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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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世紀末オンナの策略にはまる

読みやすくなるようにダイエット改稿いたしました。

  

  

「ま、社員旅行なんて行けば分かるって……」

 再び俺の面前に浮遊してきた球体へそう告げて、視線は窓外へと滑らせる。


 細かな振動が伝わり、ゆっくりと機体が動き出したことを感じ取れた。

 同時に前部のハッチが開き、パーサーがキャビンに入って来た。その隙間へとシロタマが移動。ハッチから逃げ出そうとしたところで、

「もう動き出したんや。外には出られへんで」

 本命の死神登場。


 タイミングよく入って来た社長に平手で掴まれ、そのまま玲子へパス。もちろんスポーツ万能の玲子だ、見ないでキャッチして後部の誰もいない空間へ放った。


「ぬきゃぁぁぁぁぁ」

 悲鳴なのか鳴き声なのか、よく分からない声を漏らしてシロタマは後部座席のどこかに落ちた。


 通路を譲るパーサーの前を通って現れたスキンヘッドのオヤジ。この人が俺たちの社長、芸津(げいつ)さんだ。いちおう敬称を付けておかないと給料に響くからな。


「なにゆうてんねん。ワシがそんなケツの穴の小さい、」

「ゴホンッ! ゴホン!」

 途中で玲子の咳払いで遮られ、

「社長……品がよろしくございません」

「……あ? こりゃすんまへん」

 このオッサンも意外と玲子に弱いのである。


 ミニスカートから曝け出していた綺麗な脚を伸ばして玲子が立ち上がり、

「社長、こちらへ……」

 いちばん前のひと回り大きな座席へ、ハゲチャ瓶を誘導して腰掛けさせた。


「おおきに……」


 社長はスキンヘッドをぺしゃぺしゃ叩いて、勧められた座席のレバーを倒すとグルンと旋回させて玲子と対面席にした。

 一応社長とその秘書だ。おっさんが座るのを待って、彼女も如才なく静々と動いている。俺に対する態度とはまるで真逆だ。


「失礼します」

 軽く頭を下げ、俺に向かって一度でもそういうセリフを使ってみろ、的な言葉を吐きながら、玲子はスカートの裾をすぼめて白い脚を色っぽく斜めに傾けた。


 秘書課の制服は明るいグリーン色、ビリジアンカラー。

 それにしても制服がよく似合ったオンナだ。

 襟の無いツーピースのタイトな制服が、きゅっとくびれた体型にぴったり嵌まっていて、黙って座っていれば、とんでもなく美人だった。社長は他にも大勢の秘書を雇っているが、玲子がトップクラスだろうな。羨ましいかぎりだぜ、まったく。



「ではシートベルトをお締めください。離陸準備に入ります」

 頃合いを見て最前部に直立していたパーサーがそう言った。後ろから田吾がシートベルトをロックする音がして、社長も玲子も互いに同様の動きを始めた。


「あれ?」

 一抹の不穏な空気を感じ取り、顔を上げる。

 合同社員旅行なら、他の秘書も一緒じゃないのか?


