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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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リボンの戦士

  

  

 黒い軍団を睥睨する玲子。その手には風になびくリボン。

 リボンだぜ、リボン。髪の毛を結うリボンだ。カーボンナノチューブ入りだとは言うが……。


 ドロイドたちのスキャンビームが黄色いリボンの動きを追いかけてウロウロするが、特に危険物ではないと判断したのか、がさり、がさりと稲穂を踏んづけて包囲を縮めてきた。


 寸刻の空白。場違いな爽やかな風が吹き抜けると、人工の稲の実がたなびき、ぽっかりと穴を開けたような静けさが広がった。


 刹那の一閃が宙を射抜く音が。


 バシュッ!


 レーザーラインが確実に玲子の眉間を狙って走ったのだが、それをいとも簡単に弾き飛ばしたのは黄色いリボンだった。


「き、きた……」

 俺の呼気が止まった。礼子の黒髪がゆっくりと持ちあがってくるのを見つけたからだ。あいつが気を集中すると必ず起きる現象だ。

 理由なんか知らん。いつもこうだからな。いつかシロタマに訊いてみるさ。


 バシッ!


 再びスパークが飛ぶ。俺たちの誰かを狙って打ちこまれたビームが、再びあらぬ方向へ折れ曲がった。


「な、なんだよそのリボン……。ムチみたいじゃないか」」

「社長のプレゼントよ。いざとなったら武器にもなるの」


「物騒な物を社長もプレゼントしたもんだぜ」


 その時。俺たちを取り囲んでいたドロイドが左右に動いた。まるで何重にもなった防御壁を交互にずらしたような動き。連中の肩に取り付けられたレーザー照射エミッターの発射口が隙間なくずらりと並んだのを目撃。


「一斉射撃をする気だ!」

 と叫んだ俺の動きよりも早く玲子は体を捻った。


「セェ――イッ!!」

 気合いを込めた声と共に弓なりに広がったリボンを振り切る。


 ぶぉぉぉぉぉ。


 リボンが唸った。

 重々しい音がして柔らかい帯がしなやかにたゆむと、大きく空気が揺れ動いた。

 その瞬間、定規で線を引いたように稲穂が一直線に倒れた。そこを猛烈な突風が突き抜けて通る。

 何が起きたのか俺には理解不能だが、空気の流動は先鋒として並んでいたほとんどのドロイドのボディを砕け散らしたのだ。

「す……すげえ……」

「感心してる場合じゃないわよ! ほらナナ、走る準備して!」

 息吐く間もなく、玲子は体勢を変えると全身を強く反らして、跳ね返るバネにも似た強い瞬発力で地面に延びたリボンを振り上げ、さらに気合を込めて撃ち下ろした。


 シュンッ!


 黄色いリボンの大半が透きとおり、一度目とはまた異質な宙を断ち切る鋭い音が響いた。白い閃光をまといながら円弧を描いて空間を引き裂く姿はまさに湾曲した太刀(たち)で空気を薙いだと言ってもいい。


 突如、ドンッ、という腹の奥底へ響く気持ちの悪い振動が伝わった次の()


 ごぉぉ─っ、と風が(うな)った。


 不可視の圧力が玲子の正面から先に向かって突き抜けたのだ。まるで見えない砲弾が真横に発射されたかのような光景だ。退路を塞いでいたドロイドの集団を物凄まじい爆流が薙ぎ払って通った。


「…………………………」

 意味不明の現象に体は硬直。思考は停止。頭ん中は真っ白け。


 続いて、突き抜けて行った波動に釣られて動いた大量の空気が流れ込んで来た。

 何が起きたのか分からず身を固くした俺の体までも引き摺ろうとした爆流は不気味な極低音を辺りにこだまさせて消えていった。


「なにしてるの。道が開いたわよ!」

 その声に我に返る。凍りついていた世界が覚醒していた。


 見ると俺たちの前に一本の通路ができており、ドロイドの大半が破壊され瓦礫の小山を作って左右に盛り上がっている。


「今だ! ナナ行け!」

 俺は叫ぶだけ。


「お母ちゃま、行きますよ。ワタシについて来てください」

 開いた退路を駆け抜けるナナたち。遅れて立ち上がった俺のコメカミを狙って、全壊を逃れたドロイドがビームを発射した。


 バシュッ!

 ギャァンッ!

 輝線が異なる方向へ跳ね返った。


「た、タマ……」

 俺のコメカミの横に白い球体が浮遊していた。


『退却するなら今です』

「だ、大丈夫なのか、お前?」

『シロタマには銀龍の電磁シールドと同等の防御システムが装備されています。管理者製のアンドロイドは剛健なボディを誇ります』

「おーい。勝手に誇るな、自慢するな──。でも今回は許す。すげえぜ、タマっこ」


 バシッ! バシュッ

 ギャンッ! ギーン!


