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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  猛攻ザリオン  

  

  

《何をしようってのか知らんが、エリプスはオレたちが食い止めてやる》

 心強い言葉と新型兵器の威力は驚愕に値するのだが、混乱したネブラのシステムが徐々に復旧を始めて応酬が激しくなってきた。次々飛来するエリプスを5隻のザリオン艦だけで相手するのは幾分心細い。さっさと片付けて切り上げたいところだ。


《くぬやろう! 攻撃艇を放出しやがったぜ!》

 エリプス艦の底に口が開き、複数の小型六角型の飛行隊が宇宙に散った。


《シールド最大! フェーザー撃ちまくれ!》

 複数の小型艦から一斉射撃を受け、ザリオンの戦艦はキリもみ体勢で避けつつ、ボディのあらゆる位置からビームを放出。数機の攻撃を打ち砕くものの、何本もの輝線を浴び、激しく火花を散らした。


《掩護が必要なら向かうぞ! アジルマ!》

《け――っ! こんなのは蚊に刺された程度だぜぇ!》


《そのわりに派手に警報音が鳴ってるじゃねえか》

《へっ! これはオレッちがBGMとして流してるんだ》

 負け惜しみにも程があるよな。


 次々と現れるエリプス艦。そして放たれる攻撃艇。ザリオン艦を追うように空間に細かな火柱がいくつも発生し、超ヤバ状態だ。さらに追い打ちをかける報告モード。

『次元シールドの再起動を感知。ネブラが時間フィールドストリームの内側に入ると重力制御システムを破壊することは実質不可能になります』


 おいタマよ。緊張する言葉をくれるじゃないか。手が震えてきたぞ。

 さらに社長が俺の緊張度を上塗りするようなことを言う。


「機長! パイロットロックや。ビーコンの位置が正面に来るその場で完全停止。何があっても動いたらあかん」

 そう、標的とするネブラの重力制御室は、全体から見ればとんでもなくピンポイントなのだ。ほんの少しのブレでも大きくずれてしまう。


《了解。いよいよですね。ワタシもザリオンの前で良いカッコさせてもらいますよ。この銀龍、1ミリたりとも動かしませんからね》

 あの機長がペラペラ喋っているぜ……。


「特殊危険課ザリオン支部に通達! あと5分、いや3分でいいわ。ネブラの攻撃を防いで! これからあたしたちは深部を叩く」

《へっ! 5分と言わず、5時間でもやってやるぜ》

 スクリーンに現れたザグルへ玲子はにやりと笑みを返し、

「やせ我慢するところなんか、おジイちゃまにそっくりよ」


《知るか! おーし野郎ども。ザリオンの底力を見せる時だぜ!》

 無遠慮にブツンと映像が途絶え、5隻の戦艦が四方へ加速していく光景と切り替わった。


 玲子はスクリーンから目を逸らすと俺へと向き直り、

「裕輔は複式で深呼吸しなさい」

 見本を示そうとしたのか、スマートな腹を膨らませ、

「いい? 大きく鼻から息を吸って、おへその下辺りに溜めるの。それからゆっくりと口から吐き出す。精神統一はそうやってするものよ」

 自信満々でそう教える玲子の顔を正面から見た。こいつはこういう修羅場を何度も乗り越えてきたはずだ。その吸い込まれそうな目にウソは無い。


 玲子の腹部の動きに合わせて、俺も腹に空気を溜め静かに吐き出した。確かに落ち着く。手の震えが止まっていた。

 俺の照準モニターで揺れまくっていたマーカーが一点を指していた。目視はできないが、そこが重力制御システムの場所だ。


「玲子いいか? こっちはロックできてるぜ」

「いいわよ……あっ!」


 俺たちのターゲットラインへ割り込む巨大な物体、もちろん六角形のエリプス艦だった。

「あかんがな! ザリオンの猛攻をぬって来よったんや!」


「あたしたちのジャマをする気なのよ」

「向こうも心臓部を狙われてんのを知っとるんやろ」


「よし。俺があれを撃ち落とす。お前、その隙間から狙えるか?」

「あたしを誰だっと思ってるの。ザリオンのヴォルティに不可能は無いわ!」


 お~ぉ。すげえ自信だこと。


 忽然とタマが告げた。

『警告! 攻撃艇を放出するゲートの起動を感知。放出されると面倒なことになります』


「それじゃあ、お先に」

 俺はフォトンレーザーのトリガーを押した。


 耳をつんざく甲高い音に同期して、銀龍の船首から放たれた蒼光のビームがまっすぐにエリプス艦へと伸びた。細かなスパークが凄まじい勢いで飛び散って、敵艦の周りに張り巡らされていたディフェンスシールドが砕け飛んだ。


