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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
281/297

  強 要  

  

  

「とにかくや……。こんなとこで夫婦(みょうと)漫才を見てる場合とちゃう」

 してねえよ。


「ワシらはネブラの構造を探りたいんや。ほんまにこのまま進んでも安全なんやろな?」

「やだなぁ社長さん。僕がここに来たと言うことは安全だからじゃないですか」

「分からないぜ。危険だと察知したら、自分だけさっさと消えるかもな」


 ニールはこの場に不適切なほどに清々しい笑みで満たされた横顔をこちらに捻った。

「信用してくださいよー、ユウスケさん」


「い、や、だ!」


「やれやれ……」

 ニールは両手を軽く広げて肩をすくめた。


 うっぜー。

「白々しいその態度が胡散臭いってんだ」


 管理者にしては、奴は短躯(たんく)ではなく異様に細身で背が高い。俺たちから見てもスマート、かつ白い肌に精悍な面立ちはドゥウォーフとは異色に感じた。


「次元シールドに共振させている限り、銀龍は安全です。僕が保証しますよ」

「お前の保証って言ったって……痛ててて」


 ぐいと俺を押し退けて社長がのたまう。

「鬱陶しい! いちいち口を挟みなはんな。ジャマや」


 こともなげにそう言うと、

「ほんで次元シールドって何でんの。それに共振させるとは?」

 ニールはさっと怪しげな気配を消し去り、もとの色男スマイルに引き戻す。


「そうそう。よくぞ聞いてくださいました。ご覧のようにネブラのエリアは広大です。ですので敵の侵入を阻むために全領域を警備するには大変な労力を強いられます。そこで連中がとった処置がこのエリアだけ時間の流れ方を変えるという方法なんです」


 スクリーンに敷き詰められた六角形のフレームを背中で受けつつ、ニールは奇異な説明を始めた。


「時間の流れの差、時間フィールドストリームと言うんですけどね。これが外敵の侵入を阻む防壁となるだけでなく、自分たちの能力を最大限に生かすこともできる画期的な方法なんです。敵ながらアッパレですね」


「はぁ……そうでっか」

 何のことだか想像すらできず撃沈した。


 虚しい()が広がり、それに取り残されたニールは片眉を吊り上げて俺たちを見渡し、自分だけがカヤの外だと気付くと、小さな溜め息を一つ落とした。

「えっとですね……例を入れると理解しやすいかな? あの……簡単な話、僕たちの前に大きな川が出現したと思ってください。橋の無い急流です。渡るのは大変でしょう?」


「いや……あのな、ニールはん。そりゃブラックホール並みの重力の渦なら時間琉の変化はあるやろけど……目の前のは人工物でっしゃろ?」

「そうです。自己増殖を続けるマシンの集合体です」


「空間を歪めるほどのパワーを持つことは不可能や」


「それを連中は可能にしたのですよ」

 ニールはいとも簡単に社長の意見を覆した。


 奴は不気味に低い声音で言い足す。

「ネブラはマイクロブラックホールの製造技術をマスターしています」


「マジかよ……」

「ほんなら時間フィールドストリームの内側に入ることはできひんのか……」


「えっ? え……ええ。そりゃそうですよ」

 何かを素早く消し去ろうとした反応を社長は感じ取ったらしく、話の観点を変えた。


「ほーか。管理者であってしてもあかんちゅうわけや。なるほど……そりゃぁネブラに対してお手上げになるわな」

「何を言うんですか。これは元々僕たち管理者が完成させたテクノロジーですよ。それをネブラが盗んだだけです」

 ニールはまんまと術中に落ちた。ムキになって言い返すところを見ると相当にプライドが高い。


「ほーでっか。さすが管理者はんやな」


 そして高揚すると早口になる。

「連中だって僕たちと同じ時間流の中の物体です。ちゃんと保護するシステムがあるんですよ。DTSDの技術をもマスターしており、上手くバランスを取って中に潜んでいるわけです。つまり連中は重力を時間の流れに変換しています。およそ10万倍にね」


「10万倍っ!?」

 俺の喉が大きな数字に反応した。


「時間の流れを縮めまんのか?」


「いいえ引き伸ばしています。つまり10万倍も時間を効率よく利用できるのです。僕たちが1秒過ごすあいだに連中は10万秒、約28時間も時間が使えるわけですよー」


「ほんなら1日が10万日になるわけでっか? 我が社の開発部に欲しいシステムやな。1日分の給料で10万日やで」

 殺す気かよ。


「さて、それではネブラの遊覧とでも行きましょうか?」

 ツアーコンダクタの言いそうな言葉を並べたあと、ニールは感電したかのように体を跳ねた。

「まさか、それ以上のことをやろうとしていませんよね? 忠告します。相手はネブラですよ」

 頭のいい奴は勘も鋭い。そうさ俺たちは観光で来たのではない。


「知らんと思うけど、特殊な通信方法でMSKちゅうのがおますんや」


「ああ」と声を漏らしてから、ニールは自分の口を両手で押さえた。

「知ってまんのか?」

 お喋りは口が軽い。千切れるほど首を振ったが、やっぱりこいつは何か企んでいる。MSKを知っていて今までわざと黙っていたんだ。


「お前、どこまで知ってんだよ?」

「滅相もありません。みなさんと共有する情報はアカネさんをコンベンションセンターへ置いて来たことと、MSKを利用してデータ交換をしてネブラに洩れるのを阻止してきたことぐらいです。もちろん議会には内緒にしています。でないと接近許可は出ません。反抹消派はあくまでも時空修正で何とかしようとしていますから」


