撃ち落とされた戦艦
やがて空がにわかに暗くなる。
大きな十字型の戦艦が腹に響く低音を響かせてゆっくりとこちらに向かって来たのだ。
「来たぞ! ヤダル艦だ」
四方からも十字型の大型船が第八艦隊の軍艦を取り囲み、上昇を阻もうとザグル艦が覆い被さった。
何にせよ、ここは急いだほうがいい。宇宙へ出られたらワープで逃げるのがオチだ。
なのに前の優衣は空にライフルを向けるが、何かを待つ様子。
そうか。茜に伝えなきゃならんのか?
それを待っているのか?
モタモタしていたら逃げられるぞ。
焦った俺は茜に命じた。
「アカネっ! 早く撃てと伝えろ!」
「…………………………」
返って来たのは発射音ではなく、無言の反応のみ。
「なんだよ?」
茜はキョトンとしたまま。栗色ポニテの優衣が言う。
「ユウスケさん。それでは同期が取れません。この攻撃は破壊力が最小で、かつ74秒の遅れを考慮してタイミングよくクリティカルヒットを狙わないといけません」
「おー。クリスタルキットかー。なるほどな。こいう時、使うんだな。うん、いい響きだ。クリスタルキットなー」
ちょっと黙っててほしいな。
「そんなの解ってんだけどな……やったことねえもん……だいたいさ……」
言い訳めいたセリフを吐くが、最後のほうは言葉になっていなかった。
「ダメねぇ。経験の無い人間は……」
どこに居たのか玲子がやって来て、オタオタしだす俺に小生意気なことを言う。
「お前だって時間のパスを利用したことねえだろ?」
「無いわ。でもやることは同じよ。息を合わせて打てばいいのでしょ」
アマゾネスの女ボスは自信満々だ。
「あのねー。この攻撃は三点同時間に的を貫かなきゃダメ。成立しないの。解る?」
それにしても嫌味っぽい言い方するヤローだな。
「じゃあ、お前が合図を出せよ」
ぽいと無線機を放ってやる。
パシッと受け取り。横で銃を構えている優衣に命じた。
「ユイ、代わって、あたしも参加する。そうしないとタイミングが取りにくいわ」
あ、おい。
マサとヤスが目を剥いた。俺も同じ心境さ。
受け取ったライフルを片手に持ち替え、照準器を覗く。横から一言二言、標的位置の説明を優衣から受け、うなずくとおもむろに、
「第1チームどお?」
茜の目の奥を覗いて言った。
「すでに移動していますのであと少しですが、倒木が激しくて四苦八苦しています。なるべく早く位置に着きますので、もう少しお待ちください」
と伝えるのは、この中で最も未来から来た栗色ポニテの優衣。ややこしいので栗ポニテの優衣としておこう。
撃つのは優衣。それを誘導するのも優衣。伝えるのは茜。報告は栗ポニテの優衣。全部が優衣。いや茜か。茜が持つ時間的延長線上にこれらの優衣が存在する。
アタマ痛いね……。
マルチ優衣システムはとてもややこしいのだ。
「了解! 第二チームは?」と玲子は茜へ伝え、
「準備完了。動きに合わせて微調整中」と返すのが栗ポニテの優衣。
ここに茜が立った瞬間未来が切り開かれ、すべてが茜の未来にとって必然の連続となってすべての優衣へ伝わる。そのためには玲子が茜に伝えるのが時間規則となる。もしここで伝えなかったら、それが時間規則に違反することだ。そして伝えたという事実を確認した優衣はこれから起こりうる未来を継続させるために自分の持つ情報を放出できる。
脳ミソの奥まで痛くなってきた。
このややこしい状況下なのに玲子は平然としている。いいな。科学音痴の奴は悩みが少なくて。
「あたしがアカネに合図を出したらシロタマは秒読みを開始するのよ」
「いいでしゅよ」
どいつも何で玲子にだけは従うんだ?
