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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  時の代表者  

  

  

 数分後。

 マッドンが駆け戻り、それへと向かってケイトが疲れた表情で迎えた。


「何も変化が無いぞ?」


「やっぱここはザリオン上層部に相談しよう。ケイゾンを開くのは他の方法を考えたらいい」

「何千年も試して一度も()かなかったケイゾンをお前は()けることができるのか?」

 ま、外に出れば優衣が待っている。茜ではトンチンカンなことをやるだろうが、超未来から来た優衣なら何とかするだろ。

「それなりに伝手(つて)はあるぜ」


 マサは残念そうに表情を歪め、

「でもオレは少し期待してたんだ。どんなお宝が出てくるかと思ってな……やっぱ神話は神話なんだな」

「そんなハズは無い。ここまでそろっておきながら……。何が足りないのだ?」

 ケイトは未練がましく古文書のページを乱雑に捲った。


「やれやれ……」

 正直言って少しは俺も期待していた。それからホッとひと息吐いたのも正直な気持ちだ。



「ねえ……」と玲子。

「何か音がする」

 円形ホールのど真ん中に直立する塔に耳をくっ付け、黒い瞳を俺に当てて瞬いた。


「機械の唸り音みたいな音よ」

「どれ?」

 びっしりとはびこったコケを手で払うと、黒曜石で作られた石塔かと思わせる滑々とした表面が簡単に現れた。そこへ耳をぺたりと引っ付けて息を潜める。


「これは自然の音じゃない。玲子の言うとおり人工音だ」

 しんと静まり返った草木の中を渡って来る音とは掛け離れた極低音だった。低く唸るような波動だ。

「まじかよ!」

 マサとケイトが仲良く並んで飛び付き、マッドンとザレックが裏側に回った。


『これは共鳴周波を走査する音です』

「共鳴周波?」

 俺は塔の頂上から落としてきた女性的な報告モードの声に顔を上げる。


『試されています』


「な、何を?」

 そこにいた全員の目に疑点を示す明かりが灯った。


 ゆっくりと石塔から離れつつあるシロタマを見上げ、それに答えるようにタマは自説を唱える。

『進化の過程です。この状況で推測しますと、この共鳴周波を共振させる電磁波を照射するのが適切だと思われます。自然界で放射される乱数的なノイズとは異なり、規則正しい周期で放出される物を求めるのだと考えるのが妥当です』


「 "光とともに試される" ……これか!」

 ケイトの指が示す先、石塔に彫り込まれた文字列。

「何をしたらいいのだ? 規則正しい電磁波とは何だ?」

 たくさんの疑問と共にシロタマを探して頭をもたげるケイト。


「誰か何か持ってないの?」とは玲子。

 俺のポケットにあるのは無線機だが、ずっと無用の長物と化けて久しい。


『最も簡単なものは規則正しいパルス性の電磁波を放出するコンピューター機器が適切です』


「オレたちが持ってるのはハンディライトぐらいだぜ」

「今時、ハイテク機器を持たない冒険家って言うのはどうなんだ? 情けなくないのか?」

「バカにするな。まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので、みんなシャトルに置いて来たんだ」

 たとえ持ち込んでいたとしても、ケイゾンに入ったと同時に何の役にも立たなくなっていたはずだ。


『周波数の高いクロックモジュレーターがあれば、ユウスケが持参する無線機のパーツを利用して、ハンディライトのバッテリーと組み合わせて発信回路が作れます。そこから求める周波数まで逓倍(ていばい)させることは簡単です』

