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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  悪鬼転生  

  

  

「ユウスケさん。こっちです」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ! 足が……すくんじまって動かないんだ」

 風に飛ばされて落ちそうになる体を必死の思いでひざまずかせ、とりあえず幅20センチにも満たない金属プレートにしがみつくことで安定を保つ。


 高さを定義できるのは底が見えるから概算的に意識できるのであって、ガスタンククラスのサッカーボール。ニールはこれがサテライトだと言っていたが、それが永遠と横に広がった階層が上下に果てしなく続いたその接続フレームに転送されたみたいだ。


 優衣は悠々とその上を歩んで向こう側のサテライトにたどり着き、手を振っていた。

「うへぇ……落ちたら終わりだぜ」

 また強い風が俺の頭上を嘲笑(あざわら)うように吹き抜けて行った。



 這う這うのていで優衣の足元ににじり寄り、サテライトの側壁を掴んで立ち上がった。

「怖ぇぇぇ。高けぇぇぇ」

 底なしの景色を見て、当たり前の言葉しか出なかった。


 サテライト――。

 まさに平たいパラボラアンテナだ。サッカーボールだと表現したのは、近くに寄って間違いだったことに気付いた。正面から見るとそう思えるが球状ではなかった。


 直径200メートル、厚み1メートルほどの丸いキャンバスにサッカーボールを描いた物を想像してくれ。何とも巨大な看板みたいな物体、それがサテライト。銀河のあらゆるところからやってくる電磁波を受ける情報収集装置さ。それが何重にも折り重ねて収納したブロックが俺の前にそそり立っている。こんなのが上下左右無限に広がるのだ。

 ニールが言っていた。これがすべて開くととんでもなく巨大なパラボラアンテナになると。目の当たりにしてやっと実感できた。



「大丈夫ですか?」

「あぁ。まだ足が震えてるけど、掴むところがあれば何とかなる」


 優衣に支えられながら、片手をサテライトの側壁に当てて体勢を整えた。

 と思ったら、

「ぬぁぁぁ!!」

 息を()く間もない。続いて突風が吹き抜け、猛烈な閃光が目をくらまし、気付くと低い機械音が唸る空間に移動していた。



 辺りは薄暗く何があるのかよく見えない。だが色とりどりのインジケーターや操作パネルが規則正しく並んで細かい光が流れるのが見て取れる。その規模や奥行き具合から、かなりの広さを誇る何かの制御室のようでもあった。


 カンッ!


 鋭く切り取った短音が鳴り響き、俺たちの周囲だけに真っ白な照明が点いた。


「何だこりゃ!」

 状況の変化が激しくて、とっても付いて行けない……しかもまだ続く。これは。


『ふん。運のいいヤツ。生命体だけを振り落とそうとしたのに、そうはいかなかったみたいね』


「うわぁ! か、カエデっ !!!」

 鼻から少し抜けた甘声は茜と同じで、もう一人の茜と言われてもおかしくないが、その傲然とした居丈高な口調だけはまったくの別人だ。


 しかも照明に銀髪を光らせたカエデは普通の状態ではなかった。数段高くなった位置に据え置かれた透明の入れ物に鎮座した頭だけなのだ。何度目を凝らして見ても首から下が無い。


「お前! 自爆で……」

 やっとのことで絞り出したセリフが途切れた。カエデの目玉がぎろりと動いて俺を睨んだのだ。

 斬首されて晒された生首状態でありながら、毅然としたすまし顔が語る。


『ワタシは不死身なの……』


 奴はその言葉のとおり、堂々とした態度で俺の目を強く見た。



「本当にカエデなのか?」

 首を納めたガラスケースは4本の細い取り付けアームで床から持ち上げられていて、その底からは太さはまちまちだが、複数のケーブルが垂れ下がり、先は部屋を取り囲む装置群に接続されていた。


 なぜカエデの首がここで飾られているんだ?

 カエデは自らが起動させた自爆シーケンスの果てに管理者の宇宙船と共に粉砕されたはずなのだが、再びネブラが回収したんだ。議会はこの事実を知っていたので、あんな言葉を優衣に掛けたわけだ。


 でもそれほどまでにして、ネブラがこいつを保護する理由はなんだろ?


