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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  混乱 マルチ優衣システム  

  

  

「お前らここに入ると機能停止するのを忘れたのか!」

 実際、俺も忘れていたのだが、しびれが切れるほど待たされて、つい焦燥めいた口調で息巻いてしまった。


 再起動を果たしたゲキレア優衣は口を尖らせる。

「仕方がありませんよ。ワタシはこの空間に入るのは850年ぶりですから」

「あ……そっか。最初に入ったのはアカネか。それから450年経過して、その後水宮の星で400年……アタマ痛いな、お前ら……」


 バリバリバリバリ!


「うっはー」

 新たに現れたアシモが連射する銃弾が頭上をかすめ去る。重量のある太い肢が地面を叩きつけるたびに激しい振動が起き、俺はいいように転げ回されつつも、次の優衣をリロードさせる。


『ホールトの解除は最上級のプライオリティ承認が必要です。コマンダー登録時に当ガイノイドとタッチ認証を行った部位を触れてください。登録された場所とDNAの比較検証を行います。3回間違えますとそれ以降、24時間コマンド変更が無効となりますのでご注意ください』


「はいはい解ってますよ。タッチしたのは手首ですよー」

 もっといろんなところを触っておけばよかった。

 戦場で不謹慎だとは思うが、強く感じるのであった。



 しばらくして可憐な瞼がぱちりと開く。これで何人目?

 5人までは数えていたが……もう知らん。


 キョトン顔の優衣へ命じる。

「ほら、起動したら、逃げ惑ってるジフカリアンやシューレイの人らを避難壕へ誘導してくれ」


「どこに避難壕があるんですか?」


 質問してくる内容も全部同じだ。だから自然とぞんざいになる。

「自分の記憶を手繰れよ。おアカネが寝ていた場所だろ」

「あー。思い出しました。了解です」

 黒髪ロングの優衣はこれで3人目だが、いつの時間域の彼女か尋ねるヒマは無い。


「よし、次!」


『ホールトの解除は最上級のプライオリティ承認が必要です……』


「このセリフ飽きたな……」


 敵兵が持つ火炎放射器から放たれた炎が、ごぉぉー、と音を上げて森を薙いで通った。


「あちちちちちちちち」

 慌てて両手のひらで頭を包む。刈りあげのヘアースタイルは無防備極まりない。異様に長く伸びる炎が近くを通ると肌がチリチリ痛い。


 そこでふと過ぎる。

 え?

 何でそこで過るかなーって言われたって知らんよ。過ぎったモンは仕方が無い。人間の思考なんてこんなもんさ。何らかの変化をトリガーにして色々な思案が浮き上がるもんさ。


 で、またまた新たなる案件に気付いて急激に後悔する俺。

「もしかして、大変なことをしてしまったのかもしれない」


 ここに現れた優衣たちは多元宇宙の優衣ではなく、一本の時間流の中に存在する優衣なのだ。つまり全員が同じ優衣だから、停止したまま忘れると、そこから先の時間に存在する優衣の全てが連鎖して消えてしまう。


 これはかなりマズいことになる。だってその場でホールトしてんだから、人間みたいに時間が来れば目覚める、てなことは無い。そうなると俺たちは元の時代に帰ることもできなくなるし、このミッション自体が無くなる可能性がある。


 あー。深く考えずに命じた俺が悪いのだが、こうもこいつが愚直に従うとは思わなかったんだ。というより、もしかしてこれも必然なのか?

 疲れた頭に思考力はもはや無いも等しい。



「ユウスケ」

 行き先不安で落ち込む俺の目の前で、いきなり茂みが左右に切れ、陰から顔を出したのは小さな少女。

「マーラ! どうした?」

「ユウスケを助けに来た」

 少女は屈託の無い顔をして俺にしっかりと明言した。


「ばか、変な心配は無用だぜ」

「でもこの森のことを知らないだろ?」


「大丈夫さ。それよりみんなの避難は済んだのか?」


「アタイの集落のジフカリアンは避難壕の近くにいたからすぐに入ってもらったけど、まだシューレイの人たちがたくさんいて、みんな逃げ惑ってる。どうしていいか分からないみたい」