 遅れて飛び込んで来る気配は無い。ジェット機は徐々に滑走路の所定位置に向かって移動を始めていた。

「裕輔くん、シートベルト……」

 パーサーに促されて急いで締めるが。


「ほな、機長。出発してくれまっか」

 社長が操縦室直通のインターフォンへ命じた。


「他の秘書は来ないんすか?」

 訝しげな雰囲気が頂点に達しようとしたので、訊くのは当然だ。


「なんや、裕輔。特殊危険課の話、聞いとるやろ?」

「あ? うん」

 納得なんかしていないが、とりあえずうなずく。


「どや! この機に乗れるんは、おまはんら特殊危険課の人間だけやデ」

 すげえな、その勝ち誇った言い方。


「目的地までジェットでひとっ飛びや。セレブはこうでないとアカンわな。な、裕輔。エエ気分やろ?」

 そこまで言われると、そんな気にならないでもない。

「気分はいいな」

 うかつにも俺は愉悦に浸ってしまった。


 他の社員は地道な方法で移動しているのに、自分は会社のジェットで社長と移動。

 確かに気分最高だ。


 さっきから玲子と田吾が黙り込んだままなのが少し気にはなるが……ま、いっか。

 パーサーの冷めた笑みも気にはなるが、この人はいかなる時も沈着冷静なので、常にこんな感じさ。戸惑うことは無いだろう……うん。

 じゅんわりと滲み出る疑問や困惑にかぶりを振る。


 ん──?

 エンジン音が急激に甲高くなった。

「みなさん。シートベルトの最終確認をしてください。当機の離陸は他の一般ジェットとは一味違いますので」

 知ってるぜ。無駄なモンには一切お金を使わないくせに、こういうマシン系には惜しみなく大金を注ぎ込むのさ、このハゲ茶瓶は。


 このジェットも小型のくせにエンジンは大型機並みのモノが積み込まれているらしく、その凄まじい加速は戦闘機だといつも玲子が自慢していた。バカじゃねえの。速く飛ぶことの意味が分らねえぜ。それとも誰かから逃げるために速度を増してんのか?

 と言っても、俺もそういうものが嫌いじゃないので、ちょっと期待して座席にしっかりと背中をあてがい、大きく深呼吸した。


 よしっ。

 気合じゅうぶんだ。いつでも出発してくれたまえ、機長くん。

 てな感じで、薄目を開けて前の席の裏側を見つめる。


 はい?

 パーサーの視線を感じて顔をもたげた。額の辺りがむず痒いじゃないか。

 何をモジモジしてんだ、あの人?

 まさかこんな大勢の前で愛の告白か。よしてくれよ。俺にはそんな()は無いからな。


 パーサーは眼球の奥に決意を浮かべ、こっちに向かってはっきりとこう言った。

「えー。只今より当機は離陸いたします。ブレインタワー到着まで約2時間でございます」


「え゛っ!」

 旅行に出発するという安穏とした空気を一瞬で覆した目的地は?


「がっ! ぅぐげぇぇ!」

 答えを探ってるっちゅうのに、強烈な苦痛が襲った。息ができないのだ。


「な、なんちゅう加速……」


 戦闘機並みだと玲子は言っていたが、これではロケットだ。

 い、いや。違う。加速より重要なワードをいまパーサーは告げたぞ。

 意識が薄れそうな中で、轟音と共に一つの言葉がリフレインする。


 ブレインタワー、ブレインタワー、ブレインタワー、ブレインタワー、ブレインタワー。


 あぁ。思ったとおり今日は厄日だったんだ。

 玲子、シロタマ、社長の三大悪霊が集結したのに、社員旅行というワードに騙されて気を許していた。

 今頃感づく勘の悪さ。己を恨んでももう遅い。猛烈な加速が頭痛と腰痛と歯痛を誘発し、俺の体を蝕む。ギシギシと骨と胸中を締めあげた。


 数分後。いきなりの開放感。1秒で成層圏まで打ち上げられたような加速が消え、ほどなくして、もにゃもにゃと意識が戻る感触が心地よい。



 ポーン、と柔らかなサイン音とともにパーサーが立ち上がった。

「みんさん。水平飛行に切り替わりました。ベルトをお外しください」

 やっと思い出した。こんなところで(たる)んでいる場合ではない。すかさず叫ぶ。


「社長ぉ――っ!」


「なんや裕輔、うっさいなぁ」

「なんでブレインタワーに向かってんだよ!」

 社長相手にタメグチなのはこれでいいんだ。年齢の差があろうが、年収に天文学的な差があろうが、言う時は言う。これが俺のスタンスだ。


「なに怒ってまんねん。パーサー、ゆうてないんか?」

 と後ろに首をねじり、パーサーは申し訳なさそうに会釈をして、

「言いそびれまして……」

「ほうか。まぁ落ち着きぃや、裕輔」

 意外と短気なおっさんなのだが、俺に対して寛容なのは、昔からよく気が合うし、こっちもちゃんと従っているからで、暴露すると俺たちはこのオッサンの遊び友達なんだよ。だけどこれは我慢できない。


