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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
258/297

  ビール一本に賭けた未来  

  

  

 全周6000メートルの六角形、ネブラ・オーキュレイはいくらザリオンの艦船がでかいと言っても、5隻が寄ったってまだ一回りは大きい。


《敵の兵員輸送船だ! 応援を呼びやがったんだ。 全艦、一旦引け! 引くんだぁ!》


《ザグル! バカヤロ! ザリオンが引いてどうする。身を挺しても突っ込むのが戦士の生き(ざま)だろうが!》


《ジャスダ、引くんじゃ! 古いザリオンの教えは捨てろ! ザグルの言うとおりこれからのザリオンは無駄なことはせん。常に沈着冷静に行動を取る。いいか、よく聞け。逃げるのではない、新たな戦略を立てるために引くんじゃ》


「そうよ。無鉄砲なバカはザリオンに必要ないわ。知的に冷静に、そして強くよ!」

 無鉄砲なバカが言ってら。


「みんな! そこの星の裏で頭を冷やすわよ」


《しかし背を向けるのは……》

《そうだ。そんなのは臆病者のとる行動だ》


「臆病なんかじゃない。恐怖に目を背けて、ただ突っ走るのはバカのやることよ!」

 お前のことだ。玲子。



 牙が折れるほど噛みしめて苦悩に歪んだ顔をしているのは、いつも最初に熱くなるジェスダとアジルマだ。

「二人とも冷静になりなさい! それともあたしの命令が聞けないの?」


《ぐむぉぉっ》


 結局、提督より玲子の命令のほうが重かったのか、二人はすんなり引き下がった。


《……分かった。全艦、下がるぞ! 遊撃隊も全部だ。そこの彗星の裏へ集合だ》



 にしたって――緊張続きで気が付かなかったけど、こんなところにいい避難所があったじゃないか。


 俺たちが太陽にしちまった惑星の影響で、派手に水蒸気を噴いて脇を通過中だった。

 別名ホウキ星。ほとんど氷の塊だな。本来ならこの惑星系の主星へ向かっており、それに近づくと、その熱で水蒸気やらガスを噴き出して長い尾を引くのだが、途中でできた太陽モドキの熱に当てられて、早々と立派な長い尾を引いていた。


 彗星の核はとっても巨大で、ザリオン全軍と銀龍をすっぽりと隠してくれる。再び現れた数千のデバッガー軍団の放つスキャンビームも届かない。盾としては好都合なのだが、手も足も出せない状態は何も変わらなかった。





 無駄な時間が過ぎていた。

 デバッガーどもは新たに現れたオーキュレイ艦の後ろへ回り込み冷却作業を再開。赤々と燃え盛っていたダイヤもだいぶ冷めてきて、それはタダの岩石ではあり得ないほどの威厳を帯びた麗容を曝け出してきた。


 ビューワーを操作してデバッガーどもからスクリーンのフレームを引いてみる。

 ガスを噴き出す彗星がでかでかと映し出された。


「このままでは離れて行く一方だな……」

 憂いに沈む言葉が自然と漏れた。


 隠れ蓑にする彗星はただの通りすがりの天体さ。われ関せずとばかりに、本当の目的地、この惑星系の主星へとひたすら突き進むだけだ。

 営巣地の熱で激しくガスを噴き出し、半部近く蒸発したとはいえ、それでもザリオン連邦軍の全艦を覆い隠してまだ余る大きさだ。


「加速してないかい?」

 巨体を誇る彗星の移動速度がずいぶん早く感じる。

「噴出するガスがジェット噴流みたいになって通常より速度を増してるんやろな」

「こいつも元の歴史を覆されたクチだよな……」

 憂いを含んだ言葉がさっきから漏れるのは、俺たちにしろ、あの乱暴一筋のザリオンにしろ、そして目の前の彗星だって、すべてあのプロトタイプが起因になって、元々の道筋から大きく外されたのだ。


