未来にて
個別に動いていた優衣は先に管理者の議会へ顔を出し、これまでの報告を済ませていたと答えると、長い黒髪を波打たせ、玲子の隣へ小さな吐息を落としてから座った。
それはアンドロイドにはあり得ない振る舞いで、その様子、まさに玲子を丸ごとコピーしており、非の打ちどころがない完璧な女性だとでも言ってしまおうか。優衣はガイノイドスーツ姿だった。
見慣れた秘書課のスーツとか、支給された安物の作業服ではないその容姿は俺たちにとってはちょっと刺激的ではあるが、病院の中でもあってしてもそれは当たり前のようで、行き交う大勢の中には優衣と同じガイノイドスーツで歩いている女性の姿がチラホラ。
となると、訊いてみたくなる。
「男のアンドロイドっていないのか?」
玲子は厳しい目でこっちを睨み、社長は眉根を寄せて俺を見た。
下世話的で、すみませんねー。
優衣はニコニコしたまま視線を振る。
「あそこの人。あれが男性版です」
視線の先を見遣る。玲子も興味ありそうな顔で素早く一瞥した。
その人はスリムでありながら、がっしりとしたボディをしたハンサム系の男だった。
衣服はアンドロイドスーツとでも呼べばいいのか、半パン半袖シャツ姿なのだ。一見して、テニス選手だな。
「どういう理由で、アンドロイドは手足を剥き出しにしてんだ?」
俺はスケベではないと自認する――強くではないが――自然に目先がレディース版ばかりを追ってしまうのは仕方が無いのだが。
ところが優衣は意外なことを言った。
「アンドロイドの衣服は完全に自由です。ワタシと同じ専用の物を着た人もいますし、普通の格好をした人もいます」
と説明して、ちょっとキョロつくと、
「え……と。今歩いている人の中にヒューマノイドは……あの人と、あ、ほらあそこのご婦人たちぐらいで……あとはみんなアンドロイドですね」
「マジかよ」
「え? じゃあ今奥の通路から入って来たあの人は?」
玲子はへんなカタチをした帽子のツバを摘まんで、早歩きで通り過ぎようとしていた紳士風の男性に目配せをする。
「アンドロイドです」
「み、見分けがつかない」
「体のこなし方といい、何から何まで俺たちと同じだぜ」
俺はアンドロイドと人とを着衣で見分けることはできないと悟った。さっそうと歩く男性や、軽やかに歩を進める女性。あの人らも全員アンドロイドだと言うのか?
「それだとどこで見分けたらいいんだよ」
投げつけたように訊く俺に、
「そうですね。強いて言うと……」
優衣は秘密でも打ち明ける、みたいな謎めいた目で俺を注視し、
「瞳の色で区別してください。ほら」
不意に立ち上がり俺に顔を近づけて来た。
「な、何だよ?」
ど、どん、と鼓動を跳ね上げた俺に向かって、優衣は平然と言う。
「黒いでしょ」
玲子の肩を寄せて、もうひと言付け加える。
「玲子さんと同じ黒い瞳がアンドロイドです。ドゥウォーフ人は青い眼なんです」
言われれば、そのとおりだった。ドゥウォーフ人も管理者をサイボーグ化したメッセンジャーも全て青い瞳だ。
ここだよな。ずっと俺が怪訝な気分を払拭できない部分。なんで目の色を同じ青にしなかったか、という問題だ。
単純に自分達とアンドロイドを区別したかったので瞳の色を変えた、ではないと思う。それなら容姿に変化をつければ事足りる。そこは寛大なクセに、目の色だけにこだわったのは何か意味があるような気がしてならないのだが、
「ちょっと待て。そしたら俺たちは連中からアンドロイドとみられていないか」
「それはないです。ただ……あ、田吾さんが来られました」
優衣は何か言いかけて飲み込んだ。タイミングの悪い時に田吾も来たもんだ。
奥からボテボテと変な足音を打ち鳴らして駆け寄って来るメタボ体型の男を眺めながら、社長も重いケツを上げる。
「どや。せっかくやから、未来の街でも見学してから議会へ赴いてもええやろ」
と、勝手に決めつけて、
「ここまで来てタダで帰ったら大損やデ」
ドケチの骨頂を見せつける社長に促され、ようやく俺たちも椅子から尻を離した。
「では。ワタシがご案内します。どうぞこちらへ」
優衣は嬉々として俺たちの前に飛び出ると、楽しげに説明を始めた。