「静かに暮らして1万年だもんな。それがいきなり戦争状態だ。パニックになるよな」

「それじゃぁ、早くみなさんを助けに行きしょう。どこら辺りにいますか?」と優衣が覗きこみ。


「アカネ……?」


「こいつはFシリーズの進化版なんだ。ユイって名前なんだ」

「森のあちこちでこの人を見た」


「あー。それね。えっとだな。とにかくこの人の誘導に従うんだ。理由は後で説明するからさ……」

 さてどんな理由付けをしたらいいもんか、と考えていたらさらに茂みが動き、

「へへ。見つけたぜ!」

 マーラは尾行されていたらしく、奇妙な声と共に草むらから現れたのは――。


「うぉつ!」

 思わず仰け反りそうになる。

 肩のところが真っ平らになったミュータリアンのシュリムだ。手のひらに鼻や口がある奇怪なバケモノさ。


「お前! 第八艦隊の手先だったのか!」


 憤然と向き合う俺に、

「へへへっ。追って来てよかったぜ。オマエらヒューマノイドをヤダル艦長の前に連れて行くと賞金が貰えるんでな」

 右手に銃を握り、その先を俺の鼻先に突きつけた。そしてもう片方の手のひらにある口をこっちに向けて会話をするという、不気味な光景だ。


 奇怪な姿に卒倒しそうになりながら、

「どういう意味だ?」

「ヤダル艦長はあんたらを指名手配したんだ」


「指名手配?」


 繰り返す俺に、シュリムは「へへ」と手のひらで笑い。

「ザグルたちを陰で動かすのはあんたらだと思ってる。どっちか一人でも連れていけば金になるんだ。このウエイトレスのガキが繋がってるのは薄々感づいていたけど、こんな簡単に見つかるとは。大助かりだ」


 シュリムは、ぱっと手のひらを反転させると森の奥へ掲げ、

「少佐! 見つけたぜ、ここだ!」

 密集した枝葉がガサガサと揺れ、銃器を持った第八の連中がバラバラと現れ、あっという間に包囲された。


「よーし。お手柄だ、シュリム!」


 こっちは優衣一人。相手は重装備のザリオン人多数だ。

 さっきも言ったが俺は戦力ゼロ。しかも奥の手である優衣の時間跳躍はここでは何の役にも立たない。飛んだ瞬間、機能停止を起こす。

 さらに事態は悪い方向へと。

 後ろにそびえる岩山の遥か奥から不気味な低音をまき散らし、十字型の戦艦が動き出した。こびりついた樹木や土塊をバラバラとまき散らし、ゆっくりとその巨体が宙に浮かんで行く。


