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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  スーパーシューター  

  

  

「ふぅぅ。暑いわね」

 額の汗を拭いつつ思わず口にした玲子は恥ずかしげにあたりを窺った。

 誰もが同じ言葉を浮かべていたので、咎めることはない。

 そうあれから1時間。状況は何も変わっていない。


「社長。そろそろクーラー点けてもいいじゃね?」

「アホ! とうにフル回転や」

 冗談で言ったのに、マジでとりやがって。


 田吾は茜から貰った冷水を沁みこませたタオルで頭を覆ってデスクに突っ伏したまま身動き一つしない。たぶん死んではいないと思う。丸く突き出た腹がデスクの下で前後しているからな。


 玉のような汗が首筋を伝う気持ち悪い感触に耐え、

「室温は?」

 と訊く俺に、

「44度です」と答える優衣の声は平静だが、

「訊くんじゃなかった」

 と言うのが正直な気持ちさ。


「これまででんな。機長……離脱しまひょか?」

 ついに弱音を吐いた次の間、パーサーが叫んだ。


《惑星の中から何か出てきます》


 トラクタービームの先。紅蓮の炎の深部が妙に黒っぽく見える。

「出てきたぜ。プロトタイプだ」

 俺は顎を垂れる汗を指で弾き、鼻から息を抜いた。


 さらにはっきりと小山のような物体だと識別できるようになると、残りのデバッガーが集まり色めき出した。


 六角形のオーキュレイ、その艦底から放たれる青いビームが4本に増えており、ひっきりなしにデバッガーが炎と艦船とを往復。

 ほどなくして、水素の火炎から大きな物が浮き上がってきた。

 揺れ動く炎に照らされて赤々と燃えた巨大な物体。その表面にダルマ型のプロトタイプがかろうじて見える。

「ダルマの乗っかる土台は何や? 隕石っでか?」

「ま、まさか。あれが……ダイヤモンド?」

 玲子の瞳の奥が驚愕の色で打ち震えていた。


「ダイヤが燃えてるダ」

「真っ赤に熱せられてまっけど、燃えてはないデ。いや、燃やさんように冷やしながら引き上げとんのや!」

 デバッガーらにとってダイヤが大切なものとは思えないが、なぜ一緒に引き上げるのだろう。


『トラクタービームのターゲットに利用しています』


 シロタマが言うには、巨大な惑星の重力に逆らうには大きな物体を対象にしなければいけないと――。

「つまりそのためのダイヤなのか……」

「じゃあ、ダイヤは偶然の産物じゃないのね。リフト代わりに使ってるのよ」


「賢いですねぇ」

「いやいや贅沢だろ」


「悠長に感心してる場合やおまへんデ」


「そうダす。オラたちのダイヤが燃えてるんダすよ」

 オレたちのではないし、酸素の無いこの気体では燃えない。加えてあいつらは懸命に冷却作業を繰り返している。


「せやデ。あれは炎やない。だいたいダイヤは炎をあげて燃えへんねん。二酸化炭素に変わって消えていくんや。それよりほれ見てみぃ。ラジカルのおかげで温度が下がってきとる」

「よかったダぁ」

 あのね……。ダイヤの話しばかりするなよ。



 方向性がブレだすブタとハゲに、優衣は急いで口を挟む。

「あ、ほら。今がチャンスですよ。社長さん」


「せ、せやった。裕輔、ひとまずダイヤは横に置いとけ」

「だからー。俺は何も言ってないって」


 ケチらハゲは拳の腹を口に当てて咳払いをひとつし、

「ほな、7番と8番を左右から飛ばして……」

「だめレす。全機、いっぺんに行きましょう」


「えっ!」

 茜の発した意外な言葉は司令室内だけでなく、プローブ制御室のパーサーにまで浸透した。

《アカネくん……》


「そんな無茶ゆいぃな」

「いくらなんでも……残りは8機もあるんだぜ?」

「それが同時に爆発すれば、かなりの威力になりますよぉ」


「そりゃそうやけど……誰が狙うんでっか?」

「そうそう。俺にはムリ、無理。ぜったい無理」

 白旗を掲げる俺の脇から、ハゲオヤジへ走り寄る茜。


「社長さん。お願いがありまフ」


「何やねんアカネ?」

「狙撃をおユイさんに代わってくらさい。いいでしょコマンダー?」

 おいおい、そんな潤んだ目で訊かれたら、力が抜けるじゃねえか。


「何か策でもおますんか?」

「おユイさんの腕前を信じて欲しいの」

 必死の訴えに、俺の脳裏にある光景が――。


 いつだったかの悪党の巣。あの酒場で披露した優衣の神業をも越えた射撃の光景。

 撃った銃弾を一度どこかに反射させて、小さなコインを弾き続けた奇跡の銃捌き。普通ならあり得んコトさ。宙を舞うコインを銃弾で当てるだけでも至難の業なのに、こいつは反射を利用して、とんでもない角度に飛んだコインを弾き続けて、最終的に投げた場所に戻らせたんだ。


「社長。俺からも頼む。優衣なら連中のディフェンスを上手く利用して、プローブ数機に対して一発のビームで射抜くぜ。そのほうがフォトンビームのパワーが温存できるし、破壊力が半端無い。言いことずくめさ。大儲けすること間違いなし」


