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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  生け捕られたデバッガー  

  

  

「このデバッガーは捕獲してまだ24時間も経っていませんから。新鮮ですよ、ゲイツさん」

 ニールは魚屋の大将みたいことを言うが、こっちは手足の震えを抑えることができなかった。なんたって過去に一度プロトタイプをリロードしに来た一体に至近距離から睨まれたことがあるからだ。


 あの時の恐怖が甦ってきて体が(すく)む。もちろん気配を消すことができるシールドバッジを起動しての対峙だったさ。でなきゃ、今ごろこの世にはいない。マジで肝っ玉が縮みあがる思いをしたのだ。


 筋肉質の男性をイメージさせるボディは見る角度によって表面に虹色が浮き出る緑黒色。3メートル近い体格でとても重々しい色合いだが、飛び跳ねるようにして機敏に駆ける姿を見たら仰天するはずだ。


 こいつらの容姿の中で最も目立つのは、左右のコメカミを一直線に結ぶ赤いスリットだ。ようするにこいつらには目がない。強いて言うとこのスリットが目の役目をする。


 ヒューマノイドをかたどられている割には顔の作りは雑で、先に言ったように目もなければ鼻も口も無い。ただ鼻のある位置が少し盛り上がって、らしくは見えるが、それはスリットが目だと暗示させるだけに付いた突起物さ。


 最も特徴的なのはスリットの中を行き来するスキャンビームエミッターから時折り放出する赤く細いレイビームだ。こいつに捕捉されると最初に脳内を探られて、有益な情報だけを抜き取られる。そして最後は破壊されて終わりだな。脳を破壊されて平気な生命体はこの宇宙にはいないだろうよ。


 そういうワケだから、

「ではシールドを外しますね」

 とニールに言われて、平気ではいられない。

「ちょっと待って」と慌てて止めるのは極めて正常な精神状態だからして、

「あのガラス……割れまへんか?」

 社長も相当ビビっているし、田吾は部屋の外へ、ミカンは優衣の後ろに逃げ隠れており、後ろから顔だけを出して怯えた目を震わせていた。


「きゅりゅゅ」

 助けを請うようにして優衣を見上げて鳴くミカン。


「大丈夫よ。頑丈な部屋に入れてあるから」


 優衣の言葉にニールが続ける。

「中はあらゆるスキャンを反射する材質でできていますし、核爆発が起きたってこのガラスが割れることはありません」


 誰も何も言っていないのにシロタマが報告モードに切り替わった。

『ゼシルコートを結晶化した物質です』

「なんだそれ?」


『至近距離での核兵器の使用にも耐え得る強度と透明度を誇ります』

「そんなものがあるの? すっげぇっすね。管理者さんは……」


「シャトル・ユースケのキャノピーもそうだよ」

 あ~あれか。そんな身近なところにも……って、その名を聞くと何だか憂鬱な気分になるな。


「ご名答。シャトル・ユースケがこのユウスケさんとどのような関係あるのか、僕には知る由、いえ知る気はありませんけど。確かに昔からシャトルの前面キャノピーに使われていました。それにしてもシロタマくんはほんとに何でも知ってるんですねー。いやぁ、感心、感心」


 そらそうさ。中でも俺を怒らすキーワードなら無限に引き出す天才だぜ。


「ほんまにニールはん。よう生け捕りにしましたな」

 だよな――。

 どうやってこんな恐ろしい奴をしかもこんなところに押し込んだのだろう。


「簡単ですよー。餌を撒いて。箱に入ったら電磁シールドで囲んで、この部屋に転送するんです。数日いただければ、あと数匹捕まえてきますよ」

 あのデバッガーをカブトムシみたいに言いやがるぜ。


「では……」

 とニールは言い。瞬く隙間もなく半透明の窓が透き通った。


 あのデバッガー捕えられ、至近距離にいると思うだけで落ち着くことができない。

「心配いりません」

 ニールは半笑いで手を差し出し、俺は息を詰めてそっと中を覗き込んだ。


 内部は数メートル下に落ちた構造になった四角い部屋で、上部に取り付けられた窓から俺たちが覗いていた。


「ぬぁ――っ!」

 いきなり緑黒い物体が飛出し、赤いスリットとまともに目が合った。そう額に一本横に走る溝。その中で動いたスキャンビームのエミッターが真っ赤に燃えて、今まさに炎のレイビームを出さんとしていた。


 ドンッ!


 ぶっ放しやがった。まともにガラス窓へビームがぶち当たり、瞬間赤く燃えて熱が伝わって来た。

「うあぁぁぁl!!」

 俺たちは恐怖に目を背けたが、ニールは赤く光るガラスを平然と見つめてニヤニヤしていた。


 ビームの放射は数秒で止まった。しかし表面がしばらく真っ赤になったところを考えると、かなりの高温に晒されたのだと思われる。


「コンマ3秒で1800度に達しましたね。やぁ。鉄鉱石を溶解する時はデバッガーを連れて行くと便利でしょうね」

 鉄鉱石なんか溶かす必要は無いし、デバッガーをお供に連れ歩く気は無い。


「やだなぁ。ユウスケさん冗談ですよ、冗談。アルトオーネの人はこいう言葉遊びがお好きなんでしょ?」

「好きじゃねぇよ」


 にやけた顔でオムニ議長も中を覗き込み、

「さすがにゼシルコートの五重シールドには及ばないようじゃな。しかしこのレーザービームをまとも喰らったら、どんなもんでも瞬間蒸発するじゃろうな」


 デバッガーは数度デタラメな方向にビームを放っていたが、その場できびすを返すと、ふてくされた子供のように奥の壁を握りこぶしで殴った。鈍い振動が伝わって来るが、建物は何とも無い。


