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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  近未来からの要請  

  

  

 野菜の栽培室として改造された第四格納庫から眩しいまでの人工太陽光が外に漏れていた。

「また開けっ放しで作業してる。お前からも注意してくれ、太陽光が関係ない通路まで洩れてたら社長がうるさいんだ。もったいないって」

「わかったわ」

 玲子は気さくに返事をして栽培室に入ると横スライド式の扉を閉めた。

 本来は自動扉なのだが、必要性の無いところの電源をあのケチオヤジが切っており、いまや完全に手動式さ。


 複雑な気分で玲子の後ろ姿を見送り、重い足を引き摺って最後部で左右に別れた階段を目指す。左側は上階の後部展望デッキ。右側が階下に向かう階段でドキングベイへと続く。


 ドッキングベイは、発着デッキとも呼ばれる外部から他の宇宙船を迎い入れる場所だが、普段は固く閉じられて真空の宇宙とは遮断してある。広さは上の格納庫とは比べ物にならないぐらい広く、時々玲子が無許可で入り込んでランニングをするくらいだ。


 特別な女子に『ひとりで来てください』などと呼び出された時の期待感とは天と地の差がある。きっと時間の流れに関することで無理難題を押しつけられるのだ。


 なんたって思い当たる節が数々ある。


 悪鬼と変貌したカエデを騙すために、未来から来た優衣が茜に化けて問題を解決したり、俺たちの前で破壊されたと思わしておき、実は過去に遡り、帝国の女王として400年も君臨して再登場された日にゃ、俺はぶったまげたよ。かと思えば、ケイゾンでは過去から未来まで何人の優衣が登場してきたことか。しばらく悪夢となって俺を悩ませたのは記憶に新しい。



「ふぅ……」

 急激に足取りが重くなった。


 平穏な人生を送っていた俺の歯車が狂いだしたのはいつからだろうか。窮地に立たされていた社長と出会い。見かねて手を出したのが運の尽き。世界征服をたくらむ今田薄荷を捕まえたり、おかしな連中と宇宙を飛び歩いたり。俺はただのサラリーマンだったんだ。でも気付けばSF小説の主人公みたいな暮らしを強いられて。


 だいたい時間を飛べるなんてことは物語の中のモノだと言い切っていた人間なんだ。それが今じゃ、そういうモノは物語の中だけで留めて欲しいと切願する立場に切り替わっちまった。


 タイムマシンや宇宙人も、それから技術的特異点を超えた美少女アンドロイドだって、アニメや映画で使い古されたネタなのだ。解るかい? ストーリーを飾る具材なんだ。手段、手法さ。そんなのを目の前にホイホイと並べたくられ、現実逃避するなこれを見ろ、なんて言われても迷惑なだけだ。




 そんなこんなで憂いに沈む気分のまま、ベイへ通じるドアに取りつけられた窓越しに中を覗く。

 思った通り優衣だった。


 こっちの時間の優衣は会議室にいる。さてこの子はいつの時間からやって来たと言うのやら。

 ドアを開くレバーを倒すと、エアーの流れ込む大きな音がした。わずかに内部の気圧が低いのだ。


「俺だ、ユイ……」

 呼びかけよりも先に音に気付いた優衣は、サイドポニテをスローモーション映像みたいに翻した。


「ユウスケさん……」

 まずは栗色のボブカットではない。内心胸を撫で下ろす。

 内巻きになった栗色のボブカットスタイルは要注意なのだ。時間だけでなく次元も違った異次元同一体の可能性がある。


 それに関して簡約して説明すると、玲子が死亡するという歴史を抹消するために、自らが犠牲になってその時間流を断ち切った優衣なのだ。本来ならその時間軸は優衣もろともに抹消するのだが、俺のポケットにはそっちの世界の玲子が使っていた転送マーカーが消えずに存在する。つまり時間項がまだ残っていて、その優衣はどこかの時間でひょっこり出てくる可能性があるわけだ。


