表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
231/297

  開かれたグランドケイゾン  

  

  

 結局、惑星ジフカの深部、グランドケイゾンでマラソンをするのが俺の必然的な運命だと悟ったところあたりで、酸素不足の脳が麻痺してきた。思考が堂々巡りを始めてまったく先に進まない。その分、後半の時間経過は信じられないほどに短く、気付けば異空間の入り口へと繋がるホラ穴の前で、膝に両手を当てて荒い呼吸をしていた。


 すぐに異空間へ飛び込み、とりあえず積み上げられてあった中から新しそうなコンピューターを引っ掴み、またもと来た道に戻ったが、ぼやける視界はまもなく体力の限界に達することを暗示していた。


 もうだめ。走れない。一歩も足が前に出ない。


「裕輔! こっちよ」

「助かった……レイコ」

 マーラの集落の前で彼女と出会った瞬間、安堵と共にぶっ倒れた。


 思考の中ではいろんな言葉が暴れていたが、

「ま、まだ、ま、ま」

 まともに声が出ない。呼吸が優先だ。


 言いたかったことは、

「まだ間に合うか?」だった。


「あと1時間ちょっとあるわ」

「無理だ。間に合わない」

 この道程を1時間で戻るのは不可能だ。

「バカにしないで。絶対に間に合わせてみせる。シムの願いを叶えてあげなきゃ」

「願いって?」

 よろよろと立ち上がり、ほとんど歩く速度で玲子に接する。

「ケイゾンの開放よ。あの子はケイゾンの未来をあたしたちに託したのよ」

「へ?」

 乱れた呼吸が原因して短い言葉しか出ない。


「シムはあたしとあなたの心を通して、現在のザリオンの本心を探っていたのよ」

「ウソだ!」


「ウソなことないわ。あの子はっきりとあたしの心に語りかけて来たの」


「俺は聞いてない」

「もしかしたら、このためにあの子はあたしたちをここに誘導したのかもしれないわ」


 うそだろ――。

 今日にいたるまでの時間的一連のプロセスは偶然の重なりだ。それを作為的に行うとしたら、とんでもなく複雑な制御が必要になるハズだ。おそらく優衣にもできそうにない。今さっき走りながら考えていたことよりも、さらに複雑なカラクリがあると言うのか?


 だいたいこの騒動の発端はコルスでフリマを始めたことが起因している。いやまだ先がある。何でフリマへ出店しようとしたかと言うと……まさか、シンゼロームの大豊作か?


 組合長もあり得ないことだと言い切っていた。それはシムが仕組んだからか? こんな遠方から……そんな能力があの子に?

「そんなこと無理だろ?」

「したのよ。あの子はあたしたちをここに呼び寄せ、すべてを託して神殿の場所を教えたんじゃない」

「し、信じられん……」


「とにかくあたしは急ぐからね。あなたはゆっくり戻って来てちょうだい」

 そう言うと玲子はコンピューターパッドを受け取り、ぐいーんとペースを上げると、あっと言う間も無く俺を引き離して森の奥へと消えた。


「は、速ぇぇぇぇ」

 とても付いて行けない。


 その場にばたりと倒れ、空と対面して何度も胸を上下させた。

 空は今日も爽やかで、蒼く澄み渡っていた。


 ふと……思う。

 ペース配分をしていたとは言え、俺がターンしてある程度戻る頃に合わせて玲子は走って来たのだから、あいつはほぼ往復走ることになる。あのペースで続くのか、そしてここから1時間で戻れるのだろうか。


 玲子の脚力なら戻れるとして、仲介者として誰が認められるのか?



 時間内に戻れないから、俺は脱落だな。

 なら、ケイトか?

 それとも。ま……まさかマサ?

 組長どうしのイザコザならまだしも。星間問題だぞ。


 じゃあ。やっぱり玲子か。

 シムはかなり玲子を買っているようだし。


 いーや。やっぱ無理だろ。異種族間の問題だぞ。こりゃたぶん適格者無しで終わるはずだ。その時のことを考えておいたほうがいい。


 まず、シムに頼んでとりあえずケイゾンの外に出してもらう。

 それからザグルに相談しよう。その後ケイゾンをこじ開ける方法をシロタマと優衣に考えさせる。


 うん、これだな。これで行こう。



 しかし。今立てたばかりの計画が根底から覆された。岩山の頂上まで戻った時に俺の目前でそれが始まったのだ。


「なんだよ、あれ!」

 森林の一角から空に向かって、鋭く絞られた輝線が放たれた。


 普段は無色透明に見える隔壁の天井部だったが、フィールドの最上部で反射した猛烈な光は全天を青白く輝かせ、真夏の蒼穹を思わせる輝きを放っていた。


 やがて中央部から縦に筋が入りだし、それが地平線の彼方に進みながら徐々にその幅を広げて行く。

 直感した。

「うわぁ! け……ケイゾンが開くぞ」

 筋が地面にたどり着くや否や、瞬間にフィールドが消えた。


 数刻して突風が吹き荒れ、岩山登山を余儀なくされていた俺は咄嗟に茂った草木にしがみついた。

 襲ってきた風はもの凄まじく、ツルやツタの枝ごと岩肌から引っ剥がされ、ゴミみたいに地面に叩き落とされた。


 痛ててててててててててて。

「痛ってぇぇーよ!」


 またこれか。

 膝を嫌というほどぶつけて、激痛に耐えきれず地面を転げ回った。


 外とはわずかな気圧の変化があったのだろう。フィールドがいきなり無くなったため、外気が飛び込んで来たのが原因で起きた突風だ。湿度の高い少し粘っこい空気が渦を巻いていた。


 環境はほぼジフカと同じになっているとは言っていたが、外気がケイゾン内へ一気に流れ込でシムたちは大丈夫なのか。

 じわじわと気温が上がり出した空気を吸い込みながら感慨にふける。ついにレイヤーたちに本当の意味での新しい風が吹き込んだのだ。彼らは上手くやっていけるのだろうか。


「――っ!」

 などとのんびり構えている暇は無かった。

 今度は急速に辺りが暗くなり、影が差してきた。


「やっべー。早過ぎるぜ。あのバカども」

 背後にそびえ立つ岩山ほどもある十字の影だ。それが不気味な低音を発しつつ迫ってくる。


「第八艦隊の奴らだ。もう侵入して来たのか!」



 まずいって!

