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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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最後のエルフ(恐怖のデスタワー)  

  

  

「おはようさん」

「あ、社長、お早うございます」

 コーヒーカップに当てていた朱唇を急いで引き離して玲子はさっと立ち上がり、田吾はコンソメスープを啜ったまま上目遣いに見上げ、首だけをへこりとうなずかせた。

「ぁざぁーっす」

 俺も田吾と同じようなもんだ。ぞんざいに朝の挨拶を済ます。

 それを見て社長は大げさに溜め息を吐いた。

「おまはんらな。ワシが家庭的な雰囲気が好きやから何も言わんけどな。この中でいっちゃんまともなんは玲子だけやな」

 その玲子に椅子を引いてもらいつつ尻を落としたハゲは、なおも喋り続ける。

「そんなことで、よう社会人や言えまんな。ほんまびっくりや」

「いや。俺も田吾もちゃんとできるんだぜ。でもさ。社長のお人柄がとても暖かくて心地いいもんだから、つい甘えちゃってさ。なあ。田吾?」

「んだ。田舎のおとうちゃんみたいで、悪いとは思ってるんダすけどつい、な、裕輔?」


「よー言いまっせ。ほんまピシッとする時はしなあかんで、ホンマに」

「大丈夫だって。俺も田吾もいっぱしの社会人だし、その辺は重々に……」


「あ。社長さん。明けましてお早うございます」

 どこか間が抜けた挨拶をして、ギャレーから食堂に入って来たのはもちろんこいつ。茜だ。

「はい。おはようさん。どや、アカネ、元気にしてるか?」

 季節の狂った挨拶を咎めることもなく、ましてやアンドロイド相手に元気も無いだろうに。


「きゅらりゅらりきゅりゅり」

「はい、はい。ミカンもおはようさん」

 ミカンの言葉に対して適当な返事をするのは俺たちに焼き付いたクセみたいなもんで、それに対してミカンがどう思っているのか解らないが、これでも意外と円滑に事が進むので問題無いのだと思う。


「きゃーりゅきゅりゅ?」

「せやな。いつもの味噌汁とトースト一枚。ほんで飲み物は熱い渋茶を頼みます」

 なんちゅう取り合わせだよ。


「きゅりゅりゅ」

 ミカンは深々と頭を下げて、

「あ、はい。ではさっそく作らせてもらいまーす」

 スキップを踏んだ茜とともにギャレーへ引っ込んだ。


「ほんで。田吾。注文のフィギュアの出来具合はどないや」

「んだな。Fシリーズ20体は仕上げの段階だから今日中に完成するダよ」

「ほんま天職やな。一時はどこかに星屑の吹き溜まりがあったら捨ててきたろか思っとったのに。エエ仕事があってよかったデ」

 むちゃくちゃ言いやがるな、このおハゲちゃんは。


「ん? なんだよ?」

 横から玲子が俺の脇を突っついてきた。


「あなたこそ、うかうかしていたら、どこかの衛星の上に置いて行かれるわよ」

「やなこと言うなよ」

 このオッサンならやりかねないから怖い。


「パーサーと機長はもう食べて出かけてまんのか?」

 出かける、という言い方は少し違和感を覚えるかも知れないが、朝一に持ち場に戻ることを差している。銀龍全体が俺たちにとっての社会であり会社であるので、いつのまにかそんな言い方が定着したというワケさ。


 そこへ、勤勉を絵と文字に変換したような男の声が船内通信から渡った。

《社長、お食事中失礼します》

「おう、パーサーか、朝早ぅからご苦労さんなことやで。こらっ! 裕輔、いつまでのんびりしてまんねん。食うたらさっさと出勤せんか!」


 おいおい。こっちに飛び火しやがったぜ。

 燃え広がったら大変なので、素直に席を立つことにした。


「ほんで、何でっか?」

 社長の関心がパーサーへ移り。

《長距離探査装置が13光年先で残留反陽子の形跡を検知しました。恐らく何らかの爆発が起きたのだと推測されます》

 ドキリとする知らせだったので、食堂から出しかけた片足を引込め、耳だけを傾ける。


「ロングセンサーの探査深度は1光年も無いやろ。何でそんな遠距離のことが解りまんねん?」


《シロタマが手を出しています》

「またあいつか……。ちょっと好き勝手に改造してまへんか?」


 怒る気持ちは解るのだが、それでも性能が向上したことは咎めることができない。

 黙認の鼻息をひと吹きして、

「ほんで何の爆発でっか?」


《私ではよく解らなくて》


「反陽子でシュよ」

 いつギャレーに入ってきたのか、玲子の口紅で(こさ)えたボディの赤丸マークをこっちに向けてシロタマが浮いていた。


「反陽子って、反物質のひとつやデ?」


「社長さん。おはようございます」続いて優衣の登場。

「ユイ。おはようさん。よう寝れましたか?」

「はい。おかげさまでぐっすりと」

 受け答えは天下一品だぜ、優衣。


 ところでアンドロイドが寝るわけねえだろ、と思うのは素人の考えで。優衣は情報整理(ガベージコレクション)のために短時間だが、睡眠とよく似た状態に遷移するんだ。だから今の二人の掛け合いはちっともおかしくないのさ。


 ちなみに茜も同じ機能が備わっているのだが、俺の脳からダウンロードした言語マトリックスのおかげで、うまく機能しないらしい。そのせいで蓄積された学習結果が正しく構築されないのだが、そんなもの俺のせいだと言われても知るか――だよな。