「未来って何だろな……」

「いやにナーバスなってるじゃない」

 俺の肩口から声を掛けてきた玲子に、

「お前はどう思ってんだ?」

「何を?」

「社長の秘書をして会社回りしてる過去の自分と今とを比較してさ」

「楽しいに決まってんじゃない。あたしは元々こういう生活をしてみたかったの。大満足よ」

 玲子は、パァーン、とんでもなくいい音を立てて俺の背を叩くと、お茶を飲んでくると言い残し、司令室を出て行った。


「男前なヤツだぜ……」


 優衣と茜はザリオン艦で待機しているため、珍しくミカンが部屋で寂しそうにしており、

「きゅりゅ?」

 ぼんやりする俺の腕に寄り添ってきた。そして何かを語るような、優しげな光を帯びた丸い目がこっちに据え置かれていた。


「そうか。お前の人生も変わったんだよな。ミカン」

 カエデの呪縛から解き放してやったのは俺たちだ。


「未来は過去の積み重ね。一長一短で明るい未来なんて期待するから他力本願になるんだ。そうだよな、ミカン?」

「きゅぅりゃりゅらー。りゃりゃりゅりらるりゅ」


「そうか。お前も俺と同意見か。だよな。流れ去る過去を振り返るより、向かい風のその先を見ろってか?」

 そうしたら未来って変えられるじゃないか――ミカンがそう言ったような気がし、目の前が広がる快感を覚えた。

 時間に流されるのではなく、流れに乗ればいいんだ。自分で切り開いたほうが断然楽しい。


「社長。あの彗星って自らの噴き出すガスの勢いで加速してんだろ? じゃあさ、ここで引き返えらせて、プロトタイプに衝突させたらどうかな?」


「ふんっ! 通り過ぎた彗星を引き返らせるなんて、漫画的発想デしっ。物理的にあり得ない。バカの考え出したアイデアは笑えるデしゅ」

 うるせえな、こいつ。


 俺の頭上から鼻で笑うシロタマと、社長の意見も同じようで、

「惑星に熱せられて、粉々になりそうな彗星やけど、これだけ巨大な物質の運動エネルギーは膨大や。進行方向を真逆に変えるのは不可能やろ」

「ならさ。過去の俺たちに頼んであらかじめ軌道を変えてもらうってのはどうだ?」

「時空修正を行うんでっか?」

「そうさ。俺たちには無理だけど、ユイならできるだろ?」


「どないやタマ? 時間規則に反しまへんか?」

『あきらかに規則違反です。彗星は主星を周回して辺りの惑星系の軌道バランスを保つ役目を果たすはずです……』

 シロタマは途中で言葉を止めた。


「なんや問題でも?」

『計算中です……』

「何の計算やろ?」

 社長は俺へと視線を振り小首をかしげた。


 十数秒後。口紅の赤丸印がこっちを向いた。

 視線が固着して背筋がゾクゾクした。それは遠くで雷鳴を聞きながら、薄暗くなった教室に照明を灯して授業を受けた時と同じ、変な連帯感と期待感だった。


『営巣地となった惑星の公転軌道を主星より外側へ1800キロメートル広げることで、彗星が持っていた重力バランスと同等の効果を導き出せるはずです』

「つまりなんや。彗星を粉みじんしてもエエっちゅうてまんのか?」


『惑星の公転軌道を動かし、かつ彗星を消滅させても影響が出ず、時間規則にも反しない道が一つだけあります』

「ええがな。どないしまんねん?」


『フォトンビームで彗星のある一角を一定時間照射すると、噴出するガスで惑星との衝突コースへ導くことは可能ですが、質量が大き過ぎます。ちょうどいい位置に惑星を移動させる質量にまで縮小させるには、今から38時間ほど前が最終ポイントです』


