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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
275/297

  俺たちゃ有迷人てか?  

  

  

 超、超高層ビル。山より高いらしい。話によると静止軌道まで届いていると言うので、最下層、基礎階になる部分はとんでもなく広大で、その中央にはとてつもなく深い空間が、エントランスとなって俺たちの前に現れた。


「なんだこの広さ。建物というより世界だな。別世界」

「ドゥウォーフの人たちが作る物は、なんでも大きいからね」

 玲子の言いたいのは、過去のドゥウォーフ人が作ったスフィアのことだろう。一つの街を丸ごと宇宙船の中に作っちまったぐらいだから、空まで突き抜けた建物なんか序の口なんだ。

 いやしかしなんだ。出入りする人の数も相当なものだ。一つの街の全住民が一堂に集まった、みたいにごった返していた。


 その一角。

「あ、あそこです」

 アルトオーネからやって来た田舎者が、大口を開けてポカンとした状況に割り入る優衣。

 彼女が示す先には、制服制帽で身を固めた男性に挟まれて、小柄な白ヒゲの爺さんが立っていた。


「何だぁ?」

 思わず目を剥く。

 爺さんは地面から少し浮いた位置に立っていて、近づくにつれ、それが何か理解できた。

「映像だ。ホロ映像だぞ」

 足下に置かれた丸い装置が投影装置だと思われる。


 過去にメッセンジャーが作っていたホロ映像を知らなかったら腰を抜かすところだ。そう言えばあのお尋ね者たちのできも良かったが、目の前の爺さんも本物と寸分変わらない。


「誰でっか?」

「反抹消派代表のオムニ議長です」

「知ってまんの?」

 優衣は投影装置へと歩み寄りながら、

「ワタシの上司です」

 わずかにはにかみながら言い、社長は柔らかげな声で応える。

「ようは、おまはんの身内みたいなもんやろ?」


 優衣はこくんと顎を落し、

「はい。この方の配慮でワタシは過去へ飛ぶことができましたし、みなさんをここにお連れすることもできたのです」

 小声で伝える優衣の表情は、この摩天楼の上に広がる青空よりも爽快だと言っている。その仕草はほんとうに嬉しそうだった。


 ホロ画像の爺さんは、一歩も進んでいないのに、こちらに歩み寄って来る映像を提供し、

「ゲイツさん。代表のオムニです。跳躍は6度目だと聞きましたが、お加減はいかがですかな?」

 どことなく2年前に出会ったコロニーの長老を思い出させる口調だった。


「へぇ。おおきに。もう大丈夫だっせ。せやけど、もう歳ですワ。しんどおました」

「いやいや、それにしては記録的です。ほんに過去のお人は丈夫な体をしておられる……さ、ガードマンに案内させますので、そのまま2612階にあるワタシの事務所までご足労願えますかな?」


 何階建なんだよ……まったく。


 社長も苦笑いを浮かべ、俺たちに半身を振り返らせる。

「よう考えたら、反抹消派の代表者ちゅうたら、この銀河の代表の一人やがな。エライことになってきましたデ」

 じっと俺と田吾の目を見て、

「ええか、連絡するまでヤンチャしたらあかんで、そこらの茶店で茶ぁでもしばいときなはれ」

「それってどこの言葉だよ」


 だから田舎モノって言われるんだ。それより今の言葉、そっくり玲子に言えよ。という愚痴が社長に届くことは無く、閃光と共に制服の男もろとも消えた。瞬く間もない一刻だった。


「もしかしてユイ。クルマだけでなくエレベーターも無いのか?」

 恐々訊く。成層圏をも突き貫けたビルにエレベーターは無意味なモノだろうか。


 優衣は淡々と応えた。

「そんなものありませんよー」


 ぬあんと、管理者、恐るべしだぜ。





「どのお店にしましょうか? なるべく議会から近いほうが便利ですし……」

「きゅりゅー、りゅりあ?」

 これまでおとなしく付いて来たミカンが、ここに来て騒ぎ出したのは、予想どおりの理由だった。

「野菜の苗は帰り際に買うからね。もう少し待ってくれる?」


「きゅりぃぃ、らりゅらりらりゃ?」


「大丈夫。アカネとの約束は果たすから、それと今から買っても苗が弱ってしまうかもしれないでしょ?」

「きゃーりゅらり」

 納得したようだ。ミカンは再びおとなしくなり、優衣の手にすがるようにして脇に並んだ。


「お店だって色々ありますので悩みますね……」

 悩ましい手つきで壁に触れたその正面に文字列が並び、ざっと上から目を通すところを考えると、案内板が出たのだろうが、俺たちには皆目読めない。それは絵文字だと言っても言い過ぎではない。


