動き出した歴史(ラーメン騒動)
ここ半月ほどのあいだに悲しい出来事があったので、珍しくあのケチらハゲが休暇をくれた。
精神的苦痛を和らげるには十分な休息を取ることだとコルス3号星の商業組合長から亜空間通信で言われたらしい。
どういうワケだか、おハゲちゃんはあの三つコブのオッサンを意外と信頼しているみたいで、すんなり聞き入れたわけさ。
「そらそうや。舞黒屋の宇宙進出第一号店はコルスの何とかちゅう都市の一等地を提供してくれましたんや。ありがたい話やデ。ほんま、寝るときに足向けて寝れまへんで」
どっちにコルスがあるか知らないくせに。
「このミッションもだいぶ長い。たまには従業員に休暇を与えてもええやろ。明日から三日間は自由にしてええで」
これまたどういうワケか、今日はとんでもなく機嫌がいい。何かよくないことが起きる前ブレではないだろうか。
「おおぉ。太っ腹。さすが大社長だな。じゃあ、有給休暇っていうことでいいのか?」
と尋ねた途端、ケチらハゲは目を吊り上げた。
「アホ! 宇宙にまで出てきて有給なんかあらへんで。ここではただの休暇や。当たり前やろ」
そんなに目くじら立ててでかい声で言わなくても。
てなわけで、しばらく悲しみに浸ってクルーだったけど、すっかりもとの明るさを取り戻していた。
「うー。腹減った。アカネ、ラーメン作ってくれよ」
「あ、はい。でも今からだとインスタントしかできませんよ」
ランチを盛った皿を玲子の前に差し出した手を止め、あまりに日常的な会話をする茜と俺、ついでにこいつ、
「んー。やっぱ、あなたの調理したモノは美味しそうだわ」
料理は作ってもらうものと決め込んで、茜からそれを受け取る玲子。
間違ってもここは会社の食堂ではない。銀龍の中であり、今は亡きエルの故郷から500光年離れた宇宙空間の真っ只中である。
明日から三連休だと浮足立つ昼休み終了間際の時間帯だった。
「いいね、インスタント。それはそれで美味いもんだぜ」
茜はこくりと首肯すると棚からラーメンの袋を取り出し、器用な手つきでそれを破りながら、声だけは後ろの俺たちへと注ぐ。
「わたしも本物のラーメン食べてみたいな。おユイさんは食べてたんでしょ?」
「あぁ。会社の昼食でよく連れてってやったぜ」
玲子は頬張っていた食べ物を急いで飲み下し、平坦な口調で言う。
「あたしのおごりの時だけね」
「うっせぇな……」
「いいなぁ……」
水を張った鍋に願いをかけるように、茜はそっとフタを被せ、
「本物食べてみたいなぁ……」
――っておい。
「俺はそこまで貧乏じゃないぞ。ミッションが終わったら、お前にラーメンの一杯や二杯おごってやるぜ」
茜は苦々しく微笑むと、それでも嬉しそうに手のひらを合わせて振り返った。
「ほんと? ぜったいれすよ。ぜったい連れてってくらさーい。ああぁうれしぃぃ。本物のラーメン……どんな味なんだろ?」
なんだかひどくみすぼらしい気分になってきたぞ。
玲子はニタニタ笑い、興味深そうに俺たちの会話に耳を傾け、茜はウルウルした目を数度瞬かせてから、手のひらに鍋を載せた。
先に伝えておくが、管理者製のガイノイドはヒューマノイドの世話全般が役目のため、食事だって作れるし、もちろん味見もできるので確かな物を作る。だがそれだけではない。手のひらで食材を加熱することができるアウトドア仕様なのさ。そういうわけで手に載せた鍋を沸騰させて、インスタントラーメンを作ることなど朝飯前である。キャンプに行くときには、ぜひ連れて行きたいと思う。
そして茜は天井へ視線を巡らせて星に願う。
「あぁ。早く食べたいレす……」
勘違いしないでくれよ。茜が食べたいと伝えたのは、その味覚を記憶するためだけのことで、実際に腹を膨らませると言う意味ではない。だが、優衣は俺たちに付き合ってスープまで残さず食べていたことを付け加えておく。
手のひらの上でナベはすぐに沸騰を始め、残り時間の少ない昼休憩には茜はもってこいの調理器具となる。
「それより今日はどーしたの? お昼遅いじゃない?」
ドロドロした白っぽいスープに沈む、不気味な物体をスプーンですくい上げる玲子に訊ねられたが、俺の意識は魔女の婆さんが「イヒヒヒ」とか言って、トカゲの尻尾をコトコト煮込む姿を想像しそうなスープに固着しており、