 相変わらず難解な説明をする奴だ。


「シロくんは何を言おうとしてんだ?」

 マサがポツリ。俺だって部分的にしか解らん。ただ部品さえあれば作ってやると言い切りやがった。


 ポケットから無線機を取り出して訴える。

「これをぶっ壊されたら、ケイゾンを出た時に困る」


『もうひとつレイコが持っているので心配ありません』

「じゃ次の問題はクロックモジュレーターだ」


「だいたい何すか、それ? モジレタ? あ、なるほどな。文字レター、手紙のことだな。そうだろシロくん?」

 俺の肩越しからシロタマに尋ねるマサだが、ちょっと黙ってて欲しいな。組長に叱られるというのがよーっく、解る。


『コンピューターのステートを進める基本的な部品です』

「ほぇぇ」と、マサは口先を真ん丸にカタチ作り、玲子と互いに見合わせ、

「何を言ってんのか、訊いてもまだワカランぜ」

 二人そろって肩をすくめた。


 そう、そんなもの持ち歩いて遺跡の調査をするヤツはまずいない。ましてやどこかの木に生る果物でもない。


 ただ俺も少しはそっち系の人間だ。なぜケイゾンに入るとコンピューター機器が停止するのか、ここに来て薄っすらとだが理解できた。

 停止した機器を再起動できるだけの知識を持ち合わせることも条件に入るんだ。


「あ、そうだ!」

 動く保証は無いが、コンピューター製品が山積みになった場所を知っている。あれを持って来てシロタマに渡せば、こいつのことだ何とかするだろう。


「故障したコンピューターでよければ、ある場所を知ってるぜ」

「このケイゾン内にそんなところがあるのか?」とケイト。

「ああ、ある。マーラたちの宝の部屋だ」


 マーラとシムがぼんやりと顔を上げた。

「どうだマーラ。お前らの宝を一つ分けてくれないか。ほら、アカネが寝ていたあの異空間に山積みになっていたろ?」

「うーん。電化製品はたくさんあるけど、アタイにはどれが何だか解らないよ」

「俺が行くよ。世紀のイベントの仲介人になれるかもしれないんだろ? やってみる価値はある」


 少し抵抗があった。かなりの遠方に位置するからだ。

 でもシムやマーラのためだ。疲れるからなどと不謹慎なコトは言っていられない。


「それで? 時間的な猶予は?」


 ケイトは再び古文書に目を落とし、

「 "三つの星がひとつになるとき光とともに試される" とある。三つの星はすでに一つになった。あとは『光とともに』の部分だな」


「たぶんここに光を当てんだぜ」

 マッドンがハンディライトでタワー頂上付近に埋め込まれた赤い宝石を照らしたが、そんな簡単ことではないはずだ。


「ほら、壁の穴から光が射し込んでいるでしょ。あれが塔の上に当たるまでじゃない?」

 周りを円周に取り囲む壁の一つに丸い小さな穴が開いており、そこから陽の光が射し込んでいた。まるで白いレーザーポインターが射し示す光点のように、今は観客席の足元を照らすが、そのままの軌跡をたどるとすると、ホールの中央にそびえ立つタワーにはめ込まれた赤い宝石を狙うのは確実だ。


 太陽の動きに合わせて光は移動し、何時間後かに宝石を照らす位置になる。よくあるパターンだが、たぶんそれが正解だろう。


『約2時間半後です』

 ぽつんと答えたシロタマに(かぶり)を振る。

「無理だ。あの場所はマーラたちの集落の近くだ。思い出してみろ、森を歩いて、川をさかのぼり、あの岩山を越えて、半日掛けてここまで来たんだ。それを2時間半で行って帰って来いってか。バッカか。俺はマラソン選手じゃねえぞ」


 ちらりとマサを見る。

「オレは無理だぜ。ヤクザは基本走らねえ」

 ウソ吐け、逃げ足は速いだろ。

「ああ。短距離専門さ」


「明日、準備してもう一度やり直すってのは?」

『ケイゾンの寒冷化は加速を増すと思われます。気温調整システムが機能不全を起こしています』


「一日ぐらい遅れたって問題無いだろ?」

「いや。ワンチャンスだ。何度も言っておろうが、今日失敗すると次は来年だ」とはケイトで、

「これもよくあるパターンだぜ。太陽の射し込み角度は日によって変わるからな」

 ザレックが光の到達ポイントを睨んで言った。


「鏡で反射させて当てたらいいんじゃない」

 玲子がセコイ手を考え付いたが、

「おそらくこれはタダの儀式に過ぎない。もっと科学的な仕組みが後ろに控えているはずだ」

 と言うケイトにシロタマも同意した。


『この穴を通して1万年近く天体の運航が記録され続けたのです。鏡の反射とは区別されます。単純に受光部分に光を当てればいいというものではないと推測されます。今日の陽射しと明日の陽射しは明確に区別されるはずです。おそらく惑星の自転速度を計算し直すため、年に一度、時間の同期を取っていたと推測できます』


