マトス
目の前にそびえた灰褐色の壁に向かって、ナナが語りかけていたら、どういう訳か中の人と話しが通じて、気が付けばドゥウォーフ人に囲まれていた──というところから始まる。
「ヰΔΘ£%∫∵。≡∠⊥†♪≪χ」
「ДЕ<▲£%>。≧&#εδ、■%£ΧΩ」
「おーい、何だこれ。俺たち歓迎されてんのか? それとも火あぶりにされるのか?」
すんげぇ焦っていた。なぜなら小柄で少し小太りの見知らぬ種族が五、六人、俺たちを取り囲み、口々にやかましく何かを喚くのだが、その内容がさっぱりなのだ。でも眉間にシワを寄せ強張った表情を読み取れば、怪しげな俺たちに強い警戒心を剥き出しにしていることだけは明白だった。
「わぁ。ちょっと待ってぇな。こ、こらナナ。この人らは何ちゅうとんのや、はよ通訳せんかい」
ナナも連中の質問攻めに慌てふためいており、
「みなさーん。落ち着いてぇー。なに言ってんですかぁぁ! 全然意味解りませ~ん」
と言い出したので、銀髪の後頭部を張っ倒す。
「お前が落ち着け。言語が俺たち仕様だ。通じるワケねえだろ」
「あ、そっか」
ナナは銀の髪の毛を掻き掻き──人間臭いなぁ。ほんとこいつ。
「ηψζ@≠≦∽♯。‰†ЕСー、бёе?」と言った。
すると、ツギハギだらけの衣服を着た若者が唾を飛ばす。
「ヰΔΘ£%∫∵。≡∠⊥†♪≪χ!」
「お前らは誰だ、と訊いてます」
とナナが振り返る、や否や。今度は白いエプロンぽい前掛けをした小太りの年配女性が、短い腕を振り上げつつ大声を出す。
たかって来た野次馬は六人。身長が高い俺たちだけが突出しており、まるで子供の集団に囲まれたようだ。
「ДЕ<▲£%>。≧&#εδ、■%£ΧΩ!?」
「見慣れない種族だけどどこから来た、って訊いてます。あわわわ。ちょっと待ってくださーい。£%▼※〒♪∝∫∵‡¶!」
言葉が通じると解った途端、あっという間にナナは連中からもみくちゃにされた。
「ちょっとコマンらー。何とか言ってやってくらさーい」
戸惑いに歪んだ作り笑顔を浮かべて、俺に助けを求めて手を伸ばすが、
「無理だって。俺には言葉が通じないんだって」
なんとかしてやりたいが、どうにもできない。ひとまず逃げて来たナナを俺の背中に隠し、
「ちょーっと待って。落ち着こうな、頼むよ……な? な?」
両手を広げてアタフタするそこへ、サファイヤみたいに澄んだ青い瞳をしたジイさんが現れて、杖を一振りして叫んだ。
「ёΔΘ%▼! ※∠⊥†ζη!!」
何と言ったのかは知らないが、騒ぎが一瞬で収まった。
野次馬的人々はジイさんに恭しく一礼すると素直に引き下がり、ジイさんは杖を頼りに歩み寄って来る。
「キレイな青い眼だわ」と漏らした玲子の前へ移動し、何か言葉を掛けて来たが意味不明。でもその瞳は知的な光で満ちていた。
再び謎の言葉を吐くジイさん。
「∽ξ‰ΦヰφΓη。▲£ЯΔΘёе?」
老人の青い目は、困惑して言葉に詰まった玲子から、社長、そしてナナへと移り進んでいき、最後に俺へと迫り、音のような言葉を発した。
「∽♯‰†▲£Γη。ЯΦヰΔΘёе、ДЕ<?」
「んぐっ」
野次馬をひと声で収めさせた威厳みたいなものが滲み出ており、射竦める鋭い眼光に圧倒されそうだ。
ただ、態度は尊大なのに衣服がちょっとみすぼらしい。言い方を変えて、質素と言っておこう。
色々な布の端切れで作られた貫頭衣に継ぎのあたったズボン。長い白ヒゲを胸の辺りまで伸ばし、代わりに頭はスソのほうだけ白髪を短く残して綺麗なスキンヘッドだ。シミの多さは年寄り特有のことだし、そんな風袋は社長で見慣れているため特に気になることも無いが、白ヒゲはとても立派だった。
ようやく野次馬たちの勢いが穏やかになり、老人の肩越しからヒソヒソと語り合っているが、もちろん理解できる単語が一つも無いのは変わらない。それでも状況は把握できた。
遠くで農作業の手を止めて不審げにこちらを窺う民衆も同じ質素な服装で、かつ明らかに全員が俺たちより小柄で少し小太り。指も太短い。いわゆる、ドゥウォーフと呼ばれる種族だ。中でも目立って可愛らしいのは、親の後ろに身をひそめて恥ずかしげに顔を覗かせる幼児だ。純朴で澄んだ青い瞳と丸まった金髪が可愛らしく、まるで精巧に作られた人形のようで、とんでもなく愛くるしかった。
ジイさんは風に舞い上がった白ヒゲをうるさげに払い、宙を浮遊するシロタマを散々観察した後、たじろぐ社長にひとこと語り、ポケットから出した小さな物を襟元に取り付けた。
杖を振って合図を送る老人の後ろから、飛び出してきた二人の青年が俺と玲子にも同じもの取り付けるとさっさと引き下がった。
ジイさんがそれをゆるやかに指で示して何か言う。
「¶§τжзζλχ。дкξю」
俺たちは一斉にナナの顔を窺った。これは何だ、と。
