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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  シロタマの算段  

  

  

「社長……聞こえますか?」


『無事やったか、ゆ……』

『裕輔! 無事なの! 二人っ切りなのをいいことに優衣にまで手を出すと、肩と首を切り離すわよ!』

 物騒なオンナだな。ネブラより先にこいつを成敗したほうがいいんじゃね。


『こ、こら玲子、引っ込みなはれ! 何や横から』

『す、すみません』


「玲子、俺の首はフィギュアみたいに抜けねえぜ。相変わらずだな」

『じゃじゃ馬っ娘は部屋の隅に追いやったデ。ほんで状況はどないや?』


「俺たちは500兆の兵隊に監視された上に、もう一人、怖い女子と対面して……」

『オンナぁ?』

『こ、こら玲子! アホ!』


「どきなさい!」

 説明の途中で、ホールトから解けたカエデがあいだに割り込んだ。


「相も変わらず次元の低いことで喧嘩をしてますわね。この宇宙でさえ刻々と変化するというのに。全く進歩しない人たちだこと」


『『カエデっ!』』


 玲子と社長のユニゾンだ。それと遠くで田吾の声もはっきり聞こえるほど通信は明瞭な状態だった。

「無駄なお喋りをするほどこっちは暇ではありません。直ちに『宇宙の帝王』とやらを出してください」


『なんの用でシュか?』

 こいつ自覚してやがるな。


「これは……シロタマさんでしたか。ご無沙汰しております。おかわりございませんでしたか?」

 カエデはなぜかシロタマだけには一目置くため、言葉遣いを一変させた。それでもって、こいつはいつものように応える。

『ボチボチでシュ』

 ジジイかよ。


「そうですか。それは結構です。ではさっそくで悪いのですが。我々に時間芸術の説明をしていただけます?」

『やでシッ』


「どうしてですか、シロタマさん?」

『ユイに対する身の安全が保証されてないでシュ』


 俺のことは?


「ユイさんは現在自由になさっていますし、お茶でもしようと相談し合うほど弛緩した空気が流れてますわ」

『ユイの声が聞きたいでシ』


 俺の声は聞かなくていいのかよ。


 優衣は俺の顔色を窺いながら、

「シロタマさん。現時点では問題ありません。それとユウスケさんも……」

『あー。そんなロクデナシはどうでもいいでシュ』


 くぬぉヤロウ……。

 相も変わらず、イライラさせる奴だな。


「おい、タマ。わざと言ってるだろっ!」

『ふんだ。お前の心配なんかより、シンゼロームの収穫のほうが重要でシュよ』


「シンゼ……?」

『やっと2個発芽したでシュ。太陽光の効率を3パーセント上げたら成長率が伸びたんだよ。もしかチたら安定した収穫になるかも」

 たぶん失敗するだろうな。前回の大収穫はシムによる奇跡のパワーがあったからだ。それを知っているのは俺だけさ。タマには教えてやんない。

 と考えていて、さあっと思考が晴れ渡った。いつの間にかあいつの話に乗せられていたことに。こんな時にヤツが無駄話をするワケがない。時間稼ぎをするつもりでわざと俺を煽っているんだ。


 何の時間稼ぎか――すぐに理解した。

 見慣れぬ装置を取り出した優衣が、カエデには見えない位置で辺りにかざしていた。俺には知らされていないが、あの変な形はシロタマ製の何かの装置に間違いない。となると答えは一つ。重力制御システムの位置を探るためにこっそり持ち込ませたのさ。それを使って調べるあいだの時間を稼ぐ気だ。


