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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  ザリオンの末裔たち  

  

  

『正体不明の物体が許可なくワープしてきます』


 シロタマの報告に緊張の声が走る。

「ヤバイ! ネブラがリロードしたんや。総攻撃ちゃうか?」


『警告、このワープサインはトランスワープドライブです。ギンリュウの右舷12キロに実体化します。トランスワープの解除は空間を大きく歪曲させます。通常銀河では使用を禁止された技術です。衝撃に備えることを推奨します』


「何やこんな切羽詰まったときに。裕輔! 慣性ダンプナー最大や!」

 その指示に応えようと、手元の制御パネルを操作する――よりも早く衝撃が伝わった。


「ぐわぁぁぁぁ!」


 それは『伝わる』という生易しいものではなく、息つく間もなく突っ走ったと言うのが正しいかもしれない。

 船内の上下感が失われ、銀龍は濁流に飲まれる笹舟状態に陥った。

 不可視の大波が渦を巻いて通過して行く、そんな感じで大きな揺れが何度も襲ってきた。


 玲子は黒髪を乱してデスクに抱きつき、俺も少しのあいだ座席にしがみついていたが、激しい揺れに振り落とされ、しこたまデスクの角で背骨をぶつけた。


「あだだだだっ!」

 田吾はどうなったのか分からない。声だけがあちこちから聞こえるところを見ると、部屋の中を転がり回っていると思われる。

 もうシッチャカメッチャだ。そんな騒然とした中で社長が叫ぶ。


「ワープってなんや! ネブラでっか? 管理者でっか?」


『ザリオンです!』


「はぁ?」

 大波が去り、船内に静けさが戻ったので、ギシギシする背中をかばいながら()い上がると、社長がでっかい口をぱかんと開けたまま、真っ黒なスクリーンを眺めていた。


「スクリーン切り替えますか?」と社長の顔色を窺う玲子。

「点くんやったらたのんます」


 果たして点灯したスクリーンに現れたのは、十字型をした大型艦船。

 俺たちの知るザリオンの戦艦より新しいデザインに変化していたが、基本的な十字型というのは何も変わっていなかった。


 空間に突如として現れた大型艦は、尊厳じみた堂々たる雰囲気を漂わせて静止。この静けさが不気味な圧迫感をもたらし、恐怖すら感じた。


「相も変わらず派手な登場をしてくる連中だぜ。トランスワープなんて聞いたことも無い技術を持ちやがって……うっへ」

 途中で口を閉じざるを得なかった。鬼より怖い形相がスクリーンに映ったからだ。


《タゴ軍曹が乗っている艦はそれか!》

 ビリビリとスピーカーを響かせる大音声(だいおんじょう)と鋭い眼光はジフカリアンと全く異なる。ひと目見てただ者ではないと判る。しかも傲然と睨みを利かせたギラリと光るオレンジの目玉。それはまさにザリオンだ。俺たちの時代から450年も経過したのに何も変わっていない。管理者の星で見たザリオンとは全く違うものだった。



「た、田吾はオラだス」


 一斉に俺たちの視線を集めて、田吾はビビりつつ応え、

「あ、あ、あのー。軍曹って言うのはウソダすけど……」と付け足した。


《何だと! 我々をザリオンだと知ってのことだろうな! ガキの使いじゃねえんだぞ!》

「ひぃぃー。ごめんなさい。ダメ元で昔の周波数で送ってみたんだス。助けになればいいと思って。でも本当に来るとは思わなかったんダすー」

 さっきの亜空間通信はザリオンへメッセージを送っていたようだが、もしザリオンがここで味方に入ればこんな心強いものは無い。


 頭を抱え込む田吾を背に回して、玲子は一方的に噛みついてくるザリオン人に目を吊り上げた。

「ちょっと、あんたたちこそ何なの! こっちが銀龍だと知ってるんでしょうね」


《……ゲッダッ……ハゥヌ》

 通信映像の中でワニが息を飲んだ。


 これまで何度も聞いていて覚えている。ザリオン語で驚きを表す言葉だ。



《ぬぉぉぉぉ……》

 爬虫類特有のゴツゴツした喉が震えていた。


「な……何よ?」


《ヴォルティ……レイコ》


「え? あたしのこと知ってんの?」


(とき)を飛び回っていると聞いていたが、ここで会えるとは……奇跡だ》


 玲子は整った顔をおかしな具合に歪めて俺に振り返る。

「どーゆこと?」

「知らん。こっちが聞きたいぜ」


《オレの一族には時を旅する女神といつか出会う、という言い伝えがある。それは信念と言ってもいいだろう。だから常にその時に備えていろと言われてきたのだ》


「あなた誰なの? 名乗りなさいよ」

 お、おい。ザリオン相手に命令口調はまずくない?