 俺は膝の痛みも忘れて、再び走った。そうさ神殿へ。あいつらにこのことを知らせないと。


「え? え??」

 たくさんの疑問符が何本も頭蓋の天辺からにょきにょきと生えた。

 迫り来る第八艦隊の様子がおかしい。腹を揺るがすエンジン音が不協和音のようにそろっておらず、どんどん高度が落ちていく。


「おぉぉぉ。あわわわわ」

 岩山に胴体を擦るほどまで高度が下がった船は、そのまま滑空すると、森林のど真ん中へ頭から突っ込んで行った。


「操縦不能なんだ!」

 瞬間に思考を過った。まだ電子の動きを阻害するシステムが健在している。


「や、や、やべぇええって」

 第八艦隊の船を追跡してきたザグルたちと思われる同じ型の軍艦が、その後を追って次々と胴体着陸を始めた。


 地面をひっくり返すような衝撃と、根こそぎ吹き飛ばされた大木が雨あられとなって降ってきた。

 複雑に組まれたドミノ倒しの中を右往左往するのとたいして変わらない。なぎ倒された木々が俺を狙って倒れてくる。


「どひゃぁぁぁ!」

 数十秒で俺は枝葉の陰に埋まった。


 その上を容赦なく引き千切れた植物の葉やら茎やら、根っこやら、岩やら土やら、ドロやら砂やら。ありとあらゆるものが降って来て、気が付くと土の臭いで一面が埋まっていた。



「ぺぇぇぇーっ、ぺっ!」

 降り注ぐ大量の土が口の中にまで飛び込んでくる。


「裕輔、大丈夫!」

「おう。玲子。ここだ。そっちはどうだ?」


「崩れた遺跡の壁の下に居たので、みんな無事よ」

「旦那。こりゃ何だ? 星でも降って来たのか」

 マサと玲子の上にシロタマも健在だった。


「ああ。似たようなもんだ。艦隊の船がケイゾンに入った途端、次々と故障して落ちて来たんだ」


「あっ! ユースケよ!」

 んぁあ?


「あ、なんだシャトルのほうか……」

 見慣れた銀色の流線型はシャトル・ユースケだが、連中と同じだ。何だか様子がおかしい。


「おーい。ヤスここだ!」

 ふらふらと飛行していたシャトルは、手を振るマサを飛び越し、その先の茂みに落ちた。


 全員がそこへと急行する

 シャトルは尖った先端を大きな木の茂みに突っ込ませたカタチで止まっていた。たくさんの枝がクッションになったようで、破壊は免れたがあきらかに墜落だ。


「ヤス! 無事かぁー!」

 タラップの格納ボックスを手でこじ開け、手動で引っ張り出す。

 船内も破損個所は見当たらないが大きく傾いだ機体のおかげでまともに立って歩けない。壁にしがみ付きながら入った。


「あにいぃ、すいやせん。無様な格好で……」

 髪の毛をくしゃくしゃにして出てきたのはヤスで。怪我も無く無事なようだが。俺には大方の想像がつく。


 このシャトルだけでなく、優衣や茜も機能停止したはずだ。マサたちが搭乗してくるまでにリスタートしなければ、説明が後々めんどい。


「俺は急いでユイとアカネの再起動をするから、タマはこのシャトルの再起動を頼む」

「らっじゃー」

 だいたいはイガミ合う俺たちだが、たまには協力し合うこともある。


 機能が停止して薄暗くなったシャトルの中を這って進む。茂みに突っ込んだまま不安定な状態なのでユラユラと床が揺れてちょっと怖い。


 優衣と茜は後部座席の隅っこで、折り重なるようにしてホールトしていた。

 それだけではない。想定外の光景に茫然とした。


「あっちゃゃ~。すっかり忘れてたぞ」

 シャトルに乗っていたのは茜と優衣だけではなかった事実を……。


 その奥に、3人の優衣が折り重なっていた。

 栗色のボブカットの優衣、こいつは半年先から俺と一緒にやって来た優衣だ。

 黒髪をポニテにしたのは3日前から。赤毛のセミロングは俺たちと出会う前の2年過去の優衣だ。


 脱力してへたり込んだ。

 茜も入れて5人の再起動をしなけりゃならんのか。

「気力が削げ落ちたぜ」

 疲れたひとりゴチが漏れるというもんだ。


『ホールトの解除は最上級のプライオリティ承認が必要です。コマンダー登録時に当ガイノイドとタッチ認証を行った部位を触れてください。登録された場所とDNAの比較検証を行います。3回間違えますとそれ以降、24時間コマンド変更が無効となりますのでご注意ください』


 はぁ。メンドクサ。

 これを5回繰り返すのかよ。


 こらー、管理者! これをどーにかしてくれぇぇ!!

  

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