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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  ネブラ・スケイバーとの闘い  

  

  

 エル保護から18日目。

 災難はどこに転がっているのか分からない。


 それはエルの受け入れ先を探して優衣が亜空間トランシーバーで遠方の機関と交渉していた時だった。

「そうです。時間剥離症候群だと診断されています……そうですか……知りませんか」

 どうやら断られたようで、力無く通信は終結した。


「そうーなんですわ。特殊な病気でしてな……はぁ。時間剥離症候群とかこっちのシロタマ、あ、いやドクターがゆうてまんのや……あきまへんか? すんまへん。もし心当たりの病院がおましたら連絡くれまっか。へぇ。おおきに」

 通信機のマイクを平手でポンと叩き、

「コルスの大学病院でもアウトや」

 優衣と視線を交わしてから社長は頭を振った。


「なかなか壁は高いですね」

 溜め息混じりの玲子。

「せやな。この時代ではまだ研究段階なんとちゃうやろか。せめて未来へ連れていけたらな」


「未来の管理者に往診してもらえばいいんダすよ」

 相も違わず、アニヲタは気楽な返答をしやがる。

「バーカ。時間規則に反することをするわけねえだろ」



 と、その時。

《時間剥離症候群とはナニか。タダチに詳細を述ベヨ!》

 突然、司令室の壁に大音声が響いた。


 すかさず優衣が強張り、サイドポニテの黒髪が跳ねた。

《航行中の船に告グ! 時間剥離症候群トハ何カ。拒否をスルのナラ強制手段ヲ取ル! 転送に備エヨ》


「ネブラ・スケイバーです。シーンレッド! シロタマさん緊急事態です!」

 緊迫した声で立ち上がる優衣。照明が赤色に切り替わり、警報が鳴り渡る。色と警報音から司令室は一気に緊迫の海が広がったのだ。


「ど、どうしたの!?」

 状況が把握できないのは玲子だけではないが、優衣がネブラのスケイバーと叫んだだけで理解した。俺たちの敵が現れたのだ。


「おユイさん……」

 ミカンと抱き合って震える茜へ、俺は伝える。

「お前らは守るべき物があるだろ。野菜の畑が荒らされないか見張ってろ」

 二人はたがいに視線を交わしてから、急いで司令室を出て行った。


 改めて優衣と向き合う。

「スケイバーって……このあいだ言ってたあれか?」

 優衣の説明が始まる前に事はどんどんと進行していく。


《未確認の飛行体が右舷1万5000メートルにて転送実体化します》

 パーサーの報告と共に銀龍の船体が不気味に揺れ動き、クルーの視線が一斉にスクリーンへと転じる。


「で、でかいぜ」

 光の粒をまき散らした星々の映像が球状に歪み、何も無かった空間が虹色に染まるや否や、中から大きな物体が滲み出てきた。


 ゆっくりと自転した薄っぺらな六角柱型の船だ。とは言え全体の大きさと比較して薄いと感じただけで実際はとんでもない大きさなのだ。


「出た! ネブラの戦艦だ」

 初対面ではない。このあいだ営巣地を丸ごと核融合反応で燃やしてやったときに現れた船と同じデザインだが、さらにでかいクラスだった。

 優衣が叫んだスケイバーと言うのは、確か最大収容兵員は50万の大型船のはず。


『そうです。G級の艦船で、一辺1万7000メートル、周長10万2000メートルの正六角形です。船体の厚み920メートル。間違いありませんネブラの巡回船、スケイバーです』


 側面に規則正しく並んだ窓からは光量のある光があふれ、コンジットが無骨に並んだ剥き出しの骨格は、ぎっしり茂った竹林を覗くようだ。

 そしてだだ広い六角形の上部デッキには、同じ六角形のタイル風の物が敷き詰められていて。不気味なほど真っ平らで外に飛び出たものは何も無い。


「だいたいスケイバーってなんやの?」

 社長の質問に優衣が継いだ。

「新しい情報や知識を探し求めるデバッガーの集団です。常に広範囲の星域を巡回していて、ほんの小さな情報でも貪欲に漁り盗っていくため、口の悪い人はスケイバー(ゴミあさりをするもの)と呼んでいます。たぶんワタシたちの亜空間通信を傍受していたんだと思います」


「デバッガーとはちゃうんか?」

「同じです。戦闘能力も探査能力も何も変わりません。それよりも陰湿なため余計にやっかいです」


《残り4機が姿を現しました!》

 パーサーの声が上擦るのも仕方が無い。ネブラが寄こした5隻の巨大戦艦にぐるりと取り囲まれたのだ。一隻だけで周長102キロの六角形の船が5つだ。銀龍なんて点にしかならない。


