地下に下り立った俺たちを待ち受けていたのは、天井の低い通路が網の目のように張り巡らされた空間だった。

 頭が付くほどではないが、圧迫感が半端無い。村人サイズなので仕方のないことだが。

 いくつかの角を曲がる主宰の後を見逃すまいと足早について行く。どちらを見ても同じ景色なので迷いそうだと思った俺は、主な曲がり角の隅っこにポケットに入っていたビールのプルトップを置いて対処した。


 まさかあのプルトップがこんなところで役に立つとは思っていなかったが、玲子は失礼だからやめておけと言う。だけど無視してやった。俺は慎重派なのだ。


「コマンダー。落し物ですよ」

「ば……バカ! 元の場所に戻しとけ!」

 とまぁ。大ぼけアンドロイドの頭を一発小突いたことを、とりあえず記しておこう。


 後ろでごそごそする俺たちを気にすることもなく、主宰は明かりが点いていた部屋に入った。


 中はやたらと広く、ツルツルに磨かれた床の表面に辺りの設備が映し込まれてとても綺麗な部屋だ。

 目立つのは中央だ。直径1メートルほどの球体があって、周りを囲むように制御コンソールが並んでいる。

 沈黙を守った装置は薄暗く無彩色。中央の球体がわずかにオレンジ色で、がっしりとした台座に載せられて静かにたたずんでいた。



 主催は真っ直ぐ突き進むと、装置の隙間に入って屈んで中を覗き込んだ。


「どうじゃ。グリム?」

 無人だと思っていたのだが、装置の裏にも一段下がった部屋があり、人が作業をしていた。


「あ。これは主宰様」

 ズボンの裾をパタパタはたきながら上って来たのは、昨夜の背の高い青年。濃い深海色の瞳をキラキラとさせて、

「いまだに最終プロセスでなぜシステムダウンするか原因がつかめず、よくて数分。通常では数秒でダウンします。これまでと変わらず、オミクロン生成までに至りません」


 装置の裏側から、もう一人の赤茶けた天然パーマの男性が顔を出した。

「これはやはり、どこか別のスフィアの連中が侵入して何かの嫌がらせをした証拠ですよ」


「まだそんなことを言うとるのか、バッカル。そのような猜疑心がドロイドをここまではびこませる原因になったと教えたじゃろ」


「じゃあ。なぜ最後のプロセスだけが起動しないんですか?」

「それは起動シーケンスシステムに何かの不具合が起きてだな……」


「あのぉ……。お取り込み中、ちょっとすみません」

 説明するグリムの肩を指の先で突っつくナナ。


「なんでしょうか? マトス様」

 グリムは懐疑的な目で、でも丁寧に返答し、

「うはぁ。白神様だ……」

 バッカルは澄んだ目で銀髪のショートヘアのナナを見つめ、ナナは二人にそろって柔和に微笑んだ。


「ども」


 部屋の中を丸っこい目で一巡させると、

「これって、反物質反応炉ですよね?」

 設置された暗いオレンジ色の球体へ目をやって、

「だいぶ古いレすねー。たぶん何年も放っておいたから、タキオン放射が収束してしまったんですよ」

「確かにそう言われると、ドロイドの攻撃が増えてきた辺りからメンテナンスを怠って来たことは認めますが。でも収束期は10年だと聞いています」


「未熟な結晶は予定よりも早く収束するもんですよー」


 などと、いっちょ前に偉そうなことを言うもんだから、コマンダーとしては黙っていられない。

「お前、また知ったかぶって、適当に喋ってないだろうな?」


「なに言ってんですか。同タイプのエンジンがコンベンションセンターにもありましたでしょ。知らなかったんですか?」

「あそこに並んでいた物は、これだ、って指で差されたって分らんよ」


 ナナは平然と平淡に言う。

「コンベンションセンターに並べられた商品の取り扱いは熟知していますので」

「その割にハイパートランスポーターは自信なさげだったじゃねえか」

「そんなことありませんよー」と言っておいてから顔を伏せた。


「ま、人それぞれ得意分野ってのがありますからね……」

 床に向かって言い訳めいた言葉をつぶやくナナに念を押す。

「お前は人じゃねえからな」


 俺の声に反応してナナは顔を上げた。

「ワタシはエンジン担当なんです」

「ほんとかよー?」