「え? あぁ田吾の手伝いだ。できたフィギュアの梱包をやらされてた。社長命令でな……それよりそれ何?」
超、上の空だった。
「ジェムダのクリーム煮よ」
むー。真っ昼間からそんなものを食うとは。セレブな人は理解不能だ。
ちなみに宇宙空間はいつも夜だけどな。それからジェムダとは、コリス三号星で仕入れたでっかいキノコのことだ。洗面器ぐらいあるぜ。
「あ、はーい。お待ちどうさまでーす。ラーメン完成れーす」
「きゅらりるゅ」
野菜の束を抱えたミカンがそこへ顔を出した。
「あ。ミカンちゃん丁度良かった。そこの器を取ってくらさい」
「きゅりゅ」
ミカンは素直にひとうなずきすると、野菜の束を俺に持たし、白い大きな器を食器棚から取り出して茜に渡した。
茜は片手で受け取るとラーメンを器に盛り直し、俺の前に差し出した。
「はーい。どうぞ召し上がれ」
旨味の深そうな香りがふんわり漂い、でき立てラーメンを前にして、
「おーい。これはどーすんだ?」
俺は両手に野菜の束を持たされたままだった。
「ラーメンが伸びるんすけど」
すぐに気付いた茜が野菜の束をミカンの手に戻し、
「はい、コマンダー。ごゆっくりどうぞ」
「きゅりゅりあら」
ミカンは何かを言い残して調理室へ消え、茜は柔和な笑顔でそれを見送り、俺はパチンと割箸を割る。
「ウマそぉぉ」
調理済みのジェムダと生ネギの細切りまで添えられていて、気の利いた出来栄えはインスタントには見えない。最高じゃないか。
歓喜あふれる俺の声に玲子はちらりと視線を滑らせてくるが、すぐに逸らした。
「アカネが作れば、何でも高級料理になるのよ」
負け惜しみみたいなことをつぶやき、玲子は何だかよく解らないランチスープにスプーンを突っ込み、茜は満足げな笑みと共に俺の対面に腰掛けた。
これで茜の仕事は一段落ついたのだろう。テーブルに肘をついた頬杖姿で力を抜くと、
「ねぇ。コマンダー、おいしぃ?」
ふーふー言って麺を上下させる俺を上目遣いに見て、細い首を小鳥のように傾けた。
むぅー。
今のは確実に玲子の仕草を真似たものだ。学習型のアンドロイドは着々と人間味を帯びてきている。
「あ……ああ。美味いぜ、アカネ」
茜の振る舞いにえも言えぬ驚きを感じつつ、その仕草と口調が可愛らしいのでつい訊く。
「食ってみる?」
「やめときなさい、アカネ。そんなモノ食べたらお腹壊すわよ(故障する)」
「あー。金持ち発言。インスタントラーメンを『そんなモノ』扱いにすっとロクなことにならないぞ」
「あのねー。あたしはインスタントをバカにしてるんじゃないの。この子はね、味は分かるけど消化器官がないのよ」
と玲子が言うと、すかさず口を挟む茜。
「味と食感さえ学習したら、あとはまたコマンダーに返しますから問題ありませんよ」
「それが気持ち悪いのよ。よく裕輔もアカネの口を通った物をもう一度食べることができるわね」
「別に汚くないぜ。茜は人じゃないんだ、唾液が出るわけでもないし。ただ細切れになるだけだ。シュレッダーを通したのと同じさ」
玲子は、おえぇ、と嘔吐の真似をして、
「あたしの前でやらないで」
皿を持ったまま、ぷいと背中を向けた。
まぁ。あまり人前でやる行為ではないとは思う。
いくら相手がアンドロイドだと言っても、見た目は完璧な一人の少女だ。その子の食べたモノを腹から出して、再び皿に盛りつけるのはちょっと気持ちのいいものではない。
でも本人は新しい味と食感をデータに変換するのが使命なためで、執拗に求めてくる。この向学心は田吾も見習うべきだな。
「まぁいいよ。ほれ後学のためだ、食ってみ」
箸で摘まんだ麺を数本、小さな口元に寄せてやると、茜はアンドロイドにはあり得ない器用な動きで唇の先を尖らせたが、
「………………」
麺を銜えて固まってしまった。
「すするんだよ」
「ふふる?」
「空気と一緒に口の奥に吸い込ませるんだ」
モソモソと唇で手繰り寄せていた麺が、スープの滴を弾かせながらチュルンと吸い込まれた。
「ゲフッ!」
込み上げる呼気までヒューマノイドを完璧にコピーしていた。
「ゲッフッ!」
「大丈夫?」と玲子。
「ゲホ、ゲホゲホ!」
玲子の丸い眼が添えられ、それ以上にまん丸い眼をぱちくりさせた茜がむせている。
アンドロイドだぜ?