「よっしゃあ。どないや、裕輔。研究した甲斐があったデ。連中のディフェンスシールドを突破したやろ。うははははは」

 社長が興奮するのも当然だな。これまであのシールドを突き破ることができなくて幾度泣かされてきたことか。


「ええか、よう狙うんやで。いまエリプスは丸裸や。堂々と正面からぶっ放なすんやで」

「女の子のハダカならうれしいが……六角形の船をハダカにしたって嬉しくも……ん?」

 発射トリガーを押したが手ごたえが無い。一拍空けて、鼓膜に圧迫を感じるほどの空虚な間が襲う。


「どないしたんや?」

「だはぁ。パワーが切れてる!」

 脱力しきる俺の目の前でディスプレイが消えた。エリプスを破壊するに至らず、レーザーエミッターは一気に冷めていく。


「マジかよ……せっかく逆転のチャンスだったのに。なんで? パワー強化したんじゃないのかよ」


 しかし自分の網膜を疑う光景に凝然とした。

 突如としてエリプスの中心からでっかい光球が膨れだし、艦全体がみるみる膨張、そして耐え切れず爆発。猛然たる炎を噴き上げた。


《ぐははは。ザリオン新制連合軍様の参上だぜっ! サルベージ会社の連中だけで楽しむな、バカやろー》

 燃えながら爆散していくエリプスの陰から十字型の戦艦が顔を覗かせた。ザグルたち5隻とは別のザリオン艦だった。


「お前らまた軍組織に戻ったのかよ。ジイちゃんたちが浮かばれねえな」

 焦燥と恐怖が瞬間に逆転した。喜び弾んだ俺は興奮のあまり、そいつへ叫んでいた。


《うっせぇぞっ! オレたちは周辺銀河の平和を守る集団だ。侵略者の手からな!》

 さいですか……。

 昔はそっち側だったくせに。


「ちょうどいいわ。ヒマだったらさ、あたしたちの掩護をしてくれない?」

《は――っ! そんな小さな船で最新のネブラ艦に対抗できるのかよ》


「艦船なんか狙ってないわ。あたしたちの目標はネブラ本体よ!」


《バカも休み休みに言え! お前ら誰だ? なぜサルベージの連中がここに混ざってるんだ?》


 スクリーンにでかでかと裂けた赤い口を曝したワニが出た。ザグルたちではないことは、その服装から察せる。

「あたしたちを知らないの?」

《知らんね。ただネブラに喧嘩を吹っ掛ける間抜けな観光客だと理解してるぜ》


「その減らず口、黙らしてあげようか」

《あいにくオレはちょっとやそっとでは驚かないタチでね。それよりさっさと旅館へ帰った方が身のためだぜ》


 玲子はむっとして口を尖らせると、毅然と言い返した。

「あたしたちは450年の時の流れを越えてここにやって来たのよ。観光客じゃないわ」


《なっ! ま……まさか》

 ワニが絶句した。

《その船……まさか銀龍か?》

「そうよ。宇宙一美しいボディラインでしょ」

 有名になっちまって、機長が喜ぶぜ。


《じゃ、じゃ、じゃあ。特殊危険課……》

 おいおい、マジで知れ渡ってっぞ。


 急激にワニの表情が歓喜にまみれた。

《わ――った! オレが掩護に着く。あんたらは自由にやってくれ》