「おまはんは議会の犬とちゃうんかいな?」

「失礼な。僕は議会と別の考えを持ってるんです」

 憤然としてニールは社長の言葉を否定した。


 バーカ。自分から暴露してやがる。


「ユイくんとアカネさんの関係も知っていますし、それを議会には伏せたほうがいい、とユイくんに指示を出したのも……」

 一つ、深呼吸をして、

「僕なんですよー」

 こいつはただのバカではないな。もひとつ『正直』という称号を頭に付けてやろう。馬鹿正直な。



「ほーでっか……ワシらは議会が遊んどるゲームの駒にされてんのかと思ってましたんや。けどおまはんは違うみたいやな。これでひとまず安心しましたワ」


 社長の機嫌もすこぶる良好なようで、ハゲ頭をぺしゃりぺしゃりと(はた)きながら、噛んで含めるように言う。

「失礼しましたな。一から十まで説明せんと理解できひん若者(わかもん)が多い中、やっぱりおまはんは優秀や。ごっつい時間の省略ができましたワ。おおきに。ほなMSKの説明はいらんな?」


 ニールは当然とばかりに胸を張り、

「旋律偏移変調方式。メロディと音色、そしてリズムでデータをフェーズさせるガイノイドにしかできないデータ通信プロトコルです。僕もアカネさんから聞いて驚いています。彼女には音楽を理解する心が芽生えてたのです。ちなみに管理者のほとんどが音楽に関して理解はできないのが実情です」


「よー喋りまんなー」

「ども、ごめんなさい」


「でもなんでおまはんとアカネに接点がおますんや」

「やだなぁ。もうお忘れですか。アカネさんをユイくんに仕立てる時に色々と会話をしていますからね。それとユイくんを責めないでください。この子はちゃんと時間規則を守ってみなさんをここに連れて来たのです」


「どういう意味なの?」

 興味深げに尋ねる玲子。なぜ茜を連れてこなかったのか、いまだにこいつはこだわっているのさ。


「簡単ですよ。アカネさんをこっちに連れてくると何が起きるのかユイくんに伝わってしまいます。そうなると自分では手が出せなくなるワケですよ。時間規則がありますからね。だからアカネさんを連れて来なかった。時間のパスを通じて未来を知りたくないからです」


「あ、なるほどな」

 俺は管理者に内緒の存在だからからと思っていたが……。言われて気付くとは情けないな。


「しかもここに来たのは、シロタマに動かされてや」

 社長の言葉を聞いてさらに気付かされた。この件を言い出したのはタマだ。


「ですねー。賢いですね。ユイくんは自分の手で未来を切り開こうとしてるんですよ。もう人工生命体とは言えない域に達しています」

 お前が言うと無性に腹が立つな。


「ほなこれで全員が同じ立場や。未来はみんなの手で切り拓く。ええ感じやないかいな」


「あ、いや。僕は見学でいいです」

「アホ。ここまで来たら同じ穴のムジナや。ワシらの作戦を伝えまっせ。これであんたも傍観者じゃなくなる」


「うわわわ。大変なことになって来た」


「そやデ。ここまで来たらただの遊覧だけやもったいやろ? もうちょい土産話が欲しいんや」

「だめだめ、ダメ。MSKでロジカルワームを起動させるなんて正気の沙汰ではありませんよ」

 そこまで言ってないのだが、ニールは察しており、白い端正な顔から血の気が引いていくのがはっきり見て取れた。


「ここは宇宙です。議会の実験施設ではないんです。いくらユイくんが叫んでみたところで声は届きません」

「何ぼワシらが遅れた種族でも、真空中に音波が伝わらんことは知っとるワ」


 ニールの目が見開かれる。

「まさか……ストリームを越えるつもりじゃないでしょうね!」


「正解でっせ、ニールはん」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。そんなこと無謀としか言えません。そのままだと蒸発しちゃいますよ。解ってるんですか?」

「解っとるワ」


 社長は目に力を込めて、なおもニールに迫った。


「せやから何か方法は無いかっちゅうて訊いてるんやないか。おまはんなら知っとるんやろ?」

「そんなの無茶ですって」


「無茶?」

 ニールを鋭い目線で怪訝に見る社長。


「できないと否定せずに『無茶』と言いましたな?」

 社長は半歩迫り、ニールは半歩後退りする。


「ワシらがやろうとしているのは『無茶』やない、『無理』や! おまはんにも付き()うてもらうで。さ。越える方法を教えなはれ」

 一旦息を飲み込んだが、ニールは白々しく言いのけた。


「し、知りません」


「DTSDの技術はおまはんらが作ったもんや。なんぼでも手はあるやろ?」

「それよりですよ。ワームの効果なんてたかが知れてますよ。数体のデバッガーが30ミリセック停止したからって何ができるんです」


 痩せ男のか細い肩をグイッと引き寄せて、今度は説得に近い説明を始める社長。

「次元シールドの内部に入ってネブラを至近距離から観察するだけって、アホのやることや。ぎょうさんエネルギー使って大損やがな」

「な……なんと」

 ニールは目と口を同時に開いて息を詰め、社長は怪しく光る黒目を瞬かせる。

「過去人やゆうてなめたらあきまへんで……ニールはん」

 いつにもなく迫力のある顔だった。

  

  

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