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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  24億トンの報酬  

  

  

「ケイ素や石英ってガラスの材料だろ? しかも家はダイヤときてやがるぜ。ムチャクチャな話だな」

「家よりもっと大きいダよ。直径2キロダす。そうダすな……。ビル? いや、町? いやいや、小惑星かな? よく解らないダ」

「俺もそうだ。どうしても隕石ぐらいしか想像できない。何なんだ。直径2キロのダイヤって。いったい何トンぐらいあんだ?」


 俺たち貧乏人には直径2キロと言う大きさがどの程度なのか、ダイヤというセレブ的な物質、そりゃぁもう異次元の物体だ。本物を見たことねーもん。それでもって冷静な判断なんかできるかってんだ。思考は惑わされ、かつ乱れてしまい制御不能なのさ。


「なんでよー。世界のお金持ちなら敷地が2キロ以上ってざらにあるわ。それに収まるダイヤを想像すればいいのよ」

 実家が資産家のこいつは、安易に敷地なんて言うが、安賃貸マンションに暮らす俺たちにとっての敷地ってゼロに等しい。というか庭なんかねえし。


「敷地ってなんですかぁ?」

 こいつにはもっと理解不能だろうな。


「お前も3500年過去から来てんだ。昔のドゥウォーフ、いや管理者の先祖の人たちと新天地へ行ったんだろ? そこで開拓した土地ってどうだったんだ。そこに家を建てたんだろ? その土地のことだよ」


「あぁ。おうちを建てる場所ですかぁ」

 茜は遠くを見る目をして――って、アンドロイドがそんな目をするなよ。


「広かったですよー。未開拓の惑星に移住者が55人です。そのうち子供が13人でした。みなさん好きな場所に家を建てようとしたんですけどね……」

 俺の頭の中で草原と丘陵のだだ広い土地が浮かんでいた。


「長老が計画的なお爺ちゃまで……」

「あの爺さんな」

 茜は3500年過去に思いを馳せ、俺は2年前の出来事に記憶を巡らせる。

 ややこしくて、すまんね。


 移住民のリーダーだった白ヒゲのドゥウォーフ人だ。あの爺さんのコロニーへ転がり込んだおかげで、俺たちは3万6000光年の彼方から無事に故郷へ帰ることができた。そして爺さんたちは超新星爆発でできたブラックホールを利用して、コロニーごと過去へ飛んだ。茜を連れてな。それが3500年過去さ。で、爺さんらと別れた俺たちは数日で帰還できたのだが、ブラックホールに近づき過ぎていたため、時間の圧縮を受けて実際は2年も経過していた。


「お爺ちゃまが後の争いを避けるためにって、区画を切って皆さんで公平に分けたんです。1人あたり2万セントランスでした」

「さすがリーダーの(うつわ)だな、あの爺さん。で何だ? そのセントランスって?」


 冷たい女性の声が天井から落ちる。

『管理者が使用する面積の単位で2万セントランスは200平方キロメートル、横20キロ、縦10キロメートルになります』


「に、20キロって! 町よりでかいぞ。そんなの貰ってどうすんだ? すげえな……」

 言うだけ言うと、風に漂う風船みたいに隣の会議室へふあふあと移動して行くシロタマを茜と一緒に目で追いながら嘆息した。


 タマから目を放した茜は、体の前で指を絡めて続ける。

「そうです。隣の家に行くのに歩いては行けず、結局、中央スペースという公共施設で皆さん暮らしていました」

「管理者もどこか抜けてるっスなぁ」

 と田吾は言うが、その後の繁栄を考えると、1人あたり町以上の土地を分け与えた爺さんの配慮には敬服する。当時の移住者は、移住と共に惑星の代表者としての自覚を持たされたんだ。