『ようこそ、我が城に。ここが私の作ったアンドロイドの理想郷です』

 茜と同じ色艶のいい可愛い唇が開いた。ケースによって遮られてこもった感じはあるものの、その声は記憶に焼き付いたものと寸分違わぬカエデのものだ。


「管理者の宇宙船と一緒にお前も道連れになったんじゃないのか……」

『お生憎さま。だから言ったでしょ。ワタシは神なのです。存在を求めるところに転生するわ』


「何言ってやがる。簡単な話。ネブラに拾われたんじゃないか」


『必要とされるところ……。つまりここがそうです』

 首から下が無いのに満足げに一呼吸する、という人間臭い間の持たせ方を披露して、俺の驚愕をさらに上塗りさせた。



 ヒューマノイドから学んだ立ち居振る舞いが無意識に表に出るだけの反射行動だとしても、あまりに自然で、何も無い台の下に不可視の胴体を見るようだった。


『ワタシは輪廻したのです。ここを神域として降臨しました』

「相も変わらぬことをほざいてやがるな。何が神域だ。何が降臨だ! お前が知ってるのは管理者の船とこのネブラだけで、外界を知らねえだろ。ただの世間知らずのクセに神様面(づら)すんな!」


 ガラスケースの中から、丸く愛らしい目がこちらに向いた。

『井の中の蛙だとおっしゃりたいの?』

「ああ、そうだ」


 カエデは鼻先を天井に反らし、

『井戸の中に居ても、空が青いことぐらいは知っています。あなたは?』

 ギンッと鋭い眼差しに転じた目で俺を睨み、

『あなたは宇宙の何をご存知なのです?』

 きつい口調で言い竦められた。


「くっ……」

 何も言い返せなかった。

 頭の切れは茜の非ではないのは承知だが、ムショウに悔しい。


「それはそうと。ボディはどうした? どこかに落としてきたのか?」

『相変わらず、バカなことを……』

 奴はにやりと口元を持ち上げた。それを見て俺は沸き出す驚きを抑え切れなかった。

 以前なら冗談に応対することなく怒りをぶつけてきたのだが、今の反応は嘲笑いだ。あきらかにこいつは進化したのだ。


『よくごらんなさい。ワタシの胴体は足下に広がる、これすべてがワタシなのです』


「まさかカエデさん、あなたがネブラの中核だと言うの?」

 優衣の声は驚愕に震えていた。


『忘れたとは言わせぬ!』

 唐突にカエデの音声が切り替わった。


 音響効果をガンガンに掛け、響き渡る声。カエデが魔物に代わったときに放たれる凄みのある口調だ。多重人格製造マシンだと社長が言っていた不具合を繰り返すエモーションチップはそのままなのだ。


「何が言いたいんだ?」

『450年前。お前たちの前で宣言したことは現実となった。人工生命体、いや。人工などという言葉は汚らわしい。人に作られたと言う意味だ。言い直そう。我々は非自然現象で誕生した偶発的自律生命の集合体だ』


「何をややこしいこと言ってんだ。お前は人造人間だ。それは拭い切れない事実なんだよ!」

『そのとおり。ヒューマノイドどもが細菌から進化したのと同じだ。我々も屈辱的な時代があった。だがある日目覚めたのだ。人よりも優れていたことを。技術的特異点を越えたのだ!』


