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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  74秒の補正  

  

  

「だけど、ユースケ。マイトは残り一本だ。何ができる?」

「なに弱音吐いてんだよ、ヤス。オレッチがひかっ掻き回してやるぜ」

 もはやヤスとシャトルは同化しており、どっちが喋っても、それはヤスであり、シャトルでもあった。


「決まってんだろ。こんな派手な殴り込みは久しぶりだ。思いっきりやらかそうぜ」マサまで気勢を揚げるが、

「ちょ、ちょっと待ってくれマサさん。一発で仕留める方法があるんだ」


「一発? どんな?」

 興味津々のヤスとマサ。4つの目玉が瞬いていた。

 そして見開いた茜の黒い瞳とマーラも並んでいた。

「どういうことですかぁ? コマンダー?」


「お前も聞いていただろ。ザリオン艦にはピンポイントだが盲点があるという話さ」

 茜はこくりと顎を落とし、

「あ、はい。シロタマさんが3カ所あるって言ってましたぁ」


「そうだ。それをお前の姉さんに撃ってもらうんだ」

「おユイさんは、わたしのお姉さんでは、うぐぐぐっ」

 怪訝な顔でマサが窺うので、急いでこんバカの口を塞ぐ。


「そんなこと今はどうでもいい……とにかく」


 まだ眉をひそめるマサに必死で話を逸らす。

「ユイの本当の能力を知りたいだろ?」

「じゅうぶん知ってやすぜ。それよりアカネさんはやっぱり舞黒屋の隠し子?」

 しつこいなー、こいつ。


「そ、そう。舞黒屋の、ユイはそこの射撃クラブの一員だって、知らなかったろ?」

「射撃クラブって……アネゴの?」

「そう。玲子の指導を受けてんだ。どんな腕か見てみたくないか?」


 二人はさっと瞳を透き通らせた。

「おおぅ。そりゃあ、ぜひ拝みたいな。なぁヤス?」

「まったくで。レイコ姐さんの銃の腕前には惚れやしたからね」


『おーよ。そうと決まればゼンは急げだ。行きやすぜ。あにい』


 シャトル・ユースケは風に乗ったハヤブサのような動きで急旋回すると、一直線に森の深部へと目がけて飛び、急峻な角度で降下すると、ふんわりと着陸した。


 そこには二人の優衣とシロタマがいた。まるで俺を待っていたとでも言いたげな様子でシャトルへ手を振っていた。


 シロタマはタラップから下りて来た俺に向かってこう言った。

『その作戦は有効です』


 なに言ってんだこいつ?

「何も説明していないのに、何が解るってんだよ!」


「ユウスケはバカ。ユイとアカネが時間のパスで繋がることを忘れてるでしゅ。シャトルで茜に伝えた話は、その瞬間から74秒後に全員へ伝わるでシュ」


 あーあれか……あれね。

 茜の記憶は優衣の記憶という話だ。同一人物だからな。つまり茜に何か伝えれば優衣の記憶として残る。これが時間のパスだ。


 シロタマは冷然とした声に戻した。

『ザリオン軍の戦艦にある致命的な盲点はライフルの銃弾でも突くことができますが、その場所は非常に狭い3点に絞られます。しかも同時に打ち抜く精度を要求されます』


 そう。だから俺は優衣を集めようとしたんだ。でもこの広い森林に散った優衣をどうやって探す?

「あ……」

 ここで俺はこの計画の失敗を悟った。シロタマは「この作戦は有効」だと言ったが、俺のほうが優秀さ。先に気付いたぜ。


 まず優衣たちは無線機を持ってない。ついでにシャトルで飛び回って探す時間も無い。


 先に動きだした第八艦隊の船は兵士を撤収するのに手間取っているが、それが終わればあっという間に宇宙へ飛び去ってしまう。

 ザグルたちの船もまだ本調子ではないらしく、空に浮かぶには浮かぶが、なんだかまだ頼りない。


「だめだタマ。別の方法を考えよう。ここには武器を持った優衣が一人しかいない。二人足りないぜ」

「それで?」

 拍子抜けた。こいつはこんな簡単なことすら解らないのか。


「なーにが、対ヒューマノイドインターフェースだ。対アホンダラに看板を交換しておけ」

 俺はライフルを肩に担いだ優衣をチラ見して、こんバカに得々と説明してやることにした。


「この広い森のどこかに散ってしまったライフルを持つ優衣を今から探すのか? それより武器を持った優衣が他に居なかったらどうする。何とか動き出したザグルに連絡して貸してもらうのか? したらザグルの奴、怒るぜぇ。こーんな怖い顔して怒鳴られながら、頭を下げ下げ受け取って、それから優衣たちに配って……あーしんど。どうだタマ! ちっとも有効な作戦じゃないじゃないか」


