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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
33/297

超亜空間跳躍

  

  

 夕刻──。

 天空はオレンジに輝き、やがて茜に色付き、じわじわと赤紫から濃い紺色と移り変わって夜になった。地下空間にいたことを忘れさせてくれる美しさで陽が暮れたのだ。


 薄暗くなった草っ原からご丁寧に虫の音も聞こえてくる。どこまでが人工でどこから自然の営みかの区別が付かない。もちろん黄昏(たそがれ)ていく天井の光が人工なのだけど、すごいぜスフィア、と絶賛する夕暮れだった。


 小さな息吹(いぶき)を足元に散らした広場の端に大きなテーブルが設置され、その中心に祭壇が設けられており、色とりどりの発光体に飾られ眩しく輝いていた。


 その最上段にちょこんとナナが落ち着きのない様子で座らされているのは、いつ白神様が光臨されてもいいように清め祀られているという。つまり白神様のご登場を食事でもしながら待とうということらしい。俺たちから見れば、何だか俗っぽいんだが、ここは価値観の違いだろうな。


 ナナにとってはいい迷惑だけど、俺たちは神聖な儀式でも執り行われるのだろうと思っていた。でもいざふたを開けてみれば、おごそかなのは祭壇周辺に陣取ったバアさんを筆頭にした信心深い集団だけ、あとは宴会状態である。


 取れたての野菜を使った豪華な料理三昧に始まり、男たちは酒を交わして歌い出し、大いに盛り上がっている──のは村人だけで、俺たちは隅っこに置かれたライトの照明に青白い顔を晒していた。


 出される料理は美味そうなのだが、口に近づけただけで、胃の中から苦いものが込み上る油臭さ。

 結局、例の野菜チップだけをポリポリ。口の中の水分が奪われ、嗚咽を吐きつつ油水を飲む、の繰り返しだ。


 ちなみにドゥウォーフの人たちが飲んでいたのは酒ではなかった。いくら飲んでも平気だと思って嗅いでみいたら、アルコールでないことは分かったが、油臭くて何から作られた物かは不明だ。だが陽気になってくるところをみると何らかの酩酊作用があるようだが、それ以上乱れたり羽目を外したりする者はおらず、みな紳士的に振る舞っていた。


 そんなので楽しいのか?

 と尋ねたくなるのは、俺たちが飲兵衛だからだろうな。な、玲子?


 ヤツもヒマそうだ。少々油臭くてもアルコールが入っていれば飲みたい、てな(つら)をして(うつ)ろな目を瞬かせ、そして祀りあげられたナナは、もちろん白神様の御降臨などあるはずもなく。中央の祭壇で退屈そうに村人の行動を見下ろすという、ある意味、あっちも生き地獄のようだ。


「主宰はん……」

 心細い声を漏らしたのは社長だ。

「これからワシらはどないなりまんのやろ」

 ナナが神として(うやま)われるのは理解不能だが、それはそれでよしとして、俺たちの立場がよく解らない。


「何を言い出すかと思ったら……。ふぉふぉふぁふぁ」

 白ヒゲを揺らしながら、ジイさんは豪快に笑った。


「お主ら、行くところがあるのなら、ここで休息を取ってまた新たに出立されればよい。もし予定が無いのであれば、このまま我々の技術顧問として居続けていただいても結構じゃ」


「いや。ワシらの技術はだいぶ遅れてまっせ」


「何を言う。何度も言っとるじゃろ。生きて行くのが精一杯で科学技術は先代から何も進化しとらん。過去の遺産だけで生活しておる。ただ星間航行工学だけは忘れぬように特別なクラスを設けておるんじゃが。いかんせんコンピューター関係に詳しい者が2年ほど前にドロイドにやられて、今はその場所が空いとるんじゃ。どうじゃゲイツさん。あの白いタマっ子とともに我々に、新たな風を吹き込んでくれんかな。これこのとおりじゃ。お知恵をお貸し願えないだろうか?」


 ジイさんは直立し社長に頭を下げた。やはりこの人はリーダーになるべくしてなった人物だと再び痛感した。懐の大きさだけでなく、上手く言葉を操って社長の気持ちを汲んでおり、嫌とは言えない質問の仕方だった。


