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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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ドゥウォーフの村

 

  

 フェライトの壁で囲まれた内側は平らな土地が広がり、中央に大きさは定まらないが円錐になったテントが数多く建ち並んでいて、その周りが田畑だ。その遠方、壁に沿って森が茂り、いくつかの(やぐら)が木々を突き抜け、壁の頂上にまで達していた。


 人々の生活はお世辞にも裕福とは言えないが、笑みの絶えない朗らかな表情は自然のもの。先ほどまでの緊迫した空気が嘘みたいに消えていた。


「アルトオーネのゲイツさんとやら。どうじゃ。貧乏村ではあるがワシのテントに来ぬか。ゆっくりお話もあるじゃろうて」

「すんまへん。実は少々ヒモジイんです。よろしければ水だけでも頂くことはできまへんやろか?」

「そうか。こちらも気付かず済まんことをした。いやなに、飲まず食わずで漂流されている割に元気そうじゃったのでな。とにかくテントでくつろいでくれ。お茶菓子でも……あ。食い物のほうがいいかな」



 誘われるがままに背の低い雑草と小さな黄色い花が咲き誇った小道をジイさんについて歩く。穏やかな陽の中、白い蝶が目の前を横切った。まるで小春日和だ。数時間前のヒンヤリした空気が緩んで心の中までホカホカだった。


 あれって、どういう構造なんだろ?

 たぶん人工太陽だと思われる頭上の仕組みだ。

 首が痛くなるほど曲げて空を見上げる。


 地下の中だということを忘れさせるほど高度のある天井は暖かで力強い人工の光を放ち、野菜は背伸びをするように瑞々しい葉を反らして風に身を任せている。野原の草は花を咲かせ、昆虫が飛び回る。叙情的な風景はオレたちが持つ記憶と何ら変わることは無く、懐かしくもあり郷愁を感じさせられ、とても感慨深かった。


「ぁふぁ……信じらんない」

 長い黒髪をさらりと垂らした玲子が漏らした吐息にも似た色っぽい声に、目尻を下げる。

「同感だな」

 そう、まったくの同感だった。あり得ない話さ。地上は勢力を落したにもかかわらず、巨大化した太陽から降り注ぐ放射線に照らされ、その中で生き残れるのはあの黒っぽい草だけ。あとは死の世界だ。半面、ここはどうだ。草木は青々とし、人々は生気あふれ、まるで天国だ。



「壁の向こうの田んぼを見てくれましたかのぉ?」

 歩の速度を少し緩め、ジイさんは後ろから付いて来る俺たちへと語りかけてきた。


「せや。何でっか、あの田んぼ。全部合成樹脂の造花でしたデ?」


「ふぉふぉふぉ……。分析能力に長けた方らじゃ」

 振り返ると遠くを杖でなぞり、

「あれらは燃料じゃ。宇宙船のな」

「えっ!」

 思いもかけない言葉に、老人の顔を窺う。

 知的な瞳は青く透き通り、嘘は言っていないと思われる。


「宇宙船って、避難用のですか、おジイさん?」


 肩が軽くなった感じがして俺はつい口を挟み、ジイさんは楽しげに立ち止まり、今度は天空を指した。

「見たじゃろ……」

「赤色巨星でんな」

「そうじゃ。我が母なる太陽は瀕死(ひんし)の状態じゃ。この後どうなるかはお解りじゃろ?」

「超新星爆発ですワな」

 青い目をゆっくりと瞬かせ、杖で地面をとんと突いて肩をすくめた。


「そうじゃ。その話もしなきゃならんしな」

 意味深な言葉で会話を閉じたジイさんは、俺たちに丸まった背中を向けて二歩ほど歩くと、ふと腰を伸ばし、思い出したかのように言う。

「ユウスケくん。避難用と言うのは、ちと規模が小さい表現じゃな。ワシらは世代を超えることのできる循環環境船を用意したんじゃ」


 俺と玲子にはピンと来なかったが、社長は目を剥いて嘆息した。

「バイオトープ船でっか?」


 なんだそりゃ?