 獲物を見つけた大鷲が巣から飛び立つように十字の腕を広げたザリオン艦が宙を舞いあがり、銀龍の斜め後ろに張り付いた。


『右舷から3隻のエリプスが急速接近中』

 と報告モード。


《おーし。グラビトン発射準備だ!》

 ザリオン艦は船体を斜めに傾け大きく旋回。敵に向かって2発のシードを撃つものの、1発はエリプスを撃沈。もう1隻も爆砕したのだが、その直前に発射されたミサイルがザリオン艦を標的に突っ込んできた。


《やっべぇーぜ。反陽子弾頭ミサイルだ。操舵手! 面舵一杯だ! 逃げろ!》

 しかしミサイルは命中。ザリオン艦をドーム状に光りが包み、大きな火の玉と火柱が立ちのぼり、十字の片翼が本体からゆっくりと離れて爆発炎上した。


《くそっ! 一発でシールド消失だ! 片翼がもぎ取られた》

「ダメージは? だいじょうぶ?」


《腕の一本や二本無くなっても飛行できるのがザリオン艦の優秀なとこだ……と言いたいが、シールド無しで次に反陽子弾を喰らったら微塵もねえ》

「なら、もういいわ。退避して!」

《馬鹿野郎! オレっちはザリオンだぞ。敵に尻を見せれるか!》


「無茶するのはやめなさい! 連中が狙ってるのはこの銀龍なのよ」

《とにかく反陽子弾頭には気を付けろ! シールドがー発で吹き飛ばされるぜ》


「まぁ。見ときなはれ……えっと?」

《オレはギルガ・ザムルだ》

 スクリーンの中でオレンジの目玉がぎろりと動いた。


「ギルガはん。ワシらはバルク制御ディフェンスフィールドを(まと)ってまっさかいに、心配無用でっせ」

 シロタマ製だけに俺は心配だ。


《本気かよ。管理者の最新防御兵器じゃねえか》

 そうです。それをシロタマがパチって来たのです。


 社長は唇の端をにへらと持ち上げ、船内通信のマイクに叫ぶ。

「機長! ネブラ攻撃はいったん中止や。目の前のハエを落としまっせ」


《やっと私の出番ですね》

「せや! 派手にやってかまへんで」

《りょーかい》


 こっちは息を吹き返した銀翼のハヤブサだ。新たに現れた1隻と合流したエリプスが銀龍めがけて突進。それを機長は紙一重の差でひらりと避けると、並んで通過する2隻の後方へ得意の背面航行で回り込み、玲子が肉眼には映らない銃を構える。

 一旦通り過ぎたエリプスが左右に別れて追撃を開始。大きく円弧を描いて銀龍を狙って急速接近。先端のゲートが黒々と開いて、反陽子弾の主砲が覗いていた。


「いくわよ」

 複数の接続コードを垂らしたキャプチャグローブを嵌めた両手でそれを包み込み、玲子は両の人差し指をピンと伸ばして宙を握り締めた。まるでそこに使い慣れたハンドキャノンが握られているかのようだ。


「いい? 動き回る標的はこう撃つのよ!」

 2隻のエリプスが反陽子弾をそれぞれに連射。その軌跡が刺す位置を機長は把握しているかのようで、あたかも自分の体を捻るようにして銀龍を操縦。船体の上下をすり抜けて行った弾頭を嘲笑うの如く再度キリモミ反転、迅速に方向転換。2隻のエリプスが一つに重なる位置へ早々と銀龍を誘導。続いて切れのいい動きで玲子はVRCのトリガーを引いた。