俺は不満タラタラ、でも玲子は満足げにほっそりとした顎を前後させて茜と顔を合わせた。
「第一チーム!」
「照準合いました。いつでもどうぞ」
栗ポニテの優衣の言葉を聞いた玲子、
「……いい? アカネ。カウントゼロで撃つのよ」
「あ、はいぃ」
玲子は丸い目の前で手のひらをパチンと叩き、
「開始っ!」
茜は驚いて目を瞬き、シロタマのカウントダウンが始まった。
『残り73秒……72秒……71』
その様子をしばらく見ていた玲子、今度は茜の持つ無線機へと唾を飛ばす。
「ザリオン全艦に告ぐ! 1分ほどヤダルの艦を今の位置で押さえつけておくのよ。時間が来たら知らせるからそれまで維持して」
《任せておけ。1時間でも2時間でもやってやるぜ。オレらは船さえ動けばこっちのもんだ。おい! 全フロアーに通達だ。第二種戦闘配置につけっ!》
《こっちも第二種戦闘配置だ! 砲舵手走れ! ザグルに遅れを取るな!》
《よーし。アジルマ、オレは南側へ回る。ジェスダは北へ回れ!》
《へっ! オレ様に命令すんじゃねー。とっくに向かってんぜ》
《第六艦隊と第七は、オレたちの掩護についてくれ。第八を絶対逃がすな》
何だか知らないが歯車が回りだした。やっぱこんなのは俺では到底できない。
『40……39……38……』
少々気の長い話だった。マサも首をかしげて近寄って来た。
「ちょ、ちょっと何やってんすか。旦那?」
「うーん。説明が難しいんだけどな。時間の隔たりを埋めてんだ」
「時間のヘダタリ……ねぇ」
目をパチパチ瞬き続ける茜を訝しげに見て、
「なんでアカネさんに言えば森に散ったシラガミさんに伝わるんすか?」
マサは散々悩んでいたが、
「あ、なるほどな。超能力ってやつっすね。シムと同じかぁ。なーんだ。超能力って誰でもあるんすね。珍しくも無いんだ」
あんたのその柔らかい脳ミソもある種の超能力だな。
『残り15秒』
ヤダル艦は逃げようとザグルの船を押し返し、ザグルは爆炎を吹き上げて下降方向へエンジンを吹かす。
真正面に構えていたバジル艦が地面に引き摺り下ろそうと、マグネットポッドを打ち込んだ。ピンと張ったワイヤーがギシギシ軋んでいた。
まるで白鯨を捉えた捕鯨船のようだ。エンジンが悲鳴のような爆音を吐きだし、それでもまだ上昇しようともがくヤダル艦。
『残り10秒』
ずっと同じ体勢なので、首が痛くなってきた。
玲子が無線機に向かって叫ぶ。
「ヤダル艦の上に退路を作って! その他の艦は現状維持よ!」
玲子のキンキン声を合図に、真上から圧しつけていたザグルの戦艦が離れた。それに伴い急上昇して逃げようとする第八艦隊の軍艦。
バジル艦が撃ちこんでいたワイヤーが金属音を発して次々とぶち切れた。
『5……4……サン』
玲子が俺に向かって無線機を投げつけると、さっとライフルを肩に構えてシロタマのカウントゼロに合わせてトリガーを引く。まるで射的ゲームのノリで銃弾が発射された。
耳をつんざく発射音は森が瞬間的に吸収した。わずかに空を切る風音だけを残し、細い銀の糸を張ったように煙を吐いた弾丸は、真上に浮かぶ戦艦を貫いて青空へと消えて行った。
場所は3か所。船尾辺りに1本。左右に大きくせりだした十字の腕の付け根。残りの1本は、船首のすぐ後ろ辺りだ。決して派手では無く、わずかに破片が散ったのが目視できる程度だった。
「――――――――」
まったくの静寂がやって来た。だがそれは無音ではない。空を覆い尽くす戦艦が出す鼓膜を圧迫する極低音しか聞こえない。そんな気配だ。
「外したのか?」
俺の声が沈黙を破った。
「いえ。命中しています」