「ほーらみなさい」
「ラーヘんが、のろのおくに詰まりまひらー」
「お、おい。水飲んでみろ、水」
「やめなさいって。もっとひどくなったらどーすんの」
カップに入った水を渡そうとする俺の手を玲子が制止、顔色を窺う。
「勢いよく息を吐き出して、一緒に吹き出しなさい」
「よし、俺に任せろ」
玲子のほっそりした肩を押し退け、口を開けてアウアウ言う茜に、
「承認コード7730、ユウスケ3321……緊急バイオクリーナー起動」
『起動コードを述べてください』
本人とは違う声音のシステムボイスに応える。
「起動コード、特別制御指令85、ベータ4456だ。急いでくれよ」
様子を窺っていると、形のいい胸がさらに大きく膨らみ。
「ぷーーーーぅ」
強い排気が口から吹き出し、その反動で一本の麺が飛び出してきた。
「あー取れたわ。よかった。もう変な物食べたらだめよ」
俺の好物を、土を掘ったら何か出てきた……みたいに言うな。
「あーい。解りばびぃだぁ……あ?」
愛いらしく見開いた目が、さらに広がり、
「まらどれてまべぇん」
Оの字型に口を丸めて、細い指先で中を示した。
「こりゃ、やっべーぞ。俺たちの手に負えないかも」
「シロタマぁー。ちょっと来てぇ!」
玲子は宇宙の彼方にいる誰かに呼び掛けるような大声で、サラサラの黒髪を振った。
「なぁーに?」
ものの2秒も経っていない。
玲子にだけは従順なこいつは、どこにいても数秒以内に駆けつける。これが俺だった完全無視され、こっちから探し出すまで決して姿を現わさない。この差がとても腹が立つ。
「何が、なぁーに、だ。俺の時とはだいぶ態度が違うな」
「あ、ユースケ……か」
「おい。どういう意味だ、その気落ちした態度は」
『鬱陶しいヒューマノイドが付近に存在した、などという思考を記憶デバイスに上書きする、気にもならない些細な事象です』
「女の声に変えて言われると、もっと腹が立つんだ。何だそりゃ!」
『報告モードと言うシロタマの機能の一つ、ステージ2と呼ばれています』
「そんなことここで言わなくても分かってる!」
『報告モードは尋ねられたことを忠実に答える……』
「ちょっと二人ともやめなさい!」
さっきまでの美人顔に似合わないほど眉間にシワを寄せて、玲子は俺とシロタマを引き離し、腰に両手の甲を当てた。
「ほんとに顔さえ合わせれば、喧嘩ばっかりして」
まるで子供を相手するようだ。
「それよりアカネがラーメン食べたがってさ……」
タマは口紅で描かれた丸印を玲子に合わせると、報告モードのまま口を挟む。
『アカネの舌には数千のセンサーが搭載され、食材の微妙な化学的変化と歯を伝わる硬さをデータ化して、それを再現できる能力を秘めたアンドロイドです』
知ってはいたが改めてそう聞くと、管理者、すげえな。
「……何がすごいの?」
食事はシェフに作ってもらう物、と思い込んでいるセレブ的生活環境で生まれ育った奴には、繊細な味の再現などという神業的な作業など、とうてい理解できまい。
玲子は俺を無視。
「それで吸い込んだ途端、むせてんのよ。喉の奥に麺が引っ掛かったの。何とかしてあげて」
「ユースケがなんでも与えるからいけないんでシュ」
茜は猫じゃねえし。それに俺はユースケではなく、ユウスケだ。
クソタマ野郎はふんっと鼻息を一つ吹いて――どこに鼻の穴があるんだか知らないが――腹の中から細いマニピュレーターを伸ばして、茜の喉の奥を物色し始めた。
「のろの奥に、ひっかからってますれろ?」
「アカネ喋るな。シロタマが手を突っ込んでんだぞ」
「はい。これで全部でシュ」
カニのハサミの超精密版みたいな先に、小さな麺の切れ端が二本ぶら下がっていた。
「音声合成モジュールの裏にある発声ドライバーに張り付いてたよ。もしかして啜ったの?」
「あ、はーい」
「呼吸と嚥下を同時に処理できるのは、バカだけだから真似ちゃダメでシュ」
今こいつ、すんげえ大勢の人を敵に回しやがったけど、俺知らんからね。
シロタマの悪態雑言の類いには関知せず、安堵の息を吐いた玲子は急いで立ち上がり、
「やだ、もう時間が無い。それじゃアカネ。うがいして喉を洗っておきなさいね。あたしは昼休み終わるから。おさきー」