 途中で視線が止まり、

「あ。お昼でも食べますか?」

 優衣は柔らかげな黒髪を翻した。


 腹は減っていない、と申告する三人にうなずき、再び元の作業に戻る。

 上から何列かの文字を選んで指で弾くと、通りの反対側の壁が透き通り、オープンカフェみたいな店が現れた。


 どういう仕組みで、かつ理由で店舗を見えなくしているのか、よく分からないが、そもそも隠す必要があるのだろうか?

 未来人の、それも他種族の考えは理解不能なのだ。


 優衣は俺の疑問に「うふっ」と笑って見せただけで、こちらに気付いて愛らしい面立ちを破顔させたウエイトレスに手を振った。


 ウエイトレスは超という文字がふさわしいほどの純白のミニスカートから、これまたほっそりとした長い脚を惜しげも無く露出した姿で俺たちを確認すると、こちらへどーぞ、と声を掛けてきた。


「行ってみようぜ」

 逃げる必要も無いので、ひとまず芝に埋まった二車線ほどの道路を横断。店の前に並んでいたテーブルに椅子を並べだしたウエイトレスの綺麗な足を眺めることに。


「すげえな。未来。あんなに短いぜ」

「んだな……」

 玲子の咳払いと共に俺と田吾は息を吹き返し、慌てて座席に着き、ミカンは命じるまでも無く、テーブルの下で小さく丸まった。自分の存在を隠すかのような遠慮がちな態度に微笑んでしまいそうだ。


 玲子もうずくまるミカンの背中を撫でながら、晴れ渡った空へ視線をもたげた。

「青空の下。緑の道。澄んだ空気。清々しいわね。穏やかで、ほら小鳥のさえずりが聞こえるじゃない」


「お前といると、銃弾の音ばかり聞こえるからな」

 俺のイヤミなんか通じない爽快感に街は満ちていた。


「んダぁ。心が静まるダ」

 ウソを吐け、ウエイトレスの超ミニに固着したお前の目は盆踊りの真っ最中だぜ。


 田吾の(せわ)しなくさ迷う視線にも動じず、全員が席に収まるのを確認すると、ウエイトレスはメニューらしきプレートを置いて、いったん引き揚げた。


 続いて優衣も立ち上がる。

「では、ワタシも議長に呼ばれていますので顔を出してきます。それに社長さん一人では心細いかと思いますので……」

 優衣はメニューの裏と表を交互に眺めて首をかしげ続ける玲子に気付き、

「注文の前にそのメニュープレートに語りかけてください。文字がみなさんの故郷に合わせられます。それと店員は全員アンドロイドですのでお気軽にどうぞ。ワタシはすぐ戻りますから、何でもご注文してください。費用は全て議会持ちですから」