「そんなクリティカルなことができんのかよ?」

「シロタマに不可能はない! オメエは黙っちろ!」


「くっそっ! そのアイデアは俺が出したんだからな! 忘れんな!」

「ええやないか、裕輔。そのアイデアにビール一本つけまっせ」


「やっすぅ――」


「アホ! ワシが自ら進呈すんねや。めったにないこっちゃ」

 嫌々とか、渋々とかはあるけどな。ま、もらえるもんは貰っとく主義だ。


「よっしゃ。社長命令や。シロタマはビームの照射位置と照射時間を計算しなはれ」

「俺は?」

「おまはんは……過去の自分にエールを送るんや。成功させるようにな」


「そんなことできねえよ!」


 社長はキッと鋭い目付きになると、

「ええか。この話はワシらだけで収めんのやで。他人には内緒や。ダメージを最小限にするためと、ネブラに情報が洩れたらあかんからな」

「だったら俺を巻き込まずに、一人でやってくれよ」


「アホ。これはおまはんのアイデアやろ。最後まで付きおうてもらうで」


 瞳の奥で揺らがす怪しげな輝きを俺へとチラつかせ、

「ほれ、ユイをこっち呼び戻しなはれ。ワシらだけで作戦会議や」





 会議室――。

「可能ですが……」

 結論を出すのを躊躇して、俺と社長の目の奥を交互に覗き込む優衣。

「せや。これがラストチャンスや。やってみるべきやで」

「しかし感情サージに耐えられない場合、お身体に障ります」


「なにゆうてんねん。メッセンジャーのときもワシら堪えたがな」

「でも……」

 説得する社長に、なかなか首を縦に振らない優衣。さらに押す社長。


「やっても損は無いデ」

「いや、ちょっと待ってくれよ」


 俺にはどうしても腑に落ちないことがある。


 もし過去に知らせて彗星の軌道を(くつがえ)したとしよう。

 と言うことは、この時点で彗星の位置は大きく変わっていないとおかしい。でも未だに彗星はプロトタイプの冷却作業をする連中から大きく離れた位置を遠ざかりつつある。


 時空修正は失敗したのか?


『それは時間項が決定されておらず、時流のラッチ(latch)が起きていないからです』

「何だよ、ラッチって?」


「オメエには理解不能だよ」

「うっせぇな。それはな、お前がわざと難しい言葉使って説明するからだ。易しく言ってみろ。俺だって理解できるワ」


「ふんっ、噛み砕いたって理解不能だじぇ」

「言ってみないとわからねえぜ」


「ん~~~~~っ、んんっ!」

 社長から猛烈な咳払いを貰った。


「だって社長。こいつがエラそうに……痛っ」

 ハゲ頭を赤く染めて一発お見舞いされた。それから、

「静かにせんか、アホんだら」

 と怒鳴り散らしてから優衣へ向き、

「かまへん。社長命令や。やりなはれ」

 いつにもなく強行する模様だ。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が撃つんだろ。まだ心の準備が……」

「アホか! 今から撃つんちゃうで。過去のおまはんが撃ったんや。ようするにとっくに終わっとる。心の準備もへったくれもない」


「そういうことです」


「いや、ちょっと待ってくれよ」



 俺にはどうしても腑に落ちないことがある。


 もし過去に知らせて彗星の軌道を(くつがえ)したとしよう。

 と言うことは、この時点で彗星の位置は大きく変わっていないとおかしい。でも未だに彗星はプロトタイプの冷却作業をする連中から大きく離れた位置を遠ざかりつつある。


 時空修正は失敗したのか?


『それは時間項が決定されておらず、時流のラッチ(latch)が起きていないからです』


「何だよ、ラッチって……なっ! のぁぁぁぁぁぁ! まただ!」



「なんやねん。さっきからうっさいな」

「しゃ、社長。次元が分かれた。メッセンジャーの時と同じ現象だ」


「は?」

「ほんの少しだけど、同じ時間が流れたんだよ今」


「ワシにはそうは感じまへんで」

「いや。あの……」

 しつこく迫る俺を優衣は引き下がらせて、

「時空修正があった証拠です。時間の流れが逸れたんです」


「ほんまかいな」

 と首を捻った途端。社長は頭を抱え込んだ。

「なんや気分悪なって来た。頭の中が泡立つみたいや」


「社長さん。それが感情サージです。時空修正を思い立った瞬間、時間格子(grid)が確定しつつあるんです。しかも以前と異なりお二人が直接関与したためダメージが大きくなっています」