「ほんまかいな?」

 あまりに大げさに言いすぎたのか、懐疑的な目で俺を睨んだ。


「ユイはあたしが部長を務めるシューティング倶楽部の曲撃ち部門では新進気鋭の選手です。オリンピックに出場可能なら金メダル確実の腕前ですよ」


 部長面した玲子はそう言い。社長は無念そうに肩をすくめる。

「残念やけど、ユイはオリンピックに出らへんねん」


 当たり前だ。ドーピング問題以前の話だぜ。人間じゃねえんだもん。

 ま、この際関係ない話はやめておこう。


「わかったがな。全員一致の意見や。ユイの腕前を信じまひょ。よっしゃパーサー。全8機、八方から中心部へ同時に集中するコースで発射!」


《了解!》

 短い返事の後、連発する発射音が響いた。

 パーサーの生真面目さを絵に描いたように均等な間隔を伴って正確に八方から中心へと突き進み、少しして優衣はトリガーを叩いた。


「うそ――っ!!」


 ここで結果を先に知らせておこう。

 優衣の狙撃は想像どおり神っており、クルー全員の息を止めるものだった。


 それは光速で起きた刹那の出来事で、俺たちの目には全てが瞬間、同時だったため、時間を追って説明できない。なにしろ銀龍から放たれたフォトンビームの光線はたったの一本。それが何ヶ所かに渡ってディフェンスフィールドを反射し、ちょうど集まった8機が直交とX字交差を重ねたダイヤモンドクロスを作る、まさにその中心目掛けて串刺しにしたのだ。


 あまりに目を疑う、かつ胸のすくあり得ない光景に、意識が覚醒するまで一刻を要したぐらいで、起きた事象を改めて反芻することで、クリティカルヒットの様子が理解できた。


 まず優衣は、核弾頭プローブが一点に集まる場所へは目もくれず、まったく異なる方向へフォトンビームを発射した。それは集団の端っこのほうに居たデバッガーだった。


 放たれたビームの先端は、そいつの急所とも言えるスキャンビームを放出する顔面のスリットを的確に狙っていた。狙われたほうは堪ったもんじゃない。防御のためにガラス状のディフェンスフィールドを出現させて弾き飛ばす。もちろん優衣はそれをも計算済み。反射した先に居るデバッガーの同じ急所を狙うようにな。


 それを数回繰り返し――何回繰り返したか数えることもできない刹那に、8機のプローブを一気に(つらぬ)いたんだ。




 では元の時間に戻そう。


「うげーっ!」

 息を飲む間も無く、プローブは全弾が同時に爆発した。目のくらむ閃光が空間を引き裂き、巨大な光球が膨れ上がった。

「す……すげぇ……」

 しばらく部屋が沈黙に落ちていた。


「あ……」

 だいぶして我に返る。

「や……やった!」

「ダイヤが……」

 玲子が手を握り締め、社長が顔をしかめる。


 思惑は色々だけど、俺たちは勝利を確信していた。爆発は凄まじく、瞬間に蒸発するデバッガーのシルエットを何百体も見ることができた。


「すごいダ……ユイ」

「でしょ。でしょ。すごいでしょ?」

 茜は得意満面ではしゃぎ回っていたが、それはお前の未来の姿だ、ということを後で教えてやらなくてはいけない。


「ディフェンスフィールドを何回反射させたんや? 信じられへんで……」

「まぐれ当たりですよ」と優衣。

 それはアンドロイドが発するセリフではない。


 だが弛緩するのはまだ早かった。

 爆発の勢いが収まった時、俺たちは呆然となる。


「何や、あれ……?」

「でっかいディフェンスフィールドだ」

 爆発を(はば)んだのは、格子状に並んだデバッガーの集合体だ。それぞれにフィールドを張り、巨大なシェルターとなって爆発の威力を抑えていた。


 それはつまり――。

「よかった。ダイヤは無事やっ!」

 違うだろー。オッサン。


 デバッガーの能力をも凌駕する、ケチらハゲの観点のズレ方。


「あぁぁ。プロトタイプが無傷ですよー」

 悲観した茜の声が痛々しい。

 優衣は超スーパーシューティングを披露したのに結果は見事に外れた。

 あのプローブが最後の勝負だったのに……次の一手が無い。


「まだ手はあるわ!」

 と叫んだ玲子の瞳が異様に燃えていた。


「まさか、また例の剣術か? そんなもん、空気の無い宇宙では何の役にも立たんぜ」


 玲子は一瞬ムッとした。

「当たり前でしょ。そんなことあたしだって分かってるわよ! 奥の手があるの」


「おまはんの言う奥の手ってなんやねん?」


「特殊危険課の切り札です」

 社長に振り返り、玲子は楽しげに言った。

「特殊危険課に切り札なんかねえよ」

「あたしの家来をここに徴集させるの。全員集合よ」


「家来って……。まさか!」

「そう。こう言う時のために猛者(もさ)を揃えたんですよ」

 異様に光り輝く瞳をして言いのけるが、揃えたんじゃない。勝手に集まったんだ。いや、お前が集めたんだ。


「ざ、ザリオンでっか!」

「そうです、社長。ザリオン艦隊全軍を呼び寄せれば、あれぐらいのデバッガー目じゃないですよ」


「また集めるのか……あの宇宙一、荒っぽいあの連中を?」

 俺の喉はカラカラに渇き切っていた。


「そうよ。特殊危険課ザリオン支部を集合させましょう」


 俺の体から派手に力が抜けていく。頭の中を数々のシーンが巡っては消えた。

 あぁ。また災厄がやって来るのか。

 ある意味、デバッガーよりも厄介だぞ。

  

  

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