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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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フェライトに囲まれた村落

  

  

 ひとまず殺人ロボットは機能停止したからいいけれど、味方なのに投げ飛ばされ背骨を強打して動けなくなった俺は、釈然としない気分で天井を見上げていた。


「社長! 今のうちです」

 踵を返した玲子が階段へと社長を誘導。


「あなたはそのバカを頼むわね」

「誰がバカか!」

 と天井へ、俺。情けなし。


「あ、はーい」


「お前も明るく反応するな! え? お、おい。俺は荷物じゃねえぇって、痛でででででで。階段を引き摺って上がるな。痛ってぇって、背骨が折れるってば!」

「コマンダー、辛抱してください」

 ナナは片手で俺をひょいと抱きかかえ、階段を駆け上る社長たちの後を追った。


 まるっきり俺は手荷物扱いだが、バカだけに馬鹿力だ。風のように階段を駆け上がり、上階のフロアーを軽々と横切って外に飛び出して行く。


「痛でぇぞ、バカ! もっと丁寧に扱え! 俺は正式なコマンダーになったんだ。おいこら、聞いてるのか、すぐ降ろせ!」

「あ、はーい」

 道路まで出たナナは、社長と玲子の前へ俺を投げ出した。


「いててててて、乱暴なヤツだな」

「ちょっとジャマよ」

 頭の後ろと背中を交互に摩っていた俺を玲子は平気でまたぐと、ナナの前に立ち、彼女の手の平を広げさせた。


「あなたビームに撃たれたでしょ。大丈夫なの?」

「あ、はーい。微小な損傷は自動的に修復されまーす。もう完了していまーす。ほら」

 指をぱっと広げた面を差し出した。


「ほんまや。管理者製のアンドロイドは優秀なんや。感心しまんな」

 きめの細かそうな白い肌をしており、さすがに手相占いができるほどの精密さは無いが、生命線ぐらいはある。

「マジ治ってるぜ」

 焦げ跡はキレイさっぱりと消えていた。ちなみに運命線は無かった。



「どうする? あのロボットはあれ一体だけじゃないだろ?」

 地面にぺたんと尻を落したまま、半身を反らして宙に浮かんだタマを仰ぎ見た。シロタマはゆらゆらと俺と玲子の中間地点までやって来ると、丸いボディを自転させてから報告。

『検出した電磁パルスと先ほどのロボットが放出した索敵パルスとが一致すると断定しますと、あの部屋の地下におよそ15体。地上、その他の検知数を合わせますと数千です』


「それぐらいなら、なんとかなるな……ぬぁぁに! センだと!」

 玲子の頭上に戻った白い球体に喚く。なぜか喚いちまった。


「センって。百の上の千か!」


『10の3乗以上に及びます』


 シロタマを睨んだまま、開いた口がしばらく閉まらなかった。

 込み上げる不安と虚脱感に襲われて、しばらく呆ける。


 ──もう終わったな。俺の人生。


 地上は放射能に満たされ、逃げ込んだ地下空間は殺人ロボットで埋まった世界。八方ふさがりだ。

 頭の中は真っ白け。妙案が浮かぶどころか、寸刻の未来が閉ざされた絶望感だけで満たされていた。


「俺たち、もう先がねーじゃん」

 力なく地面から見上げる俺へ視線を落としながら、社長は独白する。

「ほなここはロボットの巣とゆうわけか……」

「じゃあ。この農園は?」と玲子。

「生命体をおびき寄せる罠やろか?」

「ほらみろ。やっぱりゴキブリ捕獲器じゃなねえか」

「ホナ、ワシらがゴキブリちゅうんか!」

「い、いや、そう言う意味じゃなかったんだけど」

 だよな。社長に対してそれはねーわな。ゴキブリなら、むしろシロタマだな。いっつも天井の隅に貼り付いているしな。あとはこいつな。


「冒険家の玲子さんよー。こういう時はどう動くのが正解なんだ?」

 特殊危険課の課長のお手並み拝見といこうじゃないか。まさか千体以上もいる殺人ロボットを相手に素手で戦おうとは言わんだろう。


「まず隠れるところを探しましょう」

 おー。まともなことを言うじゃねえか。


「それで一旦、休息を取ってから三人で戦いましょう。一人あたり333で済みます。裕輔だけ334です」


 ずりっ。


 道路の上でずっこけると、肘が痛いんだよな。


「バカかお前! 一体だけであれだけ恐ろしい目に遭ったんだ。無理だ、無理。却下する」

「怖い目に遭ったのはあなただけよ。あたしたちは平気だったわ」

「何ちゅうヤツだ。オメエ、女じゃねえ」


「ワシも300以上なんて無理やワ」


「じゃぁ。あたしと裕輔で500ずつにします。ちょうど割り切れるし」

「ば─────か」

 あー疲れる。


「とにかくや。夜になるまでは地上には出られへん。それまで安全な場所を探して隠れとかなあかん。シロタマ、どこか電磁パルスの出ていない場所は無いんか? そこなら少しは時間が稼げるやろ」

 矢のような速度で上昇したシロタマは、一刻してキレイな輪を描いて下りて来た。


『この先530メートル先にスキャンホールがあります』

「……ホール?」


『電磁性パルスはこの地下空間のほぼ全域から検知されますが、直径約620メートルのエリアだけ無検知です。まるで黒い穴が空いているように感じましたので、スキャンホールと命名しました』