 漏れた疑問がシロタマに伝わり、

『恒常的生態循環環境を構築した宇宙船です』

 その説明でさらに意味が解らなくなった。




 森の方角へ続く曲がりくねった小道。農耕地を二分している砂利道を進む。

 さっきから、俺の視界にはまだ子どもだと言ってもいい、幼い男子の姿を数多く捉えていた。


「小さな子供の労働力でもバカにできんからのぉ」

「みんな真面目ですね」と尋ねる玲子に、

「ふぉふぉ。そうでもせんと生きていけぬことを親が示しとるんじゃ。幼くともちゃんと伝わる」


 子供たちも老人を見つけると作業を止めて気さくに手を振り、ジイさんも笑顔で応え、あるいは杖を振る。無邪気で飾り気のない澄んだ光景であり、また子供たちの勤勉さを強く映し出していた。


 男の子たちと別れ、ジイさんは小道を外れて畑の畦道(あぜみち)に入った。

 黒々とした柔軟な土の感触が心地よくブーツを伝わって来る。とても気持ちいい。


「ジイちゃん……」

 土いじりをしていた幼女が満面の笑顔と共に農作物の陰から立ち上がった。


「ジュジュか。ちゃんと仕事をしとるか?」

 杖を頼りに腰を曲げ、穏和で慈しみに満ちた視線で包み込むジイさん。

 幼女もまた無垢な面立ちをした可愛らしい子だった。


「きょうはね。ミミじゅのおしっこし」

「ほぉ。どこに引っ越すんじゃ?」

「ここ……」

 自分の足下を指差す。


「そうか。そいつは土を耕してくれる。どうじゃ、ミミズはみんな元気か?」

 クリクリと丸まった金髪の幼女。色々な衣服の切れ端で拵えられた貫頭衣を着込み、白い膝小僧に泥をいっぱい付けて、金属製のカップを差し出した。

「おぉ。元気いっぱいじゃのぉ。大事に扱ってやるんじゃぞ」

 中には俺たちでもよく知った生命体がウヨウヨ蠢いていた。つまりミミズだ。それを畑に放すのがこの子の仕事らしい。


「コマンダー。あれ何ですか?」

 イクトのコンベンションセンターから、一歩も外に出たことのない彼女には理解の及ばないところだろう。


「地面の中にすむ生命体でな。土を柔らかくするんだ……だよな?」

 玲子の肩から少し上で、どういう理屈で浮かんでいられるのか首を捻ってしまいそうな、よろず相談屋に訊く。


『ミミズ、環形動物の一種。土壌内の有機質を体内に取り込み植物の養分を作り出し、あるいはその排泄物に微生物が繁殖、同じく植物の栄養素になります。さらにミミズが通ったあとは空気も入り土が柔らかくフカフカになります』