「どうしても今日行って帰って来いということか。2時間半で……」


 玲子が立ち上がりざまに俺を引っ張った。

「四の五の言ってないで、さっさと行きなさい」

「お、お、お前なー」

「うるさい。行くのよ。どうせ途中でへばるのは見えてるわ」

「お前なー」

 だんだん声のトーンが下がる。


「安心して。あたしが途中で代わってあげる」

「お前が?」

「帰り道を決めてそこで合流しましょう。ね、それなら往復しなくて済むでしょ?」


「バトンリレーか。必要なのは俺の身ではなく、クロックモジュールだもんな」


 俺はポケットから無線機を取り出し、横倒しに並ぶ石の座席にことりと置いた。

「じゃあ、行って来るから、逓倍装置はオマエに任せたぞ」

 ふありと肩口に近寄るシロタマに言いのけた。


「らじゃ~。オメエが帰るまでにちゅくっとくよ」





 森を走った。ジフカリアンとレイヤー、そしてザリオンとの三種族の未来を掛けて。

 とてつもない重圧を背負って疾走するのは精神的に良くないわけで。


「こりゃあ、きついぜ!」


 真剣に走るなんて、生まれてから一度だって無いね。

 学生時代はサボることばかりを考えていたし、大人になって走るとしたら、通勤電車に乗り遅れそうな時に駅を駆け抜ける程度だ。どうりで足の運びが遅いはずだ。


 水宮の城でも走らされたことを思い出したが、ここと比べると距離も短くまだ平坦なほうだった。ここは違う。アップダウンの続く森の中だ。最も厳しい場所は言わずもがな、あの岩山さ。


「ひぃぃぃぃ。死ぬぅ」

 きつい。上りは口から何かが飛び出しそうになったが、下りはほぼ落ちるのと変わらない速度で滑り降りた。


 その辺りから馴染んで来たのか、意外と調子よく手足が動き始めた。道なりに沿って茂みを走り、森を駆け抜け、息が切れたらちょっと休憩して、やっべぇー、と気付いてまた走る。


 何度か道を誤りかけたが、ジフカリアンの婆さんの生活道路はしっかりと草木が踏みつけられており、少し離れた位置から見渡すと、茂みとそうでない部分の区別がはっきりとついた。



 ところが――。

 そろそろ限界に近づいてきた。足の動きが極端に遅くなり、代わりにあり得ない速度で呼吸を繰り返していた。

 まもなくマーラたちの集落だが……。


 それにしても何の因果があって、こんな見知らぬ惑星でバトンリレーマラソンをさせられているんだろう。

 初めは運命めいたモノを感じ、使命感すら湧かしていたのに、だんだんと愚痴を漏らすあたり、やっぱ俺ってダメ人間だ。


 ところで、この時間域の俺って何をしていたっけ?

 半年前の自分の記憶を巡らせる。

 玲子たちが茜を追いかけてこんな苦労をしていたとは考えもしないで、銀龍でのんびり捻挫の治療をしていたことを思い出した。


 まさか半年後に、こんな辛い出来事が待っていたとは思いもよらなかった。


「あ……?」

 ジワリと何かが意識の奥で浮き出てきた。


 運動を司る神経は悲鳴をあげるのだが、思考のほうはじゅうぶんに働くようで、

「もしかして……この走るという行為は時間規則なのか?」

 規則に反しないということは、規則に従うという意味が含まれる。つまり走らなければいけない、詰まる所、半年後に俺はここを走ることになっていた?


「そうか! ユイの奴……。そういうコトか!」

 なぜ自分にこの責務が課せられたのか、その理由が突然湧き上がってきた。


 ここにいる者の中でコンピューター製品が山積みになった場所を知っていて、かつどの装置を持ち帰ったらいいかを判断できるのは俺だけだ。だから捻挫して唸るようなマヌケ野郎には務まらない。自分のことだがな。それで優衣はケガが完治した半年後の俺を連れ出したというワケだ。


 すると優衣の行為は時間規則に反していないか?

 だって、すべてを知っていて俺を走らせた、となると過去を書き換えようとしてんだろ?

 いや、俺にとってはこれで正しい時間の流れだ。だったら過去を書き換えることにはならない。

 そうこれが正しい歴史なんだ。

 マーラとシムに連れられて、電化製品が山積みになったあの異空間で茜を再起動できるのは俺しかいない。


 これって俺の運命だったんだ。


 運命ってなんだ。


 確か以前ユイが言っていた自分自信で決定すれば後悔しないモノだと。あの意味がようやく理解できた。そう、そいつから逃れることはできないが、運がいいとか悪いとかは自分で決めることができるんだ。そうすりゃ後悔なんかしないさ。

  

  

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