追跡 3万6000光年
「ほぅ。懐かしい面々だな」
「い……今田……薄荷ダ」
「ブタオヤジ。元気そうだな。相変わらずのメタボ体型か。たまには医者へ行きたまえ。その体は病気だぞ」
「う、うるさいダ。オラは元気だ」
「ふん。相も違わず方言丸出しか。ったく芸津のハゲといい……」
「今田、無駄口を叩くな。お前は犯罪者なんだ。大手を振って司令室を歩けること事態が異常なんだ」
憤然と私の言葉を遮ったのはパーサーだ。
「キミは相変わらず硬いな。せっかくのハンサム面が勿体ないぞ」
「黙れ! 早く事情を説明しろ」
「ほぉ。ここが司令室か。小生意気に綺麗に出来上がっておるではないか」
アイ子とは比べモンにならんオシャレなのが腹立つな。
「それより。W3C、聞こえるか。あなたに進言する。万に一つのことを考えて、ワタシにもエモーショナルサージを与える権限を与えて欲しい。どうだろうか、W3C?」
パーサーがいきなり喋り出したのにはわけがある。私の耳から入った音声は脳内に埋め込まれたBMIを経由してW3Cへと伝わることをヤツはちゃんと理解しておるのだ。
「ふん。だがな、パーサーくん。W3Cがオマエなどに許可を出すか」
「分からない。試してみよう」
くだらないことを。
「エモーショナルサージ、1秒放射!」
「どっ! ぐわぁ。頭が割れるぅ!」
猛烈な痛みに耐え切れず、両手で頭を抱えて床にうずくまった。
くっ。なんという屈辱だ。
こんな客室乗務員ごときに権限を与えてしまうとは。何を考えておるのだW3C。
どういう理由かは知らないが、奴(W3C)は昔から銀龍の関係者に懇意なのだ。いったい何があったというのだろう。
だいたい今回の件もそうだ。たかが、ハゲオヤジと若ハゲ従業員がどこかへ飛ばされたからといって、正しい時空連続体云々も無かろうに。何が重要なのだ……まぁ、あれだ。レイコくんがいなくなるのは多少の損失だとは言える。あれだけの器量が良い女性は探してもそうおらぬだろう。私があと十歳若ければ……まさか……W3Cもレイコくんにぞっこんなのか?
そんなバカな。いくらエモーションチップが搭載されておるからといって……もしくは、私の想いが移ったというのか。
「あ、いや、こほん」
ブタオヤジの目玉がこちらに据え置かれておるが、今の独りゴチに気付いたのではない。こいつは自分の鼻先に蠅が止まっても構わないほどのトンスケなのだ。
「今田。またサージを掛けるぞ。何をぶつくさ言っているんだ。何かを企んでいたら容赦しないで罰を与えるからな」
「わかったって。サージは勘弁願いたい。ちゃんと説明するからパーサーくんもどこかに座ってくれたまえ」
私も近くの座席に腰を落とし、ひと息吐いてから背筋を伸ばした。
急拵えをしたという割に綺麗な室内にはコントロールデッキが三列。その前にでっかいビューワが。
280インチ!
舐めておるな、あのハゲ。無駄にでかいぞ。
クソ生意気なマルチスクリーンビューワーを見上げ、アイ子のビュワーとインチ数の大きさの差にビビリながら、
「芸津らはイクトの裏に現れたコンベンションセンターの展示物であるハイパートランスポーターの操作ミスで、3万6000光年の遠距離を飛んだのだ。無線も転送マーカーも機能を果たしていないのはそのせいだ」
パーサーは驚きを隠せない様子で。
「まさか、あり得ない。我が社の最新機種でも500キロメートルだ。3万6000光年なんて……あり得ない」
「そうダす。無線機は壊れたとしても、転送マーカーは全員の上着についてるんダすよ。全部が壊れるなんておかしいダ。おかげで転送回収もできない」
「だからー。3万6000光年先に飛べば、故障でなくても何の役にも立たんって言ってるだろ、トンスケが!」
「1光年って何キロダす?」
「どいつもこいつも同じ質問を繰り返すな。9兆4600億キロだ。もういい加減覚えたまえ」
「知らないダ。オラは初めてダすよ」
「ふん。ついでに言っといてやる。3万6000光年だと34京560兆キロだ。そこの青年、驚くとこだぞ」
「誰に言ってるダ?」
短い首をひねって後ろを見るので、奴の後頭部を叩きつつ、
「誰もおらんワ……あだぁだだだ。頭が痛い! さ、サージはないだろ。相手はブタだぞ? いいではないか……あだだだだだだだ」
頭を抱える私を無視して、パーサーが席を立った。
「とにかく現場へ行こう、田吾くん。転送室へ来てくれ」
「へっ? オラ通信士ダすよ」
なんと、聞き逃すところであった。
「ふぁぁはははははは」
急激に笑いが込み上げてきた。こいつが無線技師だと?