 優衣は長々と説明し、社長がいたら店で最も高い品を注文しそうなことを最後に言い残して、閃光と共に消えた。




「どいつもこいつも、消えたり出たり。ここは魔法世界か、ってんだ」

「進み過ぎた科学文明は魔法にしか見えないダすよ」


 何をえらそぶってんだ、お前は……。


 エロヲタの目は動き回るウエイトレスの尻を追いかけていた。

「説得力ねぇぞ、田吾」

 でも、あのスタイルにあのミニスカートは目映いな。


「今度、茜ちゃんにあのミニを穿いてもらうダ」

 やっぱり……。

 考えることは同じだ。茜なら引けを取らないハズだ。悲しいぜ男って。



 テーブルの向こうでは、

「ね? あたしたちが英雄ってどういう意味かしら?」

 玲子は瞳の奥を夏の陽射しよりもギンギンに輝かせてそう訊いた。


 ちょっと前に優衣がそれらしいことを言っていたが、

「知らね」と応えておいて、鼻から息を抜く。

「……よく考えてみろよ。まだネブラ退治は終わっていないし、失敗続きだ。笑われることはあっても、感心されることはひとつもやってね」

「そうね」と話を打ち切り、玲子は優衣の言いつけどおり、メニュープレートへ「もしもし」と語った。


「それで何が変わるんだ?」

 玲子は相槌みたいに、「さぁ?」と肩をすくめていたが、

「あぁ。見て! 文字が読めるわ」

 晴れやかな面持に黒い瞳が光った。

「おわっ。ほんとうだ!」

 開いたプレートの中に書かれていた象形文字みたいなモノが、俺たちの使う文字に変換されていたのだ。


「便利ダすなぁ」

 田吾は横から称賛めいた声を出して、中を覗き込み、ぶっとい指で中段辺りを指して言う。

「なら……オラは、アイスカフェオーレにするダ」


「注文が通っても、果たして俺たちが知るアイスカフェオーレが出て来るかどうかが問題だな」




「お決まりですか?」


 さっきの可愛い子がやって来た。今度はアンドロイドだと優衣から聞いているので、田吾は遠慮なしで質問する。

「あ、あーのぉ。きみの名前は何ていうダ?」


 ヲタと言えばその喋り方。青い肌をしたあいつを思い出すぜ。何ちゅう名前だったかな。


「オワッティ」と田吾はこっちに体を捻ってポツリ。

「そうそう、オワッティな。オワッティ……」と俺は感慨深くコルス三号星に思いを馳せ、その前でウエイトレスは、

「ワタシはJ6の……」と言い出したが、テーブルの足元で体を丸めていたミカンに目が留まり、黄色い声を上げた。


「きゃあ、可愛いぃ。ルシャール星の脱出ポッドだわ。旧型だけどこの子が一番可愛いのよね」


「きゅらぁ?」

 もそりと起き上がったミカンを見て、ウエイトレスは尋ねる。

「この子、名前は何て言うんですか?」

「い、いや。きみの名前を聞いてるんダすよ」


「え? アタシはJ6、3356でーす」


「Jシリーズダすか? へぇ、だいぶ進化したんだすな。で、仕事は何時に終わるんダす?」

「なんだよこいつ。ナンパしてんぜ。呆れた奴だな」


「あのー。すみません」


「はいはい?」

 そこへ顔を出したのは、青い眼をした子連れの女性。まだ若いがお母さんなのだろう。

「ギンリュウ……ですよね?」

 会話としてはだいぶおかしな具合だが、まぁ間違ってはいないわけで。

「そうですが、『銀龍』はあたしたちが乗ってきた船の名前で……」

 と答えた玲子へ、母親が嘆声を漏らす。


「それじゃあ、アナタがレイコさんですか! すごいっ!」


 眼の輝きを増す母娘(おやこ)だが、なぜに450年未来の、それもアルトオーネから遠く離れた星域にあるこの星で玲子という名が知れ渡っているのだろうか?


「ほら。キャミ。レイコさんよ」

 キャミと言うのは娘の名前に違いない。キョトンする玲子に娘は異様にはしゃぎだし、そして店内がにわかに騒がしくなる。


 引き続いて声を掛けて来た人物を見て、ハッとした。

「握手してもらっていいですか。歴史の勉強をしている者です」


 詳しく言われなくてもすぐに察した。

「きみ。ジフカリアン?」

「そうです。ザリオンとのハーフなの」


 ここに来るまでに他惑星の人種も大勢見たが、ワニのお面を被せたような人種と言えばザリオンだと言い切れる。でもずいぶんとおとなしげな表情をしたザリオン人だった。


「450年前、ザリオンはレイコさんの活躍のおかげで生まれ変わったんでしょ?」

 ザリオンも星間協議会に加入できたんだという驚きよりも、この子が継いできた言葉に驚いた。


「奴隷制度を崩壊させたのは、アナタの影響だと学びました。あ、そうそう奇跡の神官と言われたシム様の誕生を直に見て来たんですよね。ああぁ。アタシもあの時代に生まれたかった」


 ザリオンハーフは澄んだオレンジ色の目を玲子に向け、当たり前のように言い継いで行き、玲子は唖然とする。隣で俺も脈拍を早めるのは、遠い目をするジフカリアンを初めて拝んだからで、マジ信じられん。


 それと今この人が『シム』と呼んだのは、あの可愛らしいかったシムか?