「ワシもその道でメシ食ってますから。なんかの役にたつんやったらうれしい」

 玲子の肩でおとなしくしている白い球体へちらりと視線を這わせ、

「おおきに主宰はん。ほなこの裕輔は雑巾代わりにしてもろて結構ですわ。うちの会社でも雑巾扱いでっしゃからな」


「ひでえな。マジ……」


「何ゆうてまんねん」

「え?」

 心外なと言い返したくもなるが、社長はキッと怖い顔をした。


「おまはん、ワシの会社に入る時なんちゅうた?」

 ぐっ。何かあるといっつもそれだ。


「何でもするから……混ぜてくれ……だ」


「あふぁ、あふぁ、あふぁ。おもしろいお方らじゃ」

 ジイさんはげらげら笑って俺の肩を叩き、その様子を遠くから見たナナが羨ましげに首を伸ばした。神様はかなり退屈の御様子だった。


 社長は遠慮がちに言葉を綴る。

「ほなら。仲間からの救助をギリギリまで待たせてもらい、時間切れとなったら、お供させてもらいますワ」


 覚悟を決めた表情は険しかった。他に助かる道が無いことは理解していたが、言葉として並べられると震えが来るほど現実味を帯て、むしょうに怖かった。スフィアが飛び立つ前に銀龍から救助が来ないと、俺たちの残りの人生はここの村人と一緒に旅をすることとなる。


 新たな仲間になるかもしれない人たちを無言で見遣る。身長の差こそあれ、温和で優しげな住民にほんの少し安堵した。


「ひとつ質問させてもろてよろしいか?」

「何かな?」

 ジイさんは飲み物をぐびリとやり、社長は身を乗り出す。


「あの恒星のことなんですけどな。超新星爆発をましてやブラックホールになる恒星は寿命が短いと言われてますやんか。みなさんがここまで進化する前にコト尽きるんとちゃいますん?」


「ほうぉ。よく御存じですな。それに関しては我々の先祖が絡んでいると伝えられておるが、よく解らない、と回答させて頂こうかな。なにしろ1500年以上前の資料が何も残っておらず、元々この惑星の先住民族でもないとも言い伝えがあるんじゃ」


「ほな。この星系の人種ではないかもしれんのや」

 意外な回答に俺たちは驚愕する。


 宇宙を彷徨う、遊牧民みたいなモノかな?

 俺の想像は果てしなく広がった。これだけ科学の進んだ種族なのに過去の記録が無い。まるで俺たちの成れの果てを見るようだ。どこか遠くの星から漂流して来た。そして時が流れ、また追い立てられるようにして旅立つ……みたいな。


 話題がまずい方向へ逸れだしたので、社長は急いで軌道修正をする。

「それはそうと超亜空間跳躍って具体的にどんなもんなんでっか? ほんで目的地とかは決まってますんか?」


「先に伝えておこう。目的地は決まっておる。まだまだ若々しい恒星を持った星系を見つけてある。そこの第四惑星が生活に適しておるのじゃが、無人であるがため今は無用の植物だけが覆い茂り、荒れた土地が広がってしまった惑星じゃ」


 社長の片眉が吊り上がった。

「なんでそないな惑星にワザワザ?」

「廃れた惑星じゃから誰も相手にせんのじゃ。異星人が侵略した形跡も無かった」

「そりゃそうやけど。ほなずっとスフィアの中で暮らすんでっか?」

「むりじゃろ。人口が増えたら狭くなるのは目に見えておる」


「ほな開墾の日々でんな」


「まぁ。結論を急ぐなゲイツさん。今は、と言ったじゃろ。人の手が入らず荒れ放題の土地になる前に何とかすれば、楽に我々の思い通りの星にリフォームできるじゃろ?」


 星もリフォームって言うのかな?