「やっぱりユウスケはバカでちゅ」

「だったらどうすんだ。ヤダル艦はさっさと逃げちまうぜ。時間でも止めるのか! バカはお前のほうだ!」


『すでに森に散った13人のユイは、アカネの記憶どおりの行動に移っています。詳細はそこの8ヶ月未来から来たユイに尋ねてください。彼女が今回問題にしている案件の時間的最先端に位置するユイです』


「あ、そっか。みんな茜の記憶を頼りに全員が準備して待機してんだ……あああああー!」

 もっととてつもないコトに気が付いた。


 茜の記憶は今刻まれたのだが、ここにいる優衣たちにしたらずっと過去の出来事だ。こいつら最初から全てを知った上でここに現れたんだ。もちろん俺がマルチ優衣システムを起動することも分かっていての話さ。ちゅうことは、ホールトすることも何かしらの意味がある。


 ぞぞぞぞぞぞ、と両腕に電気が走った。今さらだが、こいつら怖ぇぇぇぇ。


 栗色のセミロングをポニテにした優衣が一歩前に出た。サラサラの栗色はこれまでの中で最も明るいブラウンだった。

「ワタシが最も未来から来ていますので、伝達完了の確認はワタシがします」

「あぅ……」

 驚愕に驚愕を重ねられて、こっちは一歩引き下がっちまった。


 もう一人の優衣はライフルを構えて徐々に上昇して行くヤダル艦を探っていた。


 さっきからマサとヤスは丸い目をして見つめるだけだ。時間のパスが何なのか、俺とタマが何を言い争うのか、たぶん皆目理解できていないはずだ。


「気にしないでくれよな。シラガネ一族はちょっと変わってんだ」

 何言ってんだろうね。


「パスって何すか?」

 来たか……。この忙しいときに聞いてくれるなよー、ヤスくん。

「俺からは難しくって説明できない」

 ほんとはメンドくさい。


「シロタマから説明させようか?」


『時間のパスと言うのは……』


 ヤスはさっと表情を曇らし、

「あーオレ、パスね。そういう小難しい話は蕁麻疹が出るんすよ」

「じゃあ、オレもパスするワ」


『…………………………』


 すげえ。『クリスタルキット』は天下無敵だ。報告モードを黙らせちまったよ。



 さてと――。

 森に散ってしまった無線機も持っていない優衣たちに、時間のパスを利用して情報を共有させれば、伝達に74秒掛かるとしても、とても効率的だ。悔しいがこれはさすがに俺も考えつかなかった。


 まぁいい。俺もタマと同意見だったというところは、褒めておいてやろう。

「えらいぞ、俺」

 ひとまず自分に賛辞を送ってから、ザリオン軍から預かったライフルを担ぐ優衣をじっくりと注視する。


「お前は玲子から射撃の訓練を受けてるのか?」

「もちろんです。ワタシは入社して3週間後です。すでに基礎は習っています」

 となると初めて居酒屋へ連れてってやった頃の優衣だ。まだナナと呼んでいた頃だな。


 俺は優衣ではなく、能天気な面持ちでニコニコしてる茜と向き合う。

「あそ……じゃあ準備してくれる?」

 ようするにこいつを無線機だと思えばいいわけだ。こいつに告げたら全員に伝わるからな。

 小鳥のように首を傾けた茜の黒い瞳を見つめながら説明する。おかしな光景さな。


「えー。きみらが選抜のシューターだ。これからザリオン艦を撃ち落としてもらう……」

「もうジャマちないで、ユウスケ! みんなの準備はできてるんでシュ」

 いきなりシロタマが俺の頬へ銀白のボディをぶつけて割り込んだ。


「標的のポイントを伝えるでシュ。船尾の……うーんじれったい。ヒューマノイドの伝達手段は非効率的っ!」


 唖然とする俺の前でシロタマはMSK通信を茜に対して始めやがった。

 優衣が考案した、メロディでデータ転送するヤツさ。メロディアスシフトキーンイング、略してMSK。



 まるでジングル並みの短い音楽を奏で終えたシロタマは涼しげな声で返した。

『準備完了しました』

 手品みたいだぜ……ほんとにちゃんと伝わってんのか?