 はっきり言って、「最悪じゃねえか」だな。

「まずいダよ。1隻でも無茶なのに5隻も相手できないダよ」

「逃げるにしても囲まれたし、どうする?」


「逃げる気なんてサラサラ無いわ。どうどうと相手してやろうじゃない」

「お前に聞いたんじゃないって」

 ザリオンのザータナス(戦士の神様)の生まれ変わりは、だーってろ。


「社長、銀龍では無理だって。D級のオーキュレイのときだって1隻で四苦八苦だったんだぜ」


「せやけど。いつかは対峙するんや。あっちの弱点を探る絶好のチャンスやないかい。ピンチはチャンスなんや」

「玲子みたいに目をつぶってエイや、ってなムチャできないって」


「あたしをバカにしないで」

「あわわ。わりい。今吊し上げるな」

 すぐに解放されるものの、俺の焦りは消えることは無い。


「どんな作戦があるんすか?」

 社長に食って掛かる。

「なんぼ囲まれてもこっちには裏技があるやろ」

「どんな?」


「ヤバなったら。ハイパートランスポーターで、この場から『どろん』したらしまいや。その前に……」


社長は厳しい目で天井を見据え、

「シロタマ! フォトンレーザーは使えまんのか?」

「大丈夫だよ」

「ほな、裕輔。起動準備。戦闘態勢や。こっちの武器も試してやな、今後の対策を練るためのデータを拾って帰りまっせ」

 一気に緊迫度合いが数ランク上がった。


 フォトンレーザーは敵のフィールドさえ突破できれば、粒子加速銃を凌駕する兵器だし、営巣地の件以来からパワーコンジットが強化されている。


「よ、よし。やってやる!」


 使いなれたコンソールパネルの隅っこ、めったに使われることのないスリットに指を突っ込んで引き下ろすと、現れるのは赤いレバー。フォトンレーザー起動レバーだ。


 それを倒して、照準ディスプレイをこちらに向ける。画面の端っこに細かな数値がどんどん上昇中なのはパワーの充填率。まだレッドゾーンなので発射はできないが、中心部に円弧を描いた照準マーカーと十字の黄色いポインターがある。早い話がどこに撃ち込むか指示するポイントだ。それらが生き物のように跳ねて中心部に移動。左端にある波模様は照準相手のフェーズ共鳴スキャンパターンだ。これも最近シロタマが拵えたばかりのもので、オーキュレイのディフェンスシールドを共振させて無効化にし、そこを貫く――予定のもので、効果のほどは今のところ不明だ。



 操作パッドは使い慣れたゲーム機を想起させる十字レバーといくつかのボタン。これも俺の頭脳に合わせて拵えられた屈辱のシロタマ製だが、ひとまず手に馴染むので黙認中さ。


 補足すると、ミッション初期の頃にシロタマから突き出された操作パッドは俺の大嫌いな神経インターフェースコントローラだった。


 ニューロンセンサーとタコの足みたいに不気味な吸盤状の突起物が並んだセンサーグローブを嵌めて空中に現れるエアロ照準器を掴んだりひねくり回したりして発射位置を微調整するヤツさ。それがバーチャル空間に自分が飛び込んで操作するVRC(バーチャルリアリティコントローラー)と呼ばれるもの。


 試しにと装着して、ぶったまげてチビリそうになった。体が空中に浮かぶんだぜ。バカ言うなってんだ。数秒でバーチャル酔いした俺は白旗を掲げてデスクの下に片付けてしまった。


