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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
280/297

  密航者  



  

  

「うもももももぉぉ」

「きゅりゅーー?」

 いきなり田吾が妙な声を出し、その声に驚いたミカンが脂ぎったブタヲタにボディの半身を旋回させて鳴いた。


「それだとブタじゃなくて牛だって、言ってるぜ」 

 田吾は四角いメガネのフレームを指で押し上げ、ちらりとミカンを見て顎を突き出す。

「そんなこと言ってないダすよ」

「じゃあ、なんでそんな声を出すんだよ?」

「ハラが減って……」

「緊張感の無い奴でんな」

 と社長は言うが、実は俺も空腹なのだ。たぶん玲子もそうだと思う。


 みんなは朝食のあとからまだ何も食ってない。

 田吾は赤ちゃんの離乳食、玲子はピンクの砂糖水、俺は糖分の過剰なコーヒーだけだ。ちょっと塩気の利いた握り飯でも頬張ってみたくなるのは、田吾でなくたって、腹のムシが鳴るってなもんだ。


 社長が平気なところを見ると、議会のどこかで昼食を取ったに違いない。

 かといって、間もなくネブラがビューワの検知圏内に入るのに、今さら何か食いたいからギャレーへ行かせてくれとは言えず、耐えるしかないことを悟っていた。



《予定通りハイパートランスポーターで8光年飛び、ネブラまで1万5000キロメートルの距離に到着しました》

 パーサーから目視領域に近づいたことを知らせる報告に、緊張度をワンランクアップさせたのだが、

「これがネブラでっか?」


 俺たちの前にはだかったのは――。


「やっぱりハチの巣みたいだったダすな」

「六角形の部屋が固まってるだけだから、ハチの巣とは言えないんじゃない」というのは玲子。

 どちらにしてもとんでもないものが太陽光を反射させて宇宙空間に浮かんでいた。


 見たままの感想を述べると、働きバチが無計画に作ったちょっとひしゃげたハチの巣だな。六角形の隔壁が立体的に複雑につながり、一見して無秩序のようだが、全体を俯瞰して観察するとそうでもなく機能的だと言えなくもない。とまあ、いったいどっちなんだ、と言いたい。


「六角形の中が六角形に区分けされとる。玲子。どれでもええ。一個の部屋を拡大してくれまへんか?」

 端っこのほうの六角形型した部分がぐいぐいとズームアップされた。


 一見してオーキュレイやスケイバー艦の天井の広場みたいに、その表面が新たな六角形の模様で埋められたものだった。


『あれは模様ではありません。構成物、つまりモジュールの一部だと推測されます』

「ちょ、ちょう待ちーや。ほならひと部屋に何個のモジュールが配置されてるんや……。そのまま集中してズームアップしてくれまっか」


 一つの六角形模様にカメラが注目。さらにズームアップされて、俺たちは息を止められた。

 その表面にも六角形のモノが並んでいた。こういうのを入れ子って言うんだ。六角形の模様の中にも細かい六角形が敷き詰められていて、

「どこまで続くの?」

 拡大は続き、現れた表面がさらに六角形に区切られていた。


「何ちゅう、大きさや……」


『今観測されている六角形の1辺の距離は380キロメートルです。現時点で5重に入れ子になったハニカム構造ですが、この物体が最小構成物質ではありません。まだ分解可能です』