 だんだんこいつも人間臭くなってきやがったな。報告の中に比喩表現を混ぜてやがるぜ。

 続いてタマの報告をニコニコして聞き入るナナへ視線を移して、同じ感想を浮かべた。そう最初よりも可愛いげが増した気がする。


「なー。ナナよ。なんかお前も表情が変わってきてないか?」

 にこやかな笑顔は初めて会った時と同じだが、本当に微妙な部分だが表情から硬さが消えていた。


「学習の成果れすよ」と言ってから、

「アナタ色に染まっていくの」

 こっ恥ずかしい言葉を吐いたので、頭をひと小突きしてあっちへ追いやる。


「ったく。使ったことの無いセリフを吐きやがって」


 呆れと驚きを入り混ぜた複雑な表情で固まっていた社長が、それを解いて言う。

「とりあえずそこへ行きまっせ。急がなあかん。ほんで、タマ。どっちへ行ったらエエねん?」


「こっち……」


 タマを先頭に再び俺たちの生存を賭けた行進が始まった。




           ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 無彩色で頑丈そうな壁が、遥か上方にある天井の岩肌に迫る勢いで、またもやそびえていた。


「イクトの地面から顔を出した謎の建造物にしろ、地上にあった巨大なトライアングにしろ、そびえてばっかだぜ」


 目標物が無く、比較するモノも無い。雲まで浮かぶ空間なので、空と表現してもいいほどなのだが、この壁の出現のおかげで、ここがとんでもなくデカイ地下空間だったことを思い出させてくれた。


「こんな色してっから薄暗りの中では見えないはずだよな」

「ここが『黒人間』からの避難場所になることを祈りまっせ。これがラストチャンスやからな」

「なんすか、黒人間って?」

「ワシが命名したんや。あの黒いロボットのことやがな」

 そのまんまじゃないか。


 社長は、せやけど、と先に口に出してから、

「この建物だけはこれまでと別格でんな」

 両手を壁に突いて、天辺を仰いだ。

「薄汚れてて傷だらけだ」

 手の平で触れると、艶々とした材質だが、いたるところに傷が走っている。


 見渡すと、出入り口となる大きな扉もあるのだが、硬く閉じられており、足下にある長細い窓らしき穴にも鉄のフタが閉められていた。フタと外壁のあいだにはほとんど隙間も無く爪すら引っかからない。


 後はひたすら高く、ぐるりと、シロタマの説明が正しければ、直径620メートルの円周で中の空間を囲むことになる。


「なんかさ。土管をドカンっと地面に被せたような構造だな」

「うぷぷっ……」

 俺が発したくだらんシャレに笑ったのが、この中でナナだけというのが、こいつの優秀さを物語るよな。


 白い目でオレを睨んでいた社長が視線を逸らし、人差し指の角で壁を叩たいた。ゴツゴツと堅そうな音が響く。

「フェライトみたいやな」


『そのとおりです。フェライト性の材質で表面を加工して、内部を電波吸収シートで施こし、あらゆる電磁波を遮断する性質を持った壁を完璧な円形にして設置することで、外部からの電磁スキャンを吸収し無効にしています』


「ここだけ黒人間がおらんのやのうて。もしかしたら……」

 社長が煌めいた目を俺に振る。


「裕輔。おまはんビールのプルトップ持っとったな?」

 なんて言うもんだから、何か画期的なものを見せてくれるのかと思っていたのに、先の尖った部分を隙間に突っ込み、

「あかんワ。こんな薄いもんすら刺さらへん」

 まさかこの期に及んで力技を出すとは……玲子じゃねぇし。


「こんにちは~~誰かいませんか~~」

「緊張感に欠けるヤツだな……」

 ナナはナナで、金属製のふたが閉まった小さな窓に向かって、場違いな挨拶をしているし。


 しかしだ──。

 突然、中から声がした。


「◆§♂●◎&△?」

「あ、はーい。〒∋⇔∞≦£¢¶√∝∠」

 なんとそれに答えるナナ。


「∀∂∫∝♪♯Å≒≫*☆?」

「☆&≧∴⊇⇒∀@、れーす」

「◎◆℃*≧≦$÷!」


 驚くことに会話が成立していた。


「おい。中の人は人間なのか? さっきのロボットじゃねーだろうな!」

「♂§⌒★≧」*>≧>、&○♀♀§∀∂∇、◎♂◆℃*≧≦$÷§@……たの」

「……解るか、バカ。俺には俺の言語マトリックスで答えろ!」

 短い銀髪が揺れるほどナナの頭を小突いてやった。痛みは無いくせに、顔を歪めて片目をつむり、

「誰だ、って訊かれたのでぇー。ワタシの名前を言ったら、知らないって言われたの」


 そりゃそうだ。


「そしたらそこで何をしてんだって言うので、覗いてますって答えたら覗くなって叱られましたぁ」

「なっ……、バカヤロ。異星人とのファーストコンタクトを近所の怖いオッサンにとっ捕まったガキと同じレベルに落としやがって!」

 社長も慌てた。

「殺人ロボットに追われてるから助けを求めんのや。挨拶は後回しでエエねん!」

「あ、はーい」

 ほんと返事だけはいいね、きみは。


「∀∂∇◎★◇◆♀♂§@※〒〓%▲▲∀」

「◎☆○〓〒※」


「いま開けるそうです」


 3万6000光年という遠方から流されてきた俺たちの前で、フェライト製の巨大な扉に隙間が走った。腹を震わす極低音の響きが伝わり、また新たな空間が目の前で広がって行く。


「やったぁー」

 期待に胸を膨らます明るい陽射しの向こうで──。

 俺たちはドゥウォーフ人と出会った。

  

  

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