 シロタマと優衣が顔を合わすとだいたいにおいて話は奇妙な方向へと逸れて行く。

『物質は反陽子、つまり反物質と衝突して激しいエネルギー反応を起こします』

「反物質って、宇宙で出遭ってはならん恐ろしい物だろ?」

 扉に手を掛けて半身を捻る。俺だって、ちったぁ知ってんだぜ。玲子と田吾はきょっとーんだけどな。


「せや。こちらの宇宙とは真反対の物質や。出遭ったら最後、ドッカーンやで。しやけど何でそんな危険なモンがおますんや?」

「反物質爆発を利用する者と言えばネブラしかいません。もしかしたらデスタワーで使われた反物質かもしれません」


 優衣が真剣な顔で言うもんだから、俺は急いで自分の席に駆け戻った。

「デスタワー? なんだそりゃ?」


「ネブラが勢力を誇示する時に使用される自動化した兵器です」

「穏やかじゃねえな」


「ネブラは重要情報を多く持つ知的生命体の存在を確認すると、すぐに惑星の侵略を開始します。数十から数百のスケイバー艦で惑星を制圧してすべての情報を強制的に奪います」


「スケイバー艦って、このあいだ言っていたヤツでしょ?」

 と口を挟んだのは、こういう荒っぽい話が三度の飯より好きな玲子さ。


「そうです。このあいだ営巣地に現れたのはオーキュレイと呼ばれる艦船で、それより3倍近く大きな戦艦です」

「3倍っ!」

 絶句だ。

 オーキュレイでさえ仰天の大きさだった。周長6000メートルの六角形で、ちょっとした町がすっぽり入る。


「そんなのが数百も現れたら……怖いダすな」

「怖いで済むかよ。終わりだぞ。田吾」

 ほんと身の毛のよだつ話だ……。


「ところが近年さらに陰湿になってまして、情報提供を拒んだ場合の見せしめとしてデスタワーを送り込み、暴虐非道の限りを尽くすのです」


 デスタワーは別名、環境破壊時限爆弾とも呼ばれるタワー状のもので、宇宙から惑星上に均等配置されるように送り込まれ同時間に一斉に起動するという卑劣な方法で有無を言わさず惑星を焼き払うものだと。そいつが起動すると、あとは任務完了まで止まることなく次々と恐ろしい処理が施される。その様子はまさに地獄だった。


 まず最初は数時間にも及ぶ銃弾の弾幕で周囲を破壊し尽くし、阻止しようと近寄る生命体を根絶やしにする。続いて全方位最大焼却距離45キロメートルを誇る猛炎放射器で24時間惑星の表面を焼き払い、一定時間後に反陽子爆発を起こして木っ端微塵になる。それは地殻をえぐるほどの凄まじい爆発を起こして山々を吹き飛ばして消滅。惑星表面を無機質の状態に戻して、最終的に星は誕生直後の状態にまで破壊され尽す。その後冷えてからデバッガーが乗り込み、場合によっては次のターゲットを探す拠点として、大規模な設備を建てるらしい。



「デスタワーは惑星の大きさによって数が調整されます。多すぎると拠点となる惑星自体破壊されてしまうからです」

「星を一個丸焼きにしまんのか? なんちゅうおとろしいヤツらや」

「なんだか聞いてると、焼き畑農業の説明を聞いた気がするんだけど」とは玲子。

 容赦無しだな、ネブラの連中は……。


「でもそれが起動されたからには、生命体がいる星が狙われたことになるんだろ?」

「そうよね。住民は避難できたのかしら?」

「星間協議会に加盟している惑星なら救援の船が向かいますので無事だと思います。ですが……」


「アルトオーネみたいな田舎の惑星はほったらかし……でっしゃろ?」


 優衣は虚しくうなずく。

「どこかの星の人が連絡してくれれば救援隊が駆けつけるでしょうが……」


「知った以上、ワシらが行くしかないか」

「え――っ!」

 俺は思わず不服を申し立てる。

「なんで危険なほうへ行くかな?」

「なにゆうとんねん。危険ちゅうから誰も近寄らへん。ちゅうことは(ぜに)になるもんが落ちとるんや」

 やっぱりそう来たか。


「だからって、怪我でもすれば大損だぜ?」

「あほっ! おまはんの所属する部署名をゆうてみい!」


「え? ええっと、特殊……棄権課! はい、俺、棄権しまーす」


 上げた俺の腕が折れるぐらいの勢いでデスクに倒され、

「特殊危険課です。あらゆる危険に立ち向かうのが目的です」

 こんなバカなことを言い出すのは誰と言わなくても解るだろ?


「無利益で向かうのは社長の大っ嫌いなボランティアって言うんだ」

「アホ! 無利益なことあるかい! コルスの商業権も貰ろたし、ジフカの観光事業共済会の会員にもなれたんや。こんなもんアルトオーネでは舞黒屋ぐらいなもんでっせ。大儲けやがな」


「い、いや。だって」

「だっても、抱っこもおまへん」


「そんなこと言ってねえって」

「見てみい。全員出動したで。残っとるのはおまはんだけや」


「あ゛……」

 食堂はもぬけの殻だった。気炎を上げた玲子が全員を引き連れて司令室へまっしぐらの後だった。


「ワシも先行くで。パンが焼けたら司令室で頂くからな、そうゆうといてや」

 と言い残すと、社長は俺を置いてさっさと出て行ってしまった。


 ポカンと立ち尽くす俺の脇から茜が顔を出した。

「あ、はーい。社長さんの食パン焼けましたぁ……ありゃりゃぁ。いないれす」

 空っぽのテーブルを見つめて茜が固まること2秒。ゆるゆると首をねじって食パンを突き出した。


「食べます?」

 そのままアカネの後頭部を平手で押し、重くなった足を引き摺って司令室へ向かう俺だった。

  

  

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