 マジで懐疑的なのは、これまでのこいつの態度を見ていれば誰でもそうなる。


「何言ってんレすかー。これぐらいはコンベンションセンターのガイドとして常識ですよ」

「じゃあさ、タキオンとかオミクロンとか意味解ってんのか?」

「もちろんレす」

 ヤツは胸を張って鼻で笑うみたいな態度で俺をあしらおうとしたので、少々カチンときた。


「ならグリムたちの前で説明してみろよ」

「いいですよ」

 咳払いというアンドロイドにはあり得ない仕草で、グリムたちを驚かせてから、ナナは得々と語り出した。


「えー。タキオン放射はですねー。オミクロン生成に欠かせない工程で、テトリンサイクルと呼ばれる工程を経て生成させます。そしてですね。オミクロンは半物質反応炉を臨海点に持っていく物質です。オミクロン無しではテトリオンリアクターは反応しません。となると、超亜空間跳躍もできませんし、宇宙船を量子スリップストリームに乗せることもできないのですよ。そうですよね? グリムさん?」


「素晴らしい。簡素にまとめられており付け足すところがありません。まったくそのとおりです」

 グリムは称賛を贈るような口調で言い、バッカルは黙って憧憬(しょうけい)の目でナナを見つめていた。


 俺には適当な単語を並べたようにしか聞こえないが、話として辻褄はあっているようだ。


 何も言えないでモゴモゴする俺を伏せ目で一瞥してから、ナナは白い手を差し出した。

「電子共鳴スキャナーはありますか? タキオン放射の調整するには必需品なんです」

 続いてもう一度、偉そうに訊く。

「最後にオミクロンを生成したのはいつですか?」


「最後の起動はジヨンドさんがまだ健在だった頃だから……6年前かな。あの人だけが頼りだったんだ」

「意思を継いだオレたちの技術がまだ情けないのさ」


 悔しげに唇を噛む二人を前に、

「やっぱりね。長いこと動かしていないので自己収束してしまったんですよ。それで起動シーケンスが拒否されるんです」

 ナナが言い放つ自信満々の言葉。管理者どうしの会話を立ち聞きしたのでないことを祈るだけだ。


「はい。これが共鳴スキャナーです」とバッカルが道具箱から探し出し。

「あ、はーい。そうこれこれ」

 奇妙なカタチをした道具を受け取ったナナは、柔らかな笑みと共にシステムの裏にあった階段を下りてゴソゴソし始める。俺の位置からでは銀髪の天辺だけが見えており、あちこちと動き回って作業をするナナの仕草から推測して、中は広いと思われる。


 自分が入る(すき)が皆無になった玲子は膝を抱えしゃがみ込み、中で動き回るナナを見つめるだけ。ひとまずジャマだけはするまいと朱唇を閉じていた。



 数分もして、下からナナの明るい声がした。

「いいですかぁ。バックアップからリストアさせますので起動準備に入ってくらさーい」


 マジでやる気か、こいつ?


 少しの間が空いて、機械が駆動を始めた軽い音がした。

 俺と玲子には何の音だか解らないのだが、主宰とグリム、そしてバッカルの目の色が変わったところを見ると、何かが始まったと推測するべきだな。


「あ、はーい。エンジン起動しちゃってくらさーい」

 奥からナナの指示が飛び、コンソール前はひときわ賑やかになる。

「わ……解りました。おい、バッカル、起動プロセスを開始するぞ」

 グリムのほうが技術階級が上のようだ。


「了解。シーケンススタート!」

 いくつか点滅するインジケーターを確認後、二本の指の腹でコンソール表面をスライドさせ、それに添って光りの帯が上昇。


「エンジン起動します」

 グリムの視線がオレンジ色の球体に注がれる。泡っぽい物が一つ、二つ、と浮き上がって来た。


「トートリウム励起(れいき)。レベル2……3……」

 数値の増加にともない気泡の数が増える。


 玲子の目がそれを追うのは、動くものに釣られるネコみたいなものだろ。俺だって理解できるものは何も無い。強いて言えば、球体の中は粘度の低い液体に満たされている、と言えるのが精一杯。もちろんこんなエンジンはアルトオーネでは見たこともないし、だいたいこれをエンジンと言うほうが、おかしくないかい?


