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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  起動 マルチ優衣システム

  

  

「とにかくやるわよ!」

 尖った視線でアシモを睨む玲子。

「なんかアイデア出しなさい。ないの?」

「まーたそうやって俺を頼る」


 優衣の言葉が正しいとすると、ここで撤退することが今度は時間規則に反することになる。そう、この第八艦隊との捕り物は歴史に刻まれちまっているらしいので、今さら後戻りも進路変更もできない。こういう時間規則もあるんだ。


「どうする。銀龍にも参戦してもらう? 機長ならすげえ張り切るぜ」

 いつだったか、ドゥウォーフの惑星で何千と言う数のドロイドに囲まれた俺たちを助けるために、あのでかい銀龍を逆噴射させながら水平回転させて強引に着陸するという離れ業で、ほとんどを吹き飛ばしたうえに、まだ笑って余裕をぶっこいていた人なんだ。まったく変人ぞろいだぜ、特殊危険課のバカどもは。


「残念ですが、この時間流にはギンリュウが登場する歴史はありません。ワタシたちだけで何とかしなければいけませんが……」

 優衣が空を見上げた。俊敏な動きをする影を追う。するとドンと腹に響く音がして、アシモの背後に小爆発が起き、敵兵の数人が吹っ飛んだ。


『おらよっと、ワニ革のハンドバックにちょうどいいのを見繕ってやっぜい!』

 元気のいい声はシャトル・ユースケだ。森の木々を避けながらアシモをぐるりと旋回して俺たちの上空を飛び抜けた。


「こんなこともあろうとマイトを腹に仕込んできてよかったぜ」

 半開きのハッチから手を振るマサの姿。


「よし、少し相手が怯んだぞ。行くぞマッドン! シムを撃った詫びを入れるなら今だぜ!」

 ザレックが立ち上がり、

「オラ――っ! 死にたい奴は前に出ろぉ!」

 鉄の肢に見え隠れする隙間を縫って、長い金髪をなびかせたケイトが雑兵の集団に飛び込んだ。


 両腕から伸びた諸刃の剣をクロスに振り回すだけで、数人の兵士が切り刻まれていく。ケイトを掩護(えんご)するザレックとマッドンも影から拳銃を撃つが、こっちはとても貧弱だ。相手の数が圧倒的に多いし、蜘蛛の(あし)は重量感たっぷりの動きで四方から暴れ迫って来る。無防備の俺たちに当たればひとたまりも無く、とても危険な状態だ。そのせいでケイトはすぐに動けなくなり敵兵に囲まれた。


「せぇぇぇぇ――いっ!」

 聞き慣れた掛け声がして、空気を引き裂く波動が森林を突き抜けた。その威力は凄まじく、ケイトの周りに群がるひと塊の歩兵部隊が吹っ飛んだ。


「オンナ! やるな」

 金髪を優雅にかき上げつつ、ケイトは助っ人に入った玲子へ朱唇の端を持ち上げた。


「あたしはオンナじゃない! 玲子って名があるんだからね」

 やっぱしオンナではないと宣言してんぜ、あのバカ。



 オンナを捨てた割りには色っぽい玲子の活躍がいかに激烈であってしても、蜘蛛型の有人起動兵器の前ではさすがに歯が立たない。長い金属肢のひと払いで、後退を余儀なくされた。