「社員旅行は?」

「出発したがな。なにゆうとんのや?」

「ブレインタワーって言ったじゃないか!」

 眼を剥いて食って掛かる俺に、ハゲオヤジは平然と言う。

「せや。そこからイクトへ行きまんねん。すごいやろ裕輔。そのへんの会社やったら絶対に有り得へんで」

「イライザじゃないのか……」

 社長はとんでもないことを言ってのけたのだが、この時、まだピンと来ない俺って──やっぱ鈍いな。


「イクトやがな。お月さんや。夜空に輝く衛星や」

「へぇ、なるほど。海もいいけど月もいいよな」

「せやろ。ええデ」


 気付くのに、2秒は掛かったな。

「月……?」

 まだピンと来ていない。


「え゛え゛ぇ~っ!」

 ダンッ、と音を立てて跳ねた。シートベルトをしたまま立ち上がろうとして、跳ね返された音だ。


 ぐへぇぇぇぇ。


 玲子はベルトに絡まり動きが取れなくなった俺のロックを外した後、

「ああぁ。夢みたい。ほんとに特殊危険課が宇宙へ行くのね……すごいわ」

 喜びにまみれた瞳を見開き、天にまします誰かを仰ぐような格好でわざとらしく両手を合せ、ついでにいつ戻ってきたのか、玲子のうなじから白いボディを露わにしたシロタマが黄色い声を張り上げる。


「きゃははは。衛星イクトにしゃいんりょりょうでしゅ。こりは楽しいなー」

 そのままぽいと空中へ浮かび上がると、高笑いをしながらそこらをはしゃぎ回った。


「うきゃきゃきゃきゃ。イクトれしゅー」


「このっ、バカタマっ! イクトって、どこか解ってんのかよ!」

 瞬時に口調が変わる。報告モードにだ。


『衛星・イクト。惑星アルトオーネの唯一の衛星。自転、公転周期が共に29日と一致しているため、常にアルトオーネへ同じ面を向けています。イクトまでの距離は約43万3452Kmで、直径……』


「うっせえ! プラネタリウムに来た小学生の団体に説明するみたいに言うな!」


「何をいうてまんねん。イクトへ社員旅行なんて自慢できまっせ」

「いや。社長に言ったんじゃなくて……」

 急いで(かぶり)を振る。


「あのさ。そうじゃなくて。そんな遠くへ行くんなら、ひとこと言ってくれよ。覚悟とか、いるじゃねぇか!」

「社員旅行に覚悟なんていらないわ」

 いけしゃあしゃあと玲子のヤロウが割り込んだ。


「当たり前だ。社員旅行と言えば普通は観光地だからな。でもこっちは宇宙だぜ。それってさ、旅行って言うのか? どこかおかしくないか、お前ら?」


「おかしいことおまっかいな。それよりおまはん、ありきたりの会社が嫌でワシのとこに転がり込んできたんちゃうんかい? せやろ裕輔?」

 社長は真剣な目でオレを睨み返してきた。


「……おまはんらは仕事がのうて路頭に迷っとたんや。ほんで仕事を斡旋したろか言うたら、ワシらのやってたことを見て、こんなおもろいこと生まれて初めてや、自分にも手伝わせてくれちゅうて、頭下げたんちゃうんか?」


「……ぬぐぐぐぅ」


 真っ当な方向から突いてきやがった。何も言い返す言葉が無い。

 パーサーがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべているのは、その時その場に彼もいたからだ。そう、玲子もそばにいた。俺がまだここに入社する前の話さ──。