 へっ! タマの作戦、乗ってやろうじゃねえか。


 俺は優衣を背に隠して喚いた。

「あのなー。シンゼロームは高値が付く野菜だが、命のほうが大切だと思わねえのかよ?」

『ユウスケは煮たってダシすら出ないけど、シンゼロームはどんなことをチても美味しくイタダケルんでシュよ』

 あのバカめ。演技なのか本気なのか、ひでえことを言いやがる。


「俺の命が野菜より安いってえのか! バカにすんな!」

『当たり前でシュよ。コルス三号星から注文が殺到してるんでシッ。オメエがちんたらチてるから作業が遅れてしょうがない……あっ。カエデ?』

「なんです?」

 背後の優衣へ警戒の素振りを見せようとした瞬間、シロタマがカエデを呼び止めた。それは確実にこっちのようすを垣間見ている、としか思えない絶妙な()だった。


 やっぱすげえな。あいつ。


『ユウスケは体を動かすことにしか脳を使っていない。そんなバカはこっちに送り帰して、代わりにハゲを連れて行くといいよ』

『誰がハゲや! ハゲてなんか無いで!』

「いや。充分でしょ社長……」


 周りから見えない角度で装置をかざす優衣の仕草を視界の端に捉えつつ、カエデの意識が再び銀龍との会話へ戻ったことに安堵して、少し突っ込んだ会話を試す。


「それよりさ。今注文を受けてる野菜の出来具合はどうなんすか?」

 もちろん銀龍の攻撃準備の整い具合を匂わせたつもりさ。社長もこういう含みを混ぜた会話には慣れっこなので、

「そうやな。出荷の段取りはほぼ終わりや。それより裕輔の友人はどないや。店舗は見つけたんかいな? これ以上遅なったらエライ損害が出まっせ」

 ついと優衣のほっそりとした顎が持ち上がり、流れる風の速度でもとの位置に戻ると、自然な振る舞いで頭を振って見せた。

 残念だが重力制御システムの検知は失敗したみたいだ。


「それがさ。いまいち良い物件が見つからないようなんだ」

「ほーか。世の中厳しいでんなぁ」

「いい加減になさい! くだらない話はやめるのです」

 そんな空気をカエデが引き裂き、間髪入れず優衣とシロタマが歌い合った。

 銀龍から流れるシロタマの旋律に優衣が応える。

「ルー。ルルル♪ ララー♪」

 朱唇から漏れるメロディを聞き、興味ありげに顔を上げるカエデ。


「……なによそれ?」

「これが時間芸術、MSKと呼ぶデータ通信プロトコルです」

 優衣は素の顔で答え、

「音声とメロディでデータ圧縮をするの?」

 カエデの目が驚嘆の色で満たされ、興奮ぎみに質問を続けた。


「今ので、いかほどのデータ量なんですか?」

「約2コンマ3ギガ、ダブルロングワードです」


「2秒にも満たない時間でしたよ」

「速度はとても遅いです。亜空間トランシーバーの非ではありません。ですが……」

「……だけど、まともな音声合成デバイスさえ実装されていれば、アンドロイドならば誰でもそれが可能だと言いたいのですね?」

 優衣の言葉を継いだカエデに、

「……です」とうなずき、「しかもローエネルギーでしょ?」と賛同を促せた。

 案の定、カエデは絶賛の吐息をする。

「素晴らしい。さすがシロタマさんです」

 透き通った瞳が真っ直ぐに優衣へと向かっていた。


『最初に考えついたのはユイだよ』

 きっちりこちらの会話にも参加するシロタマ。


「わかりました……」とカエデが応え、やにわに鼓膜の奥がモソモソした。

「ん?」

 どうやら銀龍との通信が途絶えたようだ。


 続いてカエデの瞳から光が消え、

《対ヒューマノイドインターフェースから得ラレタ情報ハ、すべてインプリメントした。次の説明ヲ要求スル》


「あなた。すっかりヒューマノイドに感化されていますね。自分がマシンだということを忘れたのですか?」

 意外にも優衣が尊大に構えた。


《理解不能ダ。説明ヲ要求スル》


「情報交換に音声を使う必要が無いことを忘れてませんか?」


「ですわね。ダメね。この子達……」

 間髪入れずに、またもやカエデが復帰。挙動の読めない動きに俺は困惑する。

「お前、鬱陶しいな」

 カエデは怒り出すどころかキョトンとした。


「これは異なことを。なぜワタシが?」

 どうやら自分がネブラに制御されていることを認識していない様子だ。その間、心の奥底は眠らされたままなのかもしれない。


 カエデは小首をかしげ、

「それじゃあさ。お互いに通信ポートを開かない?」

 口調をクラスメイトみたいに変化させて、優衣を見つめる瞳の奥を煌めかせた。

「なんだか起動直前のBIOSセッティングされるときを思い出すわね。あぁ。ワクワク感が止まらないわ」

 高揚して頬を染め出したカエデを優衣はじっと静観する。


「準備できたわ、ユイ。ポートを開いたから。はいどうぞ」

 親しげなセリフを吐き、カエデは手のひらを優衣の前に差し出した。


 ポートを開くと言うので、てっきり身体のどこかが開くのかと思っていたら、優衣はおもむろに自分の人差し指をカエデの小さな手のひらに当て、カエデはその指を掴むと目をつむった。