 後ろに落ちた黒髪サイドポニテを滑らかな仕草で胸の前に戻しながら、優衣は辺りを窺った。

 俺以外の者に姿を悟らないように振る舞うところを見ると、かなり重要な案件を持ちかけてくるはずだ。


「ディスプレイのメッセージはお前だろ?」

 ほんのわずかにうなずいた。前髪の先っちょが小さく揺れる。


「やっぱりな」

 目の前の優衣は妙な空気を(まと)っており、肌にまで伝わる違和感を覚える。さっきまでの弛緩した空気ではない緊迫感を伴っていた。


 なんとなく落ち着かない様子で、優衣は赤い唇を開いた。

「ユウスケさん。お願いがあります」

 出た。こいつの常套句だ。


「嫌だと言ったら?」

 困らせる気は無いが、こう頻繁だとこっちも拒否の姿勢を見せたくなる。


「この辺りの星域が消滅します」

「ぬぁっ……」

 なぁ。こういう問答はどう返しゃいいんだ?

 そりゃよかったね。か?

 そんなこと知るか、はひどくね?

 俺たちもここに所属する住民なんだし、無視するワケにいかない。


「何をすればいいんだよ」

 ちょっとすげなく、冷っこい口調になっちまった。


 優衣はさっと俺の懐に飛び込むように、あるいはまるで抱き付くかのように数歩で駆け寄って来たもんだから。そりゃあ勘違いするよな。思わず腕を広げちまった。

 その腕をしゅらりとかわすと、優衣は俺の手に紙切れを握らせた。

 無意識にそれを広げ、書かれていた活字にも勝る整った文字の羅列を追いかける。


「何だこれ。フォトンレーザービームの焦点データじゃないか。しかも照射時間まで書かれてるぜ」

「そうですよ」

 優衣はつぼみを広げた花みたいに明るく微笑んだ。眩しくって直視できない。


「どういう意味だよ」

「時間規則で教えられません」

「バカな……。あのな、フォトンビームを撃つってことは、あのパワーコンジットを起動させるんだぞ。そしたらでっかい音がするんだ。ただでさえこの銀龍には口うるさい奴が大勢乗ってんだ。しかも制御盤は俺のデスクにある。誰が撃ったのかバレバレだろ。シロタマがすっ飛んで来て、ミスったミスった、と喚くに決まってるぞ」


「シロタマさんにはもう伝えてあります。黙認するでしょう。いや協力すると言ってくれました」

「……お前ら(あなど)れんな。裏で何をコソコソしてんだよ」


「何もしていません」


 それは全くの素顔で言い放った。ヒューマノイドならここまで素でウソを言える奴はめったにいないだろう。管理者製のアンドロイドは詐欺師の素質を持っているぞと吹聴してやろうか。


