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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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  前代未聞の拾い物  

  

  

 惑星に向かったプローブから中の様子が続々と送られて来た。

 それはただの数値の羅列だが、優衣が言葉に変換していく。

「水素とヘリウムの下にメタンと硫化水素のプラズマの熱源を持ち、中心部のほとんどは岩石ですがケイ素、つまりシリコンの層とレアメタルが大量に蓄積した部分があります。自然界ではこの高圧でそのままの形状を維持することは実質不可能ですのでここがネブラの基地でしょう。加えて蓄積物の種類から見て、ここが間違いなく営巣地ですね」


『大量のシリコンはこのあいだのバブルドームの物とスペクトルスキャンが一致します』

 と優衣に続いてシロタマが言い出したので、俺も首を延ばす。

「このあいだのバブルドームはシリコンだったのか……」

 思い出すだけで顔から火が出そうだ。


『レイコが滑落したところから持ち帰ったサンプルは純粋なシリコンでした。おそらくあの中はシリコンで占められていたはずです』

「じゃあ空洞になっていたのは?」


『この営巣地へ大量に運んだ跡だったと推測します。それは炭素化合物とシリコン、キラキラ光るのは純炭素でした。レアメタルの金属分子などと化合してハロゲン化物を合成することも可能です。これらは半導体やボディの材料になり、デバッガー増殖の要です』


「俺が頭から被ったのはシリコンと炭素の粉だったのか?」

 猛毒な物質でないことに安堵するよりも、たとえそれがアンドロイドの構成物質だとしても腑に落ちないことがある。


「何で……あんな木偶人形みたいな奴が、生命体みたいにして増えていくんだよ?」

『それこそがドゥウォーフ人の犯した最大の失敗であり、絶賛すべき技術力です』


「何だそりゃ?」


『ドゥウォーフ人が母星を捨て新天地へ移る際に、食糧や安住地は不可欠な条件ですが、長期に渡たる場合、最も必要なのは人手です。開墾地を作るための機械。それがプロトタイプ、ブラックドロイドでした。しかし新天地でそれを作るための人手を探していては本末転倒。そこで考え出されたのが自己増殖機能です』


「自分の身は自分で作るか……で、それが結果的に開発者の首を締めることに」


『同じ失敗を繰り返さないために、新たに開発されたCシリ-ズ、アカネの初期型からはその機能を搭載することを厳禁としました』


「だな……。アカネたちにはそんな機能は無いモンな。代わりにメンテナンス無しで長寿命を目指したんだ」

「気の毒やとは思うデ。自分トコの主星が新星爆発を起こす前に移住を強いられたんや。あの人らも焦っとったんやろな」

 感心するやら、気の毒になるやら。ミカンと並んで優衣の背中に視線を落としている茜の横顔を見つめて、脱力と共に溜息が漏れたのは隠しようのない事実だった。




 数分後。

「シロタマさんの推測どおり。ドームと同じ物質で満たされた地点があります」

 分析作業の終了を告げる優衣の瞳の輝きが複雑に揺れ動いていた。


「営巣地は集められた物質で満杯のようです。硫化水素やメタンの層による超高圧に潰されることもなく、むしろその圧力を利用していると言ったほうがいいかもしれません。それが原因してかどうかは解りませんが、中心部に結晶化した炭素の塊があります」


「不敵な野郎だぜ、プロトタイプめ。俺たちが近づけないのをいいことに悠々としてやがる」


 いつまでもこの惑星を周回していてもラチがあかないが、水素が金属化しちまうような圧力の下に、俺たちが1秒たりとも存在できないのは事実だ。どうやって連中は平気な顔をしていられるのかは謎だが、おそらく宇宙のどこかにそれを可能にした種族がいて、そこから無理やり技術を奪ったのだと思われる。


「さて、どーすんだ? な……なんすか、社長?」

 いきなり横から袖を引っ張られて体勢を崩した。

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆぅ」

 社長が声を震わせていた。


「へ? なんっすか、社長?」


 ハゲオヤジはごくりと唾を飲み込んで。

「おまはんを呼んだんちゃうワ」

 と言ってから、俺のスポーツ刈りヘッドを人差し指でひと突きした。


「ゆ……ユイ。もう一回、最後のほうのセリフをゆうてくれまへんか?」

「え? 圧力を利用して……ですか?」

「ちゃう。さ、最後のくだりや」

「結晶化した炭素……ですけど」


「ぬぁぁぁ~!」

 いきなり叫んだ。座ろうとした場所に椅子が無くて、尻もちを突いた間抜けなオッサンみたいに。


「社長、何に驚いてんだよ。こっちの心臓に悪いよ」

 異様な喚き声はこっちにまで伝染する。反射的に棒立ちになった。その肩を社長はグイッと引き寄せ、まるで漂うゴミを掻き分けるように、俺を横に突き飛ばしてフラフラと前へ出た。


「ゆ、ユイ。塊っておおげさやろ? データの読み間違いとちゃうの?」

「いえ、間違っていません。直径約2000メートルと出て……」

「ぬあぁぁんとっ!」

 優衣の言葉を遮ってまでもして、さらに張り叫んだ。


「いったい何を騒いでんだよ、社長?」

「炭素の結晶が2000メートルって。そんなに珍しんですか?」

 俺と玲子が互いに首を捻る。


「この惑星は直径10万キロメートルもあんだぜ。その大きさからすれば、2000メートルぐらいの塊があっても珍しくないだろ? バブルドームはほとんどがシリコンと炭素化合物で何百キロ平方メートルはあったぜ。俺とアカネへが落ちたとこなんて高さが3000メートルもあったんだし」

 炭素ぐらいどこでもあるだろうに。


「あ、アホぉ! そんなモンとちゃうワ」

「いったい何を慌ててるんダす?」

「よう聞きなはれや! 結晶化した炭素て、ゆうたらな……」

 社長は自らを落ち着かせるために大げさに深呼吸をしてから、こう叫んだ。


「ダイヤモンドや!!」

「え?」



「え゛ーーーーーーーーーーーっ !!!」

 一拍おいて、全員がデスクを平手打ちして総立ちになった。


「直径2000メートルのダイヤモンドだと!!」

「そうですよ」

「そうですよって、ユイ。よくもまあそんなに落ち着いてられるな……」


「それって宇宙最大のダイヤモンドって言えるんじゃないの?」

 実家が資産家である玲子であっても、それは驚愕の事実なのだろう。優衣に据える目は真剣そのものだ。


「それ以上の大きさはたぶん無いやろ」

 社長は無宗教のくせに胸の前で十字を切っていた。


 俺はよろずの神にこの身を捧げたい気分で両膝から床に崩れ、田吾は狼狽(うろた)えて、フィギュアの肩に足を貼り付けて震えた。

「ど、どうする裕輔。オラたち大金持ちダすよ」

「どうもこうもあるかよ。プロトタイプの野郎、宇宙一豪華なベッドで寝てやがるんだ。くそ生意気な! 何とかして奪い取ろうぜ」


「どーやって?」


「それを考えるんだよ」

 俺は両膝立ち状態で腕を組んで首を捻り、田吾は右足を肩から突き出した不気味なフィギュアを握り締めて部屋の中をウロウロ。


 直径2000メートルだから……2キロ?

 だ、だめだ。キロに換算したら、もっとワケ解からんコトになった。山みたいな指輪を想像してしまい、何がなんだかさっぱりだ。


 そだ。センチに直してみよう。


 20万センチ……。


「だぁぁぁ。もっと意味解んねえ」

 こいう時はカラットだ。

 ついと立ち上がった俺は、田吾の後ろにくっついて部屋の中を周回。


「た……田吾。直径2キロのダイヤだ。何カラットだ?」

「し、知らないだ。食ったことない」

 だ、だめだ貧乏人どうしでは話にならん。頭ん中が『空っと』だ。


「ダイヤの密度はぁ……」

 俺たちのしんがりについた茜が口を挟んで来た。


「お前、解んの?」

「カラットの換算なら知ってますよぅ」

「変な知識だけは入ってんだな。学習結果にムラがあるぜ。でもいいや、言ってみろ。何カラットになる?」


「シロタマさーん。出番です」

 近くを浮遊していた博識嫌味野郎を呼んだ。

「なんだよ、知らねえのか。おとぼけアンドロイドだな、ほんと」


『体積かける密度で重さが求まります。1カラットは約200ミリグラムですので、その(じょ)を求めれば答えが出ます』

「ジョ? ジョってなんだす」

 面倒臭そうに、口調を変えるシロタマ。

「割り算のことじゃネエか。オメエ小学校出てるの?」

 と言われたって、まだ意味ワカメだ。


「うーん、タマ。わりい。解ってんだけどな。もうちょいヒントくれ」

 シロタマははっきりと鼻で笑ってから、

『ダイヤの密度は3コンマ5グラムパー立法センチです。直径2キロメートルの球体だとすると、3分の4パイ掛ける半径の3乗で体積が求まります』

 それだけ言うと、ゆっくりと上昇して天井の隅に張り付いた。


「投げるだけ投げて、消えやがった」

「ゆ、裕輔。それで結局何カラットなんだすか?」

「えっとだな。3分の4パイ掛ける、半径の3乗だから10万センチの3乗だろ。これで体積を求めて、3コンマ5を掛けて、コンマ2で割ればいい」


 10万掛ける、10万掛ける、10万の……。

 ん?

 10をこんなに掛けてもいいのか。ゼロがえらいことになるぜ?

 ゼロの数に狼狽える俺も小心者だが、手持ちの電卓では桁があふれて計算ができない。


「7京3260兆カラットです」

 と優衣から告げられてよけいに何の数値だか解らなくなり、俺と田吾は口をだらしなく開けて答えを出した優衣の口元を見つめるだけだった。


 脱力して俺は自分の座席に沈み込み、田吾はまだウロウロ。

「きゅりゅ?」

 ミカンがその動きに興味を持ったようで、奴の後を追い始めた。


「フィギュア作りがバカらしくなってきたダす」

 角ばった顎に手をやり、寄って来たミカンの周りを回りながら思案に暮れる田吾と、そこで自転を繰り返すミカン。


 茜はしばらく呆れ顔でその光景を見ていたが、何かに気付いたようで、しゅたたたと社長の下へと走り寄った。

「あのぉー、社長さん。それ空っぽですけどぉ……まだ何か出てきますか?」

 こっちのオッサンも少しおかしくなっている。お茶を飲み終えた空ボトルに吸い付いたまま天井を見上げて固まっていた。


 茜に訊かれて1秒後、

「アホなっ! なんも出るかいな!」

 不思議そうに首を傾ける茜の前で、社長は恥ずかしげにそれを放りつけ、部屋の隅に転がった空ボトルを拾い上げた優衣が報告。

「これは時間規則で詳しく説明できませんが、ダイヤモンドの価値はすぐに暴落しますよ」


「へっ?」

 意表を突く言葉に全員の動きが止まった。


「そうなんスか?」

「あ、はい。ある事件が起きて、ダイヤは何の価値も無くなります」


「な、何が起きたんやろ?」

 ハゲオヤジは息を飲み、玲子は黒髪を後ろへ払って腕を組んだ。

「うふふ。当てが外れたわね、お二人さん」

 半身を俺たちに向けて、その余裕たっぷりの素振りが腹立たしい。


「お前だってはしゃいでいたじゃないか」

「べつにはしゃいでないわよ。びっくりしただけよ」

「せや。ワシもびっくりしただけや。だいいち、ダイヤの価値は大きさやない、透明度や、これや!」


 社長はキラキラするブレスレットを取り出して見せた。それには大きなダイヤが一つと、細かい粒状のダイヤが散らばっていた。

「やだねぇ、成金主義は……」


 自慢げに突き出したのは、宝石を散りばめたブレスレット型の通信機さ。いわば大金持ちのステータスはこういうもんだという信念を持っている。


「それによう考えてみィ、直径2キロのダイヤゆうてもしょせん原石や、ダイヤは磨かれてナンボや、これや!」

 今度は左手の指輪を突き出した。そこにも大きなダイヤが。


「あぁ、やだやだ」


 優衣は宝石類にはまったく興味が無いようで、冷ややかな目線のまま話しを続けた。

「でもどうしますか?」

「ほんまやな。砕いて持って帰るしかないやろ。大きすぎまっせ」

「違いますよー。プロトタイプのことです」


 どうやら、このオッサンも煩悩の塊だというのは隠しようもないようで。そりゃぁ、直径2キロのダイヤモンドだ。俺だっていまだに興奮を抑え切れない。


 くどいようだが、もう一度言わせてくれ。直径2キロだぜ。

 ダイヤモンドさまに使用する単位じゃないんだ。どうするよ。


「破片でいいから、俺にも分け前ちょうだい!」

「オラにもちょっとは欲しいダ」

「あ、あ、当たり前でんがな。みんなで公平に分けまっせ」


「うぉぉぉぉぉ……やったぜぇ」


 まるで海賊か山賊の寄り合いみたいになっているが、こればっかりは譲れん。

 1グラムの破片でも、おそらくちょっとした高級車が買えるはずだ。


 我々の切なる願いは、ミニスカートの丈よりもダイヤの輝きに取って代わるのであった。

  

  

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