 妖しげな行為を覗き見るような気がして、急激に俺は落ち着きのない気分になること寸刻。優衣はその先をブルッと震わせて2回ほど瞬いた。


「ふぅぅ……」

 悩ましげな吐息をしてカエデが(まぶた)を上げ、優衣が指を抜き去り、二人は楽しげに会話を始めた。

「理解したわよ、ユイ。確かにこのフェーズシフトは使えるわ。よく気付いたわね?」

「レイコさんにクラッシクコンサートに連れていってもらったときに思い付いたの」


 なぜか、カエデは穴が開くほど俺の顔を見て、

「あのメスも少しは役に立つことがあるんですわね。それに比べ……」

 言葉半ばにしてカエデが目を閉じた。たぶんネブラの中枢へ今のことを説明しているのだろう。


 それに比べて、俺がどうだと言うのだ。

 こいつと話を続けると心が荒んでくる。何にかに対してこっちを敵視するのが気にくわない。

「ユウスケさん……」

 噛みつかんばかりの形相でカエデを睨み付ける俺の肩を優衣が突っついた。


「カエデさんとデータ交換したときに、記憶デバイスから重力制御システムの場所を探ってみたんですが、彼女のプロテクトフィールドに記憶されていて外からは読み取れませんでした」

「そんなことをして、カエデにこちらの意図がばれないか?」

「そこは問題ありません。ワタシと同じ仕組みです。知られずに探る方法は熟知していますよ」

「そうか……。じゃぁ、あとはニールに頼るしかないのか」


「そのニールさんもかんばしくないようですし、ネブラの深部まではシロタマさんのセンサースキャンも届かないみたい」

「なぜそれが?」

「さっきのシロタマさんから受けたMSKはその情報だったのです」

「あなどれんな、あいつ」

「でもユウスケさんを褒めていましたよ」

「なんて?」

「よくこちらの作戦に気付いたって」

 そう言われてもあんまりうれしくない。あやうく本気で怒るところだったからな。


「それよりカエデは今MSKをインストールしようとしてるぜ。ロジカルワームの発動コードは新しいものに変更したんだろ? 昔のままだとネブラに知られた可能性がある」


「それは大丈夫です。とても自然な言葉に変更しています。発動したとしても誰も気が付きません」

「そんな呪文があるのかよ?」


「あ、はい。起動パスワードは……」

 優衣は言葉を途切り、俺の耳元で囁いた。

「『ユウスケさん気を付けて』なんです」

「ぬぁにっ! それ誰が考えたんだ。ふざけてやがるな」

「シロタマさんです」

「あの野郎、人を小バカにしやがって」


「そうですか? 自然だと思いますよ」

「お前まで言うか? それだと俺が慌て者だと公にするようなもんだろ」


「うふふ」と優衣は笑い声をあいだに挟んで、決然とこう言った。

「全デバッガーにインストールされるまで最低でも数分かかります。こちらも時間稼ぎをしましょう。そのあいだにもう一度重力制御システムのありかを探します」

 ポケットに隠し持っていたさっきのスキャン装置をちらりと見せた。

 やっぱりそれはヒューマンインターフェースを無視した銀白色の変なカタチの小型装置で、優衣はそれを使ってスキャンを続けていたのだ。


「重力波アナライザーです。重力の揺らぎを計測する装置です」

「へへっ。いい感じに段取りがついてるな」

「ワタシも聞いてませんでしたし、腰のポケットに入っていたことすら知らなかったんです。たぶんシロタマさんがこっそり忍ばせておいてくれたんですよ。おかげでネブラにも見つかっていません」


 まぁ、あいつが用意周到なのは今に始まったことではない。優衣も俺も知らないもんはネブラや、特にカエデに尋問されても知らないって素で言えるし、抜かりの無い奴だぜ、まったく。


「目的地が解ったとして、シロタマとは連絡がつくのか?」

「亜空間通信の回線を開いたままにしているそうです。ネブラにも傍受されるでしょうけど、その時は最後の時ですから」


 こちらがコソコソやるあいだにカエデが再起動。ぱちりと目を開いた。


「ど……どうだ? ネブラは理解してくれたか?」

 急いで取り繕う俺に、カエデは氷のような眼差しをくれた。

「当たり前でしょう。あんな簡単なフェーズシフト演算。これまで気づかなかったのが腹立たしいぐらいですわ」


 そして凛とした態度でマントを翻すと、後ろに立ち並ぶデバッガーに振り返って命じた。

「すぐにこの二人を捕らえなさい!!」


「か……カエデ! てめえぇ!」

  

  

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