「冗談はやめてくれ、あはははは。ひぃぃぃおかしい。パーサーくん。このトンスケオヤジが無線技師ってかい?」
「そうだ。ちゃんと試験にも通った。りっぱなものだ」
「は──っ! アルトオーネの無線管理局も地に落ちたな」
「何を言うダ。国家試験ダすよ」
「国家……? ぐうわっはっはっはっ。ヘソが茶を沸かすとはまさにこのことだ。ぐははははははは。ひ───苦しい」
笑い過ぎて死ぬところであったが、
「あ!? ぐわわわわ。痛いぃぃぃ。アダマが割れるぅ。ま、マジで死ぬだろ。やめてくれW3C!」
人が苦しんでおるのにパーサーは冷徹に立ち上がり、
「とにかく急ごう。今田も一緒に転送室に来るんだ」
「ちょっと待て、この状況が分からぬのか、いま私は悶え苦しんでおるのだぞ」
「自業自得だろ。お前もさっさと来い」
「行くから。そう急かすな。逃げも隠れもせんわ。私はそのために呼ばれたのだからな」
「オラも行かなきゃダメだか?」
まだ尻込みしておるのか、ブタめが。
「ワタシは今田の監視をしなければならない。キミに作業を頼みたい」
パーサー。オマエは人を信用するということをしない奴だな。
「当たり前だ。ワタシたちはどれほどお前に騙され、ひどい目に遭ってきたことか」
「あー。わかった。耳ダコだ。うるさいぞ。どこでも連れて行きたまえ」
「ひぃぃ。まだ死にたくないダぁ」
パーサーに引き摺られて転送室に連れて行かれるブタオヤジの醜い姿。見たくないのう。
結局のところ、転送室に入ってからも大変であった。
「オマエは防護スーツも着たことが無いのか?」
私は呆れ果てた。額に手を当てて首を垂れる。銀龍に搭乗するメンバーは全員が訓練を積んだ精鋭揃いだと思っておった。芸津め誤魔化していたのか。とんだ茶番だな。
「いでででで。く、首が通らないダ。もうワンサイズ大きいのは無いダか?」
「キミね。もう少しやせたほうがいいよ。はい、これに足を通して」
気の毒にパーサーは手取り足取りで着せてやっておるが、
「まったく足手まといだな。あの戦闘機乗りを連れて行ったらどうだ。あいつなら一人で何でもできるぞ」
パーサーは渋そうな表情を浮かべて言う。
「パイロットを船から離すわけにはいかない。緊急時に手も足も出せなくなる」
まぁ。そのとおりである。私も同じ立場ならそう言うだろうな。
小一時間後。
転送装置の操作を機長に頼み、てんやわんやの騒ぎでようやく例の建造物の脇にたどり着いた。
にしても──。
よくトンスケの体型に合う防護スーツがあったものだ。芸津の奴、意外とマメだな。
メタボ体型の田吾はバネの壊れたダルマのオモチャとそっくりの動きで、衛星表面を跳ねつつ、水色の建造物へ近寄ると短い首を無理やり天辺へ曲げた。
《何ダすかぁ? 大きな壁みたいダ》
案の如く──思っていたとおりだ。
《あだだだ。だめダす》
でっかい尻餅を突いて、柔らかな地面に大きな穴を開ける……って、おい。キサマ!