疾風のようにそこから消えた。
俺のラーメンには風邪の菌など含まれていない。
「え? あ、もうそんな時間か? まだ二口しか食ってないのによー」
急いでかっ喰らいたいところだが、まだスープは熱い。しかし遅刻の罰はもっとつらい。晩酌禁止になる。休肝日なんて取る気の無い俺には地獄とそう変わらんのだ。
「しょうがない。俺ももう行く」
「えー。まだいっぱい余ってますよぅ」
茜は急いで席を立とうとした俺の袖を引いた。
「あてててて……」
その力はあり得んパワーなのはご存じのとおり、すげえ勢いで無理やり座らされた。
「痛いなぁ」
電気椅子に張り付けられた囚人みたいに気力の無くなった視線をもたげる。
「お食事を残すのは、お仕置きですよ」
ケチらハゲの教えを忠実に守るのも茜の仕事の一つでもある。コマンダーは俺だと言うのに。
「でもよー。遅刻してもお仕置きが待ってんだ。じゃあさ、夜食べるから残しておいてくれ」
のび切ったラーメンほど不味い物は無いが、しょうがない。
「それなら。麺を引き上げて潰してお団子に変身させましょう。中にジュリュジュのヒダ肉を細かく切って練り合わせてこんがり焼くと、食感もよく、香ばしくなります。ビーフシチューのスープの素を足して、お団子スープにして出しますね」
ジュリュジュというのは食用クラゲの一種だが、乾燥させた物を戻してスープのダシにすると抜群の旨味を引き出す上に、ひだ肉の部分は絶妙の歯ごたえがすばらしい。
「そりゃあ、いいな」
動物の餌と化した伸びたラーメンを究極のメニューに変えてしまうアイデアを捻り出すとは、さすが管理者製のアンドロイド。感謝感激なのだ。
「それで頼む、アカネ。それじゃあ、もう行くワ」
遅刻寸前だったが、時間ぎりぎりに司令室に戻ることができ、ケチらハゲからはひと睨みの牽制砲撃を受けただけで、食堂での茜の騒動を問いただされることは無かった。
代わりに、俺よりも先に司令室へ飛び込んでいたシロタマの野郎が優衣にとっ捕まっていた。
「シロタマさん。何か感じませんか?」
「なにを?」
機械に何を感じろと言うのだ。それよりも、お前もアンドロイドと言うことを忘れていないかい?
それでもタマ野郎は、女性陣にはとても協力的だ。
『周囲二光年内にプロトタイプの輻射波は検知できません。船内のあらゆるセンサーは正常に機能しており、機能不全を起こしているプロセスは皆無。インパルスエンジン用の陰極カソードの先端がわずかに摩耗していますが、許容値内です』
「そうじゃありませんよぅ」
何だか不服そうだ。それにしたって、その口調。茜のそれ、そのものだ。ま、どっちも茜であり優衣なのだからそう変わることは無い。違いはクロネロア帝国での寄り道を差し引いても450年もあるという学習期間の違いだけだ。それとファッションセンスな。アカネよりぐんと大人びいている。
この関係をちょっと反芻してみよう。
2年前、優衣のことを俺たちはナナと呼んでいた。そのナナはドゥウォーフの人たちと3500年過去に飛んだ。そのあと俺たちの時代を450年ほど行き過ぎた未来からとんぼ返りして来た。それもたった今ドゥウォーフと過去に飛んだ次の直後にだ。しかも時空修正というややこしいミッションを背負ってな。
意味が解らずひとまず承諾した俺たちの前で、ナナは時間流の羅針盤として利用するために、過去の自分を連れて来たもんだから、ナナが二人になった。
ぶったまげたのはこっちだ。意味不明の現象を少しでも緩和させようと、社長は未来から来たほうのナナを優衣。過去のナナを茜と改名した。どっちも同じナナなのにな。
何度も言う。ナナも茜も優衣も、全部同一だと言うことを頭に叩き入れてくれよ。でないと頭が燃え出すぜ。
その頭を抱え込みたくなるのは、この後なんだ。
本来茜はドゥウォーフ人たちと4000年過ごす歴史なのだ。優衣の歴史ではそうだったんだよ。それを覆して、数千年早く俺たちの前に引っ張り出してきた。つまり自分自身の時空修正を行いつつ、未来からの指令、プロトタイプ破壊と言う時空修正。その両方をうまく均衡を保ちながら行っているのさ。
何だかよく解らんが、すげぇだろ。
そしてこれが最大の難問。