「アシモはオレたちが作った戦略兵器なんだ。それが自分の首を絞めちまうとは……こんな腹の立つ話はない」

 と奥歯をギリギリ言わすのは、銃器を取りに帰ってきたザグルだ。


 続いて、

「怯むなぁぁー!」

「撃てぇぇぇぇ!」

 大勢のザグル軍兵士が気勢をあげ、一斉射撃を始めた。弾幕のバリケードを張ろうという作戦だが、森林の奥から現れた別のアシモが放った一撃で、大半が(ほふ)られた。


 陸上戦の準備をして来た第八艦隊が有利なのは明白だった。じわりじわりと圧され出した。


「ダメだわ。装備が違いすぎるもの」

 憮然として肩を落とす玲子に提案する。

「有人って言うぐらいだから、操縦席をぶっ壊せばいいんじゃないか。ザリオン人がひとりで操縦してんだろ?」

 地上10メートルはあるガラス張りのコックピットを指したが、アシモを睨みつけていたザグルが鼻息一つであしらった。

「硬質ガラスだ。銃弾も通さんのだぞ!」


 玲子は「やってみないと解らない」と根拠の無いセリフを言い残して立ちあがり、

「シロタマ! コックピットの真上まで運んでくれる?」

 シロタマを引っ掴み、対空ミサイルみたいな速度で上昇して行った。


「おい、マジでやる気かよ」

 驚いてザグルとその姿を目で追う。

 シロタマはコックピットの数メートル上まで飛び上がり、息を殺して見入る俺たちの頭上で玲子は気を集中。鋭く目尻を吊り上げ……シロタマを手放した。


 風に髪を踊らせ、上段の構えのままコックピット目がけて落下する。

 到達にタイミングを合わせて剣を強く振り切った。


 バンッ!


 弾け散る光のフラッシュと鼓膜を圧迫する波動を放出して、銃弾をも跳ね返すコックピットの表面が砕け散った。

 玲子はそのまま地面に落ちて行くが――。

 しゅんっ、と風を切ってシロタマが空気をえぐるように飛び出すと、落下していく玲子の手の中へ収まり、地面に落ちる寸前でグイッと浮上させて足から着地させた。


「「すげぇぇ………」」

 ザグルと並んで息を飲んでしまった。うかつにも背筋がピリピリと総毛立っていた。


「うおぉー。さすがだ。やることが派手だぜ!」

 見上げてアジルマが手を叩く。いつの間にか見物してやがった。金取るぞ、こら。


「だいたい、あのキャノピーは叩き割れるもんではないんだ。なぜあの人に掛かると何でもかんでも覆されるんだ」

 と、こちらは渋面のザグル。


 木っ端微塵になった操縦席は黒煙を吹いて胴体を地面に落とした。長い足を怠惰に投げ出すと大きく爆発炎上。


「それーっ! ヴォルティ・レイコが道を開いたぞ! ザリオンの意地を見せろ」

 うぉぉ、と言う咆哮があがり、ザグルとアジルマの兵士が飛び出した。


「うへぇぇ、おっかねえ!」

 俺は本格的な銃撃戦にみたび首をすくめ、ケイトは感嘆の息を吐く。

「なるほど。艦隊のヴォルティになるだけの腕と度胸を持ち得ておる。ワタシも負けていられない。ザレック、マッドン、もう一度行くぞ!!」

 ケイトは飛び出すチャンスを待っていた。殺人兵器として生まれてきたミュータリアンが舞う。盾となっていたアシモを玲子に崩されて尻込みを始めたとは言え、一個師団の敵兵相手に飛び込んだ。


「せい、はぉっ! はっ! ふんっ!」

 切れのいい気合いを連呼させ、金髪のケイトはしなやかに体を回転させる。


「うぉぉ。レイコといい勝負だ」

「当たり前だ。オレたちのヴォルティ様だ」とザレック。

 鉛色の鈍い一閃が宙を断ち切るたびに兵士がバタバタと倒れて行く。


 その後を追ってザレックとマッドン、そしてアジルマとザグルの軍団が森の奥へとなだれ込んで行った。



 でもって。気付くと辺りは俺を一人残して誰もいなくなった。

 あ。優衣がいたか。


「そう言えば粒子加速銃を持っていたお前がいたな。あれで第八の連中を一網打尽にできないか?」

「だめです。そんなことをしたらこの森が破壊されます。場合によってはジフカに人が住めなくなるかもしれません。あれは禁じられた兵器です。核兵器と同じなんですよ」

 そんな勢いで戒められても。


「じゃあ何で持って来たんだ。お前の誰かが担いでいたぞ」

 今となってはどの時間域の優衣だか忘れちまったが、確かに担いでいたはずだ。


「あれは町でうろつくザリオン人を抑止するだけの効果を狙って持って来ただけです。高エネルギーシードは抜いてあります」

「つまり、ハリボテ?」

「あ、はい」

 落胆しつつ内心ほっとするという、複雑な心境に陥った。


「さて、どーしよう」

 しばし黙考に入る。


 玲子はもう手に負えんから放っとくとして。俺の役目は、このごたごたにジフカリアンやシューレイ人が巻き添えにならないようにすることだ。でもって、こちらの戦力は4人の優衣とゼロ戦力の俺だけで、敵兵はゴマンといる。こりゃぁ、どう考えても人数不足だ。使えるのは優衣の特殊能力。異時間同一体を応援に呼んだらどうだろう。