「へぇぇ。いいこと尽くめなんですねぇ」

 ナナはロボットのクセに溜め息混じり。ジイさんは好奇な目でシロタマを見上げて質問する。


「ほかに注意することはないのかな?」

『水のやり過ぎは、ミミズが呼吸困難になりますので注意してください』


 何でも詳しいヤツだな、こいつ。

 老人はふぉふぉ、と笑い、俺はタマをすがめて嘆息する。


 社長は屈んで幼女と視線を合わせて尋ねた。

「お嬢ちゃんは一人でお仕事か……エライなぁ。お、と、し、は、おいくつでっか?」


「むふぅぅ」

 女の子は指を三本立てると、気恥ずかしげに肩をすぼめてしゃがみ込んだ。


「そうか3歳か……。ほんでそのミミズ、どーしまんの?」

 カップからミミズを一匹摘まみ出し、自慢げにピラピラさせると、

「このこの、あたらしいおうち」

 小さなスコップで地面に穴を開け、ぽいと放り込んで土を被せた。


「そうかー。エライぞ、ジュジュ。もうすぐお前も新しいおうちに引っ越せる日が来るからな」

「いつ?」

「そうじゃな。ミミズの引っ越しが全部すんだら……かな?」

「よかったなぁ。頑張ってお仕事すんねやで。お嬢ちゃん」

 濡れたガラス玉みたいな瞳が社長とジイさんの間を行き来し、

「うん。する」

 こくりとうなずくと、照れ臭そうに背を丸めた。


 ここらの土地が肥沃で柔らかく、大きく生えそろった農作物は子どもたちの努力も実ったことなのだと感じた。



「この村の人口はいかほどなんでっか?」

「老若男女、子供も含めて百人に満たないな」

「子供の人数が多くないっすか?」とは俺さ。さっきからやけに目につく。

「そうじゃな。子供は宝と言うじゃろ。未来を繋いで行くには子供は必要不可欠じゃ」

「なるほどね」

「ワシにとってはこの村の子供はみんな孫なんじゃ。可愛いもんじゃて」

 社長も温かい気分になったらしく。改めて周りを見渡した。


「エエ景色でんな。ほんま胸打ちまんな」





 そこからしばらく行って深い森の前に到着。木々は天井に着く勢いでそびえ立つフェライトの壁を背にして、寄り添うように繁っていた。


「さぁ、ここじゃ」

 カラフルなテントだった。簡易的なものではなく、緻密な模様が織り込まれた頑丈な物だ。

「狭いが辛抱してくれ」

 分厚い布地を捲り上げ、俺たちを中へと誘った。


 先陣を切って飛び込んだシロタマは、さっとテントをひと回りすると、天井の細くなった部分に止まった。自由気まま、まるで飼い馴らされた鳥のようだ。と言ってもぜんぜん可愛くはないが。


 ジイさんはシロタマのことをたぶん俺たちのペットぐらいにか思っていないのか、気に留めるでなく、普通に接してくる。

「上の段に椅子がある。適当に引っ張り出して座っていてくだされ。ワシは茶の準備をするでな」

「あ、はーい。じゃワタシもお手伝いしまーす」

 ナナの動きはとても自然だ。これもプログラムされた動きなのか。


「ホンに気の付く子じゃ」

「いえいえー。慣れていますから。御遠慮なく命じてくださーい」

「しかしお主の格好は、ちょっと刺激的じゃな」


 俺たちは防護スーツの下に着込む作業着風の衣服だが、背中が大きく開いた長袖水着とニーソ風ブーツを履いたナナの服装は、ここの住民と比べるとやや肌の露出が多いかもしれない。


「そうですかぁ? 機能性を重視するとこうなっちゃんたんですよ」

「古着でよければ後でやるでのぉ。それを着なされ。その白い肌がとてもまぶしいんじゃ」

「えー。ホントですか? ワタシ、一張羅(いっちょうら)なんですよ。助かっちゃいます。ありがとうございます。おジイちゃま」


 言葉も態度も如才なくこなすナナとジイさんの会話は、とても穏やかな気分になれて心底心地よかった。




 テントの中は簡易的だが、地面を掘り下げた二段構造になっており、下の段が寝室で、清潔そうなベッドと衣服の掛けられたクローゼットが置いてある。続いて上の段に目を遣って驚いた。あまりに立派で、かつ進化し、また奇妙な機材がずらっと並んだ光景がこのテント張りの住居には異色だった。


「何でっか、この装置? 計測器にコントロールパネル。見たことも無い機材がそろっとるがな……。え、これは何やろ?」

 社長が解らないモノは俺にだって説明できない。強いてするなら、電飾に飾られたへんちくりんな球体模型かな。


 玲子の視線は別の物に固着されていた。棚にずらりと並べられた武器の数々。

 社長にあまりジロジロ見るなと袖を引かれて、急いで視線を外し、

「あたしも手伝うから、ちょっと待って」

 黄色のリボンで束ねていた長い黒髪を結い直して、ナナの下へと走った。


「じゃ頼むでの。これが茶器じゃ。細かいものはそこの引き出しから出しておくれ」

 ナナと玲子に居場所を譲ったジイさんは、こちらに戻りつつ社長へ白ヒゲをしごく。

「どうかなゲイツさん。意外と文明的なので驚いたじゃろ?」


「いやほんま。正直驚きましたデ。農業中心やと思てましたから……」


「ふぉふぉふぉ。衣服もツギハギ、全員野良仕事。そう思われて当然。じゃがの。意外と科学技術も進んどるんじゃぞ。見くびってもらっては困る」

「いや。めっそうもない。この地下都市にフェライト製の壁、ほんでからこの脳に直接語りかける翻訳器。ワシら驚くもんばっかりでっせ」


「そうそう。合成樹脂の田んぼなんて考えもつかなかったっすよ」


 ジイさんは俺の申告に目じりを下げ、

「正確には合成樹脂ではないのじゃがな。ま、似たようなもんじゃ。燃料として蓄えるにはあれが最も好都合。盗まれることもない」

「盗まれる?」

 誰に?