 驚愕に値する説明をタマがした。


「どいうことや。もっと拡大できまっか?」

「これ以上拡大できません」と優衣。


「もうちょい近づかなアカンな」


「シロタマさんの作ったロングセンサーだとまだ拡大できますけど」

 社長は、じろりと空中のシロタマを見上げて、

「タダ(無料)でっか?」


「特別にいいよ。今から準備ちて来る」

 何をどう準備するのか知らないが、銀白の球体は勢いよく司令室を飛び出して行った。


「あいつに(ぜに)払うんやったら、銀龍を近づけたほうがエエで」

 ケチらハゲの言いそうなことだ。小銭を拾うのにも擦り傷覚悟で飛び込むハズだ。


「センサーアレイの端末と繋いできたデしゅ」

 戻って来て、優衣に指示を出すシロタマ。

「イメージビューワーを起動したらシロタマが指示するノードと接続するんだよ」

「わかりました。どうぞ、いつでもいいですよ」 


 スクリーンが数度瞬いたがすぐに鮮明な映像が飛び込んできた。

 頂点から頂点まで380キロもあると言っていた六角形がさらに拡大されていく光景を眺めながら思う。


「じゃあ、一番最初の大きさは?」


 コンソールから離れたシロタマがふわりと浮かび上がり、反論のしようも無いことを冷徹に言う。

『1ブロックの1辺は8500キロメートル、周長5万1000キロにも達します』

「1個で惑星クラスの大きさになるぞ」


『それが立体的に重なり合って構成されています』

「あ……アホな。ほな全体でどんだけの大きさになるんや?」


『12兆5200億キロメートル以上です』

「大きぃねぇ」

 玲子は相変わらずのんびりとバカを表明し、俺は息を飲む。


「ブラックネブラ……暗黒星雲とはよく言ったもんだぜ……」




「準備できました。最大倍率まで拡大します」

 六角形の入れ子模様はさらに数回続き。

「どこまで大きくしても同じ六角形の物体で覆われてるわ」

 玲子の感嘆の声が消え去る前に、

「のぁぁ」

 社長が震えた呼気をし、俺たちの驚愕度はマックスに達した。


「なんすか、あれ?」

 最終的に粒々したものが現れて、さらに拡大されたら見慣れた形が整然と並ぶ光景で停止した。


「あれって……あれダす……よね?」


 そう。サッカーボールだ。

 いや、そんなワケはない。それと同じ形状のモノだ。


 振り返った田吾に応えたのは優衣で、

「そうです。六角形20枚と五角形12枚のポリゴンエレメントで構成された物体。あれがサテライトの正体です。直径約250メートル」

 続いて聞きなれない声が司令室の隅から渡ってきた。


「へぇ~。ここが数々の歴史的事件を目の当たりしてきた有名な銀龍の管制デッキですか……」


「どぁ――っ! なんだ、ニール!」

 飛び上がったさ。あー吃驚(びっくり)したぜ!


「ニールさん!」

「あら?」

 玲子と優衣が同期した仕草で、司令室の奥に視線を振った。


「どうやってここへ?」

 辺りを興味深そうに見回すニールへ、優衣は驚きに満ちた面持ちで応対し、玲子はにっこり笑って黙礼する。


 こんな奴にニコニコすんじゃねえ。と叫びそうになる本音は急いで封印し、

「お前。どーやって忍びこんだんだ!」と問う。


「やだなぁユウスケさん。泥棒みたいに言わないでくださいよー。ハイパートランスポーターでジャンプする前におじゃまさせてもらいました」

「いけしゃあしゃあと言いやがって……」


 ニールは爽やかな面を玲子に曝し、肩に乗っていたシロタマに視線を向けて言う。

「管理者の転送技術は意外と進んでるんですよ」


 白い指先で司令室の外を指し示し、

「例えばシロタマさんのセンサーアレイをすり抜けることなど余裕です」


 慌ててタマは玲子の肩から飛び上がると一目散に自分の研究室へ、それから牽制球の速度でとんぼ返りしてきた。

「信じられないデしゅ。アレイは正常に機能してるのに探知できなかった」


 自慢のセンサー網をあっさりと突破され、驚きを隠せないでいるシロタマ。それへとひけらかすような笑みを浮かべるニールへ、俺が代わって噛みついてやる。

「それじゃぁ泥棒と同じじゃないか。こっそり忍び込みやがって。俺たちの星ではそういうのを密航者って呼ぶんだぜ」


「おっと。その怒りの感情いただきましょう」

「あっ! 今、何をした?」

「感情の数値化です。スキャンさせてもらいました」


「勝手に人の心を読むんじゃねえ」


「おー。いいですねー。もっと怒ってみましょうか」


 憤怒に耐え切れず、思わず握り拳を固めたところで社長に制された。

「踊らされてどないしまんねん、裕輔!」

 瞬間湯沸かし器と命名されたハゲオヤジに言われるとは、ちょっち情けない。


「いくらご自分の仕事だからと言って、ヒューマノイドの感情を煽るのはよくありませんよ、ニールさん。マナー違反です」

 と優衣に指摘され、

「こりゃあ、失敬。すみませんユウスケさん」

 ニールは小さな装置を俺に見せた。


「これはエモーショナルロガーです。決して心の中を読む機械ではありません。感情が高ぶった時の脳神経電位の変化を記録するだけのモノですからご安心ください。脳波計とでも言っておきましょうか」


