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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  重力制御室の狭間で  

  

  

 カエデは急いで俺たちを背に隠すと、明るい顔に爽やかな笑みを混ぜて、

「過去から戻ったら情報同期を取るのが先でしょ。さっさとアップロードに行きなよ!」

 3体のうち、ど真ん中のデバッガーが筋肉質の大きな胸をカエデに向けて空気を震わせる。


《ネブラのシステムとシンクロされナイ。スタンドアローンプロセスに切り替ワッタ》


「こいつら喋れるのか」

 この状況で浮かべるべきではない疑問だな、と自認する俺の両眼が、床に置いたビーコンを探る赤いスキャンビームを見つけた。これはひたすらまずい。


《搬送波ヲ検知シタ。このシステムにハ無い周波数ダ。この装置ノ説明ヲ求メル》

 カエデはきゅっと唇を閉じ沈黙を貫き通す。


《対ヒューマノイドインターフェース。答エロ。搬送波ヲ検知中ダ》


「知らないっさ。それよりあんたのセンサー壊れてんでしょ。メンテナンスしたら?」

 もう一体のデバッガーが片膝を落として床に置かれたビーコンへ執拗にスキャンビームを当てた。


 万事休す!


《中にハ通信デバイスが含まれてイル》


 おもむろに立ち上がると俺たちに向き直り、何かの宣言をするように、

《危険因子ハ直ちに排除スル》

 そう言って、でかい体を数歩進めた。


 こっちは迫る歩幅分だけ後退する。でも俺の背中が何かに当たり阻まれた。これ以上行き場がない。後ろの壁に追い詰められたのだ。


 いきなりデバッガーのスキャンエミッターが激しく光り、咄嗟にしゃがみ込むことでそれを避けられたのだが、背後の壁が吹き飛ぶ派手な音と同時に別の景色が視界に飛び込んできた。


 それはビーコンを狙ってレイビームを放つデバッガーの姿と、それを阻止しようと床を蹴るカエデの姿だ。


「このぉー、ゴキブリ! それには触らせない!!」


 次に目にしたのは、俺を助けようとした優衣の白い手がすぅっと離れていく不思議な光景。壁に遮られて逃げ道を断たれていたのに、優衣が離れて行く。


 つまりそれは――。

 背後に空いた穴から空気の爆流と一緒に身体が押し出された瞬間だった。


 咄嗟に出した片手の先が穴の縁に触れたが、飛び出す身体の勢いを食い止めることはできなかった。

 最初はスローモーションさ。優衣の白い手が俺を掴もうとゆるゆると伸ばされるが、次の刹那、一瞬で吹き飛んだ。


「どぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 ここに来て何度目の叫び声だろう。


 緑色の滑らかな表面をした巨大なサテライトが上下左右に果てしなく広がる側壁を猛烈な速度で落ちて行った。

 サテライトの表面を掴もうと手を出すが、落下の勢いに弾き飛ばされた。逆に今の行為はとても危険だと悟る。

 落下先を探るがまったく見えない。肝っ玉が瞬間冷凍された。それは永遠とサテライトの層が続く底無しの光景だった。


 数回サテライトの受信板に激突した時に思った。これは転落ではない。猛烈な空気の流れに押し流されているのだと。

 その先はどこへ?

 呼吸困難からか、現実を知った恐怖からか、にわかに気が遠くなる。


 それは――真空の宇宙に決まっている。


「うぁあー! 玲子の二の舞は嫌だぁぁぁぁ」


 その時。突然、突如のこと。

 ふんわりと体の動きが止まった。


 とても柔らかな物体が俺を受け止めたのだ。それも苛烈な落下を一撃で止めるのではなく、速度に合わせて自身も移動しつつ徐々にそれを緩める気の細やかな動きだった。


 目を開けるとサテライトの列が無限に続くさんざん見飽きた景色が頭上へと広がっており、俺を拾い上げた物体が空中で静かに浮かんでいた。


 それにしても何て心地の良い柔らかさだ。この感触は記憶にある。そうこれは……。


「きゅりゅ?」

 衝撃吸収コアの上で肘をついて飛び起きる。


「ミカンかっ!?」


「きゅるぅぅ」

「どうやってここに来たんだ?」

「きゃりゅっりゅりりりゅらりりぃりゅーる」

「あー。悪い。解らんよ。文字でいい俺の理解できる言葉に直してくれ」


 目の前でキャノピーが閉められ、そこへ水色の文字が並んでいく。


《ついさきほどシロタマさんがロジカルワームの起動を確認し、45分間の飛行許可が下りましたので参上しました》

 参上って。何か言葉が少し変だけど意味は通じる。

「助かったよ、ミカン。恩に着るぜ」


 さて落ち着いている場合ではない。早く戻らないと――。

 ところがはたと困った。俺はどっちから来たのだ? 上下左右すべて同じ景色が続いている。どっちへ進んだらいいのだろうか。


《スピリチュアルインターフェースとリンクしてください》


 ミカンの航行システムはシロタマの改造によって俺の脳神経と直結されるようになった。迷惑千万な物ばかりの中には、たまに役に立つものを拵えることもある。これでミカンは俺の意を体して飛んでくれるのさ。


 戻りたいところはただ一つ。今は銀龍ではない。優衣とカエデが待つところだ。

「きゅり」とひと鳴きすると、まるで上昇気流に乗った渡り鳥だった。ミカンはあり得ない速度で俺を吐き出した穴まで運び、その中へ飛び込んだ。


 キャノピーが開いたので、急いで外に出てみる。


「何だ、こりゃぁ」


 俺たちを襲ってきたデバッガーの無惨な姿だった。1体は手足が引き千切れ、接続部分から煙と火花が飛んでおり、残りの2体は完全にバラバラで広範囲にパーツがぶちまけられていた。