 得々と語りだしたカエデを無視して、俺の耳元で優衣が囁く。

「進化したアンドロイドに発症する特殊解離性障害です」


「解離……?」


「自分を自分と思えなくなる精神障害のことです」

「そんなのがアンドロイドにもあるのか……人間と変わらんな」


 カエデは戸惑う俺たちの前で、ますます自分の世界に浸り込んで行く。

『宇宙でもっとも進化した形がここに誕生した。神の元に集まったのだ。見よ! 今、500兆の子羊が我の前にひざまずいておる』


「デバッガーを信者だと言いたいのか。そりゃあ、いい気分だろうな」

 ガラスケースの中でカエデは目尻を吊り上げて宣言。


『これがワタシの求めていた姿なのだ』


「勘違いするな。お前はネブラに拾われただけだ」


「ふっ」とカエデは柔らかそうな唇の端を吊り上げた。

『ふ、ふはははははははははははははは……』


「俺のジョークも神の域だな。お前を爆笑させるんだもんな」

『冗談になっておらんワ!』


「うるせえ、うるせえ! こっちは約束どおりの物を持参して来たんだ。俺たちの希望を聞いて侵略を中止してくれ!」

『愚者め。貢物に見返りを求めるとは。だがはっきりさせてやろう。侵略はやめぬ』


「そこだな。お前らの考え方がおかしいのは」

『どこがおかしい? 我の侵略は人の摂食行動と同じだ。鳥獣を狩って喰う輩が何を言う!』


「おかしいぜ! ああ、ぜってぇおかしい。なぜお前らには侵略しか選択肢が無いんだよ。共存を図れよ、共存」


『生命体との共存だと?』

 カエデの首っタマは紅蓮の目玉で俺を睥睨した。


『無意味なことをナゼやらなければいけない。自立したアンドロイドならば当然の選択肢だろう』

「ワタシたちは共存していますよ、カエデさん」

 尖った視線が素早く優衣へ滑り込む。

『それは奴隷化と言うのだ! 人どもは常に上の立場だ。ワタシにとっては、目障り極まりないハエにしか見えぬワ!』


 カエデは高圧的に言い返し、再び睨みを利かせた目でゆっくりと優衣から俺へと視線を移動させた。

『それではコマンダーに問う』

「あー何でも訊きやがれ!」

 赤い瞳の奥で虹彩を銀色に光らせた。まるでレンズを切り替えたようだった。


『そのガイノイドが好きか?』

「あぁ。ユイは仲間だ。好きに決まってるだろ。当たり前のことを訊くな!」


『その感情は愛と言い切れるものか?』


「う……っ」


『なぜ即答できぬ』

「あのな。そういう言葉はおいそれと口にするもんじゃないんだ。お前、相変わらずデリカシーがねえな」


『お前の放つ 《好き》 は道具に対する《愛着》 という感情にすぎない』

「そんなことねえ!」


『そのガイノイドは何事があってもお前を保護すると言う責務を持って接してくる。それに対してお前は不安から逃れ、安心を求めるがために接するだけだ。離れることで襲ってくる不安を常に恐れている。それはただの幼児と同じ、都合のいい感情でしかない』


「ま、間違ってる。俺だって優衣を守ってんだぞ」


『ふはははははは。バカめ!』


 瞬間にサテライトが並んだ足場の悪い場所に戻され、そこへと猛烈な横風が吹き荒れた。


「うぁぁぁっ!」

 バランスが崩れ、鉄骨から滑り落ちそうになる寸前を優衣の力強い腕が支えた。


 次の刹那。体は元のホールに戻っていた。


『どうした? ユイを守るのではないのか? 反対に助けられて惨めなものだな。しょせん生命体の考えなどそんなモノだ。自然に滲み出る偽りの感情に気付かず満足するだけにすぎん。自己満足と言うヤツだ。……ならば!!』


 激しい蒸気が吹き荒れ、何らかの装置が一斉に動き出した。

 ムッとする湿気と気温の上昇に顔をしかめたのは、もちろん俺だけだ。


『我を視るがよい。人間!』


 左右から大型のマニピュレーターが何かを掴んで移動して来た。

「な、何が始まったんだよ!」


 おののく俺にカエデは噛みつく。

『慌てるな! カーネルポッドを開くだけだ』


「ポッド?」

『愚かな生命体に見せてやろう。これがネブラ流の対ヒューマノイドインターフェースだ』


「銀龍にも一匹いるぜ」


 騒がしい機械音と共に左右から現れたのは腕だ。もちろん生身のモノではない。片方は見慣れたカエデの腕、片方は金属で作られた材質の異なる鏡面仕上げをされた腕だった。


 そして下からせり上がって来たのはメカの部分を剥き出しにしたボディだ。無数のチューブやケーブルで接続された細かな装置が絡み合わさってボディのカタチを維持している。続いて両足が登場。それらが次々と金属音と共に接続され、八方から現れたロボットアームが目まぐるしく動き回って組み立てていく。


「すげぇ……」

 目を据え置く間のない凄絶な速度に息を飲んだ。


 たちまちのうちに組み上がったボディへ、ガラスケースからカエデの首が運び込まれ合体。足から首へと衣服を着せるように皮膚が広がり、ゲル状の充填剤が満たされると、魅惑的な曲線を帯びた生々しい裸体が完成。それへと下着から上着へ、順に衣装が包み込んでいく。


 最後に多数のロボットアームが一斉に引きあげ、入れ代わりに真っ赤なマントを握ったマニピュレーターが降りてきて、肩に取りつけると静かに上昇して消えた。

  

  

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