 ずいぶん前の話になるが、あれはいつだったか、ある晴れた夜明け頃さ。


 勤めていた会社が突然潰れて、田吾と町を彷徨っていたら、道端で困っていた社長を見つけたんだ。よく分からないけど手助けをしてやったら、礼に朝飯をおごってくれると言うので、ほいほい付いて行った。


 そしたら、ぶったたまげたんだ。

 そりゃそうさ、何もない道路の少し上にいきなり銀龍が姿を現したんだぜ。


 今から思えばどーってことない。あのジェット機の遮蔽装置は完璧な偽装モードが搭載されていて、周囲の景色に溶け込むんだ。その時は何も知らないから腰を抜かしたさ。四車線の道路いっぱいに、磨き込んだ鏡みたいにすんげぇキレイで、めっちゃくちゃでっかい機体を広げて音も無く着地したんだぜ。田吾と二人で震えあがっちまった。


 通行車両が来たらまずいからって、すぐに中に連れ込まれ、機は上昇。俺たちは約束どおり豪華な朝飯を出してもらった。


 エライ金持ちのオヤジだったんだな、って思いつつ食っていたら、もうひとつ手伝ってくれって言うもんで、二つ返事さ。こっちは仕事が無くなってヒマだし。そしたらなんとその仕事って言うのが、世界制服を企む、悪名高き今田薄荷の野郎からブレインタワーを死守するんだっていうじゃないか。そりゃ思ったよ。このオヤジはアタマがおかしいのか、あるいは金持ちが暇つぶしに変な遊びしてやがんなってな。


 したらどうだい。マジでブレインタワーへ連れて行かれたんだ。世界最大のコンピュータータワーで、藩主様のおられるところだぜ。ようは王様がいらっしゃるお城の最重要施設さ。有るって話は聞いていたが、俺たちにとってはそんなの雲の上のコトだろ。なのに近寄るどころか、そこで今田薄荷と戦うとはな。でもあんなに充実した気分はこれまでに一度も味わったことが無かった。確かに危険と紙一重だったが、こんな面白いことは無いと感じて、つい。俺も手伝わせてくれって言っちまった。


 でも──。

「社員旅行が宇宙なんて会社……ぜってぇねぇって……」

 ほとんど声にならなかったが、最後にひとつだ付け加えた。


「イクト行けば温泉でもあるの?」

 旅行って言ったらこれだろ? これだけは譲れんぜ。ほんと。


「んなもんあるかいな。あそこは重力も小さい真空の衛星だっせ」

「わぁぁー。真空……すてきぃぃ」

 社長はハゲ頭を振り、玲子は胸の前で指を絡めてはしゃいだ。して、俺は二人をすがめる。

 真空の意味わかってんのかよ。


「やっぱ、あんたら変だよ。なっ、田吾」

 せめてこいつからだけは同意が得られると思っていた。


「オラ、そのために無線技師になったんダす」

「こ……このヤロウ。裏切り者め」

 肩を落とした俺を見て、社長が瞳を輝かせた。


「よっしゃ。覚悟ができたようでんな」


「はぁぁぁぁぁぁ……」


「ほな聞いてや……」

 水平飛行に移った機内は静かで安定している。立ち上がった社長は背中へ腕を回し、玲子は天井からスクリーンを引き摺り下ろした。


「ブレインタワーからの連絡によると、先日、衛星イクトで大きな地震があったそうや」

 リモコンを社長に手渡すと、玲子はそのまま最前列の席を陣取り、好奇で満ちた目でスクリーンを拝み見た。まるで子供のようさ。


 エンジン音がほとんど伝わらない完全防音の機内はしんと染み渡っており、田吾がゴソゴソと体を動かす音と、パーサーの小さな呼吸音がやけにうるさく感じる。


 どんな防音材使ってんだ?