3500年過去に飛んだドゥウォーフの人たちは、自分たちが作ったドロイドの過ちを二度と繰り返さないために、一緒について来たナナを参考にして新型のアンドロイドを作り始めた。それがBシリーズだ。おかしな話だろ。未来からやって来たFシリーズであるナナを参考にしたんだぜ。卵が先かニワトリが先かと同じで出発点が無い。これが『大いなる矛盾』と呼ばれる、タイムパラドックスさ。
「何も感じないんですか?」
残念そうに肩をすくめて自分の座席に沈む優衣の態度が妙に気になる。
シロタマは無言だった。玲子の口紅で描き込まれた赤い丸印が静かに自転。
それはまるで何かを考え込むかのようだった。
気になるので奴の真下から指の先で突っつく。
「おい、タマ……」
赤丸模様をゆっくりと俺の正面に合わせ、
「何でシュか?」
「優衣に何か頼まれたもんがあったんじゃねえの?」
『ユイとの取り決め要件は現在のところすべて完了しています』
「じゃあなんであんなに憂いを含んだ顔をしてるんだ? あれはお前が何か頼まれたのに、約束を破った時に浮かべる悲哀を含んだ表情だぞ」
「でも、何も頼まれて無いもの……」
まぁこいつの場合、ど忘れなんてことは無いだろうし、俺がここでアンドロイドどうしのコトで気に病むことでもない。
「怪人Xって、いったい誰ダすかな……」
そんなこんなのところへ、田吾の独りゴチが加わった。
また茜にセクハラまがいのポーズを取らせて、みたび社長にカメラを取り上げられて、さっきからしょげていたこともあり、独白に付き合ってやる。
「ま、俺たちの協力者であることは間違いない。知らせてくれる場所にはかならずプロトタイプがいるからな」
「でもどうやってプロトタイプの隠れてる場所を知るんダすかな?」
四角いメガネの奥に小さな目玉を煌めかせた油ギッシュな顔。火を点けたらきっと燃え上がる。
「オレが考えるに、やっぱ未来の管理者のグループだと思う。シロタマでさえ見つけられない遠方の事を把握してるんだ。過去のデータを見て知らせてくれてんだぜ」
火気厳禁野郎は、真面目なことを言う。
「でもそれって時間規則に反してるダすよ」
「そんなことは知らん」
「せやけどほんま、殊勝なお方もおりまんな。タダで動くなんて考えられへんで」
俺たちの会話に割り込んで来たオッサン。殊勝という言葉から遠く数光年は離れたおハゲちゃんだ。
「社長だってタダで動いてるじゃないっすか」
「あほ。誰がタダで動くかい。コルスから仕入れたジェムダあるやろ。あの品評会でアカネとミカンのコンビで作ったヤツが金賞を取ったんや。またシンゼロームの騒ぎ再来かも知れんのや。せやけど何でシンゼロームの発芽率ががた落ちしたんやろな?」
知ってるけど、教えてやんないよーだ。
なんだかシロタマ化してきた気がするぞ。
「んだども……このミッションはいつ終わるんダかな? ちょっとイラつくダすな」
「だな……」
珍しく田吾の言葉は今の司令室の空気を読んでいた。
優衣の物憂げな気分が伝染したのか、みんなの気分も沈んできた。
先ほど優衣が放った妙な質問は、クルーのテンションが下がってきたことをシロタマに伝えようとしたのかもしれない。
「でもよ、何をやってもネブラのほうが一本上だもんな。あ……」
優衣の前で何ちゅう言葉を吐くんだ俺。
慌てて繕う。
「わりぃ。お前が劣ってるとかの意味じゃないんだぜ。ただ何をやってもうまく行かない焦りってヤツだな」
優衣を責める気はこれっぽっちも無い。むしろ感謝の気持ちで一杯さ。
「わかってますよ」
当の優衣もにこりと反応してくれて、部屋の空気は淀むことは無く、
「ほんまやな……ワシらの武力では今のネブラには勝たれんし、管理者は協力してくれへんし……」
「そうだよな。口は出すけど手は出さない。管理者ってひでえ人らだよな」
「それはきっと、時間規則に反するからじゃない?」
「あらららら。玲子、どーした。熱でもあるのか?」
まともなことをこいつが言うと何かが起こる……なんちゃってな。
ところが本当に天地をひっくり返すようなことを言い出したのはシロタマだった。
『これは、一つの仮説でしかありませんが……』
すべてはこの一言から始まった――。