 社長も半笑いで、

「荒れる前に住み着こうって言うのも解りまっけど。もう荒れてしもてまんのやろ。結局一からやり直すことになりまへんか?」

「ふはは、では種明かしといくかな」

 ジイさんはハゲオヤジの口の前に手の平を出して言葉を止めた。


「種明かし?」

 俺と社長はそろって首を捻り、主宰は楽しげに話を進める。

「よいか。超亜空間跳躍とは、距離だけを稼ぐ技術ではないのじゃ」


「え? まさか?」

 言葉の奥にある意味。それはあり得ない。


「時間も飛ぶんでっか!」

 二人の会話を聞いていて背筋から腕の先まで総毛立ち、喉が激しく上下した。


「計算上3500年過去じゃ。まだ緑茂る山々が存在していた頃に戻る。その時代から開墾すれば、今のように廃れることも無く維持できると考えられる。ロボット工学はイマイチじゃが、農業工学が最も進んでおる我が種族じゃからな」


「失礼ながら口を挟ませていただきます」

 隣から首を突っ込んできた青年がそう言い加えて、

「航空機燃料を田んぼに蓄えるアイディアとか、まだご存じないかもしれませんが、スフィアの地下にはもっとすごい農園が広がっています。明日よければご案内させていただきますが?」


 ジイさんは青年の肩を引き寄せた。

「この子の名はグリム。航行技術クラスのトップエンジニアじゃ。超亜空間跳躍の専門でもある。詳しい話はこの子から聞きなされ」

「この子って言わないでください。私はもう16です。子供じゃありません。ほらドリジュだって飲めるんだし」


 みんなが飲んでいたのはドリジュって言うのか……。で、それ何?

 美味いの?


「ドリジュは大人の飲み物です」

 彼は平然と胸を張り、主宰は相変わらずハフハフと歯の隙間から空気が抜けた笑みを浮かべ。飲んでみろと突き出した。


「にげぇぇ」

 油臭く、ブラックコーヒーとよく似た味がした。


 顔を歪める俺を社長は押しやり、

「これは、グリムはん。ゲイツと申します」

「マトス様の従者の方ですね。先ほどは仲間とお見苦しいところをお見せしました」

 見覚えのある青年だと思ったら、ナナを白神と言うのはおかしいと仲間と口論になっていた男だった。


「初めまして。グリムと言います」

「ども……」

 互いに頭を下げ合うという共通の挨拶をこなし、技術者どうしのややこしい会話が始まった。


「ブラックホールに飛び込んだら過去に戻るのはおかしな話でっしゃろ? 時間の流れが遅くなって未来へ行くと言うのならギリギリ納得できマンのやけどな」

「そのとおりです。ブラックホールに近づけば、少しは時が進み、未来に到達したことを実感するかもしれませんが、我々は亜空間を作るための道具としてブラックホールを利用するだけです」


「おほぉぉ」

 嘆息する社長から視線を外し、グリムは主宰に首をねじった。


「これ以上お話しして、非干渉違反になりませんか?」

「ふぉふぉふぉ。お前の話を聞いて理解できる人はまずおらん。それにこの人らはもう仲間じゃ」

「それでは……」とグリムは返事をし、立て板に水の如し、軽快な調子で喋り始めた。


「そもそも発端は、時間の流れが波紋に似ていることを発見したことによります。もちろん亜空間が見つかり、客観的に時間の流れを外から観察できるようになったおかげです。その結果、時間は疎密波に非常によく似た性質を持っていました。疎と密があり、疎は遅く、密は早く進むのですが、トータルするとその差を埋め合い同じ進み具合となっています」


「ほんまでっかいな。ほぉぉ。へぇー」

 社長はいたく感心して熱い吐息を連発し、俺は頭痛を覚え、玲子はもう無視。ジュジュとお遊びの真っ最中。ナナもそこへ参加しようと祭壇を下りだしたところをバアさんに見つかり叱られていた。


「どこへ行きなさる!」

「おバアちゃま。もう下ろしてくらさい。お尻が痛くなってきたんレすよー」

「白神様が祭壇を下りるなんてダメじゃ。なんて罰当たりなことを……」

 いやいや。神様だったら罰を与えるほうなんだけど。それよりお前はアンドロイドだ。尻なんか痛くなるはずねーだろ。


「ねぇ。もういいでしょぉ?」

 祭壇を半分下りたところで、またもやバアさんに追い立てられて最上段へ。いささか可哀想な気もする。



「ほぉ。さよかー。なるほどなぁ」

 こちらの小難しい話は佳境に入ってきたのか、社長のスキンヘッドが赤く高揚し、真剣に膝を乗り出していた。


「──ところがです。亜空間は通常、ゼロ空間と呼ばれ、時間の流れが無いと言われていますが。実空間と同じく変動する事を発見しました。しかも実空間と違い、正と負の流が互いを打ち消し合ってゼロとなることに着目したのです」