「アンドロイドはウソが吐けないんじゃないのか?」

 俺の質問に優衣はとんでもない回答を出した。


「ウソは吐いていません。裕輔さんの身体を考えると言えないだけです」


 んげっ、と喉が鳴った。

「おーい。怖いこと言うな。未来で何があるんだよー」

「言えません。言うと感情サージが起きます」

 出たよ。またそれだ。異時間同一体が対面した時に起きる記憶を媒体にした感情の無限ループ。音響のハウリング現象と酷似している。


「俺と俺の異時間同一体が出会うとでも言うんか?」

「いえ。今回は重複存在ではなく、時空修正による記憶の変化です。脳細胞、とくに大脳皮質連合野に泡が発生します」


「こえ~な~」

「すごく不快だと思いますよ。ワタシには発生しませんけどね」


 そりゃ脳ミソのねえ奴だもんな。

「ありますよぉー」

 まろやかに破顔する表情。まさに茜だった。


「それが起きると死ぬのか?」

 脳細胞が泡立つって尋常ではない。


「今回のはそれほど大規模ではありませんので、最悪気を失う程度だと思います」

 と言っておき、

「苦しみ、のた打ち回ってね」

 楽しそうに終結しやがった。


「詳しい話はもういいや。あんまり聞きたくない」

 とは言ったものの――。

「社長の目を盗んでフォトンビームを発射するのは無理だ。いつも後ろで睨んでるんだぜ」

「どうしてです? これは社長命令ですよ」


「え? なっ!?」

 頭を殴られたようなショックが走った。

「どういうことだ。何が起きるんだよ」

 聞きたくないと発言した行為を即行で覆すことに、今回の場合、羞恥などクソ喰らえだ。


 ところが、急激に熱い物が脳裏を駆け巡り、めまいを耐えるために額を指で摘まんだ。

「あまり考えないで。緩いサージが発生しています」


「そんな無理を言うな。それよりビームは撃てないって」

「でもそれが社長さんの願いなんです」


「この時間の社長は命令していない」


「あ、否定しないで!」

 優衣が放った忠告は何かの的を射ていた。忽然と襲う強い嘔吐感。


「うぅ。何か気分悪い」

 そして全身の気だるさ……何だこれは。風邪の初期症状とよく似ている。


 気遣った優衣が近寄り温かい手を添えた。

「感情サージは変化を受け入れることです。拒絶するほどにひどい反動が返ります。それとこの件に関してはシロタマさんのバックアップが入りますので、安心してください」

「タマが……?」

 信じられないことを言った。人の心に土足で上がり込んでくるあの球体が後押しをすると、こりゃぁとんでもない出来事が起きるのか、それともまたこれもあいつ流のジョークなのか。


 一つだけ訊いておこう。

「いつの時間から来たんだ?」

 優衣はちょっと躊躇(ためら)う仕草をしたが、決然と言い切った。

「38時間後です」


 再び、めまいと嘔吐が襲う。

「だいじょうぶ?」

 息づかいが頬を撫でる距離から告げられたら、アンドロイドとは言えこれだけの美貌だ。やっぱドキドキする。この鼓動の高鳴りも感情サージがもたらす症状なのだろうか。


 優衣は俺の顔色をしばらく窺っていたが、やがて安堵の色を深めると背筋を伸ばした。

「ワタシが言えるのはこれだけです。今、この銀河の行く末はユウスケさんの手中にあります。どうするかはお任せしますので……」

 というセリフを残して、黒髪の優衣は虹色の光となって消えた。


「おいおい。すげえコトを言いやがったな」

 この銀河の未来を俺が決めろってかい。


「何を決めるのですかぁ?」

 飛び上がるほど驚いた。背後に煌めく瞳の茜が立っていた。優衣の面影を色濃く残す、いや逆か。茜の面影を残すのが優衣だ。俺の脳の中では時間の流れがムチャクチャだ。


 とにかくここはごまかすに限る。

「いや。これからの俺たちのやるべきことだな」

 話題はすぐに逸れて、

「喜んでくださいコマンダー。ラズベリーの可愛い実が膨らんできていますよー。よかったれすねぇ」

 悩みが無さそうでいいよな。茜……。


「あ。そうだ。社長さんがお呼びです。なんだか怒っていますよ。勝手に席を離れたって………」

「まずいな。撃てるチャンスが遠のいたぞ」


「何をウツんですか?」


「いや。お前には関係ない。それよりラズベリーは大切に育ててくれよ。ジャムにしたら俺の好きなジャムパンが食えるからな」

「お任せください。わたしのデーターベースには料理のレシピが3890種あります、ジャムだって43種もありますよ」


 これからやることでハゲオヤジに咎められ、舞黒屋を首になったら茜とパン屋でもやるか?

 純真無垢な笑みを浮かべる茜を見ていると。いろんな未来が見えてきた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「どこ行っとったんや、裕輔っ!」