 無駄なとこに金を使いやがって、まったくよ。

 まだ腹の虫が収まらない俺は文句ばっかさ。



「地震のあと、衛星の裏側で何かを発見したらしい。ほんでこれが無人探査機が撮って帰って来た映像や……」

 スクリーンに真っ暗な空間が映し出され、

「イクトの裏側へ廻ったときに……よっしゃ、これや」

 タイミングを見計らい映像を止めた。


「ほれ、何か映ってますやろ」

 指の先、鮮やかな水色をした、何か、が、暗闇の中で確かに光っている。宇宙の暗闇と衛星表面の影が重なった艶のない漆黒の中で、そいつが放つ水色は美しく輝いていた。


「これ、何だスか?」

 前の座席の背もたれを握り締め、つまり俺の座席だ。ユサユサさせるので、

「おい。揺するな」

 へへへ、と笑うと、田吾はどさりと腰を落とし、通路側から顔を出してスクリーンへ目を据えた。

 最近頭頂部が薄くなってきて、すんげぇ気になるんだ。何人(なんびと)たりとも俺の頭に近づくんじゃねえ。


「この水色の物体が何か……さっぱりわからんそうや。もっと詳しく探ろうとして周回軌道を下げたら、途中で探査機が消息を絶ったらしい」

「ほらみろ、やっぱり相当に危険じゃねぇか!」

 思わずでかい声が喉から転げ落ちた。だが玲子は違う。


「おもしろそうじゃない」

 こいつの頭はどうなってんだ、恐怖心とか無いのか?


「無いわね」


 けろりと言い切られたら何も言い返せない。

左様(さい)ですか……」

 危険をおかずにスリルを喰ってりゃ幸せを感じる特異体質なオンナは無視だ。



 勝手に話はどんどん進んでいくが、聡明な俺は気付いたね。衛星まで行くのは、どだい無理な話だってコトをな。

「社長ぉ。藩主様のところにそう何機も宇宙船は無いだろ。かと言って、うちの会社にも無い。どこかから借りて来るの?」

 チャリンコを借りるのとはワケが違うだろ。この計画は絶対に頓挫する。賢いぜ俺。慌てることは無かったな。


 だがおっさんは何も無くなった不毛のスキンヘッドを元気に振った。

「銀龍がおますがな」


「そんなバカな。素人でもわかるぜ。銀龍で宇宙に出ることはできない。大型だと言ってもあれはただのジェット機だ」


 ハゲオヤジは餌に飛びついたバカを見る目でオレを凝視。

「せやがな!」

 にたりと笑い。

「銀龍のエンジンは反物質リアクターで重力をコントロールして浮いとるので成層圏、いや真空モードにすれば宇宙空間でも楽勝や。けど問題は推進力なんや……」

 ゆっくりと光を反射する頭を近づけてきた。


「せやから銀龍を宇宙船に改良するために、ドック入りさせたんや。ほんでな、これから最終打ち合わせのためにブレインタワーへ行くんやがな。裕輔くん」


「うそだろ!」


「すごい! あの銀龍が宇宙船になるの?」

 んなバカな。特殊な隔壁で覆われた銀龍だけど、まさか宇宙も飛べるのか?