 流線型をした銀龍の先端から眩いばかりの光球が一つ、空間を引き裂きながら直進すると二つのエリプスを同時に叩いた。

「うはっ!」

 走馬燈のように俺の脳裏にある光景が走りまくった。


 サンクリオのシューティングクラブへ行った時、ザリオン人の前で複数のクレーを一発の銃弾で同時撃ち抜きという離れ業を見せて、奴らの度肝を抜いたことを思い出した。あれがザリオンたちとの始まりだったのだ。


 あれと同じことをこいつは機長と同期した動きでやり遂げやがったんだ。宇宙規模のシューターめ。恐ろしや。


《すげぇ。船が生き物のように動いて、1発で2隻撃沈させたぜ。銀龍の伝説は本当なんだ》

 驚きにまみれたワニ顔がスクリーンでアップになっていた。


「掩護する者が驚いていたらダメでしょ。」


《ぶははは。すまねえ》


 弛緩するのはまだ早い。俺は自分の任務を思い出し、

「玲子。ターゲットのロックをやり直せ。まだビーコンの位置情報は消えてない」

「いいわよ。機長! 銀龍をもう一度固定して」


《了解!》


「それとフォトンビームのパワーはどうしたんだ、ニール!」

 パーサーとニールが悪戦苦闘している第三格納庫へ唾を飛ばす。


《またパワー連結器が焼き切れたんです》

 とパーサーが言い、後ろからはニールの声。


《レイコさんがいつも使ってる竹刀(しない)で補修してもいいですか?》

 覚えているだろ? 玲子の竹刀は金属製なのだ。


「いいわよ。そこにあるものなら何でも使いなさい」

《あははは。この太さと伝導率の良い金属柱。パワー連結器にちょうどいいや》

 ニールの奴、楽しんでやがる。


 援護するザグルたちの隙を抜き出てまた一機のエリプスが目の前を通過。一旦離れたあと、大きく機体を捻じってターンしてきた。

「まだ、パワーが復帰してない。あと30パーセントだ」


 時を待たずして報告モードが叫ぶ。

『反陽子弾頭が来ます。右方向3300!』

 身がまえる間も無く着弾。

「どぐわぁぁっ!」

 エリプスから発射された光球が銀龍に直撃。激しい衝撃を喰らうが船体にはダメージが無かった。


「首が捻挫しそうだ」

「折れてないから大丈夫。でもすごいじゃない。敵の攻撃を受けても平気よ」


『バルク制御ディフェンスフィールドの効果は絶大です』

 自慢げなタマをすがめつつ、

「でもシールドパワーが10パーセントも落ちたぜ」


「一発喰らうたびに銀龍のパワーが(ちゃ)がる。当たり前じゃないか」

「なんだよ。万能じゃないのかよ」


「ふんっ。ちゃっちゃと撃てよ」

 俺の目前で、あちこちに踊りまくっていた照準ポインタが一斉にエリプス艦に張り付いたのでトリガーを叩く。

 甲高い音がしてエリプス艦の脇腹を貫通。大穴が開き反対側から臓物と炎が噴き出した。


「よっしゃ。撃沈や!」

「へっ。どんなもんだい」

 自慢げに鼻の下を擦る俺の背をパンっと叩いて、玲子は破顔する。


「さすがじゃない。頼もしいわよ」

 そんな顔をされたら、首のコリも吹き飛ぶね。


「よっしゃ。ひとまずしのげたで。残りはザリオンにまかせて、こっちの任務続行や」


 大型スクリーンを埋め尽くしていたエリプス艦の残骸が徐々に拡散して隙間が空き、炎の向こうに、自らの威厳を誇示するかのようなネブラ本体の巨大な姿が浮かび上がってきた。


「レイコさんの竹刀は頑丈ですね。これならパワーはしばらく持ちますよ」

 額の汗を拭いつつ、ススで顔を黒くしたニールが戻って来た。その足がパタと止まる。目の前の照準スクリーンを睨んだ玲子が、ヘッドマウントディスプレイの中を覗き、ゆっくりと腕を持ち上げていくところだった。その動きに合わせて十字のマーカーと三つの角が集まりつつあった。

  

  

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