 と疑問が浮かぶが、訊き出しにくい雰囲気を察したので、ひとまず腹の奥に収めた。



「ま、それもこれも、目的達成のためじゃ。じゃからメンバーは着飾っとるヒマも無い」

「脱出計画でっか?」

 ジイさんは玲子が並べた食器に茶葉を摘まみ入れてから首肯した。


 一人一人のカップに適量摘まんで投入する姿を眺めていて、ようやく気付いた。茶葉にしては金属ぽい音がする。やけに尖った物体だった。


 まさか、お湯は……やっぱあれか?。

 湯を沸かす道具を探してオロつくナナに気付き、炊事場へ移動したジイさんの動きを追って確信した。棚から出したポットらしき入れ物に満たされる青く糸を引く物体。


「やっぱり、あれを飲むんだ」

「……うん」

 玲子は恨めしげに横目で見て、社長は声音のトーンを落とす。

「断るわけにはいかんやろ」


 ジイさんはポットを傾け、八分目ほどにドロンとした水を満たして火にかけると、こちらに踵を返した。


「まずは尋ねたい。この星へ船が近づくとレーダーが関知するんじゃが」

 ちらりと並んだ機材の一つに視線を振りそう言った。


 再びこちらに向き直り、

「まったく形跡が無かった。いったいどうやって来られた? 見たところかなりの軽装じゃが」

「転送機ですワ。ここから3万6000光年彼方の星域から来ましたんや。せやけど、ちょっとした事故で帰ることができまへんのや」


 社長の説明にもジイさんは動じず、

「トランスポーターか。しかし3万6000光年とは、また遠方から来られたんじゃな……さてと」


 まったく驚くようすも無く、ジイさんは下段に歩むとクローゼット風の物入れから白っぽい衣服を引っ張り出して戻って来た。

「これをお主に進呈しよう。少しサイズが小さいかも知れんが許してくれ」

 色が抜けて白ぽくなった布と、灰褐色の布を縫い合わせた貫頭衣をナナに手渡した。


「わぁぁ。カッコイイ。こんなの着るのワタシ初めてです」

 彼らの身長に合わせて拵えられた衣服は、小柄なナナにも少し小さめだが、水着姿よりかはマシだ。


「ありがとう。おジイちゃま」

 頭の上からバサリと被った少女は、両手を通すと長く白い片脚を軸にして、大きく裾を翻した。


「どうですか? レイコさん」

 ワンピース型のミニスカートとなった貫頭衣は、ボーイッシュな銀髪のナナに文句なしでお似合だ。


「とってもいいわ」

「小柄なオマエにはぴったりだ」

「うれしぃ……」

 心の底から嬉しげな表情を浮かべたナナは、ジイさんに飛びつき、

「はい。どうーぞ。おジイちゃま」

 椅子を引いて誘う態度は無愛想でもなく、演技でもない。絶妙な頃合いの謝意表現は見ていてとても気持ちがよい。


「すまんな」

 白ヒゲのジイさんは柔和な笑みをナナに注ぎ、心地良さそうに腰を落とした。


 アンドロイドでありながら、その超自然な振る舞いに俺たちは度肝を抜かれ、しばらく茫然としていたが、

「せやけどご老人……」最初に社長の口が開いた。


「3万6000光年ゆうて驚きまへんのやな。ワシらにしたら驚愕の距離でっせ」

「ふむ。我々も亜空間跳躍の理論は完成しとるからな」


 亜空間跳躍──。

 これから先、頻繁に口から出る言葉だが、このとき聞いたのが初めてだった。

  

  

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