「なんであろうと、お前は許可なく動き回り過ぎる。まだ理由を聞いて無いぞ!」


「何でしたっけ?」

「ぐっ……」

 すっとぼけるつもりか、こいつ。

 脱力感満載の吐息をして、一喝してやる。


「密航の理由を聞いてねえだろ!」

「ああ……ですね」


「よろしいか、ニールはん。我々の世界では礼儀ちゅうもんがおましてな。よほど親しくならん限り、勝手に潜りこむような行為は慎まなあかんねん」

 社長があいだに割り込んだ。


「潜りこむって……」

 まだ言い足りなそうだが、降参するみたいに両手を軽く上げた。


「ごめんなさい。悪意を持ってここに現れたのではないことはご理解ください」


「何しに来はったんでっか?」

「もちろんお手伝いです。シロタマさんやユイくんだけは心細いだろうと思ってね」


「それが勝手だと言うんだ。誰も頼んでねえだろ」

 まだ俺の怒りは消えていない。

「頼まれてからでは遅いんですが……。分かりました。では見学の許可をください」


 数歩前に出たニールは、好奇な目で近寄って来たミカンの頭を撫でながら、

「数々の伝説を作られたみなさんの活躍を拝見したくて伺いました。あ、そうそう。議会の許可は得ていますから」


「ほらみろ、こいつ俺たちをバカにしてんぜ。密航しておきながら、何が議会の許可は得ているだ!」

 奴の胸ぐらを引っ掴み、

「こっちは許可してねえよ!」


 ニールはいやらしい笑みのまま、無抵抗で言い返す。

「おっかしいな。ユウスケさんてこういうキャラでしたっけ?」


 玲子へと青細い首がねじられ、釣られて俺も手を放す。


「な、何よ?」


「むしろ何でも積極的なのはレイコさんのほうですよね?」

「ち、違うわ」

 ニールは玲子がちょっと赤くなるのを素早く察知し、

「ほらぁ図星です。絶世の美女なのに喧嘩早い。そして決して負けない。素晴らしいことです。僕は好きだなぁそういうの」


 またまた腹が立ってきたぞ。

 何だか焦燥に駆り立てられ、カリカリするぜ。


『それは嫉妬と言う感情です』

「ば、馬鹿、何を言う、シロタマ」


 急いでニールがロガーを俺に向けた。

「これは貴重な状況ですね……あっ!」

 手から装置を取り上げて床に叩きつけてやった。


 三つのパーツに砕けた装置を追いかけながら、ニールがつぶやく。

「あ――あ。けっこう高価な物だったのに……」


「今のは壊されても致し方がありませんよ!」

 優衣から厳しい一言で釘を刺されたニールはひょいと首をすくめて見せた。


「やれやれ……」

 へらへらした笑みを消さずに腰を伸ばしつつ、まだ俺たちを呆れさせる。


「銀龍のハイパートランスポーターは充電に8時間要するのですよね。じゃあ8時間はここにいてもいいわけですよ。社長さん、許可をください」


「しゃあないがな。宇宙に放り出すわけにはいかんやろ」

「ありがとうございます。それじゃあ、ユウスケさん。これで僕も仲間です。よろしく」

 なんかしゃくに触るな。


「まぁええ。ほなアシストしてもらいまっせ。あの多面体の物体は何やねん?」

「あれはネブラを構成する最小単位で、切頂(せっちょう)20面体(めんたい)です。サッカーボールってご存知ですか。太古の昔に流行ったスポーツに使われた(たま)です。あれと同じ形ですね」


「今、流行ってんだよ。太古じゃねえ」

「おっとと、これまた失礼」

「で、なんだよサテライトって?」

 俺に促された形で、ニールは教壇に立つ教授のように高説を垂れ始めた。


「ネブラ全体で約500兆のデバッガーの存在を確認しています。そのデバッガー一体につき、一機のサテライトが宛がわれるんです。しかも表面を覆うのはあらゆる銀河からの電磁波を傍受するためのモノで、ネブラ全体が巨大なパラボラアンテナになっているのです」


 ひと呼吸、間を空けて俺の目の奥を探るように覗き込んだ。

「バカにすんな。ちゃんと理解してるワ!」


 こりゃ失礼、とニールは小声で返し、

「……と言っても、連中が耳を傾ける電磁波は自然現象で起きたものではなく、過去に飛んで巡回するスケイバー艦からの通信や、文明を築いた惑星から漏れる人工的な通信波などです」


