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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  プロトタイプ横取り作戦  

  

  

「パーサー。作戦開始や!」


《了解。一番機発射!》


 発射音が微妙に機体を伝わり、司令室内の緊張が一気に高まる。

「さぁ始めんでぇ。まずはお手並み拝見や、裕輔のな」

「俺じゃねえって、フォトンビームコントローラーを作ったシロタマだよ」

「誰でもいいじゃない。とにかくお手並み拝見よ」


 それを聞いた茜は、

「お手紙ハイケン……ですか?」

 トンチンカンな疑問を浮かべ、

「きゅりらぁらゆりゅりぃ」

 とミカンが何か言い。

「それはペットのワンちゃんのことでしょ?」


 まさか、お毛並み拝見とか、言ってんじゃないだろうな?


「きゅりゅーりりゅら」

「あー。そういうことレすよね。なるほろね」


 こいつらどこに着地したんだろ。

 とっても気になるが、今は相手になっていられない。放置しておこう。



 茜とミカンはともかくとして、全員の視線が部屋の正面に集まっていた。

 スクリーンに映る物体、それこそが奇妙な縞模様をした巨大な惑星、プロトタイプの営巣地だ。

 充満する水素に火を点けて、今からそいつを炙り焼いちまおうと言う算段だ。うまくいけばこれでミッションは終了、故郷に帰れる。



 パーサーが放った発射の声から遅れること数秒。白い輝線が惑星を右から回り込んで伸びていく。玲子たちはそれに目を据え置くが、俺は自分の前にあるディスプレイに注目していた。


 こちらにも同じ惑星が映るのだが、飛行するプローブの先端を緑の十字が追従しており、その周辺に位置情報やら、目標までの距離、到達までのカウントダウン値などが整然とオーバーレイしている。


 そして耳に伝わる短いビープ音。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


「エエか? カウントダウンがゼロになると同時に音とロックマーカーが赤色に変わりまっからな、それを合図にトリガーを叩きまんねんで」

「もう説明はいいよ。3回目っすよ、社長」

「そうか? そうやったか? あー。もうすぐカウントダウンが終了するで!」


 うぜ……。


 とかつぶやくうちにに、緑の十字が赤色になり点滅。同時に、


 ピィーーーーーーーー。


 ビープ音が鳴り続けるので、トリガーボタンを押す。直径5センチはあろうかと言う大きな丸い押しボタンさ。ゲーセンのゲーム機に使われるヤツの流用だ。ようするに俺の頭の程度に合わせたとシロタマが主張する屈辱の仕様さ。



 トリガーを人差し指と中指で押し込むと同時にディスプレイが発光する。惑星の胴体に留まる赤色の十字マークへと輝線が貫き、わずかな間を持って縞模様の大気の奥でオレンジの光が点る。それは見る間に大きく膨らみ白色の光球となった。


 俺の前にあるディスプレイが次の標的に切り替わる。

「次や、裕輔」

 映像が変わってもやることは同じさ。

 次のプローブは惑星の北極点から侵入して行く。緑の十字がそれを追従し、濃密な大気深くへと吸い込まれ、少しの間が空いて赤色十字と合図の音。それから変な間が空いて、


「撃てっ!」


 うっぜぇよ。


「ガキに言うみたいに、いちいち耳元ででかい声を出すなよ、社長」

 しかもタイミングがおかしいし。



 惑星に向かって銀龍から残り6本の輝線がそれぞれゆっくりと円弧を描いて行く。どうやらパーサーが全機発射した模様だ。綺麗に一定の時間差が付加されたのがよく解る。パーサーらしい丁寧な仕事だ。



 4本目のプローブへビームを的中させたところで瞬間の途切れ。それは優衣が星の裏側へ銀龍を転送した時間的な隙間さ。


 8本を一定の間隔で爆破させないと効果が薄れる、と言うシロタマ大王様の忠告に従って、アクロバティックな狙撃を強いられるのは計画どおりだ。それよりも今日はどういうワケだろ。優衣が眩しくって仕方が無い。気が付けば目が移っている。


 その理由はこうだ。

 俺にとって、栗色ボブカットは禁忌に触れるのだ。それは抹消次元の優衣と同じだからさ。

 よりにもよってなぜ今日は黒から栗色に変えたんだろう?


「おい、田吾。ユイは栗色ボブカットでいいのか?」

 緊迫した空気の中でおかしな発言だが、気になってしょうがないのだ。


「はぁ? こんな時に何言ってるダ? 栗色ボブは次の作品のテーマだスよ。ヒット間違いなしダ」

「そーじゃなくて。昨日までは黒色のサイドポニーテールだったろ?」


「今日はオラが頼んで栗色にしてもらってんだ。モデリングの際に思い出しやすいように今日は一日見て目に焼き付けるダ」

「俺的には黒髪のほうが……」

「そうか。裕輔は黒髪サイドポニテが趣味ダすか。んダば、それは数を少なくしてゲキレア物にするダよ。うん。またまたヒットの予感がするダ」

「別にフィギュアの話しをしてんじゃないんだ……」


 だとすると、照準モニターを見るたびに頭の奥に浮かんでくる黒髪サイドポニテの優衣は何だろ?