「なるほどー。ほな亜空間が負のときに飛び込んで戻ってくると、過去にでっか? うほぉぉ。こりゃ世紀の大発見やがな」

「ただし、その差はビビたるものですが、ブラックホールになる直前、空間爆縮が起きます」


「知ってまっせ。それが超新星爆発や」


「そうです。光速に達する爆縮の波に乗るのです。その時が最も亜空間内の時間変動率が高く、爆縮の波に同期させるのがテトリオンリアクターです。これを量子スリップストリームと呼びます。うまく負の時間だけを乗り継いでいけば、かなり過去に戻ることになります。これが超亜空間跳躍です。お解りいただけましたでしょうか?」


 社長は固まっていた。

 主宰様は「フォフフォフ」と笑い続け、俺は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。これじゃあ、いつもの玲子だぜ。



 社長とシロタマはグリムとの話に盛り上がり、俺は付いて行けず席を離れ、ナナを救助するべく祭壇に近寄った。

「よ。どうーだ、神様も辛いだろ?」

「あー、コマンらー。助けてくらさーい」


「おーおー。綺麗に着飾ってもらって。よかったな」

「よくないですよ。何なんですか、この頭に載せられてる物?」

(かんむり)って言うんだ。ティアラかな? でも光栄なことなんだぜ」

「王冠なんかいらないですよ。キネマティクスコントローラーの負荷が増大して首のアクチュエーターが発熱しそうです」


「ふははは。そりゃ大変だ」


「こら、白神様と勝手に喋るな!」

 神様と気安く話す俺の態度が気に入らないらしく、憤然(ふんぜん)としたバアさんが俺の肩越しから睨みを利かせてきた。


 俺はなるべく刺激しないように言葉を選びながら伝える。

「おバアさん。神様のメンテナンスをするお時間です。ちょっとここを離れなくてはいけません」

「なぜじゃ?」


 んのっ。人が下から物を言ってやってるのに。


「あのさ。この子はマトスだろ。アンドロイドなんだ。時々部品交換や油を注さなきゃ壊れちまうんだ」

「このお方には白神様が降臨されるんじゃぞ。部品交換? なにを言っておる」


 まだ訝しげなので。

「でもマトスだろ。あんただって働き尽くめだと病気になるだろ? それと同じさ。生き神様なんだから大事にしてやらなきゃ」

 バアさんは何だか怪訝な顔をしつつも、ナナを解放してくれた。


「わぁ。さすがコマンダー。助かっちゃいます」

 ティアラをぽいと祭壇の上部に投げ捨て、ナナはご機嫌な様子で階段を下りて来た。


 バアさんは祭壇の周りで祈りを捧げる集団へ、しわくちゃの渋い顔を向けると、

「白神様はまだ御降臨なさっておらん。それにマトス様もお疲れじゃ。今日はこれでお休みになられる。皆の者! 解散じゃ」


 ひとまず、神様の営業時間終了となった。





 ナナとテントへ戻ると、玲子が先に戻っており、ちゃっかりベッドの中で転がっていた。

「社長は?」と訊くと、

「まだ若い子たちと話し込んでいたわ」

 玲子は天井へ向かって語り、俺は、床で寝ろとばかりに、せっせと辺りを片づけ始めたナナををすがめながら、

「俺たちどうなるんだろうな?」

「なるようになるわよ」


 何も考えないヤツは気楽でいい。


「あたしだっていろいろ考えてんのよ」

「何をだよ?」

「たまには休肝日もいいわね、とか。ワイン持ってきたらよかったとか」

「まだ社員旅行を引き摺ってんのか?」


「冷えたドリジュならありますよ」

 向こうでナナの声。

「いらね」と俺が言い。

「ワイン以外は飲みたくない」と玲子。


「やっぱ冷えたビールだよな」

「あー。そうよね。最初はビールからだわ」

 俺と玲子の意見が一致する次元はやはり相当に低い。


 村人は白神様に願掛けて眠りに就くのだろうが、俺は冷たいビールがなみなみと注がれたジョッキを傾ける夢を期待して床に寝転んだ。


 玲子の言うとおり、たまには休肝日……いやもしかするとずっと休肝日かも──と思案して、冷や汗と共に急激に焦燥めいた。

 大至急、アルコールの開発を優先させないといけない。それ無くては、この先、発狂するかもしれない。

  

    

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