 分厚い壁を二度三度殴りつけるデバッガーの後ろ姿を眺めながらニールが言う。

「もしここで、僕たちの先祖を助けてくれたロジカルワームとやらが実装されたままオーバーライドされていたとしたら、とんでもないことが起きますよー。いい意味でのね。新たな歴史の幕開けとでも言いましょうか。そうなると先祖だけでなく、今の僕たちまで助けていただくことになるんですよ。あー、これは大変だ。足を向けて眠むれなくなりますね」


 ほんと、くだらんことをペラペラしゃべる野郎だ。


「あの……」

 黙りこけていた玲子が口を開いた。

「何ですか? レイコさん」

「こんな簡単にデバッガーを生け捕れるんなら、ネブラも退治できるんじゃないの?」


 おぉ、そうだよな。


 ニールは平然と、かつ平淡口調で言い返した。

「いやだなぁ、レイコさん。相手は500兆ですよー」


 何か洒落臭ぇ野郎だな。


「それに我々は争いを放棄していますからね。ネブラに抗う気はありません。他の方法を考えていますよ」

「なっ!」

 玲子はムッとした顔になり、

「それって、自分は手を汚さずにって言う意味なの?」


「おやぁ? レイコさん、それは怒りの感情ですね。怒っても美人は美人。美しい」


 何だこいつ――。

 怒りを通り越して呆れの境地だ。


 社長も眉をぴくりと動かして改めてニールを見つめているのは、同じ感情が突き抜けたのだろう。ここまで人の気を察することなく喋り倒されると白けてしまう。


 だけど、当のニールは何も感じていないようで、

「それで……」

 腕を組んだ姿勢で窓から離れて、こちらに横面を見せた。色の白い細面な顔だ。

「どんな作戦をお持ちなんでしょうか? まさか面と向かって呪文でも唱えるんですか?」


「いや、それがやな……」

 二の足を踏む社長。旋律偏移変調(MSK)を管理者に伝えるわけにはいかない。これまで優衣が秘密裏にして来たことが無駄になってしまう。


「ここで実験することが、ネブラの中枢に洩れまへんか? サテライトの情報網は脅威的やと聞いてまっせ」


「ネブラには伝わりません。あらゆる電磁波を完全遮断する厚さ5メートルの特殊合金壁で囲んであります」

 とニールは説明し、オムニ議長へバトンを渡す。


「シロタマくん。何でも言ってくれ。まず何からすればよいのじゃ? 共振チェンバーとか必要なら持って来させるが?」

 玲子の肩に乗ってじっとデバッガーを観察する白色の球体へ尋ねた。


 あきらかに社長は何かを言い淀んでおり、遠慮無しに喋るシロタマを探るほうが手っ取り早いと考えたのだと思われる。

 シロタマは平然と言った。

『ユイの音声合成エンジンを利用した音声素片を組み立てる方法で、プロセスの奥底に沈んでしまったロジカルワームの起動ルーチンをリロードさせます』


 こいつもごまかした――。

 アンドロイドはウソが吐けないと言い切っていた奴らが、ここに来て、二人揃ってあやふやな答えばかりだ。


 おそらく優衣もシロタマも持ってきた切り札を公表したくないのだ。つまり――管理者はネブラだけでなくあらゆる事象を過小評価している。その驕りが事をここまで重大にしたのに、未だに気付いていない。そんな連中に軽々しく教えて、ネブラに情報が漏れることを懸念したのだ。


「なるほどね。ユイくんの声に反応するようにあらかじめ作られていたと言うことですか」

「史実どおりじゃ。ワタシはいま感動しとる。4000年前の再現を目の当たりにできるんじゃな」


 この弛緩した態度。やっぱり完璧にネブラを舐めている。

「450年経過してますからな。どうなることやら」

 社長から感情を抑えた発言が出た。


「とにかく試してみましょうよ。さぁユイくん、きみの魔法を披露してくれたまえ」

「あ、はい。どうでしょうか、シロタマさん?」


「問題無いでしゅよ。シロタマにとっては2年前の事件デしゅから」

「でもさ。ユイにとっては4000年も過去のことになるのよ。覚えてるの?」


 肩に乗る球体に首を捻る玲子の出した疑問は俺も同じで――。

「クロネロア帝国の400年を加えて4400年過去の事になるぞ」


 優衣は黒髪をふさりと振った。

「ワタシの特別なスクラッチパッドに記録されていますので、消えることはありません」


「やぁ。スクラッチパッドとは、また古い言葉だねー。システムキャッシュのことだね。うんうん懐かしい」

 さっきからずっとニタつくニールの顔が憎々しい。魔法だとか古いとか、こいつは確実に俺たちをバカにしてやがる。


「それでは試してみます」

 優衣は目をつむり、ニールは突然宙に現れた半透明のコンソールパネルに手を当て指を動かした。生意気な、エアロディスプレイだ。しかもかなり高度なアナライザーだった。


「測定の準備はできてますよ。いつでもどうぞ」

 無性にキザっぽい仕草で細い指先をパチンと弾いて合図する。

 優衣はそれへとこくりとうなずき目を閉じた。


 寸刻後、ぱちりと目を開けた優衣の瞳が真剣だった。


 ドキリとさせられるその目の輝きは……。

  

  

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