「この病院はネオ・セントラルシティの中心部にあり、惑星内で最大規模の病院です。もちろんアンドロイド用の病院設備もあります」
全身を使ってロビーの中央でぐるりと舞った。
ところで、開けっ放しになっていた出入り口に立って初めて気が付いたのだが、開けっ放しではなく扉そのものが無いのだ。かと言って吹きさらしでもないし、エアーカーテンみたいに空気を激しく吹き付けて遮断するわけでもなく静寂そのものだ。単純に見えない何かがそこにある。通過する人の髪の毛がほんのり揺らぐので、それが認識できる。
となると。
鈍い俺はやっと気づいた。
「あの窓ガラスも……かよ」
壁一面の窓に曇りや反射光がなぜ無いのか理解できた。それも同じなのだ。不可視の何かで外と遮断していたのだ。
思わず駆け寄り叫んだ。
「すげぇ。これがこのでっかい窓の正体か!」
「エアロシャッターですよ」
俺と一緒に窓辺へ駆けた優衣は、その境目で白い腕を出したり引っ込めたりした。
「許可された物体以外は、分子サイズのモノしか通しませんので、空気だけがすり抜け、昆虫どころか細菌さえ通過できません。だから感染の心配もありませんよ」
「すげえなー」
俺の喉からこぼれ出る言葉はこればっかだ。ボキャブラリーの無さに閉口するぜ、まったく。
驚愕の未来と自己嫌悪の入り混じる何ともおかしな気分で優衣に誘われるまま歩き出した。
エアロシャッターとか言う、その隙間を通過するときに、髪の毛が少し逆立つ感触が気味悪いが、外に出ると広い空間が俺たちを待っており、そこは清澄な空気で充満されていた。
「あー。気持ちが良い」
たたたた、と駆けだした優衣は青空の下で、またもやくるりとひと回りして芝生を引き詰めた道路のど真ん中で深呼吸をした。それを真似て、玲子も胸を反らす。
「うわぁー。ほんと、空気がおいしいわ」
「ここは道路だろ?」
俺と田吾はきょろきょろしながら中央に出た。
緑鮮やかな芝生の絨毯となった幅広い道路が高いビル群の中を縦横に伸びていた。交通というものが皆無なのか、ほんとうに伸び伸びとした広さがある。
「ユイ……。クルマとか走ってないんダすか?」
田吾の疑問はよく解る。幅広い道路はゆうに四車線はある。なのに人しか歩いていない。芝の道路と言えば、当然ちゃ当然だが、機械めいたものは皆無なのだ。
「交通手段はトランスポーターのみですので、何かに乗ってとかの移動はありません。みんな健康のために歩くぐらいですね」
「それで道路が土になってんのか」
「ほんと。これはくるぶしにいいわね。いくら歩いても疲れない気がする」
しかしミカンは歩きずらそうに、ちょっと進んではつまずいたり、戸惑ったりだ。
「そうだよな」
その足元を見れば瞭然だ。
超伝導で浮き上がったボールみたいなものを転がして移動するミカンには、ここの芝生の道はきつい。
「ウォーカーを借りてきます」
と優衣が言い残して近くのビルに駆け寄り、その壁面を擦ると魔法のように店舗が出現した。
さっと透明になった壁面から内部が剥き出しになる。コンビニとでも言うべき品揃えが垣間見れた。
建物のデザインを統一した理由はこれだったんだと気付いた。美観を優先するがために、看板どころか店舗そのものを見えなくしたんだ。
となると、先に続く街路樹に沿ったビル街。もしかしたらオシャレな店がひしめき合うのかもしれないが、このように同じデザインのビルが建ち並ぶ景色は、ある意味、殺風景で淡々と見える。言い方を変えると、シックで落ち着いた街並み、だな。
「こんなことで商売できまんの?」
社長には不評のようだ。この人は客を待つという商いの仕方をせず、グイグイ行くほうだから、これはちょっと理解できないのだろう。しきりに首を捻っていた。
しばらく外で待っていたら店から楕円形のプレートを持ちだした優衣が顔を出した。
それは俺でも理解できるもので、
「コンベンションセンターやカエデの宇宙船にあったのと同じでしょ」と玲子。
「そーです。重力抑制プレートです。ミカンちゃんこの上に乗ってちょうだい。歩かなくて済むからね」
「きゅりゅぅ……」
不安げに乗るミカンだが、プレートが数センチ浮き上がり俺たちの歩行速度に合わせて移動を始めると、ゴキゲンなようで、
「きゃぁーりゅ、りゅあ?」