 俺もあの時、茜と一緒にブラックホールの彼方に飛んでおけばよかった。そしたら、直径2キロのダイヤで狼狽(うろた)えることも無かったかもしれない。


「どうやってダイヤを分けるダ?」

「だよなぁ……」

 田吾の言葉がいよいよ現実味を帯びてきた。


 爺さんの話を聞いた後だけに、妙に感慨深くもなる。

「俺たちも(なら)って後で文句が出ないように公平に分けるべきだな」

「んダな」


「あたしは手で持てるぐらいでいいわ。邪魔になるもの」


「金持ちならではの発言だな」

「そうかしら。欲張ると後がメンドクサイわよ」

「んだばーなぁ。それも一理あるダな。んでも腐るもんでもねえし」

「そうさ、どこかに隠しておけばいい」

 後で分かるが、隠せ通せる量ではないのに、このときは煩悩の塊さ。まさにダイヤに目がくらみだ。だから誰もプロトタイプをどうするかなど、これっぽっちも考えていない。


 プロトタイプのことを真剣に考える本当の戦略会議へは、社長から任命された優衣とパーサーが赴き、俺たち小市民は司令室でくだらない案件について相談することなった。


「しかしダよ。ダイヤを砕いて持ち帰るにしても、どうするダ? 格納庫に入り切るんダすか?」

「うほぉ……すげえな。格納庫に入りきらないダイヤモンドってどうよ?」

「考えられないダよ。オラ、ダイヤの風呂にはいろうかな」

「俺は、お茶づけにしてみたい」

 もう目が眩んじまって、発言がムチャクチャだった。


「とにかく一旦落ち着こう。まずどれ程の重さになるか計算してみようぜ」

 ということで、電卓を片手に持ち、優衣の言葉を反芻してみる。

 確か7京3260兆カラットなんていう天文学的な数値を言っていた。でもこれは200ミリグラムで割ったので、元に戻して……トンに直すと……。


「なっ!」


「どうしたダ?」

「146億5000万トンになるぜ………6人で割って、1人24億トンだな」

 もう完全に麻痺していた。脳のキャパを越えた計算結果は意味不明のまま突き進んで行く。

 よく考えたら銀龍の総重量を越える数値なのに、バカの寄せ集めだから、誰も気付かない。


「ユイやアカネが頭数に入ってないじゃない」と玲子。

「こいつらは要らんだろ?」


「どうしてよー。ねえ、アカネ。ダイヤ欲しいでしょ?」


 振り返る玲子に、茜は屈託のない晴れやかな顔をくれて、

「ダイヤって、何するものですかぁ?」

「う……」

 虚を突いた質問に、誰もが言葉を失くして口を閉ざした。


 ダイヤは何もしてくれないよな。

 腹の足しにもならんし、健康に貢献するような気もしないし。


「お……お金持ちになれるダよ。し……幸せになるダ」

 恥ずかしげにうつむく田吾。実際、恥じぃよ。


 お前が『幸せ』などと言う妄言をぶっ放すとは、間違いなくダイヤは人を惑わす。そんな田吾を見ていたらマジでこっちまで赤面して来た。


 茜はダイヤだけに『カラッと』言い放つ。

「わたし……お金は要りません。こうしてみなさんと暮らすことができるだけで幸せですよ」


「あぅ……」

 言い返す言葉がなかった。

 ヒューマノイドがアンドロイドに悟らされていれば、世話がない。


「……………………」


 各自、無言で席に戻り、田吾は次回の作品の構想を練る。玲子はできもしないくせに、プローブが直面した断末魔寸前のデータへ目を落とした。



 茜は急激に消沈した部屋の空気が、自分にあるとは思っていない。キョトンとしてミカンと部屋の中央に取り残されていたが、

「そだ、ミカンちゃん。今日はお野菜のお水やりがまだです。すぐに済ませましょう。こんどこそシンゼロームの芽が出ていたらいいんですけどねぇ」

 何かのスイッチが入ったかのように明るく振る舞い、それにミカンも応対する。

「きゃりゅるるりゅ」


 二人の会話を聞いて、少々反省気味な俺と田吾。たかがダイヤモンドで振り回された身がこっ恥ずかしい、

「さてと……」

 改めて目の前に広がるスクリーンへ目を転じる。


 俺たちの使命はこの水素の中で、じっと潜んでいるプロトタイプを破壊してここら一帯の星域を救うこと。これは何億トンのダイヤよりも重い責務なのさ。


 何かが吹っ切れた。でもって玲子を見習って惑星深部の映像を観察することに。

「ん?」

 水素の分厚い層にジャマされて派手に動き回るプローブの映像は目が回りそうだったが、その隅っこに文字が流れて来た。

 『ユ』から始まり、左へと文字が続いて出て来る。テロップってやつだ。


『ユウスケさんへ』

 これは連絡用のメッセージ欄に誰かが書き込んで、俺がこのファイルを開いた時に合わせて表示されるようにスケジュールを組んでいたに違いない。

 誰が……?


 まず玲子ではない。データの数値を拝むだけで目頭を摘まみ、今にも倒れそうなほど疲労こんぱいした奴が、こんな難しい(そうでもないのだが)操作をするはずがない。それよりもそんな回りくどいことをしなくても、席は俺の隣なんだ、口で言えばいい。


 田吾か――?

 などと考えるだけでもおぞましい。アイツから『ユウスケさんへ』などと語りかけられた日には、蕁麻疹と嘔吐と、エボラ出血が同時発症を起こしたほうがまだ気が楽だ。もちろんタマや社長であるはずがない。パーサーや機長だとすると、それは世紀末を宣告することになる。


 続いて正体を露わにした残りのメッセージで、送り主が明白になるものの、一段と謎が深まった。

『今すぐ後部デッキ下のドッキングベイに、ひとりで来ていただけますか? 栽培室にはアカネたちがいますので見つからないでね』


 細かい指示だ。

「むむむぅ……ユイだな」

 これがマナミちゃんからの物であれば、マッハで飛んで行くのだが、優衣からのモノだと判明した途端、二の足を踏む。

 なぜなら、今あいつは会議室でパーサーと社長相手に対策案をひねり出している最中だ。しかも『ひとりで来い』と強調するところをみると、

「またか……」

 異時間同一体からの呼び出しだ。


「何が?」

 俺の小声に反応して、玲子が振り向いた。疲れた目をして。

 こっちは平静を装いながらメッセージを消し去り、

「何でもない。映像を見ていたら、ノイズで何度も途切れるもんでな。でどうだ、そっちは何か解ったか?」

「解ったわよ」

「おおぉ。そりゃあすごいじゃないか」

「こんな数字を相手にしても、あたしは面白くないって言うことが解ったの」


 今ごろ気が付いたんかい……と出そうになる言葉を急いで飲み込んで、

「ミカンとアカネが栽培室にいるから、手伝いと称して抜け出したらいい。俺も次にプローブを打ち出す時のために、後部デッキの下に行くから一緒に行こう」


 玲子はすんなりうなずくと、俺と連れ立って司令室を出る準備をした。

「社長が呼んだらすぐに戻ると伝えてくれ」と田吾に言い残し、

「んー」

 奴は作業の手を止めることなく、喉を鳴らすだけだった。

  

  

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