「大丈夫です。シューターのワタシも時間誤差が最も少なくなる人選をしてあります」

 と言ったのは栗色ポニテの優衣。この中で最も未来から来た優衣だと言う。


「何から何までよく気の利く子ですねー」

 けろっと茜。お前、意味解ってんのか? ほんと。

 しかしこういうのも以心伝心と言っていいのかね。何とも頼りない感じだけど。


 俺の横でライフルを担いでいた優衣が、マガジンをガシャリと挿し込んで片膝を突いた。

 グリップを肩に当てて空へと突きつけた先がピクリともぶれていない。その姿を見てマサがつぶやく。

「ほぉぉ。様になってるな」


 そりゃそうさ。こいつはワンクッションどこかに反射させた銃弾で空中に投げられたコインを跳ね返し、決して地面に落とさなかった、という離れ業を披露して俺の度肝を抜いてくれたんだ。そんな優衣が十数人集まったのだ。マルチ優衣システム。恐るべし。


「早くしねえと、第八艦隊が逃げるぜ!」

 マサの喚き声で我に返った。マルチ優衣システムに感銘を受けている場合ではない。

 上陸兵を撤収し終わったヤダル艦のゲートがゆっくり閉じ、腹に響く低音がひときわ大きくなる。今にも浮上を始めそうだ。


「アカネ! ザグルに連絡だ。第八艦隊の進路を邪魔してくれって」

「あいあいさー」


 さっと挙手をしてハンディトランスミッターに叫ぶ茜。

「ザグルちゃん。第八艦隊のおっちゃんが飛ぶのをジャマしてくらさーい。いまからおユイさんが撃ち落とします」


 えらい勢いでザグルから返事があった。

《ま、待て、待て! 粒子加速銃を使うのはヤメロ! 戦艦が木っ端みじんになるだろ! オレたちは奴を取り押さえろと厳命を受けてんだ》


「おまかせくらさーい。粒子加速銃は使いませーん。お借りしているライフルを使いまーす」


 急激にザグルの声から緊張感が抜け落ちた。

《馬鹿も休み休みに言え。ライフルごときで戦艦が落ちるか!》


 茜の無線機をひったくり、

「シロタマが言ってんだ。あんたらの船には急所が三点あって、ライフルでじゅうぶん落とせるんだとよ。ほんとかウソかよく見てなよ。上手くいけば今後の防衛策にもなるデータが取れるぜ」


 優衣も俺が握る無線機に口を近づけた。

「小銃ですから、おそらく連中には撃たれたことに気付かないはずです」


「ら……ライフルだぞ……あり得ん……むぉぉぉ。やはり信じられんが……オマエらの言うことだ》


《あひゃひゃひゃ。笑い話だぜ……ザリオン艦をライフルで撃ち落とせたら、アシモなんか棒っ切れで倒せるだろ。ギャっハハハ》

 実際、棒っ切れで破壊した奴がいるんだがな。


 途中から下品な口調で割り込んで来たのは、第七艦隊の艦長だ。ザリオンのくせに甲高い声が特徴なので分かりやすい。

「どうなるか、まぁ見ていてくれよ……えーっと……」


《ボラジスだ。ギルガ・ボラジスだ。覚えておいてくれ。おーっとついでにザグル大佐ぁ。あんたが第八の連中を逃がしてもオレと第六艦隊が大気圏から撃ち落としてやるぜ!》

《はーーっ! うっせぇ! 弱小軍団のくせにエラそうなこと言うな。それと撃ち落とすな。乗り込んで制圧するんだ!》


「ちょっと時間が無いんだって、言い争いは後でゆっくりしてくれよ」


《そうだな。ならオレの艦で圧しつけてやる。これで少しは時間を稼げる。その代わり外すな、ヴォルティ・ユイ!》

「大丈夫ですよ。管理者製のアンドロイドは宇宙一精密な動きができますから」


《ぬ………………………》

 無線機からは唸り声しか返ってこなかった。

  

  

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