 玲子が頭の後ろから両手の人差し指を突き出して、社長の背後でこっそり現状報告を伝えてくる。つまり機嫌が悪いぞぉっていう知らせだ。


「いや。もし次にプローブを撃ち出すんならと思って、ちょっと整備をしていたんだ」

 俺の言いワケめいた言葉が、社長の思惑とうまく同調していたようで、

「ほうかぁ。開発部のお荷物でも考えることは考えとんや。よっしゃ感心感心。おまはんでも先を読んだ行動ができるんやな」


 よけいなワードが点々と並ぶのが気になるが、まあいいだろう。瞬間湯沸かし器は冷めるときも早いのだ。


「おまはんの行為は無駄にせえへんデ。もしかしたらプローブ全部を発射するかもしれん。会議で決めたん……うぅぅ」

 言い終わる前に、急激に顔をしかめるその素振り、何だか気分が悪そうだった。


「何だよ、社長。調子悪いのか?」 

 さっきまでの元気が吹き飛んだかのような暗い顔で、

「何や急に気分悪なって来た。悪寒が走りよるがな」


「俺も調子が悪いんだ」


「何やおまはんもかいな。もしかして裕輔の風邪でも貰ろたんちゃうやろな? 男からうつされるなんて屈辱やで」

 俺だってハゲと一緒に寝込みたくはないワ。


 二人して嘔吐を堪えていたら、パーサーと打ち合わせを済ませた優衣が部屋に入って来た。

「裕輔。ユイから詳細を聞いてくれまっか。ワシはちょっと腰掛けるワ。なんやシンドイねん」

 そう言って自分の座席へと歩み、入れ替るようにして入って来た優衣はにこやかに俺に近寄ると耳元で囁いた。


「サージの影響はいかがです?」


「どうした? 38時間未来に帰ったんじゃないのか?」

「ワタシはこの時間域の者ですよ」


「じゃぁどうして未来のコトを知ってんだ……うぉ。また気分が悪くなってきた」

「あ、ほら。疑ったり、否定したりするとサージが起きます」

 胃がねじ切れそうな感じだ。


「ワタシはアーキビストとして派遣されたんです。未来との情報同期は必然の機能なんですよ」

 むーん。パソコンみたいなことを言いやがるぜ。


「どうしたの? 顔色が悪いわよ」と覗き込んでくる玲子。

「え?」

 まさか、これから時空修正が行われるんだ、とは言えまい。


「大丈夫だ。ちょっと風邪気味みたいでな」

「いつものあなたなら殴っても平気なのに。大丈夫? 蹴っ飛ばしてあげようか?」

 見た目と態度が真逆なんだ。でも言い返す気力も無い。


「風邪なんて精神力で直さなきゃ」

 体育会系の奴はだいたいがそう言う。

 まぁこれでもこいつなりの精一杯の気遣いだと思うので、ありがたく頂戴しておくことにして、

「がんばってみるよ」

 とりあえず笑みを返しておく。


 これは風邪ではないと言い切れる。ポケットに突っ込まれたメモから意識を離すと急激に気分が晴れてくるからだ。


 しかしそれを忘れると言うことは、銀河を見捨てることになる。

 まさに苦しい選択だ。

「しかしこの照準データはどこを示してんだろ?」

 38時間未来から来たと言う優衣から手渡されたメモ帳を取り出して、フォトンビームコントローラーに入力してみる。

 数桁の数値をいくつか入力していると、ディスプレイに影が射し込んだ。


「なっ!」

 飛び出しかけた悲鳴を呑み込む。


「な……何だよ?」

 覗き込んで来たのはシロタマだった。


「べつに……」

 顔を上げて小声で訊く。

「なぁ。これはどこを狙ってんだよ?」

「そういう詮索をしてたら、サージが(はげ)ちくなるよ」

「でもよ。気になる……んぐっ」

 急激にみぞおち辺りに激痛が走った。


「ほらね。疑い、否定、拒否、詮索、戸惑いは厳禁デしゅ」

「全部、普段のお前を言い表しているように聞こえるぞ」


「それだけ悪たれが吐けるところをみると、感情サージの耐性がまだあるデしゅね。ならさっさと入力をちゅませろよ」

「もう済んだワ。んなことより、その上から目線、何とかならんのか!」 


『なりません。これがシロタマの仕様であり、開発コンセプトでもあります。それより早急に発射することを希望します』

 ここで報告モードに切り替わる必要性があるのか?

「何を偉そうに言ってる。照準データをこっそり入力するのは容易いけどな。発射するとなると、後ろのオエライさんがうるせえんだよ」


「そのことならシロタマにまかせるデしゅ」

「え? ほんと?」

 何だか今日のタマは頼りになる。


 奴は空中でクルリと反転すると、報告モードに切り替わり、

『舞黒屋のオエライさんに提案があります』

「あ、バカ。そのまま言うな!」


 オエライさんから機嫌悪そうな声が返る。

「なんやねん?」

 今はサージの影響が出ていないようだが、タイミングが悪そうだ。

「おいタマ。(あと)のほうがいいんじゃね?」

 奴は俺の忠告を聞き流し、


『会議ではフォトンビーム使用の許可を出されましたが、これまでに実際にフルパワーのビームを照射した経緯がありません。ぶっつけ本番を迎えるより、試し撃ちをすることを推奨します』