「スケイバーはこのあいだ()うたときに説明を受けましたワ。過去の情報を傍受して襲ってきまんのやろ?」

「はい、そのとおりです。何百光年離れていても有益だと判断されると、時間をさかのぼって奪い盗って行きます」


「ほな。アルトオーネにもやって来ることがおますんか?」

「はてどうでしょう。アルトオーネが星間協議会に入れるぐらいの技術進歩を経て、恒星間通信ができるほどになれば、傍受されてやって来るかもしれません」


 腹立つな、こいつの言いまわし方。


「ネブラの大きさからいったらサテライトなんて、砂粒以下だぜ。たいした受信能力無くね?」

 ニールはニカニカ薄気味悪く笑い、銀髪をフルフルと振る――茜の髪がなぜ銀色なのかがここに来てようやく判明。鈍いな俺って。


「本格的な情報収集を始めると、ネブラ中心部の重力制御のタガが外れて一斉に宇宙へ広がるのです。そりゃあ綺麗な星雲状になりますよー。そしてすべてのサテライトがリンクされて、巨大な一つのパラボラアンテナとなるんです。その時の受信能力はとてつもないことになります」


「なるほど……ダすな」

 納得させられてりゃ、世話ねえな。


「昔から持っとる疑問をゆうてもエエか? ニールはん」

 瞬きしない黒い目をニールにじっと注いでいた社長が尋ねる。


「はいどうぞ、何なりと。何しろ僕には8時間の滞在許可が下りてるんですから」

「おまはんから見たらワシらは科学技術の未発達の種族や。何でその……ワシらに、こんな小難しいミッションの白羽の矢が立てられましたんや?」


「それを言っちゃうと時間規則に反する行為になるんですよねー」

 顎に指を当て、ニールは言葉をいろいろ選び、最終的に拒否を表した。


「あと少し待ってください。必ず答えますから」


「どういう意味だよ。これから理由を探すんじゃねえだろうな」

「まさかー。そんな子供じみたことはしませんよ」


「おまはん。誰の命令で動いとるんや?」

 何か奥歯に物を挟んだような言い方を続けるニール。胡散臭さの塊さ。


「誰も……」

 ぐるりと周りを一巡させ、訝しげに睨む俺の視線を目ざとく見つけると、


「強いて言えば歴史の流れに従う……ですかね、ユウスケさん」


 そんな抽象的な答えを待っていたわけではない。

「何かごまかしてるだろ、お前」


「時間規則違反ぎりぎりで言わせてもらいますと……」

 微妙に何か含んだ言い回しをした後、俺の眉間にしわが寄ったのを見定め、

「す、すみません。変な意味じゃないんですよ。つまり『大いなる矛盾』ですよ。ご存じでしょ? 我々の先祖がアカネさんを手本にアカネさんの元となるアンドロイドの試作機を作ってしまったというタイムパラドックスですよ。自分の誕生のきっかけを自分自身が作るって、ものすごく矛盾してるでしょ? それって、つまり自分の両親となる男女を未来から来たその子供が結婚へと導いてしまったようなもんです。その子の行為が無いと自分が生まれて来なくなるのにです。そのパラドックスにあなたがたが加担しているのです」


「何か犯罪者みたいに言ってねえか?」


「ごめんなさい。翻訳機の誤変換です。大いなる矛盾の時間項になっている、という意味ですよ」

 よけい頭痛いワ。




 大いなる矛盾――。

 これまで何度も出てくる話で、トリガーとなった行為は、茜のバカが俺たちを3万6000光年彼方のドゥウォーフの惑星に飛ばした事なんだ。しかも腑に落ちないことにその惑星を選んだのは俺だ。社長は偶然だと言うが、どうしても釈然といかない気分になる。