「ど、どないしたらエエんや?」

「受け入れるしかありません。どんな記憶の変化が起きても素直に受け入れてください。抵抗するほどにひどくなります」


「しゃ……社長。俺もなんだか頭ん中がおかしいし。修正はやめておこうぜ。だいたい過去の俺が無断でフォトンビームを撃ったら、頑固オヤジにどやされるに決まってるだろ」

「誰が頑固オヤジや。それやったらワシを説得せんかい、アホ」

「じゃ、じゃあ。玲子にでも打ち明けて手伝ってもらおうか?」

「あーそれはやめたほうがいいです。関与した人が増えるほど修正時のダメージが大きくなります」


「でもよ。協力者無しではこの頑固おやじは……痛ってえ」

「うっさい!」


「そこは過去のシロタマさんにご協力をお願いすることにします」


「まかせるデしゅ。コイツよりシロタマのほうが頼りになること確実でシュよ」

「コイツって言うな!」


 どちらにしても過去の俺。頑張ってくれよな。そんな記憶はまったくねえけど。

「ほれ。時間がおまへん。裕輔なんか相手しとらんと、現在のプロトタイプの位置へ突っ込む軌道へ変えるには、どの辺からどっちにガスを噴射させたらエエねん。計算してや」





 ほどなくして。

「うまくいくかな?」

 不安を打ち明ける俺に、

「だいじょうぶや。おまはんは根性ないけど言われたことはちゃんとやるヤツや」

 褒められた気がしないのだが。


 そしてそれは始まった。

 シロタマが綿密に計算したというメモを丁寧に折りたたんでいた優衣が、跳躍の合図を告げた時だった。

「それでは行ってきます」

 と優衣は言った。

 もちろん虹色の光と共に過去へ飛び、いつものようにほぼ同じ時間に戻って来る、見慣れた光景なのだが、

「どぁぁぁぁぁぁぁ!」

「むぉぉぉぉぉぉぉ!」

 社長と同時に叫んだ。


「あ、あ、頭が……」

 ハゲ頭を両手で抑えつけてデスクに突っ伏す社長。そう、突然頭の中で炭酸が噴き出したかと思った。

 細かな粒子が爆発的にあふれる感じだ。それが何かと表現できない。細かな粒子は思考を分解して一緒に噴き飛ばしてしまうからさ。


「うごぉぉぉぉぉ。何だこりゃ!」

 頭を抱えて、床の上をのた打ち回る俺へと優衣は飛び付いた。

「我慢しないで。素直に受け入れてください」


「何を受け入れるんだよ。意味不明の泡みたいなもんが湧いてくるだけなんだ」


『時間的な細かい変化の揺れ返しです。時空修正を行った当事者が持つ記憶に対して襲いかかる震動現象です』

 と言うのはシロタマ。


「当事者じゃない人は、どないなりまんねん」


『74秒遅れて現れますが、今回の時空震ならめまい程度で知らぬ間に記憶の書き換えが終わると思います』


「何で俺たちだけが苦しむんだよ」


『当事者だからです』

「お前だって当事者じゃねえか!」


『シロタマやユイたちにはそれが起きない仕組みになっています』

 気楽に言いやがって。ぐぉぉぉぉ。頭の中が……泡立つ。


「間もなく記憶の変化が起きます」

 優衣の宣言通り、

「ぐうぉっほっ!」

 激しい嘔吐と一緒にめまいが襲った。尋常ではないめまいだ。床が歪み、縦回転と横回転が同時に起きた。もちろん物理的には何も起きていないが、とにかく俺の三半規管を誰かが鷲掴みにして激しくシェイクした、としか言い表せない。