 何か重要なメッセージを受けた気がするんだ。


 俺の思考は濁り続けていたが、深く考える時間が無い。核融合暴走作戦は順調に運び、8本目。最後のプローブが惑星の腹に吸い込まれて行った。


 長く鳴るビープ音に合わせてトリガーボタンを叩き込む。

 すると茜とミカンの無邪気な歓声が湧き起こり、ヒットしたことを知らせる。しかし意識は違うところを巡っており、まるで他人事のようだった。


 確かに黒髪のサイドポニテの優衣と会話した記憶がある。既視感だろうか?

 頭の中はそればっかり。気分は霧中に沈んでいた。何かが引っ掛かってしょうがない。


 だが、沈んでいく意識とは真逆に、ビューワーにはとてつもない変化がやって来た。 


 外壁を通して何も伝わって来ないが、もの凄まじい爆発が連鎖しているのが想像できる。巨大な白色の光球が星の中心部にいくつも広がり、あり得ない大気の激流が縞模様を大きく歪め、場所によっては渦を巻き、のた打ち回る竜を描いたかのような模様へと変化していった。


「すごいダぁぁ。オラたちでこんなでっかい星をぶっ潰したんダすよ」

 凄絶(せいぜつ)な光景に田吾は歓喜を表明し、社長は叫ぶ。


「機長! 安全圏まで離脱や。最大出力!」


 エンジンが唸り、ビューワー内の映像が旋回する。玲子が後部カメラに切り替え、その映像が画面いっぱいにズームアップ。

 営業部のプレゼンの手伝いで、説明に合わせて画面の切り替えとかやるので、これぐらいの操作はあいつでもできる。


 8本の起爆剤で核融合の暴走を誘発させられた星は、苦しみに(もだ)えるように内部から水素の渦を繰り返し噴出させるが、強烈な重力に引き戻され再び沈んで行く。それは惑星規模で起きた凄まじい対流だった。


「光り出したぞ」

 電球のフィラメントがぼんやり輝きだしたのと同じ暗いオレンジ色の光が、星の中心で灯っていた。


『まもなく臨界状態になります』


「どういうこと?」首をかしげる玲子に、

「新しい太陽の誕生やがな」

 社長の口調は楽しそうでもあり、プロジェクト完了の充実感に浸る満面の笑みでもあった。


 オレンジの光は強さを増し、山吹色、そして黄金色、さらに白色へと移り変わり、それが全体に広がると瞬間に朱と赤黒い(まだら)模様に落ち着いた。巨大な惑星全体がほぼ同時に瞬くその変化は生き生きしており、まさに活火山から吹き出す溶岩流の数千倍の威力を感じさせる。赤い斑模様(まだらもよう)が蠢き、黒々した亀裂から山吹色の炎が噴き出す。惑星が血湧き肉躍る、そんな状況に変貌して行った。


 惑星を膨れ上がらせる速度もあり得ないスピードなのだが、それを抑え込もうとする重力のほうが大きいのだろう。全速で退避する銀龍に迫っていた爆発の勢いが徐々に弱まりだした。


「何や、あれ?」

 光の渦の中に黒い点が現れた。

 炎の外に現れた黒点は、六角形型の艦船の縁が覗いていただけで、まるでグツグツと煮えたぎるシチューの中から入れた覚えのない黒い物体が浮かんできたかのようだ。それが素早い動きで飛び出してきた。