「最適値到達まで4……3……2……」

 微妙に振動が足元から伝わって来た。不安げに辺りを探り出した玲子と顔を見合わせ、変な汗が背中を伝うのは文明人としてどうかと思うが。この巨大なスフィアを宇宙に運ぶパワーがあると思うと、ちょっち緊張してしまう。



「起動プロセス完了。本来はここでテトリオンリアクタ浮上プロセスがあるのですが。それは本番までお預けです」と説明するグリムの顔色はそれほど明るくない。

「では、問題のオミクロン生成プロセスに移りますよ」

 とグリムは一段下がった部屋で銀髪の天辺だけを見せるナナへと伝え、

「こっちはいつでも準備いいでーす」

 何だかやけに軽快だ。


 グリムが二本目の光の帯をコンソール上に展開。取っ手のついた大きなレバーを前傾させた。


 ガコンッ、と軽いショックがして、再びみんなの視線がオレンジの球体へ。

 バッカルはそのまま制御コンソールのディスプレイを睨み、

「最終プロセススタートしました。現在シーケンス1」

「りょっかーい。バックアップからリストア開始ぃ」とナナの声。


「インポート40パーセントれーす」と言ってから、

「インポート完了。生成クラスオーバーライドしまーす。コンストラクターパラメーターを書き換えますよー。いいれすか?」とグリムに訊くナナ。


「お任せします。コンストラクターのデフォルトは我々の研究結果で決めた数値です。結局……失敗続きですけど」


「ほーい。では遠慮なく」

 あいつが何をやる気なのかこっちにはさっぱりだが、グリムとバッカルは理解しているらしく、コンソールの一角で沈黙を続けるもう一本の光の帯。たぶんプロセス進捗(しんちょく)インジケータだろう。ちっとも延びていかない先端を睨み、同じ時間だけオレンジの球体にも目を据えていた。


「…………うん?」

 暗かったオレンジ色の底が、ほのかに赤みを帯びてきた頃。

「せ……生成シーケンス復帰中です!」

 驚嘆に近い声を張るバッカル。進捗インジケーターが徐々に息を吹き返していく。


「調子いいんじゃないの?」

 玲子が分るんだから、誰もが感じる確実な事実で、

「おお。久しぶりじゃ。最終プロセスのシーケンスがレベル3まで復帰しとる」と主宰も明るい声だし、


「こ、このままいけば……もしや?」


 バッカルは小躍り寸前だが、

「それとこれは別さ。これまでもシーケンスはレベル7まで到達した記録があるが、レベル9の最終まで到達したのは6年前、俺の前で見せてくれたジヨンドさんが最後だ」

 グリムは冷静だった。


 俺は思う。グリムが落ち着いていられるのは、ナナが起動させるとは考えていないからだ。

 同感だね。


 頭の中でハツカネズミをクルクル回しているようなおとぼけアンドロイドが、この巨大スフィアの主要機関を起動させるなんて事があってみろ。この宇宙はこいつにいったい何をさせようとしてんだ、って叫びたくなるよな。


 懐疑的な目で見る俺の横で、玲子はプールの監視員みたいに姿勢のいい半身を俺にひねった。

「あなた根性ひねくれてない? 叩き直してあげようか?」

 こんなところで流血沙汰みたいなことをするなよ、と祈りを捧げつつ、

「ちがう。うまくいって欲しいけど、そうなると……」

 玲子の白くて形のいい耳元に囁く。

「こいつがますます神様に祭り上げられるだろ。そのほうがもっと最悪だろ」


 玲子は口元を波打たせて苦しげな吐息をした。

「ふんっ」


 ざまみろ。俺のほうが視野が広いんだってんだ。

(いちちち……。なにすんだ、このヤロウ!)

 周囲の目を盗んで俺の尻を抓ってきやがった。自分が不利になると、すぐに手を出してくる始末のおけんヤツだ。


 部屋の隅では違う意味での攻防が始まっていた。こういうのも痴話喧嘩って言うよな。恥じぃぜ。実際。

  

  

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