 で。結局、俺みたいな旧式で遅れた者はゲーム機のコントローラパッドでやれ、と落ち着いた。なんとも悲しい経緯だな。




「社長、パワー充填率80を越えた。そろそろいいぜ」


「よっしゃ。タマ! こっちの防御はどないや。転送で乗り込まれたらまずいで……」

 その言葉で船内が瞬時に強張った空気で満たされた。

 そう、俺たちは以前デバッガーに転送侵入されて制圧された苦い経験がある。

 礼儀なんて知らない連中だ。挨拶もなしにあっという間に大勢で押し寄せるから恐ろしい。



 シロタマの報告モードは凛然と応える。

『現在偽装シールドをギンリュウ全体に張っています』

「デバッガーを(あざむ)くシールドバッジと同じ物か?」


『さらに強化したフルガードディフレクターです。追加処置として、直接攻撃から身を守る船体構造強化アルゴリズムの起動を推奨します』

 好き勝手に銀龍を改造するくせに、何の説明もしないシロタマには呆れ返る。そんなものを推奨されたって意味不明だ。


『機能等の説明を求められないからです』

 これだもんな。こんなやつがケイゾンの仲介者に選ばれたってんだから、ジフカの未来は大丈夫なのかね。


 ウダウダ言う俺に痺れを切らした社長が怒鳴った。

「裕輔! 状況報告せぇ!」

 こっちも少々苛立ち気味さ。


「まじヤバだ!」

「そ……そんな報告あるかい!」


 社長は苦い物でも食った時と同じ顔をしたがすぐに諦めて、頬を平手で(はた)きながらタマへ命じた。


「身を守るためのもんやったらなんでもええ。起動しなはれ! ほんで機長! 現状で停船や。操舵とハイパートランスポーターをリンク。合図と共に飛びまっせ。それからパーサーは万が一デバッガーに侵入されたら、ドアツードア転送で外に放り出すんや。遠慮はいらんで!」


《お任せください。待機しています》


 一拍おいて、船体の外部で機械音が響き渡った。まるで大型ハリケーンを前にして防風プレートを下ろしていくみたいな騒ぎだった。船首から始まり船尾へと音が動いて行く騒々しいようすを玲子は動じることなく視線で追っていた。


「すごい物々しいじゃない。何だかわくわくするわね」

 異常体質者め、俺の心臓は死ぬほど鼓動を打ち鳴っているぜ。


「電磁フィールドより強固な防御プレートでシュ。ユースケが飲んだくれているあいだに、シロタマが準備ちました」

 こいつもひと言多いんだよな。



 しんと静まり返る船内。誰しもが次の展開を警戒して、物音に耳を澄ませ、神経を尖らせていると、

「な、なんや?」

 不意に腹の皮を揺さぶる薄気味悪い音がして、社長が怯えた目を天井に這わした。


「スキャンビームです。捕捉しようとしています」


 さらに音が変化する。

「ビームの周波を変えて探っているんだと思います」

 優衣の声で室内に緊張の糸が張り詰めた。


 堪らず社長の横顔を覗く。

「う、撃つ?」

 コントロールパッドを持つ俺の指が震えていた。


 社長は強く首を振る。

「あかん、居場所を教えてまう」


《前方ノ未確認船に告グ! 直ちに降伏(こうふく)シ、時間剥離症候群の情報を与エヨ》

「バレてんぜ……タマ」

 首をすくめた亀みたにして俺は天井付近にホバリングする球体へ言う。


『脅威です。あのフルガードディフレクターのスキャニングスクランブルを掻い潜れるとは……』

 スケイバーの技術は報告モードを絶句させた。


「やっべーぜ。連中相当進化してんだ」

「スケイバーはネブラの最先端のグループですから……」

 と口火を切ってから、優衣は分析装置の吐き出した数値を凝視。

「……スキャンビームの仕様が変更されています。新たに開発された未知のフェーズ周波を使ってシロタマさんのフルガードディフレクターをすり抜けた模様です」

「マジかよ。じゃぁ、こいつらにはシールドバッチは効かないってことになるぜ」


「慌てなはんな! 今後の対策にもなる。シロタマ、フェーズデータのサンプルを収集しなはれや」

『現在収集中です』


「今後があったらの話だろ?」

「ビクビクしないの、裕輔!」

「お前はすげーよ。俺なんていつ侵入してくるか、それを思うと心臓がもたん」

「あたしがもたしてあげる」

 心強い言葉だぜ。


《繰り返ス。無駄ナ回避行動ヲとるナ》

 なんか怒ってんな。


「今のところ侵入の気配はありません。それよりシロタマさん。フリッカーは使えませんか?」

「おう。せやな。10ミリセック間隔で転送できるんや。なんぼ侵入されても優衣の運動能力なら追従できるデ」


 少しは明るい兆しが見えたかと思ったのだが。

『フリッカーはあらかじめ原子配列の決まった物体のネットリストを静的変数(スタティックフィールド)として持つため高速転送が可能なだけです。そのよう扱い方には適合しません』


「なるほどな。フリッカーが何で高速処理できるのか原理が解かりましたデ。子供だましやないかい」


 無念そうに肩を落とし、なおも語り続ける社長。

「ネタバレした手品みたいや。興味半減やな」

 俺にはよく解からないが、その道に詳しい人なら解るのだろう。



『代わりに転送遮蔽プロテクターも同時に起動していますので、おそらく問題はないと推測されますが……』

「おまはんにしてはエライ謙虚な物の言いやな」


「シロタマも未知なんだもん。自信が無い」

 あきらかにこいつも動揺している。


「現れてごらんなさい。あたしが叩っ切ってあげるから」

 ロッカーから取り出した金属刀をギュッと握り締め、歯噛みする玲子。こいつはあきらかに興奮していた。

 だけど新型のデバッガーを金属刀で打ちのめすことが可能だなんて誰も思っていない。

  

  

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