「うぁぁぁぁぁぁぁ」

 きつく目をつむっているのに、数々の光景が瞼の裏側を流れて行く。

 記憶が甦る――ではない。甦ると言うのは忘れていた事象を思い出すことだが、これは違う。まったく新しいモノと入れ替わるのだ。


 今から38時間前の知らない出来事が激しく暴れて、これまでの記憶と入れ換わっていくのがはっきりと感じられる。

 俺にはそこへ行った記憶が無いのに、優衣からドッキングベイへ来てくれと言う謎のメッセージがディスプレイに流れ、それからとんでもないことを頼まれた。


 そうさ、それがさっき社長の命じたフォトンビームの照準データだ。原因と結果の逆転だ。思考が裏返るとでも言おうか。どう説明していいか、とても難しい。


 強いてすると、大きく膨らませて固く口を閉じたゴム風船を思い浮かべてくれ。それをだな。裏返すようなもんだ。

 な、想像すらできないだろ。三次元にいる者が口の閉じたゴム風船の裏と表をひっくり返すことはできない。それが脳の中では起きるんだ。


 身体の不調は時間の経過が解決してくれた。

 七転八倒、千辛万苦(せんしんばんく)どころか、万辛万苦でも言い表せない気分がようやく治まりかけ、

「これが……ううぅ……。未来から過去に手を出した者の代償でっか?」

 何とか社長が口を開いた。


「感情サージの主な原因は、思考情報波が入れ換わるときに起きる記憶の変化なのです。揺れ戻しが大規模なものになると時空震となって全宇宙にまで広がることもあります」


「どないしたらエエねん?」

「変化を受け入れてください。過去に残された記憶は夢を見たか、勘違いだったと考えると楽になると、昔から言われています」


「おまはんは時間を飛び歩いてて。ホンマに何ともないの?」

「あ、はい。アンドロイドはこいうとき便利です。修正前の自分と修正後の自分とで記憶の同期を取る仕組みになっていますので」


「でもこれを堪えたら……うう。せ、成功すんだろ?」

「アホ。彗星の軌道を変えただけや。もしシロタマの計算が間違っていたら、ぬぐぐぐ……。惑星に衝突せえへんし。ぐももも……くたびれ損や」


「こ。こんなに苦しんでんのに……うぐぐ……かい?」


「やったんはおまはんや」

「ひっでぇぇ。人のせいにしてやがる……ビール一本じゃ気がすまない」


 俺も子供じみた会話だとは思ったよ。でも社長ったら、

「うぬぬぬぬ。二本でっか? くぬぬぬる……うぬぬぬ……ぐがががが」


 おいおい。ビール一本追加するだけでそこまで悩むか?


「悩んどるんちゃうワ。ダメージに苦しんどるんや」

 と告げつつ、青ざめた顔と汗でぐっしょり濡れたツルピカ頭をもたげた社長、幾分苦しみが緩んで来たかと思うとみるみる顔色が明るんで来た。

「なんやこれ? 治まって行くがな……」

「これでシロタマの計算違いがあった日にゃ……暴れるぜ、あれ? ほんとだ……」


 引き際も信じられないほど素早い。これも感情サージの特質かも知れない。記憶の入れ替えに耐えたらいいだけのことだ。


 だからといって……。

「二度とごめんだ」

「ほんまや」

 二人揃ってデスクの角を杖代わりにして立ち上がったところに、玲子が飛び込んで来た。


「社長。ザリオン艦隊が指示を待っているそうです。いまパーサーから連絡が……えっ?」

 玲子が会議室に飛び込んできて絶句をするのも無理は無い。

 俺も社長も汗まみれで真っ赤な顔をしていたのだから。


「あ……。あぁ、これでっか」

 自分の姿を見下ろすように眺めて、

「意見の相違や。ちょっと熱ぅなってな。裕輔と取っ組み合いになったんや。あはは大人気ないとこを見られましたな」

 なんちゅうウソを吐くんだよ、オッサン。


 腑に落ちないが、この場合は同調するしかない。

「まぁ。よくあるやつだ。気にするな」

 玲子は意外とマジな顔になり

「気になるわよ。そんな時は呼んでください社長。あたし、絶対にこんなバカには負けませんから」

 そんなことは重々分かっているワ。お前に勝てる奴はこの宇宙には居ない。


 まだ何か言い足りなそうな素振りを見せる玲子の背に手を添えて、優衣は部屋から押し出した。

「さっ。お二人だけにしてあげましょう。喧嘩するほど仲が良いって言いますし。もうこんなことはしないと思いますよ」


 そうさ。何度も言うが、時空修正は二度とごめんだ。


「シロタマ。ほんで上手いこといったんでっか? 結果はどうなりましたんや?」


『修正には74秒の遅れが出ます。以前までは時間域の隔たりが誤差の時間になると推察していましたが、その後の観測で修正を余儀なくされています。結果と原因の時間的距離に比例するのではなく、74秒と言うイミディエート値があることが判明しました』


「何でんの、イミディエートって?」


『スタティック・ファイナル(static final)です』

「なるほど。そーでっか。エエ勉強になりますワ」


「何だよ。あんたらだけで解決するなよ」


 社長は俺の肩に手を掛けながら、

「定数のことや」


 意味解んねぇー。

  

  

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