「社長! デタラメ言うなよ」


 俺は憤怒の息を吐き、玲子は手の平を叩いて小躍りを披露。

「さっそくどこかへ行ってみましょうよ、社長♪」

 玲子を睨み倒して息巻く俺。

「どこもいかねえ! 初めてファミリーカーを買った家族じゃねぇーぞ」

「なに言ってんの、宇宙は広いのよ。どこまでも行くわよ」

 こいつ意味解って言葉を並べてんのか。宇宙だぞ。危険が一杯なんだ。


「いいか、玲子。宇宙は謎と危険で満ちて……」

「嬉しいなー。宇宙旅行ぉー」

 聞いてねえし。

 こいつ目の焦点が飛んじまっている。そうか、もう宇宙に行っちまったのか。こんバカが。


「ワシはな。損とか無駄とか、どんなことがあってもせえへん性質(たち)や」

 はいはい。痛いほどよく存じていますよ。


「銀龍を設計する時に、成層圏は当然、重力圏外にも航行可能に設計しとんのや。何でやと思う?」

「知らない……」

「アルトオーネで商売しとってもたかが知れとる。これからは宇宙や。無限の可能性に立ち向かうのに無駄は無い!」


 言い切りやがった。

 その信念は見事だけど──話がどんどんずれてきてんぞ。オレが立腹するのはそんなことじゃない。楽しみにしていた社員旅行をぶっ潰したことだ。

「よく聞いてくれよ。こういう危険なことは『探査任務』って言うんだ。俺は行か、」

「それでもあなたは特殊危険課の人間なの! 危険が待ってるから行くんじゃない。それが特殊危険課なのよ!」

 行かない、と言いたかったのに、即行で俺のセリフを蹴散らし長々と講釈を垂れやがった。


 悔しいから言い返す。

「知るか。俺のいないところで勝手に決めやがって、そんなもん……」

 怒鳴ろうと間を空けたところで、頭の中でフラッシュが点った。


「おい。ちょっと待てよ……。田吾はこのために無線技師になったと言ったな。ということは、だいぶ前から決まっていたのか?」

 嫌な考えが頭を出した。

「じゃぁ。合同社員旅行は?」


 あ、はっ!!


 俺は息を呑んだ。何もかもが一つに繋がった。これは悪夢だ。


「うふふふ……」

 不気味に微笑みだした世紀末オンナ。口元にはっきりと笑みを浮かべてるハゲオヤジ。気の毒そうな眼差しで俺を見るパーサー。すまし顔でメガネのフレームを持ち上げる田吾。


 俺は勢いよく立ち上がって叫んだ。

「お前らグルか! 騙しやがったな!」


 もう一度、記憶の内を一巡させて、あることに気付いた。

「えぇぇ? 開発課の人間全員が旅行を楽しみにしていたぜ……それってウソか? 社長とグルったのか? 全員だせ! 信じられない」

 一時は否定しようと思ったが、相手はこの社長だ。自己保身のために従業員みんなで結託したんだ。家のローンもあるしな。


 ハメられた……。


 じわじわと足下から泥沼に沈んでいくようだった。


「いやだ。俺は特殊危険課なんて認めねぇ」

「なに言ってるの? 反対ゼロで可決されたのに、いまさら文句を言ってもだめよ」

「ば、馬鹿やろ。俺がいないあいだに決まっただけだ。そんなの無効に決まってんだろ」

「遅刻しておいて、何が無効よ。そんな言い訳が通じないコトぐらい、子供でも知ってるわ!」

「遅刻って言っても、あれは……」


 言い訳を考えようとした俺の唇に、玲子の白くて細い指があてがわれた。とんでもなく良い香りが漂い、

「ねぇ?」

 トーンを落としたヤツの声はとんでもなく色っぽく、心臓がどんっと鼓動を跳ねあげる。

「そんなにマナミちゃんと、お話するのが楽しいの? 裕輔……」

 端正な顔立ちに並んだ珠玉のパーツは奇跡の配置。至高の極致にまで整った面立ちの中で最も目立つ朱唇の端をわずかにもたげて、にぃっと笑った。


「なっ!」

 俺は驚愕に打ち震え、呼気を止めざるを得なかった。

「なんで……お前が知ってんだ!」


 まさかと思うが、まさか……か?


「俺をわざと会議に遅刻させるために……マナミちゃんまで……え? う、そ、だ……。あの子まで腹を合わせたのか? お、お前ら…鬼か! お、お、お、鬼女!!」

 折り重なった数々の疑問、疑念、疑惑が、今まさに真実と変わった瞬間だ。


「うぉぉぉー。騙されたのか、俺!!」


 憐憫の眼差しを俺に注ぐ田吾と、切れ長の目を横に倒した三日月みたいに丸めて愉快に笑う玲子。その唇が軽く開いて喉の奥で息を留める仕草は──あきらかに、『ばぁ~か』 だった。

  

  

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