「そうよ。歩かなくてもいいの。よかったねー。これで転ぶことは無いわよ。さー行こっか?」
それにしても優衣のはしゃぎっぷりはいつもと違っていた。
「何でそんなに楽しそうなんだ?」
「きゅきゅりゅりー?」
俺の真似をしたのか、ミカンも一緒になって優衣に小首を傾けた。
優衣はその頭をそっと撫で、
「だって、こうしてみなさんとネオ・セントラルシティを歩くなんて、夢みたいなんですもの」
続けて遠くの空を指差した。
「ほらあそこにそびえるのが、ワタシの通っていた第189ビルですよ」
先端は雲の中に突き刺さっていた。
「きゅあらぁ」
さっと道路に伏せて、パーソナルシャトルにトランスフォームを始めようとするミカンを止める。
「こ、こら。ここは宇宙じゃないんだ。勝手に空を飛んだら叱られるぞ。やめろって」
「あきゅぅぅ……」
残念そうに起き上がり、ビルの先端を仰ぐミカン。こいつも茜と一緒で自由奔放な奴だ。
社長はミカンの手を繋ぎ、一緒になって天を仰いだ。
「何が入ってまんねん?」
「店舗から役所、色々です。最上階は空港と繋がっています」
「飛行場があるんダすか?」
「先端は静止軌道まで突き出ていますので、航空機ではなく宇宙船の発着ゲートと繋がってるんです」
「いたい何階建なんだろ」
ビルは空から覆い被さるような威容で突っ立っており、田吾と揃って見上げていて、そこから醸し出される圧迫感にぶっ倒れそうになった。
地表に目を転じる。
「う――む」
他惑星の種族と思しき人々も混ざる群衆なのだが、なんだかやけに気になることがある。
道路を行き来する大勢の人々の中に、妙な視線を注ぎながら通り過ぎる人や、ほら、あそこにも。立ち止まってこちらをじっと観察する数人。
「ユイ……。あそこの変な連中は何だ?」
優衣は薄い笑みをオレたちに見せ、
「あの人たちはドゥウォーフの人たちです」
「そりゃあ言われなくても解る。目の色が青いからな。じゃなくて、何で俺たちを見てんだ?」
異星人は俺たちだけではない。ちょっと見渡せば、鼻が妙に長い象みたいな人種だって数人見つけるし――あれ、鼻だろ?
こっちを見てみろ、頭の両脇からミミズみたいな触手が伸びて蠢く奴も。何なんだ、あのにょろにょろしたの。
動物園のほうがよほど常識的だと言えそうな光景が広がるのに、自分たちと目の色が異なるだけの俺たちをあんなに好奇の目でジロジロ舐め回す。理由が解からない。
たとえば少し遠巻きにしたあの連中さ。立ち止まってこちらをチラ見しては、輝いた目でヒソヒソと語り合うって、意味不明で戸惑ってしまう。
かと思えば、歩み去りつつ、振り返って俺たちを執拗に眺めて、向こうから歩いて来た人とぶつかるバカもいるし。
「オラたちが田舎者だから、きっと蔑んでるんダすよ。相手は管理者ダすよ」
「だよな。常に上から目線の連中だもんな。きっとバカにしてんだぜ」
優衣は微笑みと共に首を振った。
「とんでもありませんよー。その逆です。ギンリュウが空港に停泊したというニュースが伝わったみたいですから、みなさんひと目、英雄を見ようと集まってるんですよ」
「えいゆう……ダすか?」
その言葉は愉悦に浸りそうなのだが、逆に疑問もあふれる。
「何よ、英雄って?」
玲子が丸い目をするのもうなずける。
「ギンリュウのクルーって意外と有名なんですよ」
「何で有名なんすか?」と訊くのは田吾。
ミカンと同じ丸眼で見つめる視線を優衣はやんわり逸らし、先頭で立ち止まって俺たちにニヤケたハゲ面を曝す社長に駆け寄った。
「その話は後で……。それより社長さん急ぎましょう。議長がお待ちです」
「ほーか。ほな行こか。せやけど、ほんまおまはんらは気楽でエエ」
社長は湿気た溜め息を反動に、歩の速度を増し、釣られてぼちぼち歩き出した俺たちに優衣が振り返る。
「後程、みなさんにも召集が掛かりますけど、議長がまず社長さんとお会いしたいとのことです」
「会うのはいいんだけどさ……どこまで行くのよ?」
変化の乏しい光景が続き、そろそろ飽きてきたんだろう。口先を尖らせるのは玲子のクセだ。ちょくちょく優衣と茜が真似をして見せる。
「あそこです。あれが管理者議会のある第189ビルです」
病院から遠望していたビルが正面にそびえていた。




