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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第四章》悲しみの旋律
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落下星(ただいま絶賛多重存在中)

  

  

 銀龍で一番のヒマ人、茜が司令室に入って来た。

 ちなみにヒマ人だと言っても、人間ではない。ガイノイドである。女性型のアンドロイドのことをそう呼ぶのだが……それにしたって暇なアンドロイドというのは問題有りだろう。



 茜は部屋に入るなり俺が座るデスクに真っ直ぐ歩み寄り、空になっていた俺の湯飲みを覗き込むと、軽く首をすくめてからこぽこぽと茶を継ぎ足した。


 気の利いた自然な振る舞いに感心しつつ俺は中の液体を吸い上げる。そこへと茜が尋ねた。

「ねぇ、コマンダー?」

「んー?」


「きす、ってなんですか?」


「ぶぅふぅぅぅぅぅぅーーーー」


「もう裕輔、汚ぁーい。またぁフィギュアにまで飛んだーー」

 右隣のデスクから作業を止めて、ブタオヤジが怖い顔をこちらに向けた。


「す、すまん」

 手刀を掲げる。


 田吾はいっぱしのフィギュアのモデラーとして、今や無線技士から昇格した。

 ん? 昇格でいいのか?

 ま、いっか。


 怪人エックスからの無線を傍受するためにヘッドセットは付けているが、船全体がのんびりムードなのは仕方が無い。現在の銀龍は多重存在中で、うかつな行動が取れないのだ。


 もう少し詳しく言うと、俺たちは負の時間が流れるワームホールに飛び込み半年過去に遡ったのはご存じのとおり。ではなぜ多重存在中はこちらの行動を自重しなければいけないか。


 つまりだな。近くに過去の俺たちがいて、現在はコルス三号星の辺りを航行中なんだ。もし今ここで派手な行動を起こしてそれが過去の銀龍に伝わると、そのまま今の俺たちの記憶に影響する。記憶だけならまだいい、結果を変えてしまうようなことをしたら自分たちの存在自体が怪しくなる。



「そんなことより!」

 噴き出したお茶のしずくをティッシュで拭い取りながら、

「何だアカネ、(やぶ)から(ぼう)に!」

「きすって、なんですか?」

「だ、だ、誰に聞いたんだ?」

 俺の狼狽ぶりは、まるで思春期を迎えた娘を前にして慌てふためく父親のようだった。

 独身なのに……。


「何でそんな疑問を持ったんだ?」

「レイコさんの教科書に書かれてましたぁ」


「なんちゅうもんを教材にしてんだ、あいつ……それより、お前、クチに何か塗ってる?」

 妙に茜の唇が気になるのはいつもより少し赤っぽいのだ。おそらく玲子から口紅でも付けてもらったのだろう。


「あ、はい。女性はこう言うもので口の周りを着飾るそうです」

 ぜんぜん理解してなさそうな様子だけど、ずいぶんと大人っぽく見える。優衣になる日も近いのかね。


 茜は臆することもなく、同じ言葉を繰り返す。

「きすって?」

「だっ! そ……そんなことは玲子か優衣に聞けよ。それより優衣は知ってんのか?」

「さぁ。どうでしょ? 解りません」

 茜は銀髪ヘアーを、ふわふわと左右に振った。


 そこへタイミング良く、鼻歌混じりで入って来た玲子に、

「こら世紀末、ちょっとそこへ座れ」

 奴はムっと口を閉ざして逆ハの字に眉を吊り上げた。

「言われなくったって座るわよ。バカじゃないの」


「うるせぇ。ちょっと訊くけどな……」

 長女を叱る父親の気分だ。結婚もしていないのに。


「お前、アカネに何ちゅう本を見せてんだ」

「何よ、女性雑誌じゃない。文句ある?」

「う……無い」

 玲子の勢いに飲まれた。情けない父親になった気分だ。


「おかしなモノで生命体の文化について学習をさせるから、こんなことになるんだ」

「こんなことって、どんなことよ!?」

「う……」

 喉の奥で引っかかっていて、言葉が出て来ない。

「く、口紅だよ。変なもん教えるなよ……」

「いいじゃない。優衣だってしてんだし」

「うぅぅ」

 なにも言えん。


「どっちにしても持ち込んだ印刷物は数に限りがあるのよ。どーしたって限度があるわ。何で社長はこんな古臭いやり方を勧めるのかしら?」

「足りない情報から想像力を育ませようとしたいって言ってた」と俺の補足に、

「あ、そっか、なるほどね……。ある意味そのとおりだわ。でもどこかの本屋さんにでも立ち寄ってもらわないと、もう限界だわ」

 だんだん宇宙にいる気がしなくなって来たぞ。



 玲子が訴えるのも納得だ。この狭い宇宙船の中では限度がある。文明が進化するほどに情報量が増え、しだいに印刷物では補えなくなる。だから進んだ星ではそういうものは大半が廃れたのだ。しかもここにあるのはアルトオーネの古本ばかりだし、田吾の私物にも色々と雑誌はあるが、茜の目に触れてはいけないモノが多数を占める。これ以上おかしな方向に学習されては大変なことになる。優衣はよくぞ無事に勉強してくれたものだ。こりゃぁ早いとこ良い教材を探さないとまずいことになる。

 どっちにしても長い半年になりそうだ。


「いっそのこと全部休暇にしたらいいのに」

「ばーか。長すぎるわよ」

 別に悪事を働いたわけでもないのに、俺たちはコソコソと宇宙をさ迷わなければならない。むしろジフカリアンとシューレイ人の解放のために活躍していたのに、だ。


「だってよ、互いにプロトタイプの営巣地へ向かってんだぜ。どこかでかち合うのに決まってんだろ?」

「何にも知らないのね、あなた」


 意味ありげな言葉を吐く玲子を受け流し、後部座席に尋ねる。


「どーすんですか、社長。銀龍の探査機器は高性能ですよ。すぐに探知されて大騒ぎになりませんか?」

 と進言する俺にハゲオヤジはこう言い返してきた。

「おまはん。まだ時間理論が頭に入っとらんな。今から半年前にそんなことが起きたか? もう一つの銀龍が近くを航行中って騒ぎになったか?」


「無い……」

「そやろ。そう言う時間の流れになっとんや。シロタマと優衣が全てのセンサー探知を占領しとったからな」

 溜め息混じりにスキンヘッドは付け足す。

「何で占領しとったか……それはな。おまはんには内緒やったけど、過去の銀龍は営巣地へ向かっとらんのや。負の時間流を持つワームホールをアカネが見つけるように躍起になっとる」


 半年後の俺をこき使うためにご苦労なこった。


「しゃあないやろ。そういう歴史が刻まれている以上従うのがタイムリーパーのさだめや」

 おーお。いっぱしにその気になりやがって。


 とにかく銀龍には半年間も無駄な時間ができたのさ。

「無駄とちゃうワ。あのな。時間が戻ったということは、やり直しができるわけや。有効利用しなあかん。解かるか、裕輔? 半年間儲けたんや。銭やのうて、時間を儲けるってあり得んことや。大儲けやがな」

 よくそれだけ、儲けた、儲けた、と連呼したな。もう言い残すことは無いだろ。


「結局あいつらが原因か。ややこしい事ばかりやりやがって」

 とっ捕まえて、ひと言文句でもかましてやろうと室内を巡らせるが、優衣もシロタマもここにはいなかった。


 田吾はもっかモデラーの仕事に集中し、玲子は誰かと目を合わさないように下を向き、って。何してんだこいつ?

「なっ!」

 代わりに目を丸めた茜と視線が合った。

「ねぇ。コマンダー。きすって?」

「まだいたのか、アカネぇ」

 湧き上がる俺の憤懣は、彼女のキョトンとした可愛らしい面持ちにそぎ落とされたのであった。





 ごまかし半分。茜の背を押して野菜の栽培室へ連れて行く。第四格納庫だ。

「今日はまだ水をやっていないんだろ。野菜は常に新鮮な水を求めてんだ。さぁ行こうぜ」

「ミカンちゃんがやってくれています。わたしはお勉強をしなければいけないんですよー」

「まぁ、たまには休め。働きづめは良くないんだぜ」


「レイコさんが言ってました」

 茜は歩く速度を落として俺の目の内を覗いた。


「なんて?」

「休んでばかりいるとコマンダーみたいになるから、努力を怠ってはいけないって」

 あんにゃろー。いらないことばかり言いやがって……。


「あのなアカネ。いつも緊張ばかりして張り詰めてっと糸は切れちまうんだ。たまにはゆったりとするのも必要だ」


「おまはんのは緩み過ぎや。たまには張ったらどないや」

 おわっと。真後ろに社長がいた。


「何で社長がついて来るの? 時間を有効利用するんだろ?」

「ワシもひまなんや」

 おーい。せっかく儲けた時間が失われていくぞ。





 第四格納庫。銀龍の野菜栽培室だ。というか、そんなものがあるのも茜の提案で。深宇宙の航行であっても新鮮な野菜を俺たちに食べさせてやりたいんだと言った。

 ほんと管理者製のアンドロイドは出来がいいよな。メイドとして完璧な振る舞いではある。バカだけど。


 で、最近ではミカンが手伝い、マメなあいつのおかげで良質な野菜が採れるのだ。

 そうそう、もう一つ付け加えておこう。あのシンゼロームなんだけど……。

 今回は全滅だった。一つとして芽が出ない。社長と茜は首を捻っているが、俺と玲子だけは真相を知っている。あり得ないほど収穫があったのは、シムが行った奇跡のおかげさ。発芽率の悪さは宇宙一のシンゼロームなんだ。芽が出なくて当たり前。これでいい。



 で、栽培室の扉をくぐる。

「ミカンいないじゃないか?」

「ほんとですねぇ。さっきお水やりへ行くって言ってましたのに」


 社長は背の高さを越えた植物の群生の中を探っていたが、やっぱり首を振った。

「どこにもおらへんな」


「ほんとうにそう言ったのか? あの『キュウキュウ』音ってマジに言葉か?」

「あ、はい。ちゃんとミカンちゃんは意思表示をしていますよぉ」

「となると、あれだ。どこかでサボってんだ。なかなかいい心がけじゃないか」


「おまはんとは違うデ。ほれ見てみぃ、水ヤリは済んどるワ」

 社長の指が示す先、地面はいい具合にしっとりしており、鮮やかな緑色の葉っぱには水滴が転がっていた。


「ほんならたぶん第二格納庫や。シロタマがミカンの神経インターフェースを改良するとか、ゆうてましたからな」

 そう聞いたら俺の頭の中に暗雲が広がる。また俺を実験台にする話になるはずだ。



 第四格納庫の真向かいにある第二格納庫、玲子の私物が一杯詰まったあいつだけのためにあるような空間だ。アカネや優衣の運動場やシロタマの研究室などに占領されている。だいたいアンドロイドが運動不足なんかになるのか?


 ま、玲子に言わすと精神修行の『道場』らしいが、それだっておかしいだろ。アンドロイドに精神修行など要らんぜ。なぁ?




 第二格納庫に入り、奥を覗くと同時に息を呑んだ。

「おい、タマ。大丈夫か? ミカンの半分がバラバラになってるじゃないか」

「バラバラじゃない。今、グレードアップ中でシ。前から言ってたでしょ」


「あ、今日がその日ですか?」と茜が言い、俺は白い目で睨む。

「ど忘れするとは人間臭い奴だな、呆れるぜ。それよりまた俺だけのけ者かよ」

 社長は興味津々の様子で、作業台にきれいに並べられたミカンのパーツを手に取って、まるで貴金属の鑑定士みたいな目をして眺めていた。


「ちょうどいい。ユウスケ、実験台になるでシュ」

「いやだ。麻痺銃といい、ステージ4のインターフェースポッドといい。ろくなことにならない」

「大丈夫、ステージ4の神経インターフェースとは種類が違うの。こっちのほうはメンタル面での接続が可能で、もっと進化してるんでシュ」

「お前が褒めるなんて珍しいじゃないか。でもその手にはのらないね。何だよメンタル面って、想像しただけで怖そうだぜ」


「ふん。ならいいでしゅ。レイコのロッカー勝手に開けたことを言いちゅけるでシ」


 何が入っているのか興味本位で覗いたコトだ。手先の器用な田吾に頼んで合鍵まで拵えたんだぜ。でもたいして面白い物は入っていなかった。


「何で知ってんだよ?」

 命がけなので、超秘密裏に動いたというのに。


 報告モードに切り替わった奴は、いつもに増して冷然と言う。

『銀龍の中はセンサーアレイで満たされています。シロタマの目を欺くことは実質不可能です』


 だからあれほど銀龍を改良すると言い出したシロタマに俺は反対したのに。

「勝手に開けたって、何のことや?」

 スキンヘッドがぬんと割り込み、俺はすかさず答えた。


「いや。なんでも無いです。ワタクシが実験台になりましょう」


 くっそー。ハラワタ煮えくり返りだぜ。




「それじゃぁ、組み立てるでシ」

 と言ってから動き出したシロタマのマニピュレーターの信じられない光景に圧倒された。それはとんでもない速度で正確に部品を組んでいく。まるで早回しの動画を見ているようだ。考え込むことも無く、かつ躊躇することも無い。正確無比の位置合わせで確実に組み立てられていった。


「はい、完了。アカネ、パワーを入れて」

「あ、はい」

 白く細い指がミカンの頭にある変な出っ張りを押し込んだ。


「……きゅっ?」

 すぐにムクリと体を起こすミカン。

「それって電源ボタンだったのか。信じられない高機能な割には粗末なもんだな」


「はい、ミカンちゃん、ご苦労ちゃまでした」

「きゅーる?」

「今のところで何も変わってない、って言ってます」

「おいアカネ。『きゅーる』のどこが『今のところで』で、どこが『変わっていない』なんだ?」


『ユウスケの知識では理解不能です』

「悪かったな!」


『ミカンの音声周波数にはスペクトル圧縮されたデータ通信が混ざっています。音としては単純な音色の羅列ですが、約1024倍のデータ量を誇ります』

「よー解らんな。メロディアス・シフト・キーイングみたいなもんでっか?」

 腕を組んで社長が尋ねる。


『MSK(旋律偏移変調)より圧縮率が高く。高機能です』

「ルシャール星の技術はスゴおますな」


『いえ、そこまで発展させたのはミカンの人工知能です。おそらくアカネたちのMSKを真似たのだと思えます。通常は単純な単語の組み合わせで会話しますので、慣れればユウスケ程度の知識でも読み取れるはずです』

「バカみたいに、いちいち俺を引き合いに出すな!」


『事実を述べるまでです。実際、バカです』

「くー。ハラタツな――。いつか殺す!」

 報告モードであっても中身はシロタマ、そのままだ。何も変わらん。人の胸中を荒んだ気分にさせる天下一のゴキブリ野郎だ。


「おまはんのほうがいたぶられるのがオチや。それよりさっさと新しい神経インターフェースのテストをしましょうや」


「じゃあユウスケ、ミカンの前に立って」

「嫌だね!」


「100パーセント安全だよ」

「嫌だって言ってるだろ! タマの『安全』は信用できん」


「さっき実験台になるって言ったでシュ」

「やっぱ気が変わった」

「じゃ、あのことバラす」

「どうぞご勝手に。命には代えられん」


「アカネ、ユウスケを取り押さえなはれ」

「しゃ、社長そんなご無体な。ひでぇよ。あ、こらアカネ何する。バカヤロ、俺はお前のコマンダーだぞ。なんで社長の命令を聞いてるんだ。ケラケラ笑ってる場合か!」


「はーい。おとなしくしてくらさーい。コマンダー」

 それはとんでもない力だった。そりゃあ大型バイク級の粒子加速銃を軽々と肩に担ぐぐらいなので、まるでパワーショベル並みだ。もっともパワーショベルで抑えつけられたことは無いけどな。


《社長。怪人エックスからの電波を受信したダよ》


 渡りに船的な田吾の船内通信が入った。

「おわぁっと、仕事だ。非人道的な人体実験はすぐやめるべきだ。銀河を救えるのは俺たちだけだろ?」

「しゃあない。シロタマ中止や。ハイパートランスポーターの準備や」

「ちぇぇぇ。またお預けでシっ」

 何ちゅう奴だ。このタマ野郎……。


「こらアカネ、いつまで俺の腕を掴んでんだ。この内股膏薬め」

「うちまたこうやく、って何ですかぁ?」

「きゅりりらら?」


「二人して無垢な目をしやがって。お前みたいな奴を言うんだ。あっちについたり、こっちについたりして……もう騙されないからな!」


「へぇぇ。内股膏薬って言うんですかぁ。お勉強になりますねぇ。ミカンちゃん?」

「きゅりりるりららりきゅぅ」


「な、何なんだこいつら……」

  

  

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