《オレは……ガナ・ザグルの末裔(まつえい)。ギム・ザグルだ!》

「うっそー。ザグルのお孫さん? え、えー? 何代目になるのさ?」


《ガナから17代目だ。ヴォルティザガは一族代々のヴォルティとなるんだ。オレたち一族にはあなたの伝説が色々言い伝わっている》

「すげぇ。450年経ってもまだお前の名が轟き渡ってんのか」


 俺の問いにザリオンは無視をかました。ま、そんなもんさ。こいつらはヴォルティと、そうでない人物との接し方が超極端なんだ。


 嬉しくて飛び上がりたいところだが、より増してくる焦燥に駆られて、落ち着くことができない。

 あれから450年も経っている。こいつらが味方に付く保証は無いし、高みの見物ならまだましだが、ウダウダと絡まれている時間も無い。


「そろそろネブラの総攻撃が始まるぞ」


 俺の囁き声を聞いて、玲子は命令口調に切り替えた。

「ちょうどよかった。ほらみて。ネブラの巣からゴキブリが飛び出してくるから、それを阻止してくれない? あたしはネブラの中心を狙い打ちしなきゃいけないの。あなたはその掩護をしなさい」


《お前ら。ネブラ相手にカチコミを掛けようってのか……そんなオンボロ船ひとつで》


 マサとヤスの専門用語が450年先にまで伝わっているとは驚きだが、それよりオンボロ船と言われて社長の眉がピクピクしてっぞ。


「そうよ。あなたも手を貸しなさい。これでまた伝説が一つ加わるでしょ」

《ぬおおぉ……ゲッダッハゥヌ》


 片目のザグルと違って両目が健在のザグル。いや。ガナ・ザグルをそっくり受け継いだ17代目の孫が唸っていた。

 しばらくオレンジの双眸がスクリーンからこっちをぎゅっと睨みつけていたが、やにわに真っ赤な口をぐわばぁっと開けると、思いがけない言葉を吐いた。


《ようし、ヤローども! 本物の招集通信だ。全員姿を現せっ!!》


「ええっ? まだ潜んでやがったのか!」

 こいつら敵か、味方か? どっちなんだ?

 俺の頭から血の気が引いていくのを感じた。


『警告。トランスワープサインを四カ所で検知しています。衝撃に備えてください』


 タマの女性バージョンの声を聞いた俺は、咄嗟に慣性ダンプナーの制御パネルに飛びつき起動。間一髪、今度は間に合った。瞬刻後、周囲の空間が大きく歪んだのを確認。


『この宇宙域でトランスワープドライブを使用することは禁じられています』

 冷然とした口調でシロタマが忠告するが、相手はザリオンさ。聞く耳など持つかい。


《ネブラの領域でそんなこと言うヤツは誰だ! よほどのバカだな》

 ギム・ザグルを映したスクリーンが二分割されて隣に現れたのは、穏和でありながら時折見せる恐ろしげな顔。確かに受け継いでいる。


「バジルね?」


《そうだ、ジョージ・バジルだ。バジルサルベージ19代目社長とはオレのこと。光栄だな。ヴォルティ・レイコ》

 玲子、正解だ。ピンポーン。


「このあいだ会った、ひい、ひい、ひいひいひい……曾々お爺さんとまったく同じ声よー」

 何を『ひぃひぃ』言ってんだ、こいつ。


 さらに次々とスクリーンが分割されて行く。


《ヴォルティ。我が一族の女神に会えるとは……アニザ・ジェスダ。ヴォルティ認定初代から見て20代目だ!》


《オレも感無量だぜ。ヴォルティ・レイコ。ロゲル・アジルマ、18代か19代目だ。よく分からん。だがレイコのことはガキの頃から聞かされている。宇宙で最も美しい戦士だと》


 それに関してはうなずけるが、その女神からいつも戦いを挑まれる俺のコトは伝わって無いのか?


《オレは、シム・スダルカの末裔、ザーム・スダルカだ。スダルカの一族は短命の者が多いので、27代目だ》

 お前の一族は体がでかすぎるから短命なんだ。3メートル越えの生命体なんてめったにいない。あんたも相変わらずの巨漢だね。


《長生きの戦士などいるかっ!》

 やっべ。聞こえたんだ。


「でもよ。450年だぜ。マジかよ?」

老舗(しにせ)となったらそんなもんや。ワシかて先々々代の話は聞いてるデ。ごっついケチやったらしいワ」

「うへっ、まだ上がいたのか」


「ゴタクはいいわ。全員まとめて返事はどうなの? 協力するの、しないの?」


《ЕФЧЦфб! удёゑβ!!》

 全員が同時に叫び、コミュニケーター(通訳機)が一時的に麻痺を起こした。


「いっぺんに言わないの。代表者が返事なさい! ザグル。あなたが代表しなさい。17代前のおジイちゃまを最初に叩きのめしたのは、あたしなんだからね」


 自慢にならんけど、それが真実なのは記憶に新しい。ザグルだけでなく引き連れていたクルー全員をめった打ちにした上に、乗って来た戦艦をぶっ潰した張本人はこいつだ。


《ゴキブリ退治はオレらの仕事ではないが、今回は大目に見てやるぜ》


《おい、ザグル。それを決めるのは社長のオレだ。もちろん引き受けるけどな》

 そいつは視線を別の機器に這わせ、

《へへ、出てきやがったぜ。さっそく敵襲だ! いいか一匹たりともヴォルティのジャマをさせるな! 特殊危険課の名のもとにおいて、引き下がるわけにはいかん。我ら末裔の底力を見せてやれ!》