「ヤダル艦が再起動したようだ!」

 シュリムが手のひらを空へかざす。その内側には見開いた目が眩しげに瞬いていた。

 背筋が粟立つほど気味が悪い野郎だ。


「よし、オレたちの艦が最初だ。これでいち早くここから脱出できる」

 他に動き出すものは無い。ザグルたちの船はまだ起動できない。ナリがでかいだけに一度止まってしまったシステムはそう簡単に動かないらしく、とても歯がゆい。


「くそぉっ!」

 焦燥感に耐え切れず地面を蹴って、俺はシュリムへ舌打ちをお見舞いする。

 その時、岩山の表面をさっと影が撫でて通った。


『おらぁぁぁー カチコミだあ!』


 次の瞬後、俺たちを取り囲んでいたザリオン兵の背後で派手な音と土煙が上がり、数人の兵士が吹っ飛んだ。

「ぐわぁぁ!」


「もう一発、お見舞い申しあげますのでーす」

 へんな言葉遣い。それからこの鼻に掛かる可愛らしい声は、

「アカネ――っ!」

 喜び勇んで手を振るマーラ。

 空中で半捻りしたシャトルのハッチを開け放し、身を乗り出して物騒なブツを茜が投げつけた。


 ドンっ、と腹に響く音がして噴煙と泥が跳ねあがり、またもや数人のザリオン人が吹っ飛んだ。


「ぐっどじょぶです!」

 シャトルのボディを手のひらで叩いて機内に賛辞を送ると、茜は嬉しげに片腕を振り回して、俺たちに存在をアピールした。


「お助けにご参上でーす」

 帰ったら真っ先に語学の勉強をさせよう。


 再旋回して来たシャトルは残った兵士を蹴散らすように回転し、地上1メートルで静止。タラップを下ろした。


『ほらよー。指名手配の旦那。助けに来たぜ、乗ってくれ』

 人を脱獄囚みたいに言うな。


『だってよ。ヤダルの野郎が派手にビラを撒いていたぜ。アネゴとアベックで写真付きでな』

 アベックって……死語だっちゅうの。


 脱力感を振り切って、マーラを抱きかかえつつタラップを駆け登り、

『行っくぜぇー』

 優衣を取り残したまま、シャトルは舞い上がろうとした。


「おい。まだ下にユイが残ってる! 待ってくれ」

「ユイねえさんからの(こと)づけっすよ。旦那がいたら動きにくいそうだ。早い話しが、お荷物なんだとよ」

 機内から手を差し出したマサが笑いながら俺を引っ張り上げた。


「くそっ。コマンダーを差し置いて……」

「それにしたって、ユイねえさんは何人姉妹なんだい? 子だくさんな家庭に育ったんだな」

 まーだトンチンカンなことを言っている。何て言えばいいんだ。


「今回は非常時だろ。こういうときはマルチ優衣システムが有効なんだ」

「マルチ……?」

 なるほど難しい単語を並べたくって思考を麻痺させる、シロタマ方式は便利だな。

 マサは目を点にして座席に撃沈。そこへハッチを閉じて茜が機内に入って来た。


「アカネー。ありがとう」

 マーラに飛びつかれ、茜も嬉しそうに、

「白神さまは決してあなたちを忘れませんよ」

 こいつ、また白神様ゴッコを繰り広げる気ではないだろうな。


 よけいなことを言い出さないうちに茜を俺の背に隠してマーラに訊く。

「シムは避難したのか?」

「あの子はレイヤーだから簡単には捕まらないよ。でもシューレイの人はそうはいかないから、急がないとまずい」


 その説明を聞いて一抹の戸惑いを覚えた。

「レイヤーとシューレイは違うのかい、マーラ?」


「見た感じは同じだよ。でもシムはレイヤーなんだって。自分でそう言ってた」

「何だかよく解らないな。まさかシムだけがレイヤーってことは無いよな?」

「うん。ケイゾンにレイヤーは何人かいるって聞いてるけど、アタイの知っているのはシムだけ」

 正体のつかめない話に首を捻っていると、シャトル・ユースケが気になる言葉を放った。


『ユウスケの旦那。まもなくザリオン艦の横を通過するぜ。シカトしててもいいのか?』

「なに?」

 高速エレベーターよりも速く真上に飛び続けるシャトルのキャノピーの遥か上空に十字架型の巨大な物体が浮かんでいた。

「やばいぞ。ケイゾンの外に別のザリオン艦が2隻もいるじゃないか」


 体を強張らせる俺の振る舞いをちらりと見て、マサは目元に薄い笑みを浮かべた。

「あー。あれはザグルが呼び寄せた味方だ。第六と第七艦隊の船らしいけどよ、みんなが墜落したのを見て、ケイゾンに入るのを躊躇(ちゅうちょ)してんだ」


「無線は繋がるのか?」

 俺はシャトルのノーズにあるプレートへ問う。


『ザリオンのメインチャンネルなら繋がるぜ。ほらよー。喋りな』


 逡巡する気持ちを抑え込み、息をひと吸いして、

「俺たちはザグルの仲間のもんだ。聞こえるか? 第六艦隊の艦長……」


 少しの沈黙の(のち)。大音声のドラ声が響いた。

《よく聞こえる。艦長のゴル・マードクだ。お前らのウワサはバジル長官から聞いておる》


 マジで肝っ玉がすくんだ。

 これまで玲子と関わり合った連中もザリオン連邦軍の艦長だというのは疑いの余地も無いのだが、いかんせん玲子の家来と言う目線で見ていた。でもこの人の場合は、今初めてコンタクトを取った正真正銘のザリオン軍の幹部だ。コトの重大性にビビるのが当たり前さ。


「あ、あの。俺はユウスケって言うんだが……」

《要件を言え! オレたちはどうしたらいいんだ!》

 イラついた甲高い声が割り込んだ。


《口を挟むな、ボラジス!》


 咎めたのが第六の艦長だとすると、甲高い声の主が第七艦隊の艦長だ。でもここでビビったが最後さ。ザリオン人に接するときは高圧的態度を崩したらダメだ。これだけは学習して来た成果さ。