「ようするに……」

 もっともらしくニールは呼気をすると、

「ネブラ誕生に最も関与した人たちにしかこの時空修正はできません。それが社長さんへの答えです。これ以上はまだ言えません」

 淡々と言いのけて、無駄に明るい表情で俺を見つめ続けるニヒルな野郎へ言い返す。


「あのなニール。ひと言いいか?」

「どうぞ」


「その件は偶然だ。それからアカネはその流れの中にいない別の種族が作ったアンドロイドだ。だからちっとも矛盾していない」

「そういう説もありました。でもね、ユウスケさん。アカネさんは間違いなくユイくんなんです。だってアカネさんをユイくんに仕立てたのは……」


 ニールは異様にぎらついた目で俺の顔を窺った。


「僕なんですよ。ユウスケさん」



「ま……マジかよ」

 驚きに満ちた俺の視界の端で優衣がうなずく。


「お、おい。もっと詳しく教えろよ」

 喰らいつく俺にニールは手を振り、

「これ以上は無理です。ここで種明かしをすると時間規則に反します。未来が変わってしまうと、今度は僕が困ります」

「こっちは自分の人生が変えられて、すでに困り果ててるんだよ」


「裕輔、もうやめときなはれ……」


《社長。重力の強い歪みを検知しています。このまま進んでも大丈夫なんでしょうか?》

 俺の質問を引き裂いたのは、社長の制止よりも機長の通信内容だった。


「歪みってなんや?」


《ディフレクターが異様な振動を検知してるんですが、これもネブラの影響ですか?》


 不安げに揺れる機長の声がスピーカーから渡り、ニールが目を輝かせた。


「やぁ。銀龍のパイロットさんの声って、何度聞いても渋い声ですね。史実ではまったく謎の人物として取り上げられていましたけど、あの話は本当なんですか? 数万のドロイドに囲まれたゲイツさんたちを救助するために、周りのドロイドを逆噴射でなぎ払って、着陸したという話です。今や伝説と化してます。僕もあのホロノベルを何回見たことでしょう。いつ見てもあそこは興奮するシーンですよね」


「ニールはん?」

「はい?」

 茜がのんびりした性格なのは、管理者製であることに違いない。


「映画の話をしにここへ来たんとちゃうやろ、おまはん?」


「そうそう。そうでした社長さん。パイロットさんと話しをさせてくれませんか?」

 社長は無言で通信機のマイクボタンを叩き、それへと顎をしゃくった。


「パイロットさん。その重力の歪みが次元シールドですよ」


《どちら様で?》


 戸惑った機長へ、横から補足する。

「密航者だよ、機長」


《えー?》


「冗談ですよ。冗談。ユウスケさんは御茶目さんなんですねー」


 お茶目じゃねえよ。本当のことを言ったまでだ。


「ニールです。パイロットさん」

《ああ。ディフレクターの説明をしてくださった方ですね》


「機長って、俺たち以外ともちゃんと会話ができるんだ」

「当たり前やろ。田吾みたいな(もん)やったら機長なんか務まらへんワ」

「ひどい言われ方ダすな」

 でも自覚のあるメガネヲタは小さくなって黙りこけた。


「いいですか。説明した通りの周波で固定してくださいね。上手く共振させると連中のすぐそばまで近寄ることができます」

 と言ってから付け足す。

「見つからずにね」

 それから気色悪いウインクをぶっ放しやがった。俺にだぜ。


 なんだこいつ。その気があるのか? 少し離れていたほうが無難そうだ。


「あ、そうそう」

「まだ喋り足りないのかよ!」

 ホワイトホールから無尽蔵に噴き出す物質のように喋り続ける野郎だ。


 ニールは丸い目を俺にくれた。

「何だよ?」

「僕を追い返さなくてよかったと思うときが来ますよ。なぜなら、一部の人間しか知らない情報を持っていますからね」


「もったいぶった野郎だな。どうせくだらないことだろ」


「これから奇異な話をしますが、気をしっかり持ってお聞きください」

「何だよ。さっさと言えよ」

「ちょっと裕輔。あなた絡みすぎ。だから余計に話が長くなるのよ」

「そんなことねえぞ。コイツの話し方が小生意気なんだよ」


「あなたはちょっと黙ってなさい。あたしはニールさんの話を聞きたいの。何だか運命的な出会いを感じるのよ」

「ぬぉにぃ?」

 俺には見せたことの無い爛々とした目でそんなことを口にしたもんだから、つい腹を立てた。

 肩を突いてやろうと出した俺の腕を玲子は素早く引き込み、次の瞬間、

「うぁぁぁ!」

 世界がぐりんと回って、どんっ!


 幾度喰らっても慣れない重苦しい痛みが、背骨からヘソにまで浸透した。


「やぁー。銀龍名物の床ドンですね。すごい。おみごとレイコさん」

 拍手喝さい中のニールを下から()め上げつつ、かつ痛みに耐えつつ半身を起こす。


 確かに見事だ。あの体勢から俺を投げ飛ばすことができるとは、まさに神業。玲子に手を出した俺が悪い。ごめん。


「あのねー。この人から何か情報得ないとこの先進まないでしょ。ばっかじゃないの、あなたヤキモチ焼いてんの?」

「……あのさ。人前でそんなことを言わないでくれる?」

 とっても恥ずかしいわけで。


「ニールはん。これも銀龍名物の夫婦喧嘩ちゅうやつですワ」

「そうそう。犬も喰わないんですよねー」


「「夫婦じゃ……」」

 互いに視線を重ね合わせてからニールを睨み倒す。

「ねえ!」「ないわ!」


「やぁぁ。息までぴったり。すごいすごい(パチパチパチ)」



 何なんだ、こいつ。

  

  

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