《先鋒はオレにやらせろ。おらぁ、ヤローども。久しぶりの第一種戦闘配置だ!》


 特殊危険課ザリオン支部は潰れずに健在だ。とかいう感想を漏らす俺のことなど、お構いなしで通信をぶち切る17代目ザグル。案に違わぬ無作法な連中だ。



 加えて戦闘は無情にも進んで行く。

 ほどなくして、いやおう無しに緊迫してきた。


「来やがったぜ……」

 もとの画像に戻ったスクリーンを見て、嫌な汗が背筋を伝わるのを感じた。

 ボンバーワームの凍結から解けた順に発進が始まったようで、六角形の鱗が剥がれ落ちるようにしてネブラ本体から戦艦が次々飛び立って行くのだ。


「目覚めるのが早過ぎないか?」

「向こうも必死や」


 記憶に真新しい六角形の艦船だ。エルが自分の寿命と引き換えに破壊してくれたスケイバーや営巣地を回っていたオーキュレイと同じ戦艦だ。拡大するとよく解る。金属製のダクトやコンジットが剥き出しになった、どこからどう見ても無機質丸出しの人工的な飛行体だ。遠く離れているのにもかかわらず、巨大な六角形の艦影は堂々たるものだった。


『高硬度のディフェンスシールドに包まれたエリプスと呼ばれるネブラの攻撃艦です』

「スケイバーとちゃうんか?」


《スケイバーを知るようだが、ここらに出現するのはそれではない。俊敏な動きで直接攻撃をしてくるネブラの最新鋭の攻撃艦だ》


《あいつらはセンスの欠片もねえからな。でも機敏な動きをしやがるから注意しろ! だがここらの領域では二番手だ》


「二番?」


《一番はオレたちに決まってるだろ。まぁ。見てな。こんなのは敵じゃねえ》


 スクリーンの中で、ザグルは切り裂けたワニ口の根元をニヤリと歪めて、後ろにいるクルーへ半身を捻った。


《光子弾を数発お見舞いしてみろ》


 すぐに明るい閃光を放った球状のミサイルが2発、順に発射された。それぞれ円弧を描いた輝線を引っ張り、エリプスへ向かって突き進むが、衝突の一歩手前、不可視の障壁にぶち当たり、目映い光球と化して吹き飛んだ。もちろん中から平然と六角形の角が顔を出した。


《まあ光子弾ならこんなもんだ。たいがいの種族はここまでだ。で、挙げ句の果てに捕まっちまう》


 ザグルは半笑だった。


《だがオレたちは違う。ヴォルティよーく見ておきな。450年後のオレたちのパワーを!》


 またもや報告モードが叫んだ。

『この宇宙域では使用を禁止されている武器が起動されました。星間条約違反です!』

 こいつらにかかっちゃ、基本、何でもアリなんだよ。シロタマくん。


『グラビトンシードだっ! 喰らいやがれ!』


 うーむ。グラビトン?

 何だそりゃ。


 450年も過去の人間には聞いたこともない武器の名前に眉をひそめていると、発光した太いビームが、空間を揺るがして十字型の先端からぶっ放された。


 そいつは目を覆いたくなるスパークを飛び散らせて、不可視の障壁を突き抜け、一直線に六角形の表面を切り裂いて通った。

 一瞬の間を空け、紅蓮の炎が溝を掘るように敵艦の表面を走り、後を追って爆発が追従していく。息を飲む間もなくエリプスは、ど真ん中から亀裂が開き、自分の臓物をごっそり曝け出して爆散した。


「すんげぇぇぇ。武器の名前はよく分からんかったけど、一撃じゃないか」


《ぐぁははは。どうだ、ズダフ・サルベージのパワー。思い知ったか!》


 燃え盛るネブラの攻撃艦を映し出した画像が消えて、バジル長官と同じ声で哄笑する19代目の孫に切り替わった。


《きたねえぞ。バジル! ヴォルティの前でいい恰好しやがって! 最初はオレが撃つって言ったろ!》

《いいじゃねえか。社長に(はな)を持たせろザグル。さぁ。ヴォルティ・レイコ。存分にあなたの任務を果たしてくれ。オレたちが掩護に入れば無敵だ》


《よーし。ギンリュウに近づく奴は片っ端から撃ち落とせ。一匹も逃すな!》


 5つの大型艦が散開。次々と襲ってくるネブラエリプスを狙って猛攻撃が始まった。


 それを満足げに見つめて玲子がうなずく。

「頼もしいじゃない……」


 暗黒星雲に突如として現れた白色矮星のキラメキにも似た光を放つ瞳をこちらに向け、

「裕輔。こっちも行くわよ」


「お、おう」


 俺は完全に飲まれていた。ザリオンにこんな武器を持たせていいのかという不安と、玲子に粒子加速銃を持たせるのと、どっちが危険なのだろうか? という疑問を浮かべてな。

  

  

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