「よく聞け! マードクとポラジス艦長。ケイゾン内部には入るな。入ったら最後、艦全体のシステムダウンが起きる。ザグルやバジルはそれで再起動に手間取ってんだ」


《それは承知しておる。無線も通じないので、のっぴきならないことが起きたのだと思っておった》

《おーよ。ここは神の土地だ。何が起きても不思議じゃねえ。それよりよくフィールドを開けることができたな》


《口を挟むなと言っている! ボラジス! 叩き落とすぞ!》

《…………………………》


 マードク艦長が放つ威圧感に呑み込まれそうだった。縮み上がりそうな肝っ玉にエールを送りつつ、

「一万年も経ってんだ。ケイゾンはシューレイーの土地と言ってもいい。それからジフカはジフバンヌ、ジフカリアンの星だ。そろそろ返してやってくれないか」


《他種族がほざくセリフではないワっ!!》

「あぐっ!」

 一喝された。シャトルのスピーカーが傲然と吠えた声でビリビリと響き、一拍空いてビューワーにおっかないワニ顔が映った。


 顔から大きく前に突き出たゴツゴツの口が真っ赤に裂けた両端から牙が突き出たつら。合わせて目を吊り上げ怒気を込めた表情で俺を睨む形相。肝の芯まで凍り付く鬼面に、マサとヤスの頬が引き攣ってピクピクする。


《――と、昔のオレならそう叫んでいただろう》

 瞬時に口調が反転した。


「え?」


《話しは聞いておる。オレたちもバジル長官の意向を呑んだ。ザリオンは変わるべきなのだ。新たな評議会に期待したい。何かあれば連絡を寄こせ。そして第六と第七艦隊はここで待機するとザグルに伝えろ》


 さっと映像が切り替わって、別のワニ面が甲高い声を張り上げた。


《へっへーっ。1年前だったら、オマエのシャトルはとうに撃ち落とされていたぜ。今だって砲舵手の照準は固定されてんだ》

「ばっきゃろー。こっちのパイロットはヤスだ。オメェらのへなちょこ(だま)に当たるかよー」

 我慢できなくなったマサが横から叫んだ。


《はぁーはっ! ほざけほざけ!》


 何となくよく解らない雰囲気で通信が切れた。

 ま、初対面のザリオン人を相手にしたにしては、まだ穏便に片付いたほうだ。


 気を取り直して振り返る。

「ところで……こっちには武器は無いよな?」

「これがあと一本でーす」

 茜がダイナマイトを左手に一本持ち、右手の指を二本突っ立てていた。

「あのよ……指の意味解ってんの?」

 ちょっと力が抜けるが、この場合一本も二本も大差ないし、もちろんこのシャトルに武器が無いことは知っている。


「動き出した第八艦隊の軍艦を引き留めるには、ダイナマイトではチャッチすぎる」

「じゃあ粒子加速銃です。おユイさんが持ちこんでいますよ」

 と言う茜に首を振る。

「あれは弾が入ってないそうだ。それよりここはシューレイ人の大切な神の土地なんだ。これ以上荒らすのはよしたほうがいい」


「それなら宇宙へ連れ出して、そっちで第六と第七に頼んでドンパチやりやすか?」

「第八の艦長は用意周到だぜ。陸上戦も頭に入れていたみたいだし、たぶん空中戦も準備万端だと思う。2機だけでは心許(こころもと)ないな」


「どーすんです。ザグルの旦那たちの船が動き出す前にトンズラされちまうぜ」

 ヤスがコントロールポッド(操縦桿)を握ったまま首を捻った。


「俺にいい考えがある……」

 唐突にアイデアが浮かんだ。即行で第八の連中を地面に引き摺り降ろして、ザグルたちに取り囲ませる方法がある。


「ヤスくん。どの優衣でもいい。近い場所であいつが居る場所へ連れて行ってくれ。それとタマと連絡が取りたいんだ」


「シロくんなら、ずっとシャトル・ユースケに情報を送ってくれてやすぜ」

 マメな野郎に溜め息を吐く。俺には完全無視のクセしやがって。


「それじゃあ、タマにも急いでそこへ来てくれって……伝えて……ん? ぅあががが」

 ひどいショックが襲い、危うく舌を噛みそうになった。


「うぉぉ。何だこれ?」

「しゃ、シャトルが揺れてるぞ!」

 小気味悪い波動は俺の腹の皮をブルブル震わせた。何とも言い難い恐怖を感じて、反射的に機内を見渡したが、それは外から伝わってくるモノだと解った。


 答えはシャトル・ユースケが出した。

『旦那たちのお目覚めだぜ』


「コマンダー。ザグルちゃんたちの船が再起動したみたいで、いっせいに浮き始めましたぁ」

「よし、これで時間稼ぎができる」


『どうしやす、あにい? ザリオンの旦那たちに加勢に行きやすか?』

  

  

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