「どう思う? 時間規則に反するかな?」


「ワタシなら問題ありません。アーキビストですから」

「それならたくさんの優衣に頼んで応援に来させよう。大勢連れて来るんだ。名付けて、マルチ優衣システムだ」

 と口から出してはたと戸惑った。


「はれ? どこかで聞いた事があるな」

 少々記憶をさかのぼること二秒。

 ジフカに来て間もないの頃、この中の誰かが口に出していた。俺はさっと目を逸らした四人の優衣を睨み返す。

「ユイ。この異時間同一体は、お前の差し金で動いてたんじゃないんだな」

 どれが現時の優衣だか、もはや判別不能だ。どれを示したっていい。全員が同じ優衣なのだ。


 四人の優衣はバツが悪そうにそれぞれうなずくと、一人が代表して答えた。

「マルチ優衣システムという作戦を考え付いたのはユウスケさんです。ですのであらゆる時間域から応援を呼びました」


「やっぱり。それも今の俺だろ?」

「あ、はい。そうです」

 勢いで言ってしまってからなんだが、ちょっち後悔したのは、何だか取り返しのつかないことが起きそうな気がしたのだが……。


「えーい。背に腹は変えられない! みんな聞け。コマンダーからの命令を通達する。お前ら3人の優衣は森へ散って、ジフカリアンたちを守れ! それからお前はマルチ優衣システムを起動だ!」


 混乱した思考はさらに大きな問題に気付いたが後の祭りだった。

 ケイゾンに出入りするとアンドロイドは機能停止する、という重要なことがあったことを。


「ちょ、ちょっと待て、ユイ! 今の取り消し。あぁっ!」

 しかし紙一重で遅かった。目の前の優衣は虹色の閃光を放ってこの場から消えており、残りの三人も森の奥だった。





 すぐに茂みの数ヶ所で閃光が放出。時間を飛んできた優衣たちが、糸の切れた操り人形のように次々と草の上に崩れた。

 応援に駆け付けたのに、あっちでバタン。こっちでグタリ。


 何人呼び寄せたのか知らないが、よけいに足を引っ張る結果に。

「うっひぃぃぃ!」

 頭すれすれを銃弾が貫く熱気が伝わって、反射的に地面へ飛び込む。

 こっちは逃げるだけで精いっぱいなのに、優衣の出現は止まらない。


「バカやろー。誰が再起動させると思ってんだぁ!」


 数メートル先に出現した銀髪に近いセミロングの優衣。おぉ、これは珍しいタイプだ、とか、ゲキレア優衣に感心ぶっこいている場合ではない。

「……いったい何人現れるんだ! 全員ぶっ倒れていくぞ! お前ら学習能力ねえのか?」


 こいつが茜の未来だというのは明らかだ。おっちょこちょいの性格がそのまま受け継がれている。

「どいつもこいつも……」


 機能停止した優衣に文句を言っても無駄なのだが。

 地面に転がる銀髪の優衣へ「承認コード7730、ユウスケ3321」と声をこぼしてから反応を待つ。


『承認コードが受理されました。コマンドを述べてください』

 優衣は時間を越えて自分の分身を何人でも連れて来れるが、再起動ができるコマンダーは俺一人だ。


『コマンドを述べてください』

 うぜえよ、この声。淡々としすぎなんだ。もうちょい感情を入れて言ってくれないかな。


「うひょぉぉ」

 今、弾丸が耳の横をかすめて飛んだぜ。


 首をひっこめながら、投げやりに言う。

「急いでホールトを解くんだ!」


『ホールトの解除は最上級のプライオリティ承認が必要です。コマンダー登録時に当ガイノイドとタッチ認証を行った部位を触れてください。登録された場所とDNAの比較検証を行います。3回間違えますとそれ以降、24時間コマンド変更が無効となりますのでご注意ください』


 だから言ったろ。長いんだって。

  

  

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