 社長は丸っこい目玉を宙へ上げた。

「ほんまやな」


「なるほど。うまいこと考えたな」

 そのままの目を俺へとよこした。

「何を考えたんや? 何でそこに感心しまんの?」

「い、いや。たまにはこいつも良いこと言うなと思って。俺もさ。そう思っていたんだ。やっぱ予行演習って必要だろ?」

「せやな。前回は優衣がシューターやったけど今度はおまはんやからな」

 素直に喜べないセリフだな。


「エエこと言うた。許可します。試射しなはれ」


「お、やったぜ」

 シロタマは俺の後頭部にボディをぶつけて、さっさと撃てと催促する。

 入力は済んでいるのでいつでも発射できるが……。俺は首を捻る。

 いったいどこを狙い撃つんだろ、とな。数値だけではさっぱり解らん。


 社長も同じ思いのようで、

「ほんで試し撃ちをどこでやるんや? そこらの惑星はアカンで。生命体がおったら生活環境を壊すからな」


『照射に適切な物体を選んであります』


 どこ?

 ディスプレイを覗き込もうとする俺を押し退け、ケチオヤジのハゲ頭が差し込まれた。


「なるほど。ちょうどええ標的やがな。偶然とはいえエエもんがおましたもんや」


 どれ?


『照射時間も最短にしてエネルギーの無駄遣いを考慮しています』


 もう一度覗こうとした俺の前に、今度は銀白色の球体が遮り、またもや標的が何だか分からない。しかも――。


「裕輔。最初の一発はワシにやらしなはれ」


 おいおい。俺の予行演習はどうなんだよ。

「何が予行演習や。照準が決まったらトリガーを叩くだけやろ。たまにはワシにもやらしてえな。あとでおまはんは嫌っちゅうほど撃てるんや」

 社長は俺を押し退け、制御盤の前に張り付きやがった。


 さっきと全然違うことを主張するハゲオヤジには慣れっこさ。逆らうことなく席を明け渡し、俺はぼんやり突っ立っていた茜に言う。

「お前らは今晩のメシの用意でもしに行けよ」

「わらしも見せてくらさいよー」

「きゃりゅりゅるる?」


「見たって分かりゃしないんだ」

「きゃー、りゅきゅりゅりゃ!」

「なに言ってんだよ、こいつ?」


「バカにしないでって言ってまフ」


「あっ!」

 園児みたいな連中を相手にしているあいだに、社長はシロタマの合図でフォトンビームを発射。


 瞬間、木が軋むような甲高い音と共に部屋の照明が瞬き、膨大なエネルギーがたった今消費されたことを物語っていた。

 もっと砲撃に近い爆破的な音がすると思っていたので、ちょっと拍子抜けだ。


「手ごたえありってゆうやつでんな。照準器も正常や」

「ええっ。どこに撃ったんだよ? 俺だけ見てねえよ」


 社長は無視して、おもむろに操縦席へ船内通信。

「機長どないや。銀龍に何や影響おましたか?」


《姿勢制御にコンマ2パーセントの揺れを感知しましたが、構造維持、ディフェンスフィールド共に正常値です》

「ふーん。ええ感じやな。パーサー。パワーモジュールは?」


《銀龍のパワー維持。購入したパワーパックのおかげで標的に8.368掛ける10の15乗ジュールのエネルギーを放射しました》


「何を言ってんだ、パーサーは? で、どこ撃ったのさ?」

「おまはんの例えは伝わりにくいワ」


《失礼しました。約2000キロトンです》


「うーん、もうひと捻りできまへんか?」


《申し訳ありません。それでは……だいたい直径100メートルの小惑星がアルトオーネに衝突したのと同程度です》


 社長は玲子を観察しつつ、

「もうちょい、言い方を変えてくれまへんか」

《大きな都市が一瞬で破壊されました》


 それを聞いた玲子の目が大きく見開いた。


「おおきに、パーサー。よう伝わったワ。さすがやな」

《はっ。ありがとうございます》


「この人もある意味病気だな。特殊危険課に誘われるはずだ」


 しかも――。

「そんなすごい銃。あたしも撃ってみたい」と言って立ち上がる玲子。

 こいつがここの癌細胞だ。


 俺の感情サージ症状、ついては未来から来た優衣のことなど、すっかり忘れさせてくれたのであった。

  

  

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