 目にも止まらぬ動きで俺の正面を飛び回り、撃ち込まれた二本の熱い発光ビームが反射。ビームは真反対に弾け跳んで、撃ち込んだヤツの胸に大穴を開けた。


『早急にこの場から離れることを推奨します』

「ほら。遅いよ、裕輔!」

 何事にも俊敏な動きをする玲子は俺よりだいぶ先にいた。


 立ち上がって走ろうとするが……。

「な、なんか足が変だぞ……」


 しびれを切らしたシロタマが喚く。

「ちゃっちゃと逃げろ! トンマ!」

「うるせぇ。足が震えてうまく動かねえんだ」


「ちっ。しょーがねーなー」

「こ、こら。ロボットが舌打ちなんかするなよ」


「うるしぇー。ほら、シロタマにつかまるでシュ。今日は特別に運んでやるからよー」

「ありがたい」

 咄嗟に俺はシロタマを掴んだ。ワラをも掴む心境さ。何しろ俺の足は何の役にも立たないただの丸太と化している。情けねえなー。ほんと。


「うぇおーーー」

 掴んだ俺を引き摺って、シロタマが地面すれすれを疾走する。手放すまいと両手で球体を握り締めた。

 物凄まじいまでのパワーに驚くよりも先に、

「あうっち、おぅっち!、痛ぇって。タマ、ちょっと止まってくれ。後は自分で走るって」

 地面の段差に下半身を打ち付ける痛みが俺の運動神経をようやく覚醒させてくれた。


「あ。ちょうだ。忘れてた」

「あ――っ!」

 突然の急停止。タマは俺を放っぽり出してバックする。


「痛ででで……」

 いきなり止まった反動で俺は投げ飛ばされ、地面の上を何度か転がって玲子の足下で止まった。


「どうしたのシロタマ。早く逃げないと」

「そうだぜ。もう俺は走れるから気にするな」


「ハゲに頼まれていたでちゅ」

「ハゲって……また俺の真似して……」


『ドロイドの弱点を見つけるために必要な、研究材料を頼まれていました』


「おーい。何だよ今ごろ」


「うっさい! ユースケ! 早くそこの半壊したドロイドを持って帰るから、オマエが担げ!」

「なんで俺が……」


「文句言うなら、もう助けてあげにゃい」

「なんだとっ!」


「裕輔! シロタマに従いなさい。上司の命令だかんね! 嫌ならあんた、地面に投げつけるよ」

 俺はボロ雑巾じゃねえっすけど。


 ったくよー。

 しかし床ドンは背骨に悪いことを思い出した俺は、とにかくシロタマが示した半壊ドロイドを持ち上げた。

 垂れたケーブルから生暖かい気色の悪い液体がしたたり、両腕がまだビクビクと痙攣していて、不気味以外何ものでもない。


 しかしグズグズしていられないので、黙ってそれを担いだ。


「ほらよ……。そんなに重くないな」

「じゃ走るわよ」

 玲子は鷹揚(おうよう)にうなずき、俺は首をすくめつつぶやく。

「走ってる最中に後ろから首を締めてこないだろうな」


『主要システムは停止しています。再起動する兆しは見えません』

「ジョークだよ」


「ふんっ。ちっともおもちろくない」

「お前とは感性が違うんだよ」

 狩った獲物を担いだハンターみたいな格好で立ち上がって、俺は行く先を探る。

 散乱したドロイドのパーツが左右に積み上がり、鋭いV字を描いて退路が開いていた。


「しかしまあ……」

 改めて思う。とてつもない何かが通過して行ったと。

 これが世紀末オンナ真骨頂の跡ってやつだな。マジでこいつを怒らすのはよしたほうがいい。


 とか、安穏とするのはまだ早い。後方から新たなドロイドの進軍が再開した。

 閃光がほとばしり、熱いビームが肩の辺りを数本通過。だが振り向く暇など無い。一目散さ。残り50メートル。


 ドシュ!

 耳に伝わった鈍い音は、玲子が着る服の袖に黒い穴を空けた音だった。


「あーっ、コレしか着る物ないのに、どうしてくれるのよ!」

 走りながら首を捻って後方へ睨みを利かせる。


 再び発射音。空気を引き裂く鋭い音が響き、


 ギャンッ!


 玲子の背中を狙ったパワービームをシロタマが咄嗟に飛び込んで弾き飛ばした。

 ビームは焼けた金属の臭いと音をまき散らして空へ跳ね飛び、天井まで達すると反射して再び地面を貫いた。


「おい。何だか威力が増していないか?」


『最大パワーに切り替えたようです』

 つまり本気だということか……。


「背中の荷物がやけに肩に食い込んでくるぜ」


「早く、壁の向こうに入るでシュ!」


 ドシッ

 ギンッ!