ブンブンと首を横に振るナナ。
「何だか知りませんが、これを使えって言ってます」
「これ、何でっか?」
つい、社長が言葉に出した。
「我々はコミュニケーターと呼んでおる。まぁ言うなれば、万能翻訳器じゃな」
「うあぉぉう。言葉が通じるじゃないか!」
ジイさんは、腰が抜けんばかりに驚いた俺を青い目で覗き込み、
「この惑星の人間でないのは承知しておる。なぜこんな辺鄙なところへ来なした?」
白ヒゲをしごきつつ、小さき集団に引き気味の俺たちに尋ねてきた。
「すごいがな、この翻訳器。神経インターフェースでっか? 脳に直接入ってくるデ」
「お主らの身なりを観察しておって、そこそこ進化した種族だとは思っておったが、そういう言葉を知っておるとは、なかなかのもんじゃのぉ」
社長の感想などに応える気はないのか、幾分上から目線でジイさんは矢継ぎ早に話しかけてきた。
「お主らは何じゃ? 宇宙人か?」
宇宙人と言われて社長は首を振ってもいいのか、うなずくべきか、散々悩んだ挙げ句、何もない頭を掻きむしって答えた。
「ワシらはある事故で、遠方よりここに飛ばされた漂流者ですワ。決して侵略目的で近づいたのとはちゃいまんねん」
野次馬的集団からどよめきとも、安堵の吐息とも取れるざわめきが広がり、白ヒゲのジイさんんは「ふぉふぉ」と歯の抜けた笑い声を漏らした。するとそれは伝染し、人混みの中からも嘲笑と野次が飛んだ。
「侵略するにも、盗るものは何もねえぜ」
後ろのほうからも声がし、
「あるのは放射能とドロイドだけだ」
「ドロイドを連れて帰ってくれると助かるけどな」
という野次に、ドッという笑いが広がった。
「ドロイドちゅうのは、あの黒いロボットのことでっか?」
「そうさ。気の毒だけど迷い込んだところが運の尽きさ」
社長は疑問を差し挟み、腹を探るように訊く。
「あのロボットは何ですの? あれこそ、どこかの侵略の手下でっしゃろ?」
雰囲気が急転した。民衆の空気が重くなり、互いに顔を見つめ合い黙り込んでしまった。
「──しもた。いらんことゆうてもうた」
憂える社長の気を察したらしく、白ヒゲのジイさんが笑顔をくれる。
「気にせんでいい。我々もあのドロイドに手を焼いておる。潰しても潰しても次々やって来るもんでな。少々疲れ気味なんじゃ」
「すんまへんな。つい口が滑りましたワ」
「お主ら正直もんじゃので安心したぞ。どこの種族じゃ?」
「ワシらはアルトオーネ人ですワ。ここから……」
と語りだした社長の袖に、小さな子供をおぶった女性がしがみついた。
「赤き太陽が膨れ上がるとき……異国のマトスが現れるの。マトスは見ませんでした?」
「マトス? 何やろか?」
ナナに首をかしげるが、
「ワタシのデータベースにも対応する言葉がありません」
女性は無念そうに肩を落とし、
「マトス様を知らないの?」
「人の名前でっか? すんまへんなぁ。ワシはゲイツ、この女性はレイコ」
「俺はユウスケで、この女の子はナナ。ついでにこの白い球体はシロタマって言うんだ」
「W3Cの最高傑作でしゅ」
「「「「「「おぉぉぉぉぉ」」」」」」
忽然と歓声が上がった。
「白いマトスだ」
「異国のマトスだわ」
口々につぶやき、そろって指を差した。
ジイさんは長い白ヒゲを片手でしごきながら、眩しげにシロタマを仰ぎ見て尋ねる。
「してゲイツさん。この白い球体はなんじゃ?」
「せやなー。なんちゅうたらいいんかなぁ。アンドロイド……、ちゃうな。うーん。対ヒューマノイドインターフェース言いましてな。まぁ平たく言うたらワシらの計測器やな」
「ひどーい。シロタマはアナライザープローブじゃない! シロタマはこのハゲオヤジの技術的アドバイサーでしゅ」
「何がアドバイザーや。おまはんからアドバイスなんか受けたことないワ! それからな。ハゲとちゃうからな!」
「オマエのツルピカが証拠だよ。ハーゲ」
「誰がハゲや。ハゲてなんかないで!」
いやいや。もうすげえって。でもこんなとこでやめておこうぜ。ほらこのジイさんも気にするかもしれないだろ。
白ヒゲのジイさんはキョトン顔。
「ワルいね、おジイさん。いつもこんな調子なんだけど。決して仲が悪いわけじゃないんだ。俺たちはマシンと共存しているのさ」
言い訳じみた俺の説明を聞いて、笑い顔に転じたジイさんは集まった人々のほうへ向き直ると杖を振った。
「残念じゃが、この方はマトスではない。あの方はヒューマノイドの姿をしておる。皆の者、仕事に戻れ。やることは山ほどあるじゃろ!」
「そうだな。手足の無いマトス様はあり得んよな」
「さぁ。異国の人らのお相手は主宰様に任せて、我々は仕事の再開をする。ほら班に戻れ。女性衆は子供の世話に戻れ!」
ここの集団は組織立っているらしく、それぞれの役割に従って分散して行った。