プロローグでレイコくんが見せた優美な仕草と雲泥の差だ。何なんだこいつ。
絵面的に耐えられないのは、私だけだろうか。こんな醜い奴は死刑だ! ったく。
読者の気分を害するといけないので、
「こら、ブタ。さっさと開錠ウィザードを始めるぞ。立ち上がれ!」
田吾は衛星表面に怠惰に投げ出した短い両足をバタバタさせて、さらにホコリを巻き上げていたが、七分の一になった体重を楽しむかのように、ひょいと起き上がると、初めて歩き出した赤子みたいなヒョコヒョコした動きで壁に近寄り、そこにあった幾何学模様を指差した。
《ひゃぁ。これが文字ダすかぁ。おったまげたなー》
パンパンに膨れ上がった防護スーツの腹が表面でつっかえておる。おったまげたのは、こちらのほうだ。
こんな奴は無視だ。まずウィザードを開始する。
「この表面はどのような物質で構成されているのであろうか、空に浮かぶ星々が映り込み艶美で……うっ。こっちは醜いぞ」
ガラス質の澄んだ表面には漆黒の空に散らばる美しい星空と、覗き込んできたメタボブタの姿までも刻銘に映し出していた。
《何て書いてあるダ?》
「ここを開く方法が書かれておるのだ」
私もさっきまではブタと同じ気分で驚いておったのだが、今はまるで違う。いつの間にか文字が解読できるのだ。
「まず先頭の文字に指を当て上のスペースを通過させさながら後ろから二文字目に重ねろ」
と、田吾に命じるものの、その先のことはさっぱり思い浮かばぬのだが、幾度か瞬きをするだけで次にやるべきことが理解できた。つまりW3Cからの情報が私の脳の中に次々と展開され、意味有るものとして言語野、及び短期記憶を司る海馬、スクラッチパッドに押し込まれていくのだ。
《壁に掘り込まれてんのに動くって、どうなってるんダす?》
「ただの3D画像だ。エネルギー照射で形が作られておるので感触がある。とW3Cが申しておる」
《ほぇぇ。触れる立体画像ダすかぁ。これでフィギュア作ったら動く『ののか』ちゃんが作れるダ》
「ののか、とはどのような物質だ。元素記号は?」
《ののかちゃんは魔法少女ダスよ。今田でも知らないことがあるのダか?》
く……くだらないのう。
トンスケブタは緊張感の無いアニメの言葉ばかりを並べ立て、パーサーは背後からチクチクした視線を注いで、じっと私の様子を窺っている。まだ信用していないのだろう。
「心配しなくてもいい。このウィザードが解けるのだから、W3Cとリンクは切れていない」
奴はほんの少し弛緩した態度に変わり、半歩後ろに下がり腕を組んだ。
ブタオヤジと比べてオシャレな動きをする奴だが、少々くどいな。
最後の工程を終えたウィザードが扉の開錠を行い、大きな音がして後ろに下がった。
《どぁぁぁぁ。開いたダぁ!》
「いちいちデカイ声をあげるな。開けたのだから当然だろ」
《どぁぁぁぁ》
うっせーなぁ。
中から噴き出してきた空気に押し返され、ブタがこちらに転がって来たので反射的に避けた。パーサーもダルマ体型に驚いたか、半身を素早くひねって逃げおった。
《うがぁぁぁぁ》
さっきから叫び声ばかり。まるで漫画だな、こいつ。
重力が七分の一なら、体重も七分の一になる。例えば田吾の体重が100キロだとしても、ここでは14キロである。ちなみに質量と混同するな、青年。ここではこいつであってもずいぶんと身軽なはずなのだが、いかんせん手足が短い。数度転がって大の字にひっくり返った。
「おい。遊んでる暇は無いぞ。早く入らないと中の気圧が下がるだろ」
《本当に空気で満ちているのか?》
パーサーは用心深く奥を覗き込んだ。
《起き上がれないダぁ》
世話の焼けるダルマトンスケだ。
パーサーと二人で起こし、中に入るとハッチを閉める操作をする。もちろん経験の無いことなので、どこに何があるかなど、まるで知らないが、入った瞬間に脳裏に広がるのだ。
私がハッチを閉めると、途端にパーサーが強張り身構えた。
《今田は動くな。W3Cとリンクが切れていないか確認する必要がある》
「用心深いのはキミの取り柄でもあるが、いい加減にしてくれ」
《だめだ。ここでお前に逃げられると私の責任になる》
やれやれ、心配性な奴だ。
「さぁ。なんでも好きにしろ。外部と連絡を取ってみるのが、最も得策であろう?」
私は奥からムービングプレートがやって来たのをぼんやりと眺め──ほう。このプレートに乗って移動するのか。たった今知ったぞ。
パーサーは銀龍と私のアダムスキー型の船、アイ子と順に連絡した。
《大丈夫です。通信には支障は出てません》
と銀龍の機長から返事があり、
《あー。パーサーかい? こっちのリンクも問題ないよ。それとお腹の子も無事だってコトをそっちの役立たずに知らせておくれ》
パーサーは変な顔を私にくれた。
《お前、その年で身重の奥さんがいるのか?》
いるか! タワケ。