 俺が知る限り、シムと言えば特殊能力に目覚めたあのレイヤーのことだ。神官て言うからには相当に出世したんだ。


 そうか――シム……聖職者になるのか。

 お前にぴったりの職だな。


 管理者の世界だと言うので、お高くとまったチビでヤセのイケスカン連中がうじゃうじゃいるかと思っていたのだが――ちなみに管理者、ドゥウォーフ人は俺たちより身長の低い人種だ――ちょっと考えを改めなければいけないと反省。どの人も気さくで温厚な雰囲気を滲ませており、2年前に出会ったコロニーの人々とさほど変わっていない。

 ややこしい話をぶり返すが――そのコロニーの人々が、目の前の人々の4000年前のご先祖様だ。




 またまた違う人が歩み寄って来た。

「そうすると……。アナタがたがタゴブタとユスケですか?」

 確かに気さくだが、これはどうなんだと思うがな。


 まあ、百歩譲って、呼び捨ては仕方が無いとしてもだ。この人、どこかでボタンのかけ違いをしていないか?

「そうダすよ、オラが『タゴ』ダす。でも『ブタ』は付かないダ」

 片眉を大いに吊り上げ、田吾が渋々応えた途端、クスクスという嘲笑めいた笑い声が店内から聞こえてきて仰天だ。


「ぬぁっ!」

 いつの間にか好奇に満ちた青い眼の群衆に取り囲まれていた。


「な、なぁに?」

 玲子が立ち上がって振り返ると、歓声にも似た吐息で店内が満ちあふれ、俺が動くと笑い声が広がる。

 どういう差なんだこれは?


 いっこうに注文が取れず、オタオタするウエイトレスに訊いた。

「この星の人はなぜ俺たちを好奇の目で見るんだ? それと俺と田吾に対する反応が玲子と異なるのは、何なんだ?」

 ガイノイドのウエイトレスはにっこりと微笑むと、とんでもないことを言いやがった。


「みなさんは過去からやって来た歴史上の有名人なのです。多くのホロノベルでその活躍が再現されています。中でもヒットしたのは、赤色巨星を周回する惑星の地表で数万のドロイドと戦った作品ですね。あのシリーズは大評判でした」


 説明してくれたウエイトレスの背後まで近寄って来た青い眼の初老男性が、やけに馴れ馴れしく割り込み、

「そうじゃ。ワタシもそのシリーズが大好きで何度も拝見しておる。地面を覆い尽くすドロイドに囲まれたゲイツとレイコへ、ギンリュウが助けに入って来るシーンは大迫力じゃった。うん、あれはよかった」


 男性は何度もうなずいて悦に至っていたが、

「それにしても君たちは面白かったね」

 と綴り終えやがった。


「いったい俺と田吾はどう解釈されてんだ?」

 大いに怪訝な気分に浸ったところへ、光のフラッシュと一緒に優衣が現れた。

 俺たちは突然の閃光に愕くものの、民衆には見慣れた光景なんだろう、誰も驚く者はいない。


 優衣は辺りを見渡してから一言。

「あらら……。すごい騒ぎになってる」

「ちょうどいい。この人たちは玲子を見て興奮し、俺たちを見て笑うんだ。いったい全体、これはどーいうこったい?」


「あふ。ばれちゃいましたか」

 何だこのヤロウ。茜と同じ口調に戻りやがって。


「管理者発展の陰には皆さんの活躍があってこそです。それをホロノベルにして(たた)えたくなるのは当然でしょ?」

 明るい口調は何を意味する。まるで身内の自慢をすみたいにも聞こえるが。


「ホロノベルって、あのメッセンジャーの作った映画みたいなやつか?」

「そうです。でももう少し平面的ですけど、迫力はすごかったんですよ。ユースケさんやタゴさんも、それから……」

 高揚した仕草で優衣は軽く拳を振って言う。

「それからワタシも出演してるんです。茜の時代ですけどね」


「すげぇじゃないか。マジで俺たちゃ有名人なんだ」


「あ、はい……。でもタゴさんとユウスケさんは見ないほうが賢明ですよ」

「えっ?」

 田吾と揃って眉間に縦ジワを寄せたのは言うまでも無い。


「お、俺たちどんな風に描かれてるんだ?」

「んダぁ?」


 群衆の反応を見る限り、あまりカッコよく描かれていないのは明白だろう。


 おいおい。俺たちは末代まで恥を(さら)すのか?

  

  

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