「派手にやったみたいだな」

 爆発現場の検証をする係員みたいな感想を述べる俺の前で、カエデが優衣から抱き上げられていた。しかも目を疑う状態だ。右腕、左足が根元から無い。

 驚いて周りを見渡すと、散乱する破片に混じってカエデの物と思われる細々(こまごま)とした部品や人工皮膚があった。


「お前ら大丈夫か?」

 駆け寄る俺に、

「よかった。ユウスケさんも無事で……」

「危機一髪。ミカンが飛び込んでくれた」

「きゅりゅる」


「そっちはどうなんだ?」


 優衣の腕の中からカエデが微弱な声で俺に囁いた。

「ごめんねコマンダー。我慢できなかったんだよ」

「あなたのデバッガーに対する憎しみはこの惨状を見れば誰でも理解できます。一人で三体を粉微塵にしたのは立派よ」

 そういうことか。カエデががむしゃらに暴れたんだ。これが優衣なら、無駄な動きはせずに確実に機能停止だけを狙うはずだ。


「でも……ビーコン壊されちゃったね」

「それは気にしないで。ミカンちゃんが来てくれたから、搭載された救命ビーコンが使えます」


 カエデは残ったほうの片腕を伸ばして体を捻った。

「ミカン……元気だった?」

「きゅー?」

 トランスフォームしたミカンが俺に寄り添おうとしたが、横たわるカエデの姿に気付き、数歩後退りして逃げた。


「きゃーゆ?」

 しかし彼女の痛々しい姿を見て、小首をかしげてまた近寄って来た。


「そうだ。あのカエデだ。覚えてるだろ?」

「きりゃぁー……ゅ」

「これで全員がそろったね。それじゃあさ。そろそろ本気出そうか」

 片手片足で立ち上がろうとするものの、そう簡単ではない。


「おい。お前、大丈夫なのか?」

「キミさぁ。あたしたちを擬人化し過ぎてるよ。よくご覧よ。ネブラに手を加えられたパーツがぶっ壊れただけだろ」

 優衣の肩を借りて立ったカエデの表情は清々しくもあった。


「なんだよ、脅かしやがって。ピンピンしてんじゃんか」


「それでは、ユウスケさんはミカンちゃんに乗ってここを離れてください。救命ビーコンの射出を忘れずにね」

「お前らは?」

「ワタシたちは先に次元シールドを止めます。時間流を通常に戻せば対等に戦えます。そのあとギリギリまでビーコンを守って位置を送り続けます」


「キミはさっさとギンリュウへ戻れよ。それでもってネブラの総攻撃が始まる前に重力制御システムを破壊しろ、とハゲ茶瓶に伝えたらいいんだよ」


 何なんだこいつ。


「そんなことしたら……お前ら」

 俺の不安を弾き飛ばす勢いでカエデが捲し立てた。

「おまえ、お前って、うざい。うだうだ言ってないで、カラダ動かせ。」

 いつも玲子に言われ続けた言葉そのものだった。反射的に自省。

「そうだったな。悪ぃ」

「謝るんなら最初から文句言うな」

「うー。腹立つ。お前は同級生か!」


「こっちにはDTSDがあんだぜ。時間を飛んで帰るっさ。ね。ユイ。そうだろ?」

「はい。攻撃終了した時間域へ飛びます」


「なるほど。その手があったか。完璧じゃねえか」


「完璧にするにはキミが無事にギンリュウへ戻って、攻撃を成功させること。でないとあたしたちの戻る場所がなくなる。理解した?」


 それだけ壊れてんのに元気なヤツだ。

「こっちにも言わせろ、カエデ」

「なにさ?」

「お前の壊れた手足は、ニールに頼んで直してもらえばいい。あいつならお手のもんだ。なぁ? ユイ」

「ニールさんはアンドロイドの権威です。手足の修復などお手の物。そうだカエデさん。この際、ワタシと同じ仕様にしてもらいましょうよ」


「同じ仕様……?」


「そうよ」

 優衣に支えられたカエデが、肩に垂れる黒髪に手を伸ばした。

「あたしもユイみたいな髪になれるっつうこと?」

 手のひらにひと房すくい。深々とした瞳で見つめた。


「心配ない。毛髪システムはこの時代、当たり前の仕様らしいぜ」

 ニコリと微笑むカエデ。思わず吸い込まれそうな物柔らかげな笑みだった。


「そうなったらアカネにユイ、それからカエデも加えて銀龍が賑やかになるな」

「ほんと? あたしも仲間に入れてくれるの?」


「ワタシたちはずっと仲間でしたよ……そしてこれからもね」


「そうと決まれば作戦続行だ」

 俺は勢いよく一歩踏み出し、ポカンとした目でカエデを見つめたまま、いつまでも凝固しているミカンに命じる。


「いいか。これから俺を銀龍まで運んでもらう。その際に救命ビーコンをこの扉の足下辺りに射出して行くんだ」

 きゅり、と鳴いたミカンは、床に突っ伏してトランスフォームを開始。両腕がみる間に両翼に変形。素早い動きでポッドに変身すると、俺に向かってキャノピーを開いて見せた。


 機内に片足を突っ込みながら、

「それじゃあ、ユイ。カエデ。未来で逢おう」

 意気揚々とそこから離れた



 しかし――。

 このシナリオにはとんでもない誤算があった。

  

  

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