 再び発射された高熱のビームを弾かせたシロタマが宙でグラつく。


「シロタマ。だいじょうぶ?」

 ヤツの表面から薄紫色の煙が立ち昇る異様な光景を目の当たりにして、玲子の声も緊迫度を増していく。


『シールドパワー低下。次の攻撃に耐えられるかどうかは不明です』

「あと少しだ! タマ、頑張れ!」 

 わずかに鼻を突く刺激臭に安堵する。壁を乗り越えようとしたドロイドを破壊に至らしめた薬品の臭いだ。


「ここや裕輔! ここから飛び込みなはれ!」

 扉がわずかに開いており、手を振る社長の姿。スキンヘッドから後光が射して見えた。

 そこへと延びる通路は村人が総出で残骸を両脇に掻き寄せてくれたのだろう、とても走りやすい。




 全力疾走の末。

「助かったぁー」

 半壊ドロイドを肩から降ろし、柔らかな地面に飛び込み転がると同時に扉が閉められた。

 追っ手が放つパワービームが連射されていたが、要塞と化したフェライト製の壁はびくともしない。


「はぁはぁはぁ」

 激しい呼吸を繰り返し、俺は空を見上げた。白い蝶々が二匹、優雅に舞っていた。緊迫した空気が一変した景色に乾杯だ。酒があればな。


「コマンダー……」

 視界に影が射し込み。ナナのにこやかな顔と眼を腫らしたジュジュと母親が覗きんできた。

「ほんとうにありがとうございました」

「こんなのは楽勝よ」

 母親の心から出た感謝の言葉に玲子はあっけらかんと応え、俺は笑って返事とした。

 そしてどうしても頭からこびりついて離れない案件を尋ねる。


「よー。玲子、さっきのあれは何だよ?」

「あれって?」

「風がゴーって唸ってドロイドがなぎ倒されただろ?」

「ああ。あれはこのリボンのおかげよ。リボンはあんなふうにして使うものなの」

「バカこけ。リボンは髪を結うもんだ」


『先ほどの現象は空気の瞬断現象です』

 報告モードの冷やっこい説明を聞いて、俺は体を起こした。


「それって鎌風(かまいたち)か!?」

 俺の頭上で説明をこなす白い球体へ訊き直し、玲子へと目を転じる。

「うそだろ!」

 ヤツは黙ってうなずいて見せた。


 ということは……こいつはリボン一本で空気を断ち切ったのか。あり得んな、実際。

 どうりでカーボンナノチューブ入りを強調したはずだ。理科系音痴のこいつの唯一の知識は戦闘系のみに突出している。


「おいおい……」

 世紀末オンナは問題のリボンで自慢の黒髪を結っていた。こうなると武器なんだか装飾品なんだか……。


 驚きと呆れの心境で固まる俺の横では、玲子の振る舞いを羨望の眼差しで見つめたナナがつぶやく。

「レイコさんの髪の毛って綺麗ですねぇ。あこがれるなぁ、ワタシ……」


 アンドロイドがあこがれるねぇ……。

 玲子に向けていた同じ心境で今度はナナを見た。


 ま、今のセリフは適切な状況になると、そう口から出るようにプログラムされているにすぎない。と結論付けた俺の考えはこの先、ずっと先のことだが大きく覆されるのだが、それはまたということで、今はこの平和な空気を噛みしめておこう。



「従者さんも、なかなかやるじゃないか」

 次々集まる大勢の笑顔と共に、白ヒゲを伸ばした老人の温和な顔が割り込み、

「さすが神様の従者じゃ。おてがらですな。改めて御礼を言わせて貰う」

「お礼だなんてとんでもない。行くあてもない俺たちを置いてもらってんだ。礼を言うのはこっちだって」


「ご苦労様でした、コマンらー。ご無事で何よりれす」

 差し出されたナナの腕につかまり、起き上がる。

「お前もな。色々助かったぜ」


「シロタマだってたちゅけたじぇ」


「お前のは荒っぽいんだ。背骨が折れるとこだったぜ」

「ふん。何の役にも立たない背骨なんかネコも食べないでしゅよ」


「俺の背骨をネコまんまに混ぜるな!」


「わかった、わかった。喧嘩はやめなはれ。無事に帰ったんや、もうエエやろ。ほんで、これでっか? 頼んだ研究材料は」


『中枢部は無傷でまだメモリー上にデータが消えずに残っています。これ以上新鮮な物はありません』


 今度は鮮魚みたいに言ってやがる。


 あー。美味い魚が食いてぇな。

 俺の空腹度は極限にまで達していたことを思い出させてくれた。

  

  

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