「宇宙船だっ!」

 六角柱をスライスしたような艦影だった。


「ネブラの重要艦船のひとつで、D級の新鋭船、オーキュレイと呼ばれる中型艦です。おそらくプロトタイプの護衛をするために派遣された船だと思います」


「オーキュレイ……」

 時空を超えた護衛艦と言うわけか。


 社長は決意に燃えた目で訊く。

「シロタマ。銀龍は核融合爆発の影響圏外に出てまんのか? 停船しまっせ」

『まだわずかに圏内ですが、ディフレクター最大で対処すれば停船可能です』


 社長は俺に顎をしゃくり、

「ダンプナーともに最大レベルや」と告げ、通信機のマイクへ唾を飛ばす。

「機長! 連中に気付かれたらやっかいや。フォトンビームのエミッター先端が連中に向くように機首を回転させて停船や!」


 素早い決定が功を奏したのか、連中はこちらに気づくことなく何らかの行動に出たようで、船の天井部、六角形の運動場みたいに真っ平らな平面に黒いゴミのようなモノが出現。

「ち、ちょう待ちぃや。あの黒いシミみたいの……まさかデバッガーでっか?」

「そうです。その数、数千です!」

「あれで数千となると、どんだけあの船でっかいねん」


「クラス別で大きさが決まっていまして、あのD級船なら一辺1000メートル、厚み280メートルの正六角形で、最大収容兵員は1万5000です」


「でっか!」

「ほんとだ。この距離から見ると薄っぺらに見えるが、実際は大きいんだ」


「せやけどこんなのがぎょうさん襲来したら、アルトオーネなんかひとたまりもおまへんやろな」


 肯定するだろうと思っていたら、意外にも優衣は首を振った。

「本当に怖いのは、連中が本気で襲う時に現れるスケイバーと呼ばれるG級の大型戦艦です。最大収容兵員は50万を越えます」


「50万のデバッガー……何ちゅう数だよ」

「あ、はい。何機ものスケイバーに襲来されたらひとたまりもありません。そうやっていくつの文明が滅んだことか……」


「お……おとろしい話しやでホンマ」

 想像するだけで縮みあがる話だ。これまで出遭ったデバッガーは数体だった。だが目の前で広がるとてつもない群れ、あれで数千だと言う。ネブラ全体ではそれが500兆だ。もの凄まじさを感じて背筋が凍った。


「玲子、スクリーンを最大まで拡大してみぃ」

 社長は恐怖に肩をすくめ、スクリーンへ視線を移す。


 ぐいっと視界が寄る。

 薄い緑がかった色に塗装された船体。側壁は無機質に這わされた無数のパイプがのたうち、窓らしき隙間からは強い光が漏れている。最下部の船底と最上部は真っ平らな六角形で、そこにも編み目のように六角の模様が引かれていて、飾りっ気の無い機能性だけを前面に押し出した無感情なデザインは、明らかに人ではない者が作ったという雰囲気を感じさせる。



「ネブラは六角形を基本として設備を組み上げていきます。ですので艦船も六角になるのが通常です」

「じゃあ、ブラックネブラって蜂の巣みたいな感じなの?」

 まだ正式に出遭ったわけではないが、目の前の六角形型の戦艦を見て、玲子が蜂の巣を想像したのは妥当なところだ。


「兵隊さんの出陣や」

 デバッガー自体にも推進装置があるため、艦船の表面に集まっていた物々しいまでの数に達するデバッガー軍団が次々と最上部デッキから宇宙に飛び立っていく。

「働きバチみたいね」とは玲子。

 ハチが群れをなして飛び立つ、玲子にしては最も的確な表現をしたと思う。誉めてやらんけどな。


「せやけど、あいつら何を始める気ぃや?」

 船を中心に空間に散ったデバッガーが炎をバックにして黒い雲となって蠢いていた。


「何してまんのやろな? ここからではよう分からんな……機長もうちょい引き返しまひょか」


『推奨できません。ハイパートランスポーターが使用可能になるまで、最低でもあと6時間の充電が必要です』

 機長ではなくシロタマの報告モードが強く言葉を遮った。


「今はフレアーの陰で見つかっていませんが。気付かれるとあっという間に乗り込まれて制圧されてしまいます」

 優衣も不安げに忠告した。

「せやけど、プロトタイプがどうなったか見届けなアカンやろ」


『結果はここからでも観察できます。プロトタイプが破壊に至った場合、ネブラが誕生しない方向へ歴史が修正されるため、目の前のオーキュレイ艦が消滅します』


「そうはゆうても。ダイヤも気になるし……」

 まだ言ってるよ。


 機長がとんでもない提案を平然とする。

《社長。惑星から噴き上げる炎を盾にして真横から近づいてはどうでしょう。ワタシは太陽を背に光に隠れて敵機に近づくのが三度の食事より好きです》


 何ちゅうもんを好物にしてんだ。

 やっぱこの人も病気だ。特殊危険課は病んでるぜ。


「もと戦闘機乗りやからな、あの男」

 通信機を一度切ってそう言いのけ、再度、接続し、

「ほな。任せる。危険を感じたらさっさと逃げるんやで」


 隣から補足する優衣。

「機長さん。連中のスキャンビームに捉まらないようにお願いします。補足されたら数秒で構造維持をスキャンされて転送で乗り込んできます」


《大丈夫ですよ、ユイくん。こっちにはシロタマの作ったフルガードディフレクターという船体構造強化アルゴリズムがあります》


 それが一番怖ぇぇんだよ。


「解りました。お任せします」

 俺は引き下がりたくなかったが、優衣が言っちまったんだからどうしようもない。このような状況において、最も信頼を置けるのは優衣なのだ。その証拠に社長も黙り込んでいた。

  

  

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