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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  暴走核融合炉計画  

  

  

 銀龍の正面を映すビューワーのスクリーンは、オーバー輝度からカメラの破壊を守るために真っ暗のままだ。それを見るには俺の正面にある小さなディスプレイしかないのだが、シロタマと社長が入れ代わり覗いていたので見損なっちまった。

 と言う経緯で、結局、プラズマフォトンレーザーがどこを狙ったのか、知るのはタマと社長だけになった。



 ここからは俺の憶測だが。

 銀龍はプロトタイプが潜む惑星上を周回中なので、標的になったのはたぶん宇宙に漂う岩の塊だと思う。でも本音を言うと、その瞬間を拝んでおきたかった。パーサーは小さな都市を一瞬で破壊するパワーだった、と報告しただけになおさらだ。



「ちょっと、ねー。すごいじゃない?」

 玲子は破壊力を聞いてから急激に興味を持ったらしく、たいそう興奮しており、撃ち終わって電源を切られた制御パネルを執拗に触ろうとした。


「おい。やめろよ、急にどうしたんだよ?」

「いいじゃない。今は触っても動かないんでしょ?」


「ああ。さっさと電源を切りやがった。どこまでケチなんだ、あのオヤジ。きっと自分の家ん中もそこらじゅうの電気を切ってんだぜ。でっかい家のくせして真っ暗なんだろな。ほんとシズカさんもたいへんだ」


 あー。無駄な情報かもしれないが、『静香(シズカ)』さんとは社長の奥さんの名前で、エライ若くて綺麗だと言うもっぱらの噂だ。何しろ自分の会社の秘書を有りえんぐらいの美人で揃えるぐらいだから、自分のワイフも相当なものに違いない。


 ついでに――俺とデスクのあいだで蠢く、ほっそりとした背中と宇宙一心地よさそうな尻を拝みながら思う。

 こいつもその秘書の一人だ。おとなしくしていれば、百人中百人の男と、散歩中の雄犬まで振り向かせるだけの美貌を持っておきながら。惜しいな。今じゃ怖がって誰も寄り付かない。


「また名前の変装するんですかぁ?」

 シズカと聞いて、満面を喜色で染めた茜が微笑み寄って来た。

「バカ。大声で言うな! それは封印だって言ってんだろ」

 少々焦り気味に、社長が座っていた部屋の奥を垣間見る。


 優衣と何やら会議中だった。


 ひとまず胸を撫で下ろす。

 玲子はまだ体を乗り出して、俺のデスクに並ぶ機器を白く滑らかな指で触れ回っていた。

 格闘技全般師範格と宣言するには、あまりにも白く透明感のある指は信じられない。


 いつまでも後からじろじろ見ていると、またヘンタイ扱いされそうなので、ちょうど茜とミカンの中間辺りを通過中のシロタマに声を掛けようと、目線を上げた途端、笑いが噴き出してきた。


「ぶははは。こいつ、バカ丸出しじゃねえか」

 ついさっき玲子に落書きされた面をこちらに晒して、平然と浮遊していた。


 その時の状況を軽く説明しておこう。

 シロタマは前後の区別がとても分かりにくく、喋ると球体表面の一部がペコペコとへこむので何とか前後が解るのだが、喋るまでは見当もつかない。そこで玲子は自分の口紅(くちべに)を使って、正面と思しき場所に赤い丸を描いたのだ。それがかなり雑な丸印なので、ひどく笑いを誘って来る。


 玲子に対しては絶対服従のタマは、ボディに落書きをされたのにそれを黙認しており、その赤い丸模様を自慢げに披露していた。


「ぶふふっ」

 噴き出してくる笑いを堪えつつ、俺は問う。

「タマ……。会議でどんなことが決まったんだよ? さっきから優衣と社長が引っ付いたまま離れねえんだ」

 異時間同一体の出現もあり、どうにも気になって仕方がない。


『それは嫉妬と呼ばれる感情ですか?』

 報告モードは常に冷然とした女性の声なのだが、あの赤印が玲子の唇に最も近いと思うと、今日の奴はやけに(つや)っぽく感じる。


 茜とミカンが同時にシロタマを見上げ、

「きゅらりゅりゅりーりゅらら!」

 ミカンは意味不明の言語で(はや)し立て、茜は不可思議な物を発見した天文学者みたいな目をした。


「ルシャール星では『焼きモチ』と言うみたいです。お餅って……どうして? えー? コマンダーがおユイさんにお餅を焼いてあげるのですか?」


『それは《妬く》と《焼く》を、』

「もういい、タマ。何で俺が優衣に餅を焼くんだ! 変なこと言うな」


 玲子までギラギラした目で振り返り、おかしな声を出す。

「あれあれぇ? そーなの、裕輔ぇ?」

「きゅりゅ?」

 ミカンが茜に何か言って、さっと奴らの視線が俺に注がれた。


「お前ら勝手に何を言うんだ。それはあり得んだろ」

 平静を装いつつ、ちょっとドギマギ。

「あのねー。俺はマナミちゃん一筋なの」

 急いで否定。


「それだけは許さないからね!」

 即行で断ち切る玲子へ、

「マナミちゃんの親でもない奴が即断するな」

「親以前の問題よ。あの子はあたしの後輩なの。なんであんたなんかとくっ付けるのよ。バーーカ」


『今の言動は焼きもちの典型的な例だと断定します』

 茜とミカンがこちらを向くのを背で隠しながら、玲子と同時に起立してシロタマを睨み倒す。


「「変なこと……」」

 久しぶりの共鳴、意気投合だ。


「言うな!」

「言わないで!」

 と言った後、玲子は俺に黒髪を翻して口先を尖らせる。

「なによ!」

「な、何だよ……」

 何でこいつ俺に怒ってんの?


 よく解らん。首を捻る。


『これはご両人。失礼しました。失言と言うことで処理しておきます』

 今日の報告モードは、なんだかとっても人間臭いぞ。


「ぴゅりきゅろりゅらーりゅりゅ」

 またもやミカンが茜に何か言った。

「玲子さんとコマンダーの鼓動と血圧が異常に高くなってるそうです」


 アカネ……そんなこと訳さなくていいよ。


 ミカンは高機能な一人用救出ポッドだ。バイタルスキャンは茜以上に正確だろうが、俺は今のセリフを掻き消すように言い張る。


「それはな。風邪気味だからさ」

「あ、あたしもそう。この人にうつされたの」


「何でもいいけど、ちょっと静かにしてくんろ。ご両人……」

 田吾ぉぉ。俺を見捨てないでくれ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「早く会議の話に戻してくれよ、タマ」


 シロタマはふありと俺の真上へ移動して報告モードに切り替わった。

『この惑星には非常に強い重力で閉じ込められた水素以外に、中心部周辺にデバッガーが持ち込んだレアメタル、特にパラジウムが大量に存在します。これは明らかに必要なエネルギーを原子核融合反応から得ようとしていると推測できます』

「そんなことできんの?」


『この星の規模ですと、自ら核融合反応を起こすのは中心部の最も奥深い部分だけですが、連中はそれをコントロールするつもりです』


「天然の核融合炉ってヤツか。そんなのがあるんだ。でもさ高圧なのは分かるけど相当な温度が必要だろ?」


「ピクノ核融合ちゅうらしいで」

 素人相手に進展しない話しに業を煮やしたのか、それとも退屈したのか、社長も顔を出した。

 気分は良くなったようで、ついでに俺もすっかり元気さ。いったいあの症状は何だったんだろ。


 ところでだ。

 科学研究所の職員でないと理解不能の話しは横に置いてだ。もっと何か重要な案件があったはずだろ――なのにモヤモヤと霧で覆われたみたいに、曖昧模糊とした存在感だけが漂っていて気味が悪い。黒髪の優衣から何か言われた気がするのだが、どうしても思い出せないのだ。


「何ですか、ピクノって?」

 訊いたって解らないくせに、玲子が尋ねていた。


『非常に高密度な星の内部で起こる核融合反応のことで、電子が原子核のクーロン力を強く遮断して、低温の状態でもゼロ点振動による量子トンネル効果により核融合が起こることです』


「トンネル効果? どっか穴でも空けるの?」


『壁の向こうにいる人物に何かを知らせるために、小石を投げることを想像してください』

「はいはい。したよ。赤丸クン」

 玲子の口紅で塗られた赤い丸印に向かって応える。


『壁が高いほど位置エネルギーを大きくする必要がありますが、壁のほうがはるかに高くなった場合、強く投げてもそれを越えることができなくなります。しかし量子力学では投げて越える必要は無く、そこをすり抜けることができるのです。時間とエネルギーとの不確定性原理です。それが量子トンネル効果です』


「出たよ。むずかしい話で煙に巻く作戦だな……。おい、みんな気を付けろ。赤丸クンには騙されるなよ」

「うぷぷぷ」


 玲子は赤い落書きに目を落として笑ったが、茜はポカンで、シロタマは無機質のまま続ける。

『量子力学では粒子を波としても扱います。波は回折と呼ばれる現象を起こし障害物の裏側へ回り込むことができます。つまり小石は波となって壁の裏側へ回折し、相手に届くのです。これは声と言う音波が波であり、回折によって向こうへ伝わるのとまったく同じ現象で、事実ダイオードやトランジスタなどの半導体はこれと同じ原理です。また連中がパラジウムを大量に持ち込んでいるのは核融合反応を制御するため、』

「あーわかった! もういい」

 黙っていたら、こいつは永遠と喋り続ける。急いで中断させた。


「タマ! こんなところで物理の講義をしたって、誰も付いて行けねえよ」

「これって物理なの?」

 玲子にしたら、今シロタマによって長々と綴られた説明は、召喚魔法か、黒魔術の呪文と変わらんのだろうな。


 いやいや。待てよ。

 シロタマだったら魔獣でも呼び寄せることができるんじゃないか。何しろあいつのやることなすこと、俺にとっては災厄(さいやく)ばかりだ。


「きゅーりぃ。きゅらら」

「ミカンちゃんは、すばらしいですって」


「マジで言ってんのか?」

「たぶん……。わたしはてんでパーですけど」


「自分で言うだけ立派だよ、アカネ」


 ほくそ笑んだ社長が近寄り、俺たちに言う。

「ま。そういう事や。シロタマの意見に反論があんのやったら、もうちょい時間を与えたるで?」

「め、めっそうもございません」

 理解不能の俺と玲子は急いで手を振り、茜は静観。ミカンも小さく首を振って否定の意思表示だが、それは理解したうえでの否定かも知れない。




 奴の説明が難しすぎたので、ここで要約しておこう。

 惑星中心部で起きている核融合反応を外から何らかの方法で暴走させれば、後は自らの重力と水素を使って反応が誘発し続けるらしい。それはつまり、この惑星系に新たな太陽が誕生するということだな。


「せや。連中らビックリぎょうてんやで。寝耳に核融合や。気付く間もないやろな」

 しかしそんな荒っぽい方法で退治して、大丈夫だろうか。スズメバチの駆除じゃねえんだし。


『問題は何パーセントの確率でトンネル効果がが起きるか、そのためには核融合を起こしやすい原料が大量に必要です』


「起こしやすい原料って?」

 俺が尋ねると、シロタマはこっちに口紅で描かれた赤丸を向けて「重水素です」と答え、

「この銀龍に積んでるの?」

 首をかしげる玲子の朱唇も妖しく揺れ動き、俺の目はついその両方を追い掛ける。

『銀龍の中では、アカネが持ち込んでいるお茶用の飲料水。衛星イクトの地下水に含まれています』


「お茶がまずくなるのは我慢するけど、どれぐらいあるんだ?」


『あの量では、重水素原子は十数個でしょう』

「足りるのか?」


「足りるワケねーだろ、バカ。ユウスケ!」


「いきなり素に戻るんじゃねえ! 俺は素人なんだ。そんなの知るわけねえだろ!」


「こんなの宇宙の常識デしっ!」

「悪かったね、常識の無い男で!」


 横にいた玲子の袖を引き、

「こいつなんか重水素と聞いて、どうせ酒に混ぜて飲むもんだと思ってんぜ」

「え? 炭酸系じゃないの?」


「……やっぱし。唖然だぜ……玲子。ほらシロタマも赤い口を開けて見てんぜ」


 玲子はごまかすように強く咳払いをして、

「もう! あなたたちの喧嘩にあたしを巻き込まないでよ」

「喧嘩は好きだろ?」

「ばーか。クチゲンカなんかするのは子供じゃない。あたしは体を使ったほうが好きなの。なんならここで勝負する?」

「おーやってやろうじゃねえか!」


「うっさぁぁーーい!」

 社長が割り込んだ。


「重水素は重水と呼ばれる水にぎょうさん入っとるんや。ハイボールの話しなんかしてへんデ! アホかほんま! 二人とも引っ込んどきなはれ。何でこんなとこで取っ組み合いを始めなあかんねん。裕輔も玲子に引っ掛かるんやない。互いに意識してることがバレバレやがな」

「あぅっ!」

 俺は息を詰め、玲子は超小声で囁く。

「バカ……裕輔……」


「見てみい茜とミカンの眼。動物園の珍獣コーナーを観る眼ぇやがな」

「あ……」

 ミカンと茜の熱く潤んだ四つの丸い瞳が据え置かれており、社長の肩口からは、優衣の慈愛に満ちた暖かな視線が俺を捉えていた。


「こ、これはだな、アカネ。えっと挨拶だな。挨拶さ。『こんちは』『ごきげんよう』と同じ意味だと思ってくれたらいい」


 社長はぷいっと俺に背を向け、

「ほんで、ユイ。どうや行けそうでっか?」


 茜はミカンの後頭部を押す。

「さぁ。ミカンちゃん、キッチンに行きましょうか?」

「きゅーつりゅるりぃ」

「あたしも見学に行こうっと」

 玲子も両腕を背に回し、半スキップでその後を追った。


 俺だけがぽつねんと残され、部屋の中では田吾がフィギュアを削る音だけが浸透していた。


「何だよー。生殺しかよ……」

  

  

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