首を直角に曲げ、空の一点を凝視する優衣が言った。
でも――。
「あ……音が消えてやすぜ」
そう、第八艦隊の船だけが無音なのだ。
「落ちるぞ!」
ケイトの声だった。
茂みの奥から2人のザリオン人を連れて、互いに薄汚れてボロボロだったが元気そうだ。
「いや、エンジンは止まってない」
空へ首を持ち上げ言う。
脈を打っていた。
巨人の鼓動のように極低音の血流を打つかの如く、エンジンが間欠している。
過ぎ去った夏を惜しむ余命わずかの蝶みたいにかろうじて浮くことはできているが、確実に高度を落としていた。
実況中継でもするかのようなシロタマの説明が始まった。
『燃料システムに接続されたコンジットとフィードバックデータラインが隔壁に最も近寄る場所が、先ほどの3点に存在します。隔壁の厚みはじゅうぶんにありますが、この3点は装甲板のつなぎ目と重なっているため。ライフルの銃弾でも貫通してしまい、エンジン不調を起こします。ザリオン艦を落とすならこの3点を狙うのが最も有効です』
「お、おい。そんなこと連中に言うなよ、シロタマ」
《聞こえたワ! おい、この騒ぎが終わったらすぐに艦をドックに入れるぞ!》
《何ということだ。オレたちの戦艦がたった3発の銃弾であんな惨めな姿になるとは……こっちもすぐドックだ!』
そのほうが無難だろう。自慢の軍艦を玲子たちに撃ち落とされた日には面目丸つぶれだぜ。
丸つぶれなのは第八艦隊の船だ。理由も解らずに不意にエンジンが不調になったのだ、今ごろたぶん大騒ぎのはずさ。それほどにシロタマが指摘した穴は小さかったのだ。
船はみるみる地面に近づき、見るからに異様な黒煙を船尾から吐き出して森の奥へゆっくりと墜落して行った。
太い着陸ポッドを突き出したバジル艦がその後を追う。
「終わった……な」
《よーし。全艦、バジル艦に続くのだ。第八艦隊の制圧に掛かるぞ!》
《新しいザリオンの誕生だ! バジル長官を提督として賛同するものは、忠誠を誓い、オレに続け!》
《ウヒャヒャヒャ。ザリオンが変わるぜ!》
散々でかい声で無線機が喚き倒し、先頭にバジル艦。続いて4機のザリオン艦が一列に並んだ。さらにケイゾンの周囲を2機の軍艦が旋回しながら空砲を打ち鳴らして騒いだ。
その時、ケイトが両手を空へ掲げて大騒ぎを始めた。
「おぉぉ、ザレック、マッドン。見るんだ。まさにこれだ! "深き緑の大地で七つの軍団は血族の竜を退治する" 血族……ザリオンか。なるほど、懲らしめるではなく、まさに退治するだ。おい、あの球体はどこへ行った? お前の説が正しいぞ」
真っ赤な双眸を震わせたケイトがシロタマを探して叫んでいた。でもタマは姿を現すことは無かった。たぶん玲子のポケットの中にでも潜んでいるはずだ。ケイトとは気が合わなそうだからな。
『戦いは終わったぁー。オレたちの勝利だぁ!』
シャトル・ユースケはでかい声で終結したことを空から告げ回り、喜びあふれたジフカリアンたちが、わぁぁと駆け寄り、泥だらけになったシューレイ人があちこちの茂みから顔を出した。みなライトグリーンの瞳なので一目で分かるし、その服装は質素そのものだ。
「アカネー」
満面の笑みを浮かべてマーラが茜に飛びついた。もちろんシムも一緒だ。三人は輪になって回り続けた。
「アネゴぉ……。惚れ直しましたぜ。せひオレにも銃の撃ち方を伝授してくだせえ」
玲子はライフルをひょいと肩に掛け、
「あなたもあたしをヴォルティと呼ぶのならいいわよ」
「へい。ヴォルティさま。で? ヴォルティ……って何語だ、ヤス?」
「ザリオン